キリスト者として今を生きる

風は冷たいけれど春の訪れを感じます。。。

神と人のあいだ

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「信じる」ということ

「信じる」とはどういうことなのか、と考える。「私は特に信仰をもっていない」と多くの日本人は言うけれど、そうなのだろうか。たとえば「金がすべてだ」「金で買えないものはない」とホリエモンが言う。「女は美しければ幸せになれる」と信じて、少なからぬ若い女性が(年取った女性も)ダイエットに励んだり美容整形をする。「いい学校へ行っていい会社に入れば幸せになれる」と信じて、親は子供にお受験をさせたり塾に通わせたりする。核を持てばアメリカは自分を攻撃することはなくなり政権を脅かされずにすむだろうと信じて、金正日は核を追い求める。日本も武器を沢山持てば中国や北朝鮮の脅威に対抗でき、自国の安全を守ることができると多くの日本人が信じて、憲法を「改正」しようとする。「信仰」によらず本能にもとづいて生きている動物は、摂食障害になることもなく、狂気の戦争をすることもない。
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哲学者デカルトは陰鬱なコペンハーゲンの下宿の窓から通りを見下ろし、道行く人がシルクハットを被りステッキを持った自動人形なのではないかと考えてみた。彼が自動人形ではなく「人間」であるとする証拠はどこにもない。すべてを疑い、「われ思う、ゆえにわれあり」ということは疑いえないという結論に達したけれど、デカルトだって道行く人が人間ではないかもしれないと本気で疑っていたわけではない。「方法的懐疑」という命名がそれを語っている。私たちが他者について「客観的に」知覚するものは、他者が目じりを下げ、口の端を上に持ち上げている顔の筋肉の動きのみであり、それを「彼は微笑んでいる」「彼は喜んでいる」と認識するのは「信」の働き以外ではない。この「信」が崩れたら、人間は精神病者になる。

昨年亡くなった私の姑は、亡くなる前の数年間は穏やかだったけれど、一時はひどい人間不信で、身内以外の人間を一切信用しなかった。(私はかろうじて「身内」と認識してもらえていたけれど。)警察が始終彼女をつけ狙い、水道工事の作業員は配管の際に地中に妙な物を埋めていったと妄想していた。妄想に根拠はないだろうということは言えるけれど、警察はお義母さんを追い回してなどいないし水道工事の作業員は何も土中に埋めていないと客観的に証明することはできない。

私は戦争中の強制連行や従軍慰安婦や七・三・一部隊はあったと信じている。朝鮮学校の生徒たちが脅迫を受けたということもおそらく事実としてあるのだろうと思っている。「妄信」と健全な(?)「信」の働きを分かつものは何だろうか。これらの存在を「ない」とする人の根拠は何だろうか。「客観的資料」ではおそらくないだろう。アウシュヴィッツのガス室の存在をすら否定するドイツ人もいる。

ブログでのネット上のやりとりは顔が見えないけれど、私はある書き手を信じる。別の書き手を信じない。その書き手の一つの記事と別の記事との整合性、いくつもの記事を支えている一つの世界観や人間への関わりが理解でき、共感できたとき、私はその書き手を「信じる」。一つのコメントや記事がいかにその中で論理的であったとしても、他の記事との関連性が見えず、世界観や人間観を透かし見ることができなければ、私はその書き手を理解することができず、「信じる」ことができない。ネット右翼が信じられないのはこの理由による。彼らを理解するためには、もっと色々なこと…幼年時代の思い出とか今までに一番うれしかったこととか、悲しかったこととか、そんなことを聞いてみる必要がある。

