過激派組織「イスラム国」に拘束されていた後藤さんも殺されてしまったようです。
狂信的な犯罪集団による残虐非道なこのようなテロ行為は絶対に許せません。
「テロと戦う国際社会で日本としての責任を毅然として果たしていく」と述べた安倍首相のコメントに賛同します。
海外旅行などでイスラム文化に触れる機会が何度もありましたが、イスラム教は穏健,寛容な宗教で、テロ集団の「イスラム国」とは全く異質のものです。
今回の事件に際して、各国、各地でイスラム教の信者の方々が後藤さんの無事解放を祈ってくれました。また今回の殺人行為を非難しています。
話は変わりますが、前回に続いて足助の町並みの続きなどを載せます。
豊田市足助町の位置です。私は東岡崎駅からバス(片道800円)で行きました。
前回も書きましたが、平成23年に「重要伝統的建造物保存地区」に指定されている足助の町並みです。
江戸後期の建物「たばこや」幕末から明治期にかけて、足助に13軒あった塩問屋の中心的存在として榮えました。
美しい町並みに私が好きな丸ポストがあると嬉しくなります。
足助川から見た町並みです。幕末から近代にかけて川岸に石垣を築き、川に張り出すように座敷などが建てられました。
石組み階段ととも、川との繋がりを映した景観をつくりだしています。
この川沿いの細い道が塩の道と呼ばれていた道です。
地図の上部、緑色の地域が足助の町並み、地図の下部が香嵐渓・・・赤い点の場所は紅葉が綺麗なところ。
地図の下、やや左の場所が三洲足助屋敷がある場所です。
香嵐渓の風景です。紅葉の時期は素晴らしいことでしょう。
秋の紅葉は勿論のこと、春の到来を告げるカタクリの花、新緑が美しい初夏、夏はもみじの緑陰・・・。
巴川を中心とした香嵐渓の風景です。
三洲足助屋敷です。香嵐渓の中心に建つ三洲足助屋敷は、かってのこの地方の生活を、今に伝えています。
明治時代の豪農邸宅をモデルに新築し、私達の周りから消えていつた、機織、炭焼き、紙漉き等多くの手仕事を復活、再現し、私達の生活を省みる場所となつています。
三洲足助屋敷の見学を終え旅籠「玉田屋」に戻ってきました。
6畳2間の部屋でした。鏡台、古いテレビ・・・昭和を感じました。
食事はこの部屋で・・・。2食付で8700円、他に酒代で1万円余りで泊まれました。
次回は東海道の宿場に戻ります。1月5日に痛めた左足の打撲痛もほぼ完全に治り、使えなかった大型のパソコンも近くの馴染みのパソコン教室の先生に直してもらい使えるようになりました。悩みはすべて解消!
*eigekaiさん、Hosiさん、とーく飛騨さん、tuk*oさん、 yuさん,korutikamu9さん、
yoshikoさん、都の桜童子さん、安芸さん、あや爺さん、ちょこままさん、まほもちさん、Pcg-21さん、 m−londonさん、四季の光景さん、sazanka2さん、
こもれびさん、ぴよぴよさん、きよちゃんさん、てるさん、コスモスさん、
ナイス!有難うございました。貴ブログを訪ねコメントなど残します。
|