東京訪ね歩き

,その時の話題に合った写真を沢山載せるので目で楽しんで下さい!!

旅行(関東・中部・北陸)

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東海道五十三次の安藤広重の浮世絵、鳴海「名物有松絞り」の題材となった「間の宿」有松の町並みを2回にわたって載せました。
今回は江戸幕府の開祖・徳川家康の生誕地である城下町岡崎・岡崎宿を散策し様子を載せます。
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最近、2回にわたって記事(1391号、1932号)にした豊田市足助から東岡崎に向かいバスで移動した際バス停・大樹寺前で下車し徒歩5分大樹寺に着きました。松平家・徳川将軍家の菩提寺として有名です。
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三門から総門を通して、はるか南方に岡崎城が見えるように伽藍がの配置が工夫されています。
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昨年の春に訪ねた時に撮った岡崎城です。
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岡崎城の天守閣に、「樹寺の見つけ方」という案内があったの昨年何気なく撮っておいた写真です。その時は行くとは思いませんでしたが…。
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大樹寺の参拝を終え岡崎市内に歩いて行ったところ明神社がありました。
昨年、京都の晴明神社を参拝した事があるのでこの地の神社も参拝しました。

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晴明神社はこの地図の左上付近でした。
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城下町・宿場の整備に尽力した田中吉政の坐像です。
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籠田公園です。
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この町で最も特徴的なのは、岡崎城の三方を取り囲むように複雑に曲りくねりながら進んでいく東海道、通称「二十七曲り」です。街道を引き入れることによる城下町の発展と、敵を城に寄せ付けない防御体制を両立させる狙いがあったといわれています。
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安藤広重描く東海道38宿・岡崎「矢矧之橋」です。右奥に岡崎城が見えます。現在は橋が100mほど上流に架け替えられたので見え方が違うようです。
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マンホールの絵柄は岡崎城と矢矧橋。
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別のマンホールの絵柄は、岡崎城と五万石の帆をあげた帆掛け舟。
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先ほど載せた地図の中央にある岡崎信用金庫資料館です。貨幣展示資料館があるので見学しました。
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西本陣跡。
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伝馬交差点から伝馬1丁目の交差点に」かけて、伝馬通りの南北両歩道に20基の石彫が並んでいます。20基、全部写真に収めました。
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本陣・脇本陣の石。

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籠田惣門
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御馳走屋敷
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御馳走屋敷石彫
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塩座
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塩座石彫
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次回は引き続いて岡崎宿の状況を載せます。その後、藤川宿、赤坂宿、御油宿、吉田宿、二川宿と続ける予定です。

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前回の続きを載せます。安藤広重の浮世絵「東海道五十三次・鳴海」は
有松宿を描いているようです。
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地図の緑の線が東海道、左「東」に向かって歩いています。
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天明4年(1608)の大火で村の大半が焼失。その際、火災に備えて漆喰による塗籠造りとし、屋根を瓦葺としました。今も当時の面影を残した豪壮な町屋が並んでいます。
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毎年10月の第一日曜日に開催の「有松山車まつり」に曳き出されるからくり人形山車を展示している有松山車会館です。

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手打ちうどんの店。味噌煮込みうどんは麺が太めでコシの強さは驚異的とのこと…。
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丸ポストがある有松郵便局…いまは何ていうんでしたっけ?左前方に約1、5キロ行くと桶狭間古戦場のようです。(2箇所あり別の場所は1キロ離隔)
昔1箇所を訪ねたことがあり、宅地の中の狭い場所だったので、ここで戦が行われたイメージが湧かなかったことを思い出します。
ここからUターンして西に向かいます。
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「桶狭間古戦場まつり」が5月に行われているようです。

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別のところにも丸ポスト…。
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服部家住宅・井桁屋です。県指定文化財の絞り問屋、見事な門構えに圧倒されます。東に向かう際も見物しましたが往路再び眺めました。
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西(京都)に向かって歩いています。
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中浜商店。
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松柏屋。
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竹田屋住宅。江戸中期から絞り問屋として栄えた竹田家です。
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塗籠造りの母屋や26畳の書院造りの奥座敷、茶室、蔵3棟が大切に保管されています。
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ここにも丸ポスト…。古い町並みに似合います。
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岡屋住宅。波状の塗籠造りが美しい有松を代表する民家です。江戸末期の町屋建築としては、有松でも最大級の母屋をもっています。2階窓の縦格子と重厚な塗籠造りが特徴的な建物です。
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小塚屋住宅。商家の繁栄をしのぶ重厚広壮な造りです。母屋の1階にある連子格子や、2階のなまこ壁、虫籠窓、隣家との境に上がる立派なうだつなど、江戸末期に建築された当時の造りが見事に保存されています。
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東海道五十三次二代目松、右の石柱には文章天満宮と書いてあります。
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左は曹洞宗祇園寺
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マンホールは名古屋市のものでした。名古屋市緑区有松町ですから・・・。
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給水路?のふたは有松絞り風でした。
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有松絞りのひとつ…通信販売のカタログにあった写真を拝借…。
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今日は雨で出かける気分になれませんね。

