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追記:東北 関東大震災(東日本巨大地震)及びそれに伴う巨大津波で、東北地方の太平洋側を主体に甚大な損害が発生しています。更に東京電力福島発電所の原子炉で深刻な事態が生じています。
被災者の皆さまに対する救援が確実に行われるとともに、多数の行方不明者のうち出来るだけ多くの生存者が確認・救出されるように祈るだけです。
亡くなられた方々には心からお悔やみ申し上げます。
頑張れ日本!!頑張ろう日本!!
非常事態であり、節電及び不要不急のインターネット・メールの使用を避けるため当分の間、ブログはお休みいたします。
皆さまのご健勝をお祈りいたします。
3月9(水)に載せた記事:
昼前に宮城・福島方面で起こった地震で当地も震度3の揺れを感じましたが大きな被害、特に死傷者がでなかったようで良かったですね。
さて3月5日(土)に小便小僧に会いに行ったあと上野で下車して本郷〜谷根千地区を散策しました。この地区は戦災を免れ古い木造家屋などが残っているので時々訪れて歩きまわっています。
上野駅公園口で降りて上野公園の竹の台地(噴水のある場所)を通りました。
つい最近記事にしましたが整備工事中です。
動物園通りを通って…頭の上を動物園のモノレールが通過・・・。
地図で確認しましょう。①付近を通過し②に向かいます。
②の水月ホテル鴎外荘です。森鴎外居住の跡と言う標識がみえます。
ビルを入る森鴎外の居住した建物が中庭に保存されています。外部からの見学は自由です。
この部屋で食事ができます。以前食事をしましたがこの木造家屋ではありませんでした。
③の串揚げの「はん亭」に行く途中に東京弥生会館があった筈ですが見当たらず公園になっていました。公園の向かいの空き地に「都電」が置かれ「池の端児童公園」が出来ていました。ちょっと来ない間に変化しますね。
「はん亭」は建物が素敵なので通りかかるたびに撮っています。
この建物は関東大地震や戦災にも生き残り、昭和50年代の初頭「はん亭」として蘇ったとのことです。黒光りした板壁、瓦ぶきの屋根など昔の風情を生かした3階建てで郷愁を感じさせます。根津の名所のひとつです。
最近までこの店の向かいの路地の奥に「稲荷ずし」で知られた「三花」という店があったので「はん亭」は写真をとるだけ、稲荷ずしを買ったものです。関東風の濃い味付けの大きな稲荷でした。
2〜3年前に「しばらく休みます」と掲示を出してまだ閉めています。好物だったので残念です。
昼のメニューです。一回くらい食べないと話にもならない…食べることにしました。
3階もありますが2階に通されました。1階のテーブル・椅子席は混んでいましたが幸い座敷は空いていました。
床の間の前の席に座りました。
最初の膳が運ばれてきました。お刺身と生野菜のステイック、特製のみそだれ等…。
串揚は2本ずつ4回に分けて運ばれてきました…計8種類。これは海老とタラの芽だったかな?その他、ホタテ、牛肉、生姜等でした。
ご飯、シャーベットも食べたのでもう十分…1時間あまりで食事を終わり美術館に向かって歩き出しました。
途中「弥生式土器発掘ゆかりの地碑」の前を通りかかりました。何度も撮っていますがまた1枚!
中学あるいは高校で弥生式土器を習った時にはこんな東京の街中で発見されたとな思わなかったですよ。
地図の④、東京大学のすぐそばです。
弥生坂から暗闇坂方向に曲がります。標識にはこの先左、立原道造記念館、竹久夢二美術館、弥生美術館と書いてあります。後方の茶色いビルは東京大学工学部の建物群です。
弥生美術館・竹久夢二美術館です。時々見に来ます。今回の特別展は図案と装飾展ですが恒常的に展示している絵等はみられます。
弥生美術館は昭和20〜30年代の挿絵画家(岩田専太郎など)の作品の展示…楽しめました。
次いで東大構内を散策しようと 弥生門から入りました。地図の下の⑥です。
勝手知しったる構内です…ちょいちょい散策しているもので…。
安田講堂です…いろいろありましたね…。
建築家コンドルの像の前では子供たちが遊んでいました。のんびりした風景…。
この後、食事をした「はん亭」がある根津駅(地図の上の⑥)に戻り根津、千駄木、谷中地区(いわゆる谷根千地区)を散策しましたがその様子は次回としましょう。
細い路地まで入りこんで歩くと何度訪ねたところでも新しい発見があって楽しいですね。
健康維持のためにせいぜい歩きましょう!
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