東京訪ね歩き

,その時の話題に合った写真を沢山載せるので目で楽しんで下さい!!

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

今日は晴れて暖かい日になりました。我が家から北へ250mほど離れた地点にある桜がピンクの花を咲かせていました。
小指の先ほどの小さな花で名前が分かりませんが毎年今頃咲きます。

我が家から西の方角、約400mのとある民家の河津桜は2月10日に3部咲きになりブログに載せましたが今は散ってしまいました。
あと10日もすれば染井吉野も咲き花見ができますね。

今月10日に浅草方面に行く途中、三河島のお寺を訪ねたところ可愛い顔のお地蔵さんを見かけたので紹介します。

荒川区役所の西、約300mほどのところにある浄正寺です。地図の左下に位置しています。その上方、明治通りの北側に観音寺があります。
イメージ 1

浄正寺山門です。文亀3年(1503)の開創、江戸期には3500坪の広大な境内地を有していた。多くの石仏・石碑が境内にある。本堂前の三河島観音は昭和37年の国電三河島事故の惨事を今に伝えています。(説明文より抜粋)
イメージ 2

山門横の掲示板には「ありがとう!感謝する心に幸せ宿る」と記されていました。
「ありがとう」いい言葉ですね。つとめて使うように心がけたいと思います。
イメージ 3

地蔵堂の中には数体のお地蔵様がありました。
イメージ 4

境内には彼方此方に可愛い顔のお地蔵様がありました。いたずらっ子のような顔をしていて親しみを感じました。
イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

三河島観音です。
イメージ 11

明治通りを横断して観音寺に行きました。地図に将軍お膳所と書いてあったので訪ねました。お膳所というのは食事を提供したということでしょう。
観音寺です。
イメージ 12

境内に立てられた説明版には次のように書いてありました。
江戸城(皇居)から程近い三河島あたりに江戸時代には鶴が飛来していたのですね。
徳川将軍鶴お成り(観音寺):
「江戸時代の三河島近辺は鶴の飛来地で毎年11月からの農閑期に竹の囲いを廻らして鶴の餌付けがおこなわれていた。

将軍家は特に八代吉宗以降、頻繁に鷹狩を行った。なかでも鶴は珍重され、鶴の捕獲を目的とする将軍放鷹(よう)は「鶴お成り」と称され、捕らえた鶴は天皇に献上する慣わしであった。

三河島筋の鶴お成りの際には、観音寺か法界寺が御膳所にあてられた。
観音寺にお成りの場合には、将軍は正門からではなく東側の竹薮を切り開いて出入りしたという。
そのつど寺では土地の名産「三河島茶」を献上するのが例であった。
                         荒川区教育委員会」
イメージ 13

現在は鶴が飛来していたのどかな風景はどこにも見られません。

全1ページ

[1]


.
star☆tk
star☆tk
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(5)
  • 若紫
  • 弥勒如来宝船aya*_*214
  • きよちゃん
  • 気ままな散歩・散策
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

標準グループ

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事