|
樋口一葉という名前は誰でも知っていることでしょう。また5千円札で一葉さんにはしょっちゅうお目にかかっています。
改めて5千円札で観察しましたが、美しく聡明そうで意志が強そうな女性です。
先日、図書館で一葉についの本を読んだところ、生誕地について記載されていました。
今まで、本郷菊坂辺りで生活していたことは知っていましたが、何処で生まれたのかについては考えたこともありませんでした。
それが、全然思いもよらない都会の街中で生誕しているのです…。(勿論、明治5年(1872)頃は、都会ではなかったわけですが、それでも江戸城近くです)
書物には「樋口一葉の生誕地は、都営三田線・内幸町駅の6・7番出口、正面に国際ビル、北側に富国生命ビル、この二方に囲まれた一段低い催し物広場のあたり・・・」と書いてあったので、早速現地に飛んで行きました。
行ってみてびっくりしました。落ち着いた樋口一葉のイメージと全然違うそのギャップに驚いたわけです。
高層ビルに囲まれた一段低い広場がオープンカフエになっていて、白いテーブル・椅子と濃緑のパラソルが並べられ人々がお茶を楽しんでいて、色彩豊かなパリの街角のような洒落た雰囲気の場所でした。
この場所は、地図にも記載がなく、現地にも何の標識もないので殆どの人は知らないと思われます。
通りかかったら、この地で一葉は生まれたのかと立ち止まって眺めて下さい。
さて、一葉(本名は奈津<夏子>)は、明治5年(1872)3月25日(新暦5月2日)、東京府庁が接収して官舎がわりにしていた旧郡山藩・柳沢邸跡の長屋で、父則義、母多喜の第5子・次女として生まれました。
両親は、塩山市の農家の出、父は番所調所の小使いを皮切りに、コツコツと金を貯めて慶応3年(1867)、八丁堀同心の株を買い、めでたく幕府直参の身分を取得、じ後、幕府の東京府の下級官吏として働いていました。
写真1:日比谷付近の地図 右下に「内幸町駅」があり、そのすぐ左側(西)に3っの高層ビルに囲まれ た広場(黄色く塗ってある)があります。そこが生誕地です。 生誕地の上(北)に「フコク生 命ビル」、その上(北)に日比谷公会堂がありますが、生誕地と公会堂は直線距離で約150メ ートル位です。
写真2:日比谷公会堂 目印に載せました。写真の左手が生誕地になります。
写真3:日比谷シテイ 遠方が生誕地
写真4:階段を下りた低地が生誕地で現在はオープンカフエ
写真5:日比谷シテイのオープンカフエの状況
写真6:日比谷シテイのオープンカフエのパノラマ写真
|
日比谷付近は懐かしく拝見しました、現在は昔と様変わりしていると思います、当時はこの地図の中に防衛庁もあり尋ねたように思います
2006/9/24(日) 午後 0:54 [ 服部喜一 ]
服部さん、今日は!日比谷公園付近も懐かしいようですね。そういえば昔、丸の内付近でお仕事をされていたというコメントを頂いたことを思い出しました。ブログに夏目漱石を載せたときはお世話になりました。あの記事は「文学者・詩人・画家等の足跡」という書庫を設けそこに入れました。
2006/9/24(日) 午後 3:38 [ star☆tk ]