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今日、HDDに残っていた第9話と最終話をもう一度見なおしました。
原作を平行して読みながら、ドラマを見ていた私は最終話を見終えるまで、
柏原が犯人だと知らずにドラマにのめり込んでいたんですよ。
ところが、その結末を知って、今日第9話を見たら、なんか柏原の行動や
言葉にすごく腹が立ってきて、原作を読んでいた人たちは、こんないらだちを
抱えながら見ておられたのかなぁと素直に疑問に思いました。でも、原作
既読者の方々のブログも結構好意的に書かれていて、これって何なんだろう?
と不思議に思って、今日またブログをアップした次第です。
第9話って、戸神邸に隠したアリアケレシピノートの存在を行成に知られて
ノートが敵の手に落ちたから、仕方ないから最終手段として柏原を味方に
しようという回でしたよね。相手が刑事だとわかっていても、他に術がないから
詐欺をはたらいていたことまで正直に話して、功一たちは何度も柏原に頭を下げて
謝って、頼んでいたのを見ていたら、なんで?という気持ち一色になりました。
でも、そこで傘の件を脅しに使えるんじゃないか、と教えてあげたりするのは
力になってあげたいからなのかなぁ、とか、戸神犯人説にアリアケ3兄妹が
傾いているから、それに荷担しようと思ったのかなぁとか、いろいろ考えて
わからなくなってしまいました。
本当のことを3人に話したいという気持ちがあれば、もっと早くに話していると
思うし、「おれが悪い奴だからだよ。弱い奴だからだよ。」と言う言葉を鵜呑みに
すれば、隠せるものなら隠しておきたい、と思っていそうだし…
戸神が柏原の傘を出してきたときも、すごく驚いたと思うけれど、あそこで自分が
鑑識に持って行くと言えば、また証拠隠滅することだってできそうな感じだったし
ただ、功一が傘の柄の傷で見抜いてしまったから、鑑識に持って行くのは萩村の
仕事になってしまったけれど…
柏原が犯人だと知っているのと知らないのとでは、微妙に一つ一つの行動や
台詞に対する視聴者の反応は違ったと思うんですよね。その双方を納得させられる
脚本を書いたという意味では宮藤官九郎はやっぱりすごいのかもしれない。
最終話はもう一度見ても、やっぱり屋上のシーンのニノの演技は最高でした。
最初の戸神邸で、政行に迫るところもうまかったけれど、そばに寄って行って
しゃがむシーンで手を最初置いた位置からずらしたところが気になったかな。
最後のアリアケ再オープンで届いていた店の前の花輪が、ジョージC.C.からと
戸神政行からだったことは今日初めて気がつき、戸神父から来ていたことが妙に
うれしかったです。
この2話を見てから、雑誌Hの12月号「流星の絆」徹底特集をまた読み直し
余韻に浸ったちゃんくでした。いろんな人から絶賛されているニノはやっぱり
すごい役者さんなのかもしれないと、また改めて思いました。
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