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金沢は、北陸新幹線が開通し賑わっているようですね。金沢には今からかなり前に、私の家族と姉夫婦の車の2台で、甲府経由、高山、金沢、雨晴海岸(富山)、上田(信州)、軽井沢を周遊するドライブをした事があるので少しだけ金沢を見物したことがあります。兼六園と金沢城跡を見たことは覚えています。
高速道路など殆どない時代に1200キロくらい山道等・・・特に富山から上田の間は細い山道・・・を走ったので大変でした。どの経路を通ったか記憶にありませんが細い危険な経路だったことは覚えています。
(働き盛りだったので肉付もよく体重は今より15キロほど重かった・・・現在は身長に対し適正体重…腹もぺちゃんこ↓)
じ後の写真は前回「白川郷」の記事に使った娘夫婦の旅の写真です。北陸新幹線はまだ乗ったことがありません。
和と洋が調和して面白い風景です。
金沢駅の建築様式が話題になっていますね。
凄いですね。
「ひゃくまんさん」というキャラクター。ゆるきゃらではないですね。
後ろ姿です。
一向宗によって支配されていた加賀の地は、この地の一向宗徒が織田信長によって滅ぼされ、加賀藩祖の前田利家が金沢に入城してからは約400年間、加賀百万石の本拠として栄えました。
復元された菱櫓、五十間長屋、橋爪門続櫓などがあります。城は台地の先端部を利用して築かれた平山城。
を
夜の丸菱櫓もきれい! 櫓、門などは凍害を防ぐために屋根は鉛瓦とし、壁は海鼠(ナマコ)壁としたため、華麗な姿になっています。
長町武家屋敷跡の風景です。加賀藩の中級武士の多くが住んでいたところで、土塀や長屋門などが見られます。
武家屋敷の一帯は用水が流れ、土塀に囲まれた屋敷が続きます。
屋敷は現在も個人の住居として使われています。
下水の蓋は、兼六園の石灯籠の絵柄です。
武士と従者が出てきそうな門です。
「武家屋敷跡、野村家」は一般公開されています。
この1枚だけはインターネットの写真です。↓
野村家は、天正11年(1583)前田利家が、金沢城に入城した際、直臣として従った野村伝兵衛は、禄高千石、千二百石と累進し、11代にわたって御馬廻組組頭、多奉行職を歴任。千有余坪の屋敷を持って連綿と明治4年の廃藩置県まで続いた由緒ある家柄とのことです。
断・捨・離の必要がない整然とした部屋です。
半日ゆっくりと庭を眺めながら過したくなることでしょう。
マンホールの蓋です。絵柄は…。
最初に載せた「ひやくまんさん」の絵柄の日本酒。沢山もらった土産のうちの一つです。美味しいのですぐに飲んでしまいました。
今回も「人の褌で相撲をとる」ブログになりました。私も金沢周辺を旅したくなりました…腰痛が和らいだら出かけますよ!!
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