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私はヒマを持て余しまくっている引きこもり専業主婦なので せめてお小遣いの足しにとネット上のアンケートによく答えています。 で、その時によくある質問が Q.こどもの有無 A.1:いる 2:いない もちろん「今現在育てているこどもがいるかいないか」について 聞いているものですよね、普通に考えれば。 それはわかっちゃいるんですが、 やっぱり私の中では「いる」なんですよね。 たとえ戸籍に載ってなくても他の誰にも見えなくても。 でも、ここで「いる」と答えてしまったら 質問者側からすれば質問の意図に反している、 もしくは虚偽回答にもなってしまうわけで 小額なりとも報酬をもらうアンケートで そういうコト(回答)をしちゃダメだよね・・・ と毎度毎度、数秒間の葛藤の後「いない」にチェックを入れています。 ヘタに「いる」にしちゃうとそのあとで いろんな子育てやら教材やらの案内が来ちゃうから それはそれでまた悲しくなっちゃうし。 最近じゃすっかりあきらめて割り切ってチェック入れてますが それでもやっぱりちょっと切ない瞬間です。 ああ、やっぱり世間じゃ認めてもらえないんだな〜って。 時々「結婚」の質問では 1:未婚 2:既婚 3:その他 になってるアンケートもちらほら見るので これを「こども」の質問にも適用してくれないものかと 思う今日この頃です。 そして、声を大にして「私にもこどもがいるんだ!」って言える
ブログの存在に、改めて感謝感謝です。 |
5.10+2.20
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05年5月10日、19週で女の子を流産。
06年2月20日、23週で男の子を死産。
その時のこととそれ以降に想うこと。
06年2月20日、23週で男の子を死産。
その時のこととそれ以降に想うこと。
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私には母方に元気なおじいちゃん、おばあちゃんがいます。 私は初孫だったので、そりゃあもうかわいがられて育ちました。 しかも8人いる孫の中でも一番おばあちゃんの「思い通り」に 育ったようなので、その分期待もでかい。 おばあちゃんが望んだとおり地元じゃそこそこ有名な学校に行き、 おばあちゃんが望んだとおりに真面目(っぽい)な相手を見つけ、 おばあちゃんが望んだとおりに早めに結婚。 ココまできたら次に望まれるのはわかりきってます。 「ひ孫の顔が見たい」 これもじじばば孝行だから、 早めに見せてやろうと思ってたんですよ。前は。 でも、妊娠したなんて言おうものなら大騒ぎしそうなので (結婚式の時も大変だったので)黙ってたんです。姫のときも若のときも。 そしたらあんな結果になってしまって、言わなくてよかったと心底思いました。 おばあちゃんは「普通」もしくは「優秀」なのが好きだから、 なんの悪気もなしに結構ひどいことを平気で言う人だから、 流産したとか死産とかしたなんて言ったら何言われるかわからない。 昔は毎年お正月に親戚の集まりがあって、毎年顔出してたんですが ハタチ前から「良い人はおらんのか?」「女の子は早くヨメにいかないかん」 就職してからは「女の子が働いたりせんでええ。早くヨメに行くのが一番幸せだ」 攻撃を毎年毎年なんとかしのいで、もうゲンナリ。 ようやく結婚してからはダンナの家の集まりに行くからと言い訳して 一度も顔を出してない。 行ったら言われるコトはわかりきってるから。 ずっとお世話になってるおばあちゃんだけど、 本当に悪いとは思ってるけど、さすがにまだ行けない。 そんな感じで数年間顔は出さず、年賀ハガキだけ出していたら とうとう今年、年賀手紙がきました。 「曾孫の誕生を老婆の元気な内に見せてやってください」 だって。 そんなんわかってるよ。 私だってそのつもりだったよ。 だけどさ、たまには私だっておばあちゃんの思うとおりに いかないことだってあるよ。 ご丁寧に一緒にビール券が同封されてました。お年玉代わりにって。 でもお礼の電話なんかしないよ。できないよ。 今はまだ何にも言われたくないもん。 いっそのこと 「ひ孫は先に冥土で待ってるよ」 なんて言ったらどういう顔するかな。 多少は希望を持ってお迎えが待てるようになるかな。 (といってもまだまだ元気だけど) ついでにおじさん・おばさんたちからも年賀状で 「ジジババが寂しがってるので顔を出してやってください」 どうして他に7人も孫がいるのに私だけ・・・ そろそろ他の子にも期待してあげてよ・・・ 本当にいい時期に引越しできてよかったです。 無事に産むまでは会いにいけません。 はあー。 私もなんとかがんばるからさ。
