東京訪ね歩き

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1.先日、日本橋蛎殻(かきがら)町付近を散策していて「水天宮」を参拝したところ、境内に子授けの犬の像がありました。水天宮は安産・子授けの功徳があるのですぐ納得しましたが、本殿の左側にとても可愛い河童の像が建っていました。

携行している観光地図を見ると「水天宮」の下に、安産・子授・水難守護と書いてあったので、水難から人々を守るために河童の像が建てられていると納得しました。

この河童がいたずら小僧のような顔をしていてとても可愛いのです。以前、河童橋商店街に建っている色っぽい女の子の河童像を載せましたが、それに負けないくらい可愛いカッパ君です。

*上記の文章訂正します。「ぱぴんこ」さんのコメントで左肩に子供のカッパがいるのに気が付き、乳もふっくらしているので「お母さんカッパ」のようです。
最初、いたずらそうな顔をしているので男の子のカッパと勘違いしました!
 (女のカッパ像は書庫「路上「道端」の可愛い像」に入っています。)

*またまた訂正です。お母さんカッパの身体には3匹の子カッパがいました。抱かれているカッパ、
左肩と右足下方にしがみついている子カッパ達です。
(のんさん、babionさん、setukoさん、山本さんのコメントで気がつきました・・。)

2.「水天宮」は、文政元年(1818)に、港区赤羽にあった有馬藩邸に、当時の藩主・有馬頼徳公が領地(福岡県久留米市)の水天宮の御分霊を神主に命じて藩邸内に御分社を祀らせてもので、明治維新に

より藩邸が接収され有馬邸が青山に移るとともに青山へ、更に明治5年に現在地に移ったと門前の由来書にありました。
(蛇足ですが、日本橋・水天宮で検索するとHPが出てきます。)

3.河童について広辞林で調べました。
「想像上の動物で、水陸両方にすむ。形は3,4歳の小児のようで、くちばしがとがってうろこがある。

頭は毛が少なく頭上にくぼみがあって水をいれる。その水があるうちは陸上でも力が強く、他の生物を水
中に引き込んで血を吸い、俗に小児が水で溺れるのはそのためという。キュウリが好物とされる。

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1.昨日(3月2日)、日本橋人形町から、日本橋三越前にあるプラネタリウムを見るために人形町通りを歩いていたところ、道路端に「三光稲荷神社の説明版」が立っていました。

2.この神社は、元禄2年(1689)の文書に名前が記載されているので、それ以前に建立された神社で、古くから娘、子供、芸妓等の参詣するものが多く、ことに猫を見失ったときに立願すると霊験あらたかで、境内にある猫の置物は猫が無事に帰ったお礼に奉納されたということが書いてありました。

3.狭い路地を50メートルほど入ると小さな神社がありました。驚いたことに拝殿の賽銭箱の目の前に雛壇が設置されお雛様が飾られていました。神前で頭を下げると目の前にお雛様があって楽しい気分でした。

4.拝殿のお雛様や境内に置かれている猫の置物を見ていると、隣の町会事務所から人が出てきて、この神社は関東大地震や戦災の被害も受けないで現在もこのように古い姿を保っていると親切に色々説明してくれました。

5.意外な場所でお雛様や猫の置物を見て心がなごみました。東京にもまだまだ古い歴史や人情が残っています。   所在地:日本橋堀込町2−9

6.神社前の路地の幅がせまく、後方は壁で間合いが取れなくて神社の全体写真は撮れませんでした。

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1.中央線 御茶ノ水駅を降りて1〜2分南へ歩くと目の前に水色をした高いドームが見えエキゾチックな風景になります。
日本ハリスト教会の教会堂で、正式名称は「日本ハリスト正教会教団復活大聖堂」ですが、一般には
「ニコライ堂」と呼ばれています。(国指定重要文化財)

2.建物はロシアの美術家シチュルボフが設計、英人コンドルが修正して完成したもので、平面はギリシャ十字形をしたビザンチン様式、中央のドームは先端までの高さ約38メートル、他に先端に鐘楼がついています。竣工は1891年です。

3.1923年の関東大地震で被害を受けましたが改修され、更に平成4年(1992)より着手された修復工事も完成し教会内部もきらびやかに輝いています。

4.私はかって、ニコライ堂の横を通って通学していたので懐かしい建物ですが、中に入った事はありませんでした。
つい最近、内部も見学できると言うことを知り、先日行ってきました。入り口で300円の献金をしてロウソクを頂き、燭台にロウソクを燈し、敬虔な気持ちで見学しました。
宗教を問わず、このような建物に入ると心が洗われます。
この神田駿河台地区に来ると若い頃を思い出し感慨にふけっています。
*ニコライ堂は公開され見学可です。火〜金(除く祝日)13:00〜16時(10月〜3月は15:30)
千代田区神田駿河台4−1−3  Tel:03−3294−1885

5・写真
(1)1〜5:ニコライ堂の風景
 建物内部の写真撮影は禁止です。
(2)大久保彦左衛門屋敷跡  ニコライ堂から約150メートル西の杏雲堂病院の敷地内にあります。

