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今年はめっきり春が遅かったです。
でも、谷間の村に川つつじが、遅れることもなく咲きました。
山里では、清く流れる小田川の恩恵を受けて、断水などはありません。
最近、水害などが2回ほどあったが、許容範囲として受け入れるべきでしょう。
自然の営みからすれば、われわれ人間のそれは一瞬のことなのであろう。
人も生を受け、成長し喜びや、楽しみを味わうのです。
そして、悲しみや苦しみもあわせてもつことになるのでしょう。
野菜を作っている畑のすぐ下の風景が切石・仏岩の川つつじですね。
綺麗です、心洗われる質素な色あいは川つつじにしかないでしょう。
河川は度重なる道路改修で傷み続けられ瀕死の時もあった。
けど、ボランティアが手助けして繕ってきましたね。
この風景は、地元の癒しの姿として伝えていく義務があるでしょう。
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谷間の村
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土曜日に撮ったさくらです。
明応寺の裏のお墓山から、大瀬中学校や小田川を背景に入れました。
先日の爆弾低気圧の暴風は、開花前のつぼみだったので無事に咲きましたね。
高台からの眺めも、なかなかいいものです。
最後の1枚は程内・熊の滝のさくらです。
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もうそろそろ、さくらも満開が近いようになってきました。
川沿いのにさくらもみごろになってきました。
日本人なら、さくらが一番好きかも知れないですね。
風情があります。
いかだ流しの川登・路木のさくらです。
ここは、おなじみの大瀬本町1ですね。 |
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やっと咲きましたね。
ほんとにやっとです、3月31にさくらのつぼみがほころびました。
とても遅い開花です、いままで経験がないくらいです。
まだ4分咲きぐらいですのでこれからでしょう。
待ち焦がれたさくらは綺麗です。
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なんとも、今になって悲しい過去の現実を不振り返るとは、予期せぬことでした。
僕の亡くなった父親も、若くしてたぶん二十歳ぐらいで戦場に駆り立てられた。
戦場は中国、中支の蘇州で衛生兵だった。
将校当番だったので、市中へ買い物にも行って中国語を覚えていた。
終戦を迎えた時に、中国人に気に入られ養子になってくれと懇願されたと
昔話を良く聞かされたものです。
幸運にも戦地で戦闘がなかったので生きて帰れて、僕がいるのですね。
だが、あの戦争は悲惨な結末を迎えた人たちが多数だったのだ。
編集をすればするほど、隣近所の身内に耐え難い不幸があったのがわかった。
同級生や先輩、そして友達の父親が戦火で散った事実を再確認した。
この悲しみを癒すことなど到底できるわけもない。
忌まわしい過去の誤りを、謙虚に受け止めるだけです。
いくら明るいトーンにしても、英霊の写真をみつめていると
涙が止まらないですね・・・・・・・・・。
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