アメリカ便り Letters from the Americas

様々なアメリカ&メキシコ事情と両国の小話

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         明治神宮流鏑馬のお手伝い 
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昨秋の文化の日、来日中のテキサス在住の孫娘・アニータと明治神宮に参詣した。明治神宮例祭に当たる113日は恒例となっている、大日本弓馬会主催の流鏑馬神事の奉納が神宮内の西参道沿いにある馬場で行われたのである。
孫の来日前、同会の事務局長を務めるメキシコ大学時代の後輩・奥山氏に孫の訪日を話したところ、「アニータの良い思い出になるから流鏑馬(やぶさめ)に諸役として参加したらどうです?」と提案されたのである。
「それは良い。ぜひお願いします」とおじいちゃんである筆者は独断で決めていたのだった。奥山氏は孫娘の父である、私の息子とも旧知の間柄なのである。
 
そして、数年前筆者がUrashimaメモに書いた、流鏑馬神事体験記の写真を彼女に送って、「流鏑馬とは何ぞや」を解説してやったところ、「OK、面白そう!」とアニータは快諾したである。日系三世の孫娘が日本の伝統と文化を具現化する、流鏑馬神事のお手伝いである「諸役」に挑戦してくれたことは筆者にとって実に嬉しい出来事だった。
 
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 さて、当日朝9時、神宮代々木口からアニータと一緒に宝物殿方面へ向かうと、弓、木刀、薙刀等を担いだ大勢の老若男女に出会った。「文化の日」なのでこれらの各種武道の奉納も行われたのだった。神宮宝物殿に設置された流鏑馬神事の準備会場で、アニータを「射手」のリーダーである、秋山さんにお預けすると、筆者は流鏑馬会場である西参道へ向かった。ここで準備の指揮を執る奥山氏にあいさつをして、神宮の原宿口まで歩いた。神宮境内の北に位置する宝物殿から、弓道場及び総合武道場の至誠館を経て、本殿横を通って原宿口までは徒歩25分かかった。
 
9時ごろの明治神宮はまだ参拝客はまばらで、総面積70万㎡(東京ドーム15コ分)の境内は全国各地から献木された約10万本の樹木からなる見事な森が広がっていて、心地良いウオーキング・コースだった。
 
                      流鏑馬は神道の流儀で挙行される
 
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 流鏑馬の特色である弓馬は武術であるが、「流鏑馬神事」と呼び習わせられている通り、神道の流儀で執り行われる。従って、儀式の総指揮官である奉行はじめ、騎乗する射手(いて)、諸役は「流鏑馬装束」と称する、直垂(ひたたれ)を纏い、奉行と射手は綾檜笠(あやひがさ)、諸役は烏帽子を被る。
 
流鏑馬の手伝いを務める諸役のアニータたち14名は準備会場で、流鏑馬の概要説明、会場でのリハーサルを行い、昼食を済ませた後、古式に則った直垂に後三年型の烏帽子を被り、小刀を帯び、鼻高履(びこうり)を履いて神宮神前の儀式に臨むのである。そして、奉行と射手たちは昇殿して儀式用の鏑矢を神前に奉献し、玉串を奉奠(ほうてん)した後鏑矢を拝受、一同退出して射手は乗馬、奉行以下役員、諸役は全員隊列を組んで行軍して馬場に向かう。馬場に着くと、奉行は口伝の文言を唱えながら、矢は放たずに天と地に向かって満月弓に弓を引き絞り、「天下泰平、五穀豊穣、万民息災」を祈念するのである。 
 
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 この辺が流鏑馬はスポーツではなく、神事である所以だろう。儀式が終わると、一同は再び隊列を組むと行軍して各部署に向かい、奉行が馬場中央の記録所に登ると、いよいよ競技の開始である。
 
