東京訪ね歩き

,その時の話題に合った写真を沢山載せるので目で楽しんで下さい!!

旅行:東北・(北海道)

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昨晩、野球の国際大会「プレミア12」の準決勝、日本対韓国戦、3:0で勝っていて8回表を0点で抑えたのでもう大丈夫と思い、風呂に入って出た来たら9回表に4点入れられ逆転負け!残念!無念・悔しい!
大谷投手の快投が目に焼き付いているので、信じられない!

さて、前回は福島市内を散策し、福島県庁に到着したところまで載せました。
地図の右上のです。これから③紅葉山公園、④御倉邸…の順序で載せます。

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県庁に入り受付で「福島城址はどこですか?」と尋ねたところ、申し訳なさそうに「すぐそこに見える石碑があるだけです」と・・・。食堂は誰でも利用できるとのことでした。
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この石碑です・・・。ここで写真を撮っていると外人女性が興味を示しこの碑を撮り、お互いに石碑を入れ写真を撮りあいました。テキサス出身で現在福島に住んでいるとのことでした。
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福島城の説明↓現在の福島県庁の地に福島城がありました。
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 県庁の食堂です。
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カツカレー(570円)。県庁勤務者以外の利用者にはジュース1本サービスしてくれました。(自動販売機では160円の品)
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 ハンバーグ・エビフライランチ(600円)
果物を除くと福島独特の食べ物…思い浮かびませんね。果物はモモ・ブドウ・ナシ・リンゴ…思い浮かびます。
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 県庁隣の城跡の様子です。
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大雨が降った直後の阿武隈川…。
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この後、前方の橋の先まで歩いていきました。(御倉邸)

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2011年(H13年)3月11日の東日本大震災により、ここにあった板倉神社は壊滅、平成25年五月に復興したとのことです。
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福島城と板倉氏の説明。
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城の石垣が見当たらないと思いjましたが、土塁だったようです。
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若山牧水の歌碑:つばくらめ ちちととびかひ阿武隈の きしの桃のはな いまさかりなり
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旧日本銀行福島支店長役宅(御倉邸):昭和2年建築、平成12年3月に都市公園として整備するために市が取得、部屋など市民が利用できます。
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玄関

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庭から見てみましょう。
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目の前に阿武隈川が流れています。福島藩などの米蔵や船着場があった歴史的な場所です。

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近くに宮沢賢治の紹介…ただしばし群れとはなれて阿武隈の岸にきたれば こおろぎなけり
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店先に可愛いネコの陶器がありましたが、」福島とは関係ないかも・・・。
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マンホールの絵柄・・・シジュウカラ
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福島市の名物の一つ・・・みそぱん。本舗があったので入りました。
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マンホールの絵柄は花々・・・。
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木戸孝充が宿泊したという宿がありました。
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この先の交差点を左折すると福島駅に戻ります。

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この後、奥羽本線で福島から五つ目の峠駅に向かいます。秘湯として知られた姥湯温泉に泊まるためです。
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今日午後は中学時代からの友人との月一回の定例会…10名は集まるでしょう。しゃべり、歌い、飲む・・・元気の源です。
*こもれびさん、korutikamu9さん、若紫さん、yamaさん、瑠璃色さん、sayoriさん、
yamaさん、sayori]さん、四季の光景さん、りらっくまさん、都の桜童子さん、帆立のnekoさん、あや爺さん、awjp-reikoさん、yoshikoさん、遊石さん、ranさん、かっちゃんさん、エコッjトくんさん、きよちゃんさん、sazamkaさん、yumiko・kさん、
チョコママさん、まほもちさん、
ナイス!有難うございました。
貴ブログを訪ねコメントなど残します。


前回は、宮澤賢治の故郷、花巻の駅前風景と日本一深い浴槽がある花巻温泉郷・鉛温泉について載せました。
その後、仙台で1泊したのですが、生憎大雨!アーケード街を散策し駅地下で利休の「牛タン定食」を食べただけなので記事になりません。
仙台および近郊に約6年住み、その後も何度か来ているので豪雨で街の散策ができなくても仕方がないとあっさり諦めました。
しかし翌日も列車は運休停止、11:00頃にやっと東北本線は運行開始したので
仙台11:24発の「やまびこ」で福島に11:46分にやっと到しました。やれやれ!
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ようこそ福島へ!
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こけしがお出迎え!
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福島は桃や梨などの一大生産地!この人形も梨のようです。
が満開、福のしま}・・・。