おじいちゃんもおばあちゃんものんびり待っててよ。 |

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今までほとんどドラマなんて見ていなかった私ですが、 最近はいくつか見ています。 その中のひとつが「14才の母」。 ミキちゃんかわいいし、健気だし、心配だし、 とにかく頑張って生んで欲しくて毎週見ています。 で、今日もさっきまで見ていたんですが ドラマの内容はさておき、気になったセリフがひとつありました。 NICUの先生の一言。 「父親なんて何もできないんだから」 うろ覚えなんですが(汗)こんなようなセリフ。 若を産んだ時、ダンナも同じこと言ったんですよ。 私の処置が全て済んだ後、分娩室で私とダンナと若と 3人にしてもらってしばらく過ごしていたんですが、 今にも泣き出しそうな赤い目で言ったんです。 「俺って何にもできないんだな・・・」って。 確かにその通りなんですよね。 妊娠中なら色々手伝ってもらえるけど、 いざ出産となれば私ががんばるしかない。 ダンナがどんなに頑張ったって陣痛が進むわけでもないし 赤ちゃんが出てくるわけでもないし、 ましてや早すぎる出産を止めることなんて絶対にできない。 もちろん私が頑張ってもどうにもならなかったこともあるけれど ダンナにとってあれ以上に自分の無力さを痛感することって なかったのかもしれない。 夜中に私の陣痛が激しくなって、 あっという間に病室からストレッチャーで分娩室に運ばれて 分娩室に呼ばれるまで、多分1時間くらいあったと思う。 それまでダンナは、どこで何を考えていたんだろう。 一人で部屋で待ってた? 分娩室の前のソファーにいた? あの薄暗くて静かな病院の廊下で、たった一人で? いざ呼ばれて行ってみれば心肺停止状態の小さな小さな我が子と その蘇生処置を打ち切る決断――― ダンナとはあの時の話はほとんどしてません。 たまに一緒に話したいと思うこともあるけれど、 でもきっとダンナにとっても辛いだけなのかもしれない。 私はこうやってブログで吐き出して自分の気持ちも 整理できてきたけれど、ダンナは一人で抱えたまま。 私の前で泣いたこともない。 きっとこの先も誰にも話さないと思う。私にも。 ああ見えてプライド高い人だから。 あの時何を考えていたのか、話して欲しいけれど 多分、聞いちゃいけないんだろうな。 忙しいのに休み取ってずっとそばにいてくれて、 私のことを一言も責めないだけでも良しとしなくちゃ いけないんでしょうね。 世の中にはひどい旦那さんもいるらしいです。 つわりで苦しんでる奥さんに無理やり家事させたり、 妊娠中に浮気したり・・・。とんでもないですね。 父親にできることはないかもしれないけれど 父親として手伝えることはいくらだってあるし 父親として求められてることだって山ほどある。 ダンナはぶーぶー言いながらでも 私のことを手伝ってくれてたし、支えてくれた。 だから、父親でも「何にもできない」なんてことはない。 とは思いつつ、本人には言ってません。 私が言っても納得できないだろうから。 その代わり、いつか「次」の機会がきた時に、 決断することがその子の名前にできるように 私はもう一度がんばらねば。 もちろんその時はちゃーんと手伝ってもらいますけどね。 ドラマの方はいよいよ来週が最終回です。
予告編ですんごーく気になるコト言ってましたが・・・ どうかハッピーエンドにして欲しいなあ。 |

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先日、法事に行ってきたんですが やっぱりおじさんに聞かれちゃいましたよ。 「あれ?子供連れてこなかったの?」って。 実はおじいちゃん亡くなったのが今年の年明けで その時は妊婦&ツワリ&遠距離帰省ラッシュで お葬式行けなかったんです。 まあ、葬式に出席できない理由くらい話しますよね。 その後の話はおじさんのところまでは届いてなかったみたいだけど。 だから 「おじいちゃんとおばあちゃんと一緒にいる」 って言ってきました。 なんてったって、おじいちゃんの四十九日のすぐ後でしたから。 