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写真:(www.youtube.com)
明治神宮の流鏑馬は神社境内の西参道沿いの218㍍の芝地の馬場で行われる。218㍍の馬場に三つの「式乃的」が立てられ、12名の射手が二組に分かれて夫々三つの的を目がけて矢を射るのである。これを奉射と呼ぶ。射手は馬を全速力で走らせながら、「一乃的」から順に「三乃的」まで三回矢を番えては放つのである。凡そ70㍍ごとに的があるので、三回奉射するのは至難の業である。
 
                                      諸役の役割
 
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 一方、諸役には以下の6種類の役割があり、それを14名が分担して務めることになる。

[太鼓方]たいこかた 行軍や凱陣の式などで太鼓を叩いて合図を送る。
[旗持ち]
はたもち 行軍の先頭で紅白の旗を立て、一同を率いる。
[扇方]
おおぎかた 扇を翻して馬が走る合図を送る。
[的目付]
まとみつけ 的の的中判定と的の架け替えを行う。
[幣振]
へいふり 矢が的に的中したことを幣を振って知らせる。
[矢取]
やとり 射手が放った矢を拾い上げ奉射終了後、射手に手渡す。

 
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 先ず太鼓方と旗持ちは奉行以下役員の持ち場である記録所の下に位置する。扇方は流鏑馬のスタート地点である馬場上とゴールである馬場下に一人づつ位置する。
三か所の「式の的」の右手に的見付、幣振、矢取の三人が腰かけて陣取る。そして矢が命中すると、的目付が大声で「的中」と報じ、幣振は幣を振って知らせるのである。
アニータが務めた矢取は、的中した矢を的から外し、または逸れた矢を拾い上げて、奉射を終了して馬場下へ退場する射手に各人の矢を手渡すのである。
このように諸役たちは疾走する馬と射手の見事な技を、間近で体感できる流鏑馬の特等席に位置することになる。従って病みつきとなり、毎年参加する人が多いという。
 
                             的の土器が割れると…
 
 
さて、12名の射手が奉射を終えると、奉射の成績上位6名だけが次の競技である、競射(きょうしゃ)への出場の機会が与えられ、競射の最多的中者には、凱陣之式(がいじんのしき)の主役を務める栄誉が与えられる。
競射の的の位置は「式乃的」と同じだが、的は土器二枚を合わせ、中に五色の切り紙を入れて張り合わせた「三寸の小的」に代わるので難易度はずっと高くなる。的に的中すると、土器が砕け中の切り紙が花吹雪のように舞い散るので実に見事である。Videoをご覧頂きたい。
 
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 こうして競射が終わると、奉行は記録所で「止之太鼓(とめのたいこ)」を打ち鳴らす。それを合図に射手、諸役は奉行の下に集合する。次に奉行により退治した邪悪の首実験が行われる。この儀式を「凱陣之式(がいじんのしき)」と称する。競射の最多的中者は「式之的」を持って奉行の前に進み出て跪坐(きざ-ひざまずく)する。奉行は日の丸の扇を開き、骨の間から的を検分した後、扇を畳み太刀の鯉口を切ると、太鼓方は陣太鼓を三打叩くのである。
すると、奉行は鬨の声を「えい、えい、えい」と上げ、射手、諸役一同はすかさず「おー」と唱和、これを三回繰り返して、勝どきを挙げるのである。いかにも武士らしく勇壮である。
 
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 凱陣之式が終わると、奉行、射手、諸役の順に記録所前でお神酒を頂戴して、一切の儀式が終了する。そして、奉行以下全員は再び隊列を組んで、行軍して退場するのである。
鬱蒼とした緑豊かな明治神宮の森を背景に行われた、古式豊かな流鏑馬神事を参観した我々観衆一同は夕闇迫る頃、隊列を組んで行軍する射手たちを見送ると、ようやく現実に立ち返えって神宮を後にしたのである。
 孫のアニータは通訳を務めて下さった、JALパーサーの女性始め諸役仲間の皆さんとすっかり仲良くなり、近い将来再度諸役に挑戦したい、と約束したそうである。
(終わり)

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