東京訪ね歩き

,その時の話題に合った写真を沢山載せるので目で楽しんで下さい!!

旅行(関東・中部・北陸)

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
前回、昨年から中途半端になっていた東海道の旅・続編として昨年載せた記事の要約を載せましたが、今回は東海道から外れますが、清洲城について載せましょう。
左足の打撲はかなり回復しましたが、昨日から日頃使っている大きな画面(48cm×27cm)のPCのインターネットが故障、回復不能な状況です。
別のノートPCで何とか記事を載せています。一難去ってまた一難・・・。
イメージ 22

名古屋から東海道線で枇杷島の次が清洲です。JR清洲駅から線路沿いに約15分ほど名古屋駅方向に歩きます。
イメージ 1
清洲駅です。
イメージ 2
駅前に案内図があります。
イメージ 3
清洲城址の碑があります。
イメージ 4
織田信長公古城跡碑です。
イメージ 5
清洲城と歴代城主:清洲城は当初、尾張守護代の下津城の別郭として築城されました。・・・
戦国の頃、尾張の国は守護代の織田氏が実権を握っていた。・・・
清洲織田家当主信友を、那古野城主・織田信長公は攻め滅ぼして清洲に入城し尾張の拠点にしました。
永禄3年(1560年)の桶狭間の戦いで今川義元の軍勢を打ち破って・・・中略・・・しかし、天正10年(1582)の本能寺の変によりその志はう夢半ばで断たてしまいました。
イメージ 6
以下の画像は、清洲町が町制100周年を迎えた平成元年4月、清洲のふれあい郷土館として再建された清洲城天主閣の様子です。

イメージ 7
第七代城主・徳川義直の代の慶長15年(1610)、徳川家康は清洲城の廃都と名古屋遷都を命じ、3年後には「清洲越し」が完了しました。
清洲城は廃城となり、城下町は美濃路の宿場町と姿を変えていきました。
イメージ 8

イメージ 9
清洲城の歴代城主:①織田信長②織田信忠③織田信雄④豊臣秀次⑤福島正則
⑥松平忠吉⑦徳川義直イメージ 20





イメージ 10
歩いてきた清洲駅の方向です。赤い橋の後方の林の中に清洲城跡の石碑がありました。森の左手の林中に織田信長・濃姫
の銅像があります。
イメージ 11
鯱の左前方が名古屋です。清洲城では有名な清洲会議(信長公の後継者を信孝、三法師のいずれにすうか決める会議)及び東軍武将戦略会議(関が原の戦に臨む前、東軍の武将たちが参集して方針を決定)などが清洲城で行われました。
イメージ 12
天主閣の部屋・・・。
イメージ 13
織田信長像と「人生わずか50年・・・」の書
イメージ 14

清洲城から移設されたといわれる名古屋城西北隅櫓(清洲櫓)です。
イメージ 23

織田信長と濃姫の像・・・。

イメージ 15
信長像。
イメージ 16
今から37年前に撮った写真です。この前で仲間と撮りました・・・当たり前ですがまだ若かった!この時には傍に濃姫の像はなかったと思います。
別に白黒の写真があった筈ですが見つかりません。
今回で3回この像を見ているわけです。

イメージ 21

信長・秀吉・家康の3傑のなかでは、視野が広く政治・外交・経済・軍事等などに独創的・革新的、合理的な政策、戦法を編み出し、強烈な個性をもった信長が好きです。
革命児ですから残虐な一面は気にしないことにします。
今、信長のような政治家、リーダーが必要ですね。

イメージ 17
濃姫・・・。美濃の斉藤道三の娘です。

イメージ 18

イメージ 19
イスラム国に拘束さている2人はどうなるのでしょう。国としての実態がない過激な集団との交渉・・・良い結果がでるようにお祈りいたします。
マジアカップ、日本対UAE戦も応援しなけらばいけませんね。日本頑張れ!!
(1;1のあと、PK戦で敗退・・・残念・・・)
*pcg-21さん、tuk**0sizuさん、yuさん、とーく飛騨さん、あや爺さん、yoshlkoさん、若紫さん、korutikam9さん、hosiささん、ranさん、eigekaiさん、四季の光景さん、安芸さん、コスモスさん、都の桜童子さん、まほもちさん、むつちゃんさん、きよちゃんさん、ぴよぴよさん、
ナイス!ありがとうございました。
後ほど貴ブログを必ず訪ね、コメントなど残します。