勝手におばあちゃんに面倒見てもらってるつもりでいます。 一応、聞かれることは予想してたんですけど それでも実際に聞かれて自分の口で答えるのってまだちょっとキツイ。 こうやってブログで文章にするのはだいぶ平気になってきたから 大丈夫だと思ったんだけどなあ・・・ これから先はあんまり聞かれることもないだろうけど いつどこで話振られるかわからないので、 久々に会う人と「おばちゃん」には身構えちゃいます。 ちなみに私は性格悪いので「こどもは?」なんて聞かれたら てきとーに流すコトはせずちゃんと話そうと思ってます。 自分で聞いたからには最後まで聞いてもらいますので。 それとは違う話ですが 法事の席にイトコのお姉ちゃん2人も来ていました。 2人とも私より年上ですでに子供もいる。 それは前から知っていたんだけど 知らなかったのが下のお姉ちゃんに赤ちゃんがいたこと。 女の子で今10ヶ月だそうです。カワイイ子でした。 前は赤ちゃんなんてまともに見れないこともあったけど 最近じゃだいぶ平気になってきました。 今回も自然と「孫席」みたいな感じになってたので 赤ちゃん抱っこしたイトコと隣同士で座ってました。 赤ちゃんはずーっとゴキゲンで、ニコニコ。 笑ってくれるんですよ。私にも。 なんかね、前はあの綺麗な目でなんでも見透かされてるんじゃないか って気がしてたんです。 じーっと見つめられると、それが責められてる様な気もして すごく辛い時期もありました。 でも、その綺麗な目で笑ってくれるんですよね。私にも。 まっすぐこっちを見て、にこーって。 なんだかそれだけで全て許してもらえたような気になるんです。 「もう、いいんだよ」って言ってもらってるような気分。 人様の赤ちゃんにこんなこと勝手に求めてちゃいけない気も しないでもないんですが・・・ と思いつつ、最近は赤ちゃん見ると顔を覗き込んでしまいます。 これくらいは許してもらえるよね? ちなみにこの赤ちゃん&上の子におじいちゃん(私のおじさん)はメロメロ。
やっぱり父上にも孫抱かせてあげないとな〜と思ってしまいました。 |
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「親より先に死ぬのは最大の親不孝」 って言いますよね。 賽の河原で石を積み続ける話もあります。 私も昔は 「別に好きで死んでるわけじゃないでしょ? それが何で親不孝になるのよ〜」 って思ってました。 でも今は、 やっぱり子に先に死なれた親って不幸だと思うんですよ。 そりゃもう不幸のどん底です。 どん底まで行って、ようやく意味を体感できました。 私はこれまで、親不孝じゃない人生送ってきたつもりでいました。 非行に走ることもなく、そこそこ優秀な学生をつとめ、 ちゃんと就職・結婚もして心配かけないようにしてきました。 (スネはかじりつくしてますが/汗) そして、あとは孫を抱かせてやるだけか〜 と思ってた矢先に姫を流産。 姫を火葬に出す時、姫が入った白い布でくるまれた小さな棺(と言っても箱) を抱きながら、赤ちゃんをあやすようにしながら母が泣いたんです。 泣いたのは姫のためだと思うし、私のことを責めるようなこともしない。 だけど、「親を泣かせてしまった」ことが私はすごくショックでした。 だから今は「もう、できるだけ泣かないようにしよう」と思ってます。 母が泣くのを見て私が辛かったように、 私が泣いてたら姫も若も辛いのかもしれない。 親を不幸にしてるから河原で石を積み続けなきゃいけないなら 親が不幸じゃなくなればそこから離れられるのかもしれない。 特に仏教に詳しいわけではないので正しい解釈じゃないのかも しれないけれど、勝手な解釈なのかもしれないけれど 自惚れかもしれないけれど、でも間違ってはいないと思う。 私からすれば「私のコトなんて気になくていいから」 とは思うんですが、もし私が親より先に死んじゃって、 それで親が泣き暮らしてたりしたら、それこそ 心配だし申し訳ないしで天国とか成仏とか行ってられないと 思うんですよね。 で、私の子なんだから同じようなこと考えてるんじゃないかな〜と。 コレって自分勝手な思い込みなのかなあ・・・(^_^;) と思いつつ、改めて親孝行しなければと頑張る今日この頃です。
当初の目標が「母を40代でおばあちゃんにしてやる!」だったので そろそろ急がなきゃ・・・(って↑コレは親孝行なのか?!) |

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