1.今日は少し暖かいですね。
尖閣衝突ビデオの一部国会議員に対する公開で、中国漁船が意図的に2度にわたり海保の巡視船に衝突した事が明白になり、また昨日1日にロシア大統領が我が国固有の領土である北方領土の国後島を視察したテレビ報道を見て、日本は中国にもロシアにも甘く見られやりたい放題に行動されている状況を見て腹立たしいかぎりです。
尖閣ビデオは一般公開して世界に中国の非をアピ−ルすべきです。遅きに失しましたがやらないよりはいいでしょう。何故中国に遠慮して公開しないのか…全く理解できません。
明らかに中国漁船が違法なのに漁船の船長を釈放したことで政府が追及されるのを恐れているのでしょか?
国益と一政党の利益を天秤に掛ける等もってのほかです。
ロシア大統領の我が国固有の領土への立ち入りについて菅首相は一応抗議のメッセージを発しましたが、遠慮がちでよわよわしい限り…なめられるわけです。怒りが伝わってくるのは前原外相くらいです。
全てに遠慮がちで党として考えがまとまっていない民主党は完全に各国にナメラレています。
聖徳太子の見識を見習い胸を張って諸外国と対等に話し合ってもらいたいものです。「日出ずる国の天子 書を日没する国の天子にいたす 恙無きや」…胸躍ります!!
昨日、民主党の外交や嘘つき鳩山についてかきましたが、読売新聞の編集手帳にも同じようなことが書いてあり全く同感です。
今朝の読売新聞の編集手帳にも全く同感です。
夕刊の「よみうり寸評」にも全く同感のコラムが載ったので紹介します。
腹がたつ事が多いので話題を変えて楽しい記事に変えます。
2. 一昨日・ 10月31日に行われた与野の「大正時代祭り」について紹介します。今年で19回目の祭りです。
30日が台風14号の雨で1日延期になり31日(日)に行われました。
場所はJR与野駅西口前の道路で行われます(赤い□印)。西に直進約2キロで先日紹介した与野公園のバラ園に行けます。(さいたま市中央区…旧与野市)
駅前に12:00に到着したら丁度パレードが前進を開始しました。
芸者と・・・?
*大正時代はどういう時代だったか改めて高校の教科書を見ました・・・。
1914年(大正3年)に第一次大戦が起こり、イギリスがドイツに宣戦布告すると、第二次大隈内閣は、日英同盟を理由にドイツに宣戦し、中国におけるドイツの根拠地青島(チンタオ)と山東省のドイツの権益を接収し、さらに赤道以北のドイツ領南洋諸島の一部を占領した。中略・・・・・。
第一次大戦は、ヨーロッの戦火の外側にいる日本には大戦景気をもたらし、明治末期からの不況と財政危機をいっきょに吹き飛ばし、1914年(大正3)には11億円の債務国であった日本が1920年(大正9)には27億円以上の債権国になった。
(綿織物・生糸の輸出、海運業・造船業、電力業、重工業等の飛躍的発展等など…)
・工業化の進展を背景に都市化・社会の大衆化が顕著になり、都市を中心に高学歴者(インテリ)が増え、事務系統の職場で働く給与生活者(サラリーリマン)が出現、女性はタイピスト・電話交換手などの職域に進出して職業婦人と呼ばれた。
・新聞・雑誌・ラジオ・映画などのマスメディアが急速に発展し、一握りの上層階級ではない、労働者・サラリーマンを担い手とする大衆文化が誕生した。
・都市を中心に大衆の生活様式も大きく変貌し、急激に洋風化・近代化した。
まず男性から洋服が普及し、トンカツやカレーライスに代表されるような食生活の洋風化が進んだ。
都心では鉄筋コンクリート造りのビルディングが建設される一方、郊外に住む中流階層の間には和洋折衷の文化住宅が流行した。
農村部を含めて広く一般家庭に電灯が普及し、都市部では水道、ガスの供給事業が本格化した。
しかし、大衆文化の発達や生活様式の近代化は、農村には十分に普及せず、都市との格差は依然として残った。
・欧米諸国からさまざまな思想や文学が新たに紹介され、その中でマルク主義が日本の知識人層に強い影響を与えた。
・1923年(大正12)の関東大震災・・・。(詳説日本史:山川出版社より)
・1926年12月25日大正天皇崩御(47歳)皇太子裕仁親王踐祚し昭和と改元。