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駅を出ました。洒落た駅です。

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果物王国らしい・・。

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モダンです。
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福島駅の全景!実は福島駅で下車し、市内を観光したことが今までありません。鉄道路線図に載せた地域はかなり訪ね歩いているのですが…。
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駅をでると目の前にピアノを弾く男性の像…古関裕而さんです。

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作曲家(応援歌・軍歌・歌謡曲)1909・8・11日(  )〜1989・8・8日(
  ),80歳で没。
JR福島駅の発車メロディは、在来線ホームでは「高原列車が行く」、新幹線ホームでは「栄冠は君に輝く」で、古関裕而の曲が採用されています。

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早大・慶応大・東京農大・中央大等の応援歌、阪神タイガース応援歌(六甲颪)・読売ジャイアンツ応援歌(闘魂こめて)、東京五輪オリンピックマーチ等々を作曲、和製スーザーと呼ばています。
私が若いころ歌っていた母校の応援歌はこの人が作曲したことは忘れていました。

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松尾芭蕉曾良の像もありました。
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元禄2年(1689)5月1日(陽暦6月17日)この地で1泊したとのこと…。
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洒落た建物…駅前のトイレでした。
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近くに可愛い像…。
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マンホールの絵柄は祭り・・・。
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右上に阿武隈川が描かれ、紅葉山公園(板倉神社)、①県庁の標記。駅から駅前通りを②日本銀行前を通り福島県庁に向かいます。県庁のそばに福島城跡があるようなので…。
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駅前通りを歩き日本銀行福島支店(手前の薄茶の建物)前を通過しました。案内板が見えます。
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上の三叉路が奥州街道から米沢街道の分岐点、上杉家の行列も参勤交代などで通行していた…雄姿が眼に浮かびます。
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少し進みと「古関祐而生誕の地」の掲示。
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福島県庁が見えてきました。道路向かい側に標識がみえます。
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現在地が福島城大手門跡…。
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いまでは痕跡もありません…。
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福島県庁に着きました。福島城址はどこか?尋ねてみましょう。とっくに昼食時間は過ぎていて付近にレストランもない模様…県庁の食堂は利用できるかな?
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次回は福島城跡などなど載せる予定です。
*福島県の面積は、北海道、岩手県に次いで3番目。人口は約203万人(福島市の人口:約29万7400人)
今日は暖かいですね。
*若紫さん、こもれびさん、awjp-reikoさん、都の桜童子さん、クンシンさん、
帆立のnekoさん,yuさん、りらっくまさん、四季の光景さん、、とーく飛騨さん、
yosikoさん、sazanka2さん、yuyunekotaさん、mak+to*ir*uさん、yamaさん、
ぱぴんこさん、瑠璃色さん、かつちゃんさん、きよちゃんさん、sayoriさん、           エコットくんさん、あや爺さん、eigekaiさん、 korutikamuさん、チョコままさん、
ranさん、yumiko・kさん、まほもちさん、
ナイス!!有難うございました。 
貴ブログを訪ねコメントなど残します。
前回は地元、さいたま市浦和区・北浦和公園の銀杏黄葉を載せましたが、今回は連載・東北の旅に戻って宮沢賢治の故郷・花巻についてのせます。
テレビでは国産旅客機MRJが間もなく試験飛行のため離陸するというニュースが流れています。9:35離陸!青空を背景に白い機体、恰好いいです!
(追記:1時間半の飛行を終わり、11時過ぎに無事県営名古屋空港に着陸)

盛岡での観光を終えて、東北本線で花巻まで移動しました。

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盛岡14:10分発、14:46分に花巻に到着。
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花巻駅に到着!
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ようこそ花巻駅へ!鹿(しし)踊りが出迎えてくれます。
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名所案内・・宮沢賢治童話村・宮沢賢治記念館・宮沢賢治イーハトーブ館…私が向かうのは鉛温泉、車で33分!
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花巻駅待合室・・・。
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楽しくくつろげる待合室でした。
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銀河鉄道…SL銀河の掲示、釜石線に走っているようです。
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花巻駅の情景。
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木造の優しく懐かしい感じの駅。
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駅前広場には、宮沢賢治に関連したモニュメントなどが沢山あります。
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帽子とコート…。