昨年、伊賀上野を訪ねたあと東海道53次の33宿から47宿を途中名古屋、清州、足助等を訪ねながら東京に向かい旅しました。
伊賀上野
関宿(47)、亀山宿(46)、四日市宿(43)、桑名宿(42)および名古屋の四間道については載せましたが、その後イギリスやスペイン旅行などに
出かけたので東海道宿場町の記事は尻切れトンボの状況です。
1月5日に痛めた左足がまだ完治しなくて長距離は歩けない状況なので、名古屋以降の旅の様子を今後しばらくは載せてみたいと思います。
今回は、昨年載せた宿場の浮世絵、現在の風景、各町のマンホールを載せて旅の前段の要約といたします。

イメージ 1

 伊賀上野城
です。伊賀上野は城下町らしい街並みが残り、忍者屋敷や松尾芭蕉生家および関係する史跡、鍵屋の辻などの史跡等もあり見どころが多い場所です。再度訪ねたいと思っていますが、その際は関宿から京都までの旧宿場町を訪ねてみたいものです。
イメージ 2
マンホールの絵柄は伊賀上野城と忍者
イメージ 3
関宿は宿場町の景観がよく保存されていました。
関宿の浮世絵です。
イメージ 13



マンホールの絵柄は、宿場町の街並みと旅人

イメージ 4
関宿の街並みです。東海道53次の中で江戸時代の宿場町の面影を最もよく残している町で「国の伝統的建造物保存地区」に指定されています。
訪ねて良かったと心から思いました。
イメージ 5
亀山宿の浮世絵。右上に亀山城の多層櫓が見えます。」
イメージ 6

亀山のマンホールの絵柄は亀山城の多層櫓
イメージ 7
亀山城の多層櫓です。
イメージ 14

四日市
の浮世絵です。

イメージ 15


四日市のマンホール、絵柄は↑の浮世絵です。
イメージ 8
四日市には宿場町の面影が残る場所はあまりないようです。四日市の港のマンホールでも載せましょう。
イメージ 9
桑名の浮世絵・・・七里の渡し
イメージ 10
↑の浮世絵を使った桑名のマンホール。焼きハマグリののマンホール等、種類が多かったです。
イメージ 11
現在の七里の渡し風景
イメージ 12
*伊賀上野の記事 http://blogs.yahoo.co.jp/starth68/56349156.html
*桑名宿の記事   http://blogs.yahoo.co.jp/starth68/56414552.html

お互いにインフルエンザにかからないように気を付けましょう。
若紫さん、安芸さん、eigekaiさん、H
osiさん、tuk*osizさん、クンシンさん、yoshikoさん、あや爺さん、yuyunekotanさん、とーく飛騨さん、チョコママさん、都の桜童子さん、korutikamuさん、Ranさん、四季の光景さん、yuさん、きよちやんさん、PCGz1さん,コスモスさん、むっちゃんさん、
訪問、ナイス!有難うございました。
後ほど必ずね訪問してコメントなど残します。

名古屋は何度も訪ねていますが、昔の古い街並みが残っていることは最近まで知りませんでした。以前どなたかのブログで見た気もしますが・・・。
第二次大戦末期の昭和20年(1945)、63回にもわたるアメリカ軍機による大規模空襲で大被害を受け、名古屋城の天守、金鯱をはじめ市街地の大半、多くの建物が消失したことはよく知られていますから・・・。
四間道(しけみち)付近は城下町の街並みを感じさせるという記事を最近読んで訪ねる気になりました。
名古屋駅からあまり遠くない場所でした。地図の①は名古屋駅、②が四間道です。
(蛇足ですがそのあと、③の名古屋城、④の市政資料館、⑤の文化の道辺りまで全部徒歩で見て回りましたが、疲れて時間もなくなったので、その先の徳川園は次回の楽しみということになりました。)
 