*Hosiさん、あや爺さん、若紫さん、korutikamu9さん、sazanka2さん、都の桜童子さん、eigekaiさん、とーく飛騨さん、yoshikoさん、Ranさん、m−londonさん、yuyunekotamさん、安芸さん、まほもちさん、コスモスさん、westさん、チョコママさん、ぴよぴよさん、asukaさん、きよちゃんさん、
ナイス!ありがとうございました。逐次お訪ねしてコメント等残します。
外は小雪がちらついています。関東南部の平野部でも5センチ程積もる予報なので自動車の運転、通勤通学者は明日の朝にかけて大変ですね。
さて、東海道の旅の続きを載せます。
安藤広重の浮世絵は「名物有松絞り」の有松を描いています。

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東海道39宿「池鯉鮒(知立)」と40宿「鳴海」の間に「間の宿」として有松宿が設けられました。日本橋から341,7キロの鳴海宿から数キロ江戸よりです。
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有松の駅です。
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駅の構内には「有松桶狭間めぐり」の案内図が掲示されていました。
桶狭間は有松から近いようです。2キロくらいでしょうか・・・。

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東海道沿いに街並みが整備されているので見て歩くことにしました。
まづ東、江戸方向(地図の左手)へ・・・。
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駅前の交差点から江戸方向を・・・。素的な街並みです。

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有松は、1608年(慶長13年)に尾張藩によってつくられた村。池鯉鮒から次のまで遠く、しかも人気のない寂しい道のりであったため、「間の宿」として旅人の安全を確保しようとしたものです。
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服部家住宅屋・井桁屋
江戸末期から明治初期に建造された有松の代表的絞り問屋の家屋。広い敷地の中にある母屋や蔵6棟、長屋門1棟、客室1棟など計11棟が県の有形文化財に指定されている。

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服部家住宅・井桁屋(愛知県指定文化財)↓
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「間の宿」の設置に伴い、南の知多半島からやってきた移住者たちが、収入の道を得るために生み出した産業が「有松絞り」でした。
名古屋城築城のためにやってきた九州主出身の職人が持っていた絞り染めの手ぬぐいをヒントにして生み出したともいわれています。
左側の建物が鳴海・有松絞り会館です。
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再度、広重の浮世絵を見てみましょう。駕籠に載った女性と馬に乗った女性が供を連れて街道を行きます。有松絞りを買いにきたのでしょうか?
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路上の案内図は有松絞り風でした。
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長くなるので続きは次回とします。
雪道でスリップしないように気を付けてください.

*若紫さん、asukaさん、eigekaiさん、korutikamu9さん、きよちゃんさん、
とーく飛騨さん、sazanka2さん、コスモスさん、Hosiさん、yoshikoさん、
yuyunekotanさん、都の桜童子さん、あや爺さん、四季の光景さん、
tuk*oさん、ranさん、まほもちさん、yuさん、westさん、ぴよぴよさん、
ナイス!有難うございました。後ほど貴ブログを訪問しコメント等を残します。
過激派組織「イスラム国」に拘束されていた後藤さんも殺されてしまったようです。
狂信的な犯罪集団による残虐非道なこのようなテロ行為は絶対に許せません。
「テロと戦う国際社会で日本としての責任を毅然として果たしていく」と述べた安倍首相のコメントに賛同します。
海外旅行などでイスラム文化に触れる機会が何度もありましたが、イスラム教は穏健,寛容な宗教で、テロ集団の「イスラム国」とは全く異質のものです。
今回の事件に際して、各国、各地でイスラム教の信者の方々が後藤さんの無事解放を祈ってくれました。また今回の殺人行為を非難しています。

話は変わりますが、前回に続いて足助の町並みの続きなどを載せます。
豊田市足助町の位置です。私は東岡崎駅からバス(片道800円)で行きました。
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前回も書きましたが、平成23年に「重要伝統的建造物保存地区」に指定されている足助の町並みです。
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江戸後期の建物「たばこや」幕末から明治期にかけて、足助に13軒あった塩問屋の中心的存在として榮えました。
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美しい町並みに私が好きな丸ポストがあると嬉しくなります。
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足助川から見た町並みです。幕末から近代にかけて川岸に石垣を築き、川に張り出すように座敷などが建てられました。
石組み階段ととも、川との繋がりを映した景観をつくりだしています。