私にとって、元従軍慰安婦のおばあさんの言葉を信じることも、あるブログの書き手を信じることも、武力では紛争を解決できないと信じることも、神を信じることも、同じ一つの「信」の働きである。そしてこれが同じ一つの「信」の働きでないならば、私にとって神を信じるということは妄信になってしまう。
GENDAIさんとブログ対談をすることになった。キリスト者対談…。白状するが、私は教会にろくに通っていない。ごくたまに行く、と行った方が正しい。なぜか。行くと著しく疲労するからである。そして一週間その疲れがとれない。まあ、毎週通った時期もあった。洗礼を受けたのは魂に染み入る言葉や「気」に触れたからである。キリスト教との出会いのきっかけは大学時代、シモーヌ・ヴェーユという哲学者の本をたまたま何気なく手にとってみたときである。(『重力と恩寵』というアフォリズム集はなぜか『愛と死のパンセ』という女学生好みのタイトルに変えられてて、乙女の私は思わず手に取ったのだった。)パラパラとめくって目を走らせて、その言葉に釘付けとなった。シモーヌ・ヴェーユ自身は神とこの世(ファシズムと戦争の時代だった)について数々の著作を書きながら、洗礼を受けることを拒否したまま亡くなった。

私の両親はクリスチャンではない。母親は忘れもしない、大学生の私が台所で天ぷらを揚げてたら、横に立ち、突然、「starちゃん、神様っているのよ」と言い出したものだから、あやうくやけどをするところだった。母はそれから突っ走り、今ではその神道系の新興宗教の幹部である。(彼女の勧誘能力はすごい。。。)母が言うには、使者さまが素晴らしくて、「あの方の人柄がわからないとはお前には心がない」と非難糾弾されて難儀をした。(父といい母といい、われながら少女時代は多難であった。)就職試験を受けたときは、藁にもすがる思いだったから、母にひかれて使者さまのご託宣を聞きに行った。まああんまり深い思慮もなく、OLが占い師に占ってもらうようなもんである。しかし深く後悔したのは、運よく就職できてそのあとそれっきりにしたら「使者さまにあれだけお世話になっておきながら恩知らずだ」とまた非難糾弾されたことだ。そのあとしばらくしてホントにストーブの上のヤカンをひっくり返して足に大やけどをしたとき、ガンガンズキズキ突き上げる痛みの横で、母が「使者様に謝りなさい、神様のお諭しだよ、謝ってすがりなさい」と呪文のように繰り返したときは、気が狂うかと思った。

で、何が言いたいかというと、なんで母のその新興宗教じゃなくてキリスト教なのか、神様ってなんだ、ということをけっこう真剣に考えざるをえなかったということだ。こんな生い立ちからか、私はキリスト教用語で信仰を語ることに人一倍違和感がある。シモーヌ・ヴェーユに惹かれながら、普通の教会は敷居が高くてなかなか跨げなかった。いきなり「あなたが教会に今日来て下さったのは神様のお導きですね」などと言われてしまうと、はげしく引いた。みんなにこにこやさしかったが、敷居の高さはそういう問題ではないのだ。行きたいけれど行けない、達したいけれど達せられない、祈りたいけど祈れないみたいな状態が10年以上続いたあと、ようやく敷居の低い教会がぶっきらぼうな態度で私を招き入れてくれた。神父さんは作務衣を着て、お御堂(礼拝堂)は茅葺屋根だった。自給自足の質素な共同生活をしていて、労働をすればタダで泊めてもらえた。座敷には「南無阿弥陀仏」の掛け軸が掛かっていて、食事の前には神父さんは「ナムアミダブツ」と唱え、「日本人にはこれが一番しっくりくるね」なんて笑ってた。キリスト教徒であるかどうかにあまりこだわらない教会だった。茅葺屋根のお御堂は禅寺のようだった。神父さんは自分を「キリストに出会った仏教者」と言っていた。8月15日のミサでは、「虐殺された中国、韓国、朝鮮の方々の霊のために祈ります」と言った。あんないのちのこもった言葉をついぞ他の教会では聞いたことがない。その数年後、無教会の学校で数年間教師をした。無教会は内村鑑三の流れを汲むプロテスタントの一派で、日本の戦争に反対した数少ないキリスト教会である。毎年建国記念日は休日にせず、「建国記念の日を考える日」として、学校を挙げて天皇制についての勉強会をしていた。聖書を読むことと現実に関わることはここでは切れていなかった。戦争に反対し平和を祈ることも、有事法制反対など具体的であり、なおかつ信仰に根ざしていた。私はすでにカトリックの洗礼を受けていたけれど、無教会の人々に違和感はまったく感じなかったし、彼らも私を自然に受け入れてくれた。