イメージ 1
「四間道ご案内」の案内図が現地に建っています。
 
イメージ 2
「名古屋四間道町並み保存地区」の説明板です。四間道は元禄13年の大火の後、防火の目的や商業活動のため。道幅を4間(約7メートル)に広げたことによりその名がついたといわれています。名古屋の街並み保存地区に指定されています。
 
イメージ 3
近代的な名古屋の街並みとは全然違う、懐かしさを感じる日本的な風景です。
四間道をはさんで東側には石垣の上に連続する土蔵、
西側には町屋が建ち並ぶこの独特な景観は元文年間(1740年頃)に形成されました。
イメージ 4
どんどん北へ進みます。
イメージ 5
花御堂」という無料休憩所がありました。
イメージ 6
内部は・・・。パンフレットなどが置いてあります。
イメージ 7
また進みます。11時半くらいでしたが人影は少なかったです。車が行き来する国道19号に近いのに別世界です。
イメージ 8
いままで訪ね歩いてきた東海道の宿場町に似た感じです。
イメージ 9
本当に人通りが少なかった・・・。この右側の土蔵の右手(東)には堀川が流れ
船で運んできた物資を蔵に運び込んだわけです。
イメージ 10
やっと自転車が1台追い越していきました。
イメージ 11
このような風景が好きです。
イメージ 12
いい感じです・・・。
イメージ 13
ちょっと洒落たレストランが目に入りました。
イメージ 14
ランチタイムサービスの時間のメニューは手頃な料金です。
イメージ 15
「花菖蒲」・・・そろそら昼食時間になるのでこの店にしようかな・・・「右近」という店名を記憶にとどめました。
イメージ 16
もう少し歩いてみましょう。西へ進んでいます・・・このまま行くと名古屋の五条橋へ出ます。
イメージ 17
ここは料亭でしょうか?玄関が狭いので違うかな?
イメージ 18
 
イメージ 19
青木家:創業が天文23年(1554)の塩問屋で、尾張藩の勝手方御用達10人衆といわれました。・・・中略・・・
現在、当主が17代目という老舗で、塩(現在はドイツの岩塩)を扱う「名エン」グループとして有名です。
先祖代々塩を商う・・・!
 
イメージ 21
四間道ガラス館です。
イメージ 20
素的な街並みです。
イメージ 22
ここから左に入ると「屋根神さま」が見られるようです。
イメージ 23
次回は「屋根神さま」「ランチ」「名古屋五条橋」等を載せます。
最高風速70メートルにも達する巨大台風が接近しています。甚大な被害がないように祈るばかりです。
四間道の歴史については、若紫さんのTB記事「タイムスリップ」に細部書かれているのでご参照ください。

開く トラックバック(1)

前回、亀山宿(第46宿)、四日市宿(第43宿)を載せましたが、今回は桑名宿(第42宿)を載せます。宮宿(第41宿)⇔桑名宿の間は通常船で移動しました。この区間だけ東海道が海路を行く理由は、3つの大河があり水害が多く危険だったからのようです。

イメージ 25

左中央付近がJR桑名駅。緑色に塗った道路を右(北)へ前進しました。
イメージ 1
駅前で「焼き蛤」のマンホール!桑名は焼き蛤ですね…。
イメージ 2
カラーもありましたが残念ながら禿げています。
イメージ 24