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岩手軽便鉄道花巻駅跡・・・。
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カエルのベンチ。
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セロ弾きの…ベンチ。
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ネコ…のベンチ。
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これもネコですね。
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タヌキの腰掛。
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フクロウのベンチ。
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鹿(シシ)踊りと菊のマンホール
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温泉行の無料送迎バスがここから出ています。帰りもここまで送ってくれます。。
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送迎バスが来ました
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宿泊するホテル・旅館まで各自を送ってくれます。
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私たちが泊まったのは鉛温泉の藤三(ふじさん)旅館。旅館のパンフの写真です。豊沢川の流れに沿って建つ木造3階建て・本館は総けやきずくりで日本温泉遺産に登録されています。日本一深い自噴天然岩風呂で知られています。
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本館玄関。私たちはここから入らないで・・・。
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棟続きの隣の建物へ・・・。
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鉛温泉湯治部です。
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糖尿病の薬を服用し山海の珍味が並ぶ豪華な食事は食べられない身体で、また湯治の雰囲気を味わってみたかったもので・・。部屋も比較的綺麗で食事も満足・・・係りの方々が親切で感じがよかったです。
自炊する設備や売店もありますが、わずか1泊ですから宿の食事を食べました。
*料金も安い!天然の温泉に入り2食付いて普通のビジネスホテル並みの料金でした。


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全浴場源泉100%のかけ流しの風呂は上の3湯に入りました。特に白猿の湯…は生涯忘れないでしょう。
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「白猿の湯」は、天然の岩をくりぬいて作った湯舟の底からは、透きとうった源泉100%のお湯がこんこんと湧き出し、大きな小判型の湯舟をたっぷりとみたしています。
湯舟の深さは約125cm、立って入る珍しい温泉です。(私の体験では140㎝はあると判断、一緒に入浴していた地元の人も同感)
立湯は、全身にまんべんなく湯圧がかかり循環器系を整えるほか、血行促進にも効果があると言われています。
地階から3階までの高い吹き抜けを見上げるうちに、身も心ものびやかになっていきます。(旅館のパンフ)

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「白猿の湯」…
今を去ること、およそ600年の昔。ここの温泉主である藤井家の遠祖が高倉山麓で木こりをしていた際に、岩窟から出てきた1匹の白猿が、桂の木の根元から湧き出る泉で手足の傷を癒しているのを見た。
これが温泉であることを知り、一族が天然風呂として用いるようになつたとされる。以来「白猿の湯(俗名桂の湯)と呼ばれるようになった。(旅館のパンフ)


少し寒くなってきたので腰痛の度が強くなりました。湯治にでも行って何日か過ごしたい気分です。
*次回は福島市について載せます。


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今日は文化の日、毎年この日は天気に恵まれますが、今日も青空で暖かく昨日とは大違いです。(19:00頃のNHK天気予報では、最近は11月3日はいい天気ばかりではないとのことでした・・・。今日はたまたま快晴・・・?)
さて、文化の日の今日は盛岡の宮沢賢治に関係がある場所を訪ねることにしましょう。
宮沢賢治というと「雨にも負けず風にも負けず・・・」という詩、風の又三郎、銀河鉄道の夜などの作品が思い浮かびます。
盛岡駅東口を出て北へ約300メートル歩くと、旭橋、その北側の道路が「いーはとーぶアベニュー材木町」
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宮沢賢治が旧盛岡高等農林学校に通うために歩いていた道です。
注文の多い料理店}を出版した光原社がある通りで、宮沢賢治にちなんだモニュメントが並んでいます。
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誰でしょう?
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宮沢賢治です。
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セロ弾きのゴーシュ…という作品があったと思いますが、とするとセロ!
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公衆電話ボックスも可愛い!
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時計の上にフクロウ!
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光原社です。現在は世界の民芸品・雑貨を扱う店。中庭では賢治碑などが見られ、喫茶店・可否館(こうひいかん)もあります。
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中庭に入るとすぐに宮沢賢治の資料館がありました。入場無料…。左側の建物です。