茅葺屋根の教会の神父さんは亡くなり、無教会の学校も辞めて都会へ戻った。地元の教会へ行くと一週間疲れがとれない。その疲労をキリスト教会の用語で慰められることになおのこと疲労を覚え、そんな私のために「お祈りします」という善意の言葉に「頼むから祈らないでくれ」とさえ叫びたい気持ちに駆られる。こんな私ですが、GENDAIさん、ブログ対談のお相手させていただいてよろしいんでしょうか。。。

よろしい、とGENDAIさんが言って下さったので、今、GENDAIさんのブログで対談中です。よかったら覗いてみてくださいまし。http://blogs.yahoo.co.jp/yamerugendai/41460966.html#41460966

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わが愛しの邪鬼

「テロリストを殲滅せよ!」「北朝鮮に制裁を!」のプロパガンダで思い出しました。奈良を訪ねたときに見た法隆寺の邪鬼と東大寺の邪鬼。

邪鬼ってなんだろう?征伐の対象?四天王が邪鬼を踏みつけています。
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東大寺の邪鬼。正義の味方四天王が物凄い形相で邪鬼を威圧し、征伐しています。




法隆寺の邪鬼。直立不動の四天王が静かに邪鬼を踏みしめています。穏やかな厳粛な顔で、邪鬼の上にスクっと立っている、と言った方がいいかもしれません。
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邪鬼の顔のユーモラスなこと!
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このユーモラスな顔の邪鬼は、法隆寺の五重塔にもいました! 五重塔の最下層の雲形肘木をひしゃげた顔で支えています。軒下で風雪に耐え、五重塔を支える邪鬼。最下層の軒下で邪鬼に支えられ、五重塔のてっぺんの水煙(九輪)は天へと軽やかに飛翔します。
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私の中の邪鬼。邪鬼を征伐せず、追い出さず、しっかりと踏みしめて、私の中に正しく位置づけて、スックと立って生きていこう。そうして水煙よ、軽やかに飛翔せよ。

シモーヌ・ヴェーユは「不在なる神を待ち望む」と言った。この言葉はクリスチャンの語る「神様のお導き」「神の摂理」という言葉より一層純粋だ。曰く、「この学校に勤めることになったのも神様のお導きだ」「ヒロシマに原爆が落ちたのも神の摂理だ」等々。ヴェーユはこの考え方を嫌い、拒絶した。もし神の意志がこの世界に働いており「摂理」とか「お導き」とかいうものがあるのだとしたら、この世の悪もまた神の意志だということになってしまう。原理主義者はそういう考え方をする。「このテロ戦争は神の再臨に先立つ神の計画(摂理)だ」「イスラエル建国は神の意志だ」。通常のクリスチャンはもっと穏健で、かつ思考を突きつめない。自分が校長に就任したのが神のお導きなら、米兵にイラクで子供を殺させたのも神のお導きか。(どうちがうのか?!)

この世界を共感と想像力をもって眺めるならば、神の意志は働いていない。もし何らかの意志が働いているのなら、それは悪魔の意志である。(異端のグノーシス派は、この世の創造主は悪魔であると考えた。神は悪魔の創造したこの世の向こうに隠れている。ヴェーユはグノーシス派に共感する。)あるいは神はいない。

私も神はいないと思う。それが受肉の意味であり十字架の意味だと思う。神はこの世に介入しない。少なくとも権力者がこの世に介入するような仕方では介入しない。「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか。」-----それがキリストの十字架における祈りだった。

二通りのキリスト。壮麗なシスティナ礼拝堂の天井に描かれた、筋骨隆々たる体躯で被造物の上に君臨するミケランジェロのキリスト(『最後の審判』)。ルオーの描いた、貧しく、弱く、暗闇の中で涙を流すキリスト。(ルオーの絵はこのブログの画像。)権力は従順を要求し、痛みと悲しみは愛を求める。私は神がこの世界に、張り裂ける悲しみで涙を流しておられることを信じる。

この世の悲惨は神が作り出したものではなく、また神の意志でもない。この世の悲惨の解決は人間の手に委ねられている。だから人がこの悲惨を取り除かなくてはならない。権力者のようにではなく(どのみち私たちに権力などあるわけもないのだが)、十字架上のキリストの痛みと悲しみをもって----。

