【旧版】「戦場体験放映保存の会」事務局員のプログ

元日本軍兵士の戦場体験を映像記録として後世に残そうとする運動です。

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名古屋に行ってきた

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皆様おつかれさま〜。
今日は、渋谷・所沢・名古屋の3箇所同時取材でした。で、私は名古屋にいってきたとです。

名古屋初体験ですが良いとこでした。歴史ある街って良いですね。
なんとなく横浜に似た雰囲気。(結局そこかよ。)時間があればいろいろ見てみたかったです。
とりあえず写真はテレビ塔を背景に噴水 in 栄町。

で、本日は。「不戦兵士・市民の会 東海支部」の集会を取材させて頂きました。
この集会は年3回定例で開催されているとのこと。
その時々で時事問題や教育問題などなどテーマは異なるようですが今回は戦争体験。

証言者はお二人:
花房達夫さん(1921年生、国土防衛隊として内地勤務)。
池田陸介さん(1924年生、高射砲隊として名古屋陣地勤務)。

戦時下の教育、そして初年兵の生活についてとても詳細にお話をしてくださいました。
いわゆる軍国少年というものが、街のポスターや雑誌、玩具が発するメッセージにまず触発され、
学校教科書によって社会的に完成されるという自己体験。決して過去の他人事ではない。
(「あたらしい教科書」、一編読んどくべきかなぁ、と何回か目に思ったです。)

そしていつも思うことですが。
元兵士の方々が経験された初年兵教育のお話を伺うにつけ、軍隊って陰湿だとつくづく。
きっとそれは世界各国どの時代でも変わらないに違いない。戦場にいるのが生身の人間である限り。

9月10日の取材ひとコマ

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9月10日、町田市の教育会館にて第1回目の「収録会」を開催しました。
お話を伺ったのは、稲村繁さんと三橋國民さん。

稲村さんは大学を繰り上げ卒業後、士官学校に入校、下士官として満州に配属されそこで終戦を迎えました。敗戦の報は街のうわさによって知り、騒然とした駅に満州国の紙幣が束でうち捨てられていた光景に言葉を失う。その後シベリア抑留を経験。食料配分をめぐる争いや、餓えと寒さで次々と部下が死んでいく筆舌に尽くせないやるせなさ。二度と戦争を繰り返してはならない。その思いで、「戦争体験を語り継ぐ会」の代表として、各地で語り部として戦争の実態を訴え続けておられます。

三橋さんが高射砲独立中隊の分隊員として配属されたのは、ニューギニアの激戦地。帰還できたのは分隊員40名中わずか2人。風土病、熾烈さを増す戦闘、深刻な飢餓、見放され糞尿にまみれたまま放置された傷病兵、僚友から孤立し自ら命を絶つ兵士・・・そこで見たのは極限に置かれた兵隊のあまりに過酷な惨状でした。以来半世紀「死んでなお帰れない」兵士たちの思いを遺すため造形美術の道へ。現在、工芸美術作家として活躍。日展参与。三橋さんの体験は『鳥の詩 〜死の島からの生還』(角川ソフィア文庫として近日再版)として本になっています。(これがまた良い本なんだな)
トップに掲載している”元兵士の”「戦争体験放映保存連絡会」による呼びかけが
以下に紹介されました。皆さんぜひご覧下さい!
そして、お知り合いの元兵士の方がいらっしゃいましたらぜひ当会にご連絡ください。


読売新聞
8月15日夕刊・社会面

日本経済新聞
8月15日朝刊・社会面

共同通信からも同会のニュースが配信され、各地方紙に掲載されています。

無名の元兵士の体験とは単なる「過去の話」ではなく、私達の未来を示唆する「歴史」です。
戦場体験を後世に残すという活動を通じて、世代の壁を越え自分たちの歴史について考える場が生まれればいいな、と思っています。



それにしてもはやり全国メディアは強いです。
事務所にはじゃんじゃか電話が。今日一日対応していた事務局員はグロッキーしてます。
(今私がその横でワイン呑みつつブログ書いてるのは悪気があってのことではないです。)
しばらく更新をサボっていた取材予定もきちんと公開したいと思います。