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この川沿いの細い道が塩の道と呼ばれていた道です。
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足助のマンホールです。
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地図の上部、緑色の地域が足助の町並み、地図の下部が香嵐渓・・・赤い点の場所は紅葉が綺麗なところ。
地図の下、やや左の場所が三洲足助屋敷がある場所です。
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香嵐渓の風景です。紅葉の時期は素晴らしいことでしょう。
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秋の紅葉は勿論のこと、春の到来を告げるカタクリの花、新緑が美しい初夏、夏はもみじの緑陰・・・。
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巴川を中心とした香嵐渓の風景です。
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三洲足助屋敷です。香嵐渓の中心に建つ三洲足助屋敷は、かってのこの地方の生活を、今に伝えています。
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入館料:大人300円。
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明治時代の豪農邸宅をモデルに新築し、私達の周りから消えていつた、機織、炭焼き、紙漉き等多くの手仕事を復活、再現し、私達の生活を省みる場所となつています。
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三洲足助屋敷の見学を終え旅籠「玉田屋」に戻ってきました。
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階段を上がって2階の部屋に行きます。
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6畳2間の部屋でした。鏡台、古いテレビ・・・昭和を感じました。
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 食事はこの部屋で・・・。2食付で8700円、他に酒代で1万円余りで泊まれました。
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灯りが点った夜の旅籠の様子です。
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提灯がいいですね、
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次回は東海道の宿場に戻ります。1月5日に痛めた左足の打撲痛もほぼ完全に治り、使えなかった大型のパソコンも近くの馴染みのパソコン教室の先生に直してもらい使えるようになりました。悩みはすべて解消!
*eigekaiさん、Hosiさん、とーく飛騨さん、tuk*oさん、 yuさん,korutikamu9さん、
yoshikoさん、都の桜童子さん、安芸さん、あや爺さん、ちょこままさん、まほもちさん、Pcg-21さん、 m−londonさん、四季の光景さん、sazanka2さん、
こもれびさん、ぴよぴよさん、きよちゃんさん、てるさん、コスモスさん、
ナイス!有難うございました。貴ブログを訪ねコメントなど残します。
昨年から中断していた東海道宿場町の旅の続編を載せています。
前回は織田信長の清洲城について載せましたが、今回も東海道から外れますが古い町並みが残り「国の重要伝統的建造物群保存地区」に指定されている足助(あすけ)を紹介しましょう。


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名鉄東岡崎駅に到着しました。
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駅前のマンホールの絵柄は岡崎城・・・。
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東岡崎駅から名鉄バス足助行きで約60分かかります。
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香嵐渓バス停で下車、50メートルほどバスで来た道を戻り足助の町並み方向に右折します。250メートル先を左折すれば香嵐渓です。
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宿泊を予約した旅館に荷物を預けることにします。江戸末期から営業している玉田屋、前面が入母屋、背面が切妻という個性的な造りになっています。このような歴史がある旅籠に泊まるのが好きです。
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斜めから見ましょう。
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予約した2階の部屋にこの階段を上がり荷物を預けておきます。部屋の様子は後ほど紹介しましょう。
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足助(あすけ)は、古くから、太平洋岸と中部山岳地帯とを結ぶ交通の要地であり、戦国時代には、武田信玄をはじめとする戦国諸雄の軍兵が行き来した道でもありました。三河湾でとれた塩を、信州に運んだことから「塩の道」と呼ばれていましたが、足助の町並みはその街道とともに栄えたきました。
平成23年、足助の町並みは国の「重要伝統的建造物保存地域」に指定され、着実に保存が図られています。
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旅籠「玉田屋」の裏手にある「足助交流館
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街道脇の小路。敷地境界いっぱいに土蔵や石垣が迫るように建ち、通リの向こうには山々を臨む街道脇の小路・・・。漆喰塗り籠の壁や下見板の仕上げに歴史が感じられます。
左の建物がマンリン書店なので「マンリン小路」と呼ばれているようです。

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奥から来た道を眺めています。蔵が4棟連なりギャラリーと喫茶ルームとして利用
されています。
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安永4年(1775)の大火後に復興された町並みは、漆喰塗り2階建ての町屋で、防火を意識した瓦葺きが普及し、屋根勾配が比較的急になっています。
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白い町並みに赤い丸ポストがよく似合います。
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足助郵便局。
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田口家住宅、太田家住宅、加東家など由緒のある建物が並んでいます。
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米・・・可愛い店ですね。
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「月見もなか」・・・。
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このような猫や福助を入れた小屋?がこの界隈のあちこちで見られました。
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長くなるので続きは次回といたします。次回は旅籠「玉田屋の」内部、町並の続き及び香嵐渓・三州足助屋敷の様子などを紹介しましょう。
*左足の打撲痛は3週間経ちほぼ回復しました。ご心配いただき有難うございました。持病である腰痛の痛みのほうが今は辛いです。
もう一台のPCのインターネット不通はそのままで、ソフトの再インストールが必要と思われます。


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