家康が関東に入府した頃は、現在の霞ヶ関や東京駅八重洲付近まで海だったので、神田にあつた山を切り崩し埋め立てに使いました。江戸城の北地区、神田・水道橋・飯田橋・番町地区に旗本たちを住まわせました。大久保彦左衛門は3000石の旗本なので神田駿河台に屋敷がありました。

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1.高さ41メートルの尖塔をもつ丸いドーム屋根の白亜のモスクが東京にあり住宅地の中でその地区だけは、イスラムの雰囲気が漂っています。「東京ジャーミィー・トルコ文化センター」です。
都内に住むイスラム教徒の礼拝施設で、トルコ文化を紹介する窓口にもなっています。

2.昨年10月にトルコを旅行した私は興味があったので、先月18日に訪問しました。
所在地は渋谷区大山町1−19で、「地下鉄千代田線・小田急線の代々木上原駅」下車、徒歩5分くらいで到着しました。

3.1階がトルコ文化センターとで、無料のパンフの他、トルコの品々の展示、土産品などが販売されています。立派な会議室がありました。
見学していると事務所で働いているトルコの男性がお茶(チャイ)を入れてくれました。
トルコ旅行の印象等をしばし雑談しましたが、日本語が上手で楽しく過ごせました。
トルコに対する印象がまた良くなりました。

4.2階に礼拝所があり自由に見学できます。1日に5回礼拝が行われるとのことでしたが丁度空いている時間帯でゆっくり見学ができました。若い日本の女性がヴェールをかぶって男性禁止の2階席に1人
いるだけでした。

丸いドーム屋根を持ち、ステンドグラスの窓も美しく、多彩色できらびやかな装飾が施された内装は立派で魅惑的な礼拝所でした。礼拝所内部の写真撮影は禁止でした。

5.トルコに関するパンフレットはここでももらえますが、トルコ大使館内のトルコ政府観光局でももらえます。大使館に入るのは正門右側にブザーがあるので押して観光関係資料が欲しいというとインターホンで案内してくれます。(渋谷区神宮前2−33−6:TeL03−3470−6380)

6.写真
(1)1〜4:東京ジャーミーの写真です。
  4枚目は2階の礼拝所前で撮りました。
(2)5:トルコ文化センターで買った「東京ジャーミィー」の「絵葉書」です。

*記事を書いてからたまたま図書館で雑誌をみていたら、建築の経緯が書いてありました。
1917年のロシア革命の折、イスラム系のトルコ民族600人が日本に亡命、そのうち東京周辺に居
を構えた200人が、1938年にサラセン式ドームをもつモスクを建設した。
これが老朽化したため、トルコ政府も協力して日本(鹿島建設)・トルコ協働して2000年に再建されたということです。

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1.前回に引き続き、12月5日(火)に参拝して歩いた寺のうち、午後から訪ねた5ケ寺
の紅葉・黄葉の写真を載せることにします。

2.覚園寺(かくおんじ):健保6年(1218)、この地に北条義時が大蔵薬師堂を建立。
その後、北条貞時が元寇の乱を逃れる祈祷をするために智海真慧を招いて寺に改め覚園寺
と称されたのは永仁4年(1296)の事と伝えられている。
昔の面影をよく残し、木立に囲まれたひっそりとした雰囲気は、鎌倉でも最も鎌倉らしい
寺だと言われている。境内全域が国の史跡に指定されている。
(1)写真1:山門
(2)写真2〜4:紅葉の状況

3.瑞泉寺:開山は夢窓疎石。嘉暦2年(1327)鎌倉幕府の重臣であった二階堂道蘊
が創建した瑞泉院が前身。関東十刹に数えられる。 本堂裏の庭園は夢窓疎石の作といわれ
国の名勝。今では鎌倉随一の花の寺として知られている。
(1)写真5:冬桜と黄葉
(2)写真6:境内の紅葉

4.杉本寺:天平6年(734)、光明皇后の願いにより創建された天台宗の古刹。現在も
坂東33霊場の第1番寺として信仰され、本堂には3体の十一面観音を安置している。
・写真7:茅葺屋根の本堂と境内の紅葉

5.報国寺:建武元年(1334)、足利家時が建立したといわれる臨済宗の寺院。本堂裏
の孟宗竹が美しく、古都らしい風情が漂う鎌倉一の「竹の寺」として有名。
(1)写真8:境内の紅葉
(2)写真9:境内の黄葉
(3)写真10:竹林

6.浄妙寺:文治4年(1188)、鎌倉幕府の重臣である足利義兼の創建、鎌倉五山の
第5位に数えられている。度重なる火災にあい、現在の建物は宝暦6年(1756)に再建
された本堂・客殿などが残っているだけである。
(1)山門
(2)山茶花と紅葉
(3)境内の紅葉
*鎌倉の紅葉は、ひとまずこれで終りとします。また花の時期に訪ねてみたいと思っています。

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