近くで取材があるなら同行してみたいー、という方大募集です。
メールとか非公開ゲストブックなどでご連絡ください。
折り返しご連絡いたしますので。

あ、戦場体験の取材班、編集者、または取材を手伝ってくれる方も、大大大大募集です!!
スキルは問いません。誰もが最初はシロートだ!(私は今もシロートだ!)
アラブの声より抜粋

是非とも一度見てください。

ビデオ イラクでの米国犯罪、民主主義を忘れるな

英語ナレーション 13分弱

転載元転載元: ごまめのつぶやき

サイパン慰霊祭、熱海での二日酔いに苦しんでいる間に終わりました。

海ゆかば水(み)漬(づ)く屍(かばね)
山ゆかば草むす屍
大君の辺(へ)にこそ死なめ
かへりみはせじ

「海ゆかば」の合唱って個人的にはぞっとしますが、みんなどうなんでしょう?
私はこの歌に何の思い入れもないので単に歌詞の不気味さに反応しているだけですが。
当時を知っている方にとってはさまざま思いがあるのでしょう。

先日の「朝風の会」の熱海旅行でご一緒した方が、亡くなったお父上のことを話してくださいました。
そのお父上は復員されてから生前に一切なにも語らなかったそうです。
晩年にお体を悪くされたとき、片肺が機能していなかったために病状悪化したのですが、当時は若い頃の結核が原因だと聞いていたそうです。けれども実際には戦傷でした。

逝去される数日前、病床のお父上がとつぜん歌いだしたのは「海ゆかば」でした。
今まで歌う姿など見たことのないそのお父上の歌にたいへん驚いたそうです。

海ゆかば水(み)漬(づ)く屍(かばね)
山ゆかば草むす屍 ・・・

何回も何回も、繰り返し歌う「海ゆかば」。
けれどもその先の歌詞を歌うことはついに一度もなかったそうです。

その方は、自分の想像でしかないけれど、と前置きされた上で、お父上はどうしてもその先を歌うことができなかったのではないか、と仰っていました。そして、ついに一切の思いを聞くことのないままであったことを後悔しているとも。

◆◆◆◆

昨日、お兄様がサイパン島で戦死されたという方にお会いする機会がありました。
その方は、戦争体験(その方は「戦時体験」という言葉を使われています)を語り継ぐ活動を実に9年間に渡って続けられていらっしゃいます。尊敬すべき先達でいらっしゃいます。
日常の生活のなかで、ときには平和のありがたさや戦争の悲惨さに思い致すことが大切だとおっしゃっていました。まったくその通りだと思います。

その方がさらにすごいのは、地域で様々な活動を主宰されておられ、それをずっと(10年とか)続けておられることです。定年後に始められた男の料理教室も今では入会のウェイティングが出るほどだそう。

お話した後に保存会の面子と一緒に、歌って踊れる餃子屋で、カラオケと料理を堪能させていただきました。どうもごちそうさまでした!

◆◆◆◆

◎「戦場からの証言」の第1作、奇跡的にサイパン島から帰還された
                      山内武夫さんのお話は下記からご覧頂けます。
   http://www.notnet.jp/senjoindex.htm
 未だご覧になっておられない方は、この機会に是非ご覧下さい。
 前出の「日本が負けたら日本の全てが無くなって仕舞うと思っているかもしれないけど、
 日本帝国が負けたって日本の社会は残るんだぞ、日本人も残るんだ。日本の新しい社会を
 作ってスタートするんだから、その時まで生き残ろうじゃないか。」 という部下への言葉は
 今の日本社会を見るに付け、本当に胸に迫ります。

◆◆◆◆

最後に、このブログを見に来ていただいている皆様へ。
いつも激励いただきありがとうございます。ご返事が滞っておりまことに申し訳ありません。
ぼちぼち復調して参りますので今後ともどうぞよろしくお願い致します。

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