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こんにちわ。 以前から私が時々書いています、「ガン漂流」を書いた奥山貴宏さんのことを綴った NHKのETV特集「オレを覚えていてほしい−ガン漂流・作家と読者の850日」を録画したDVDを Yさんから頂きました。どうもありがとうございました。 途中からでも、一時間弱の長いものでした。 内容は本を二三回読んでいたのでわかっていましたが、やっぱり本人の生前の画像など見ると 「あの内容は本当に事実だったのだ。」という実感が沸いてきました。 肺がんで余命2年と宣告されてからのブログと読者のコメントを紹介していました。 感じたことはやっぱり「死ぬまでは生きなければいけない」と言うことですね。 いくら余命○年、△ヶ月と言われても、その間は生きなければいけないのです。 その期間、怖がったって、悩んだって、何していたって、同じ時間が過ぎていくわけです。 そりゃ、誰だって死ぬのは怖いですよ。簡単には受け入れられないのも事実ですよね。 でも現実逃避しても、病気が良くなるわけでもないんですね。 奥山さんも最後は抗がん剤が効かなくなって、痛みや不快の緩和の治療だけのようでした。 読者のコメントで印象深かったのは、肺がんで父親を亡くした女性が、「たばこが吸いたい。」と 言っていた父親に吸わせてあげなかったことを後悔している、と書いていたことです。 たばこを吸ったことで命が一日、二日、一週間でも短くなったからってどうだったのでしょう? それよりもやりたいことをやらせてあげたらよかったのにと、私も思います。 そして私自身、特に今は制限が一切無いので良いのですが、抗がん剤で体がきついときは 休ませてほしいと言うし、お酒も飲むし、お肉も食べたいと思いますね。 夫や両親がそうなっても、そうさせてあげると思います。彼の、両親のそれぞれの人生なんですよ。 最期まで自分らしく生きる権利があると思うのです。生まれてくるのも一人、死ぬのも一人なんです。 ただし、その人が最後まで治療をしてがんと闘いたい、家族の望むとおりにしたい、 というのであれば別の話だと思います。 要は、心配している、それが患者の為、と勘違いして、自分の意見を押しつけないことだと思います。 奥山さんのご両親もホスピスへ入るように言ってきたようです。もちろん、一人でマンションで 暮らしている息子を心配するのはわかりますが、彼はそれを拒否します。 「一人で仕事をしていて吐瀉物を詰まらせて死んでも、それは本望だ。」と。 「死の恐怖や孤独と闘っているから、とぎすまされた文章が書けるのだ。」 「退屈な人生からは退屈な文章しか書けない。」と。 彼は彼らしく人生を全うしたと思います。もちろん、二冊目、三冊目の小説も 書きたかったと思いますよ。でもその時自分の力を十分に発揮して、その時悔いが無かったなら それで良いんだと思います。いつかは終わりが誰にでも来るのです。 奥山さんは33才で亡くなりましたけど、「若いのにかわいそう。」とは全然思いません。 変な話ですが、すがすがしい感じさえ持ってしまいます。 長生きしても「自分の人生って何だったんだろう?」っていう人もいると思いますし 彼が「死」と向き合って、悩みながら恐怖と闘いながらも自分らしく生きたことが すごくすばらしいと思いました。濃い人生だったと思います。 いつものごとく私の勝手な独り言と思ってください・・。
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◎『がん漂流』◎
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同じ病気のものとして印象深かったもの。たくさんあるので少しずつ書いていきます。 |
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主人が勧めてくれた本、三冊、むさぼるように読みました。最初主人は買うのを躊躇、私と共に本屋で立ち読みした時点でも、二人で躊躇。結局翌日には主人が一冊目を買ってきました。読まないと余計に気になってしまいそうだったそうです。 |

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