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中庭入口の案内板。
宮沢賢治は、明治29年(1896)8月27日、現花巻市で生まれました。盛岡中学校(現盛岡一高)、盛岡高等農林学校(現岩手大学農学部)時代の多感な青春期を盛岡で送った。…中略・・・中学の10年先輩の石川啄木の影響を受けて和歌創作にいそしんだ。…中略…やがて盛岡高等農林学校を受験、大正4年(1915)トップの成績で合格した。大正13年(1924)
花巻農学校に在職中に詩集{春と修羅」を自費出版し、「イーハトプ童話、注文の多い料理店」を光原社から出版した。

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資料館内部
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宮沢賢治の写真
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右側に喫茶店があります。歩いていきます。
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喫茶店・可否館です。入ります。
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幸い空いていました。
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コーヒーが美味しかった!クッキーは土産に購入・・。
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可否館から見えた風景
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心休まる風景です。
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宮沢賢治の碑
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門の左側の灯りが喫茶店
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落ち着く風景でしょ
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庭の奥まで行くと川・・・北上川です。
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白壁に…雨ニモマケズ 風ニモマケズ  雪ニモ夏の暑ニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ 欲ハナク 決シテ怒ラズ・・・

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川に面した庭の奥から喫茶店・入口の方に向かいます。
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北上川です。山麓は岩手山でしょうか…。
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旭橋近くのバス停「材木町南口」からでんでんむし号で帰ります。
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午後になっても暖かい青空です。街へ行けば寺の横の広場で恒例の菊花展をやっている筈です。用事があつて出掛けるついでに時間があったらちょっ立ち寄ってみようかな…。
*八戸の蕪島神社が全焼したと今(11月5日昼)NHKニュースが報じました。つい最近、記事にしたばかりで、残念なことです。


石川啄木…名前を聞くだけでいくつかの歌が頭に浮かびます。
 はたらけどはたらけど猶わが生活(くらし) 楽にならざりぢっと手を見る
 たはむれに母を背負いてそのあまり 軽きに泣きて三歩あゆまず
 ふるさとの訛なつかし停車場の 人ごみの中にそを聴きにゆく
皆さんもご承知の歌ばかりだと思います。
盛岡市内に「啄木新婚の家」があると知り訪ねました。
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門と玄関。
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明治38年(1905)6月4日、啄木はこの家に顔を出し、啄木・節子の新婚夫婦、両親、妹光子の5人の生活が始まりました。↓盛岡市内の啄木遺跡はここだけのようです。
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玄関。
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玄関を入り、左手の床の間がある10畳、その上の8畳(結婚式をした部屋)、その右手の啄木夫妻の部屋(4j畳半と3畳)、その下の6畳・6畳の順で見て歩きましょう。
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この建物、藩政末期(推定)に建築された木造平屋建ての武家屋敷で、昭和59年7月に盛岡市指定有形文化財に指定されています。
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床の間がある10畳の部屋。↓
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8畳の部屋。突き当りの左手にトイレがあります。↓
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玄関を入ると6畳、その先に6畳、突き当りが啄木夫妻の部屋です。↓

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啄木夫妻の部屋、4畳半と3畳。
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3畳の部屋です。
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4畳半の部屋。

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玄関を入った所にある6畳2部屋には資料が展示されています。
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婚約時代の啄木と節子
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啄木の経歴…北海道から東京など各地で仕事をしているのですね。東京の銀座、東大近辺など啄木の足跡を訪ね歩いたことがあります。写真が見つかったら末尾に追加します。

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 玄関を入ってすぐの6畳。
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入場無料・・・勉強になりました。また、いくつかの歌を思いだしました。
 東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる
 柔らかに柳あをめる北上の 岸辺目に見ゆ泣けとごとくに
 砂山の砂に腹這い初恋の いたみを遠くおもひ出づる日
・・・イメージ 17
バス停から2分くらいです。
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昨日はポカポカ陽気でしたが、今日は肌寒いですね。


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