薩摩義士墓所がある海蔵寺です。薩摩藩総奉行平田氏他23基の墓石が現存し、市指定文化財になっています。
桑名付近では、木曽、長良、え斐の3本の川が合流・分流しているため、古来水害が絶えなかったため江戸幕府は宝暦3年(1753)、薩摩藩に治水工事を命じた。薩摩藩は家老平田鞆負を総奉行に、多くの薩摩藩士を工事に派遣したが、堤を築き水を逃がすための水路を造る工事は、自然の猛威の前に失敗をくりかえした。
イメージ 3
こうして工事は過酷を極め、薩摩藩士たちは、失敗の責を負い、または幕府に対する抗議のため、次々に腹を切って死に、その数は工事終了までに51名にも登った。宝暦5年に治水工事は完了した。帰国の喜びに沸き立つ藩士たちを送り出した後、多くの藩士の死を藩主に詫びるため総奉行・平田は薩摩の方向を向いて腹を切って死んだ。平田を含めて薩摩藩士の自殺病死などの死者は89名に及び、彼らのうち平田ら24名がこの海蔵寺に葬られています。
ご冥福を祈り心をこめて参拝しました。
 

 
イメージ 4
あと300メートルで桑名城址にある九華公園です。
イメージ 5
公園入り口に本多忠勝の堂々とした銅像がありました。

イメージ 6
三河うまれ、家康の四天王の一。50数度戦場を往来し勇猛をもって聞こえた。家康の関東移封に従い、上総大多喜で10万石、更に慶長6年には伊勢桑名で15万石。本能寺の変勃発の時、家康を先導
して「伊勢越え」をしたのは有名。1548〜1610年(慶長15年、62才で没)
イメージ 7

九華公園です。桑名城本丸と二の丸跡に造られました。さくら、つつじ、花菖蒲のころには多くの人が訪れるようです。
イメージ 8

イメージ 9
桑名城址の石柱:
イメージ 10
桑名城の城壁:川口樋門から三之丸堀の石垣が現存。野面積みと打込みはぎの方法で石を積んでいます。(パンフレットの写真)
イメージ 11
緑34番の方、上へ進みます。
イメージ 12
ばん龍櫓…実はそれに似せて造った水門統合管理所・・・。桑名城は、51の櫓があつたと記録されています。七里の渡しに建てられたばん龍櫓は、東海道を行き交う人々が必ず目にする桑名のシンボルでした。
歌川広重の浮世絵に描かれています。
イメージ 13
七里の渡しです。「宮」から来る船、「宮」へ行く船がこの地から行き来していました。東海道41宿「宮宿」まで7里(約28キロ)、3〜4時間要したとのこと。
イメージ 14
七里の渡しです。伊勢の国一の鳥居が建っています。
イメージ 15
歌川広重描く「桑名」の浮世絵です。
イメージ 16
桑名の七里の渡しのマンホールは、浮世絵とは違う絵でした。
イメージ 17
消火栓は浮世絵そのままでした。
イメージ 18
桑名宿には本陣が2軒ありました。大塚本陣跡と駿河屋屋本陣跡がならんでいます。駿河屋本陣跡は料理屋山月になっています。
イメージ 19
大塚本陣跡は割烹旅館船津屋になっています。桑名名物の焼き蛤は山月と船津屋で食べられるようですが、Ⅰ万円以上払うようなので諦めました。
地図の赤38番あたりです。

イメージ 20
地図の青11番の住吉神社です。遠方にばん龍楼が見えますが、この付近の川・海が旅人の移動に使われていました。

イメージ 21
折り鶴模様のマンホールがありました。
イメージ 22
「千羽鶴」といえば、一羽の鶴を千羽作り、それをつないだものが思い浮かびますが、「桑名の千羽鶴」は一枚の紙から連続した鶴が作られるようです。、

イメージ 23
駅前に「焼き蛤」のつくだ煮のお茶漬けを出してくれる店があったので、
同じ系列の店の人に聞いたところ、凄く塩味が強いというので止めました。高血圧の私は塩分の濃い食べ物は避けているもので・・・。
この日は月曜日、博物館など等は休館でした。第二次世界大戦の空襲でほとんどの建物は焼失したが、街道(旧東海道)は国道1号線と並行してほぼ残っており、沿道には史跡、名所が数多く見られる様です。私は訪ねなかったですが…。
次は東海道宿場から離れますが、名古屋市内の古い街並みを訪ねてみます。