先日アウシュヴィッツを訪れたローマ法王の祈り---「神よ、なぜこのようなことをおゆるしになったのですか。もう二度とこのようなことをおゆるしになりませんように」。
神はゆるしたのではない。この世の権力者のようには介入しなかっただけだ。ナチスによるユダヤ人虐殺をゆるしたのは人間であり、カトリック教会だ。(カトリック教会がこのことの総括をしないで、このような祈りをすることはおぞましくすらある。告白し、懺悔することで、教会は権威を失うのではなく浄められ、強められていくと思うのだ。)神はこの世の出来事に権力者のようには介入しないけれど、ユダヤ人迫害とナチスに命を賭してたたかったボンヘッファーの中に、見えない形で神は働いておられた。ボンヘッファーは祈りの中でキリストに会い、たたかう力を得たのだ。そのような出会いを私もしたと思うから、私はキリストを確信している。そのように人間が働き、世に平和を実現することを神はひたすらに望んでおられると確信している。

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久しぶりの教会

昨日は久しぶりに教会へ行った。籍だけ置いてるカトリック教会ではなく、プロテスタントの日本基督教団の教会へ行った。(わたしは教会ジプシー。)説教は「悪霊に取り憑かれた人」についてだった。旧約聖書のサウルと福音書。せっかくがんばって教会へ行ったのに、また疲労と苦痛を覚えただけだった。でも今回は対話したので、ちょっと進歩だった。新顔の私に隣りの席の人が話しかけてくれたので、お話ししたし、その人が牧師さんに紹介してくれたから、牧師さんとも話せた。なんにせよ、それが批判であろうと文句であろうと、話をするのは黙って不満を抱えているより数倍いいんだろう。

「悪霊」の話をしながら、説教者はテロのことにも対テロ戦争のことにもこのすさまじい今日の社会のことにもひと言も言及しなかった。言及しなかっただけじゃなくて、そもそも考えてないんだろうな、と説教を聴きながら思った。隣りの席の女性にそのことを打ち明けた。「すごいですねえ。私は平和とかそんな大きなことは考えなくちゃと思うけど、まずその前に心の平安とか慰めとかそういうことを求めます。幼児教育をしてるから日頃接している幼児たちをみて、人が愛され認められることがまず必要だと思います。」牧師さんに是非お話ししなさいよ、と言うから、通してもらった。「この教会では政治のこととか戦争のこととかは直接話しません。それよりもっと深いところで神様と私たちとのつながりについてお話ししていくのです。」

日本基督教団は、カトリックと同じように、かつて皇国日本の戦争に協力した。そして朝鮮半島のキリスト者を日本国家に協力させるよう、宮城遥拝はキリスト教には反しないのだと説得して回った。戦争が終わったときは、「わたしたちの祈りが足りないから戦争に負けたのです」と言った。1960年代に入ってから、教団の議長が議長名で教団の戦争責任を告白する声明を出した。けれど教団の名では出せなかったのだ。戦争責任告白に反対する人たちがいたから。

「じゃあ戦争のことについて説教で毎回毎回話をしなくちゃいけないんですか」----納得しない私に牧師さんは言った。そんなふうには思わない。だけど教会で語られる言葉には何かが欠けていると思うのだ。言葉が命を持つために不可欠な何かが。それは現実=この世、との緊張感。この現実との緊張を持たない言葉に出会うと居心地が悪くなる。たとえば大ヒットしたスマップの「世界で一つだけの花」。数年前に流行った「最後に愛は勝つ」とか。そんなこと高らかに歌えない。。。

戦争についてとか環境問題についてとか「何について語るか」が問題ではないのだと思う。抽象的なことを語っても(神の愛とか信仰とかはある意味抽象的だ)、ハッとする言葉には、その根っこに「この世」とのピンと張り詰めた緊張関係がある。ナチスに抵抗したシモーヌ=ヴェーユ、ボンヘッファー、反戦を貫いた数少ない日本のキリスト者である無教会の内村鑑三。言葉の力。わたしの魂にいのちを吹き込み、強めてくれる言葉の数々。そんな言葉に飢えることも多い日々。

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