旅の話も「おくりびと」のロケ地を載せ出したので中断していましたがこれから数日で終わるように急ぎましょう。
10月27日(火)は出発直前に台風12号が去って列車から虹が見えたことは11月1日の記事で紹介しました。(書庫「国内旅行」)
10:30頃、平泉駅に着きました。2時間余り余裕があったので徒歩で中尊寺に向かいました。平泉駅から中尊寺まで徒歩約30分です。
駅から歩いたので発掘調査中の三代秀衝が建立した無量光院跡を見学出来ました。源義経終焉の地・高館義経堂(たかだちぎけいどう)入り口です。
義経堂で義経の像が飾ってあります。台の下に資料館があります。
兄・頼朝に追われ、少年期を過ごした平泉に再び落ち延びた源義経は、藤原氏三代秀衝公の庇護のもと、この高館に居館を与えられました。しかし頼朝の圧迫に耐えかねた秀衝の子・泰衝の急襲にあい、この地で妻子とともに自害したと伝えられています。高館からの眺望が素晴らしく、北上川、束稲山そして前九年・後三年の役の古戦場が見渡せます。
芭蕉碑です。奥の細道の一節と句{夏草や兵共が夢の跡」が刻んであります。芭蕉は門人曾良を伴い、元禄2年(1689)6月29日に訪れています。
中尊寺の入口に武蔵坊弁慶の大墓碑があり、「文治5年(1289)義経の居城
高舘が焼き打ちされるや、弁慶は最後まで主君を守り、遂に衣川にて立往生
す。遺骸をこの地に葬り五輪塔を建て後世、中尊寺の僧素局の詠んだ石碑が建てられた。色かえぬ松のあるじや武蔵坊」と刻まれています。
中尊寺入り口です。
中尊寺本堂です。
眼病を治してくれる神社の入口に沢山の絵馬が納められていました。見ていると目が回りそうです。
金色堂付近の風景です。
金色堂覆堂です。金色堂はこの中に納められています。
約5メートル四方の金色堂は眩いほどの黄金の輝きでした。写真撮影禁止なのでパンフレットの写真です。国宝・金色堂は初代清衝によって1124年に建立されました。
「五月雨の 降残してや 光堂」松尾芭蕉の像が近くに立っていました。
ガードレールの絵も金色堂でした。
北上駅に列車で移動し15:00発のバスで1時間20分かかってやっと秘湯と云われる夏油(げとう)温泉に到着しました。バスは1日にたったの2本です。
数十年前に一度訪ねたことがありまた来たいと思っていました。
今回も以前泊まった「夏油温泉観光ホテル」に泊りました。名前はホテルですが木造の山の宿という感じです。
温泉は最高、食事も値段のわりには料理も多く美味しく満足しました。
(1泊2食付き、夕食は料理10品で8550円ですから格安です。)
部屋の裏は山で黄葉した木々が目の前に見えました。
源泉が異なり、さまざまな湯温、効能の湯が楽しめます。かけ流しです。
写真は泊まった宿のものではありませんが、川のそばの露天風呂で入り口は別ですが中は混浴です。以前入った記憶があります。
(男女別に入る時間帯も設けられています。)
「天狗の岩」と呼ばれる日本一の石灰華ドームで国指定天然記念物です。
昔はこの上でも温泉に入れたと記憶しています勘違いでしょうね…。
9:50分発のバスで北上駅に向かいました。狭い道路から紅葉する山々が眺められました。行き帰りが一緒の泊まり客と顔なじみになっていました。
北上駅の立ち食いソバですが漆塗りのお椀に入れてあると高価にみえますね。乾燥したエビではなく生のエビでした。390円!待合室でテーブに置いて座って食べました…田舎はいいですね。
駅近くで見かけたマンホールです。能面の着いた公衆電話ボックスは前回載せました。
これから東北線で盛岡に出て、秋田新幹線で秋田に向かいます。宿泊は日本海側の酒田です。
参考のためにホテルのパンフレット掲載のホームページを載せます。(11月初旬から5月初旬までの冬季間は閉鎖となります)
http://www.misuikan.com.geto/