開く トラックバック(1)

 
東海第47宿・関宿については前回2度に渡って連載しました。今回はすぐ近くの亀山宿(第46宿)四日市宿(第43宿)を載せましょう。
関駅を列車で発つと6分ほどで亀山駅に着きます。鉄道路線図の中央付近です。
イメージ 4
亀山駅です。駅の前に大きな鳥居があります。
イメージ 5
まづ駅から線路沿いに東へ約5分歩いた場所にある宿泊するホテルに荷物を預けて見物です。
地図の下部にある亀山駅から右(東)へ歩いた交差点の傍の赤○の位置がホテルです。
イメージ 1
地図の中央付近の赤いA〜左へ赤いB付近まで歩きましょう。赤Aの位置に「東海道・亀山宿」と刻んだ石碑が建っています。階段をあがります。
イメージ 2
ところどころに古い町屋風の建物が散見されます。
イメージ 6
こんな可愛い看板も…。
イメージ 3
路上に案内版…絵は多層櫓の様です。
イメージ 7
亀山のマンホールも多層櫓
イメージ 8
歌川広重描く東海道53次・亀山宿の絵にも伊勢亀山城の多層櫓が描かれています。
イメージ 9
現在の多層櫓です。亀山は起伏にとんだ坂の多い町。丘陵の上に建つ亀山城は「粉蝶城」と呼ばれる美しい城でした。寛永9年(1632)に丹波亀山城の天守を解体するように命じられた出雲松江城主堀尾忠晴が、間違えて伊勢亀山城の天守を取り壊したとされています。以来天守閣は再建されませんでした。
イメージ 10
 
入口方向から眺めました。
イメージ 11
後方から眺めました。多門櫓は、平成23,24年度に行われた「平成の大修理」により江戸時代後半の姿に復元されました。
イメージ 12
史跡 亀山城址の石柱が建っています。東海道の要衝というともあって、城主はその多くが譜代の大名で、延享元年(1744)に石川総慶が入城後は、明治まで石川家が城主を勤めました。
明治6(1873)のいわゆる廃城令によつて城内のほとんどの建造物などは取り壊され、堀は埋められ、現在は多門櫓と石垣、土居、堀の一部が残されているだけです。
イメージ 13
伊勢亀山城についての説明です。
イメージ 14
加藤家屋敷跡:加藤家は江戸後期の亀山城主石川家の家老職で、その屋敷敷地の大半と、長屋門、土蔵、主家の一部などが良好な状態で残されています。
イメージ 15
イメージ 16
 
 
イメージ 17
 
ここでも安価なホテルに泊まりました。朝食付きで5,000円でお釣りがきます。しかし綺麗でした。
高いホテルで6泊もしたらその後の生活が苦しくなります…年金生活ですから…。
イメージ 18

朝食後、ホテルを出て亀山の町を散策した後、亀山駅に
到着。
この日は四日市宿、桑名宿を見学して、名古屋に移動ですか忙しいです。
イメージ 19
 
四日市駅に到着しました。
イメージ 20

駅の名所案内を見ると東海道53次の史跡などについては何も書かれていません。駅構内の貸し自転車のオジサンにきいたら「史跡などこの付近には何もない。名鉄の駅付近ならなにかあるかもしれないが・・・?」との
希望が持てない回答…。
イメージ 21

安藤広重の浮世絵も…・。強風に笠を飛ばされたオジサン…。
イメージ 22

仕方がないので駅の付近を散策していたらマンホールを発見!船とコアラとタヌキ!??
イメージ 23

更に探すとこれはいい!!安藤広重の浮世絵の絵柄でカラー
イメージ 24

今回は四日市はこれで満足ということにして桑名に向かいました。

次回は桑名宿等の様子をのせます。


.
star☆tk
star☆tk
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(5)
  • 気ままな散歩・散策
  • 弥勒如来宝船aya*_*214
  • 若紫
  • きよちゃん
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

標準グループ

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事