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毎度のことながら、補正予算組み込みや解散総選挙などはっきりいって政局ばかりが気になる両党であるが、とにかく麻生総理が景気対策だというならまずその骨子を佇ませたうえで実行に移してくれ!「麻生実行中」じゃなかったのか? しかも軍配はどちらにあがった?なんて
大体、国籍法とか定額給付なんて余計なことやらずにアメリカ国債回収とかやるべきこと先にしろって。それに総理を非難している幹事長以下自民公明党の番頭たちが、足並み揃えて協力しないでどうすんだよ、バカたれ! また、社会保障費の抑制を議論した20日の経済財政諮問会議で「たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」などと発言したことが分かった。同諮問会議の少し前、全国都道府県知事会議で行った「医師は社会的な常識がない人が多い」との発言の撤回を求めた日本医師会に対し麻生首相は「言葉が不適切だった」と陳謝したばかりだった。日々闘病を続ける患者の気持ちを考えれば、このような放言は到底できないはずだ。 諮問会議では社会保障と税財政の一体改革が議論されていたが、議事要旨を読む限り、首相発言は議論を深める内容になっていない。「67,68歳になって同窓会に行くと、よぼよぼしている。今になると、こちらの方が医療費がかかっていない。毎朝歩いたり何かしているからだ。私の方が税金は払っている」などと述べ、その後で不養生の人の医療費を、自分がなぜ払う必要があるのか、という趣旨の発言をしたという。 上げ足はとりたくないが、問題点を二つ指摘したい。
問題の2点目は、首相発言が医療保険制度の根幹を揺るがしかねないという点だ。日本は国民皆保険制度を取っている。国民がかけた保険料と税金で、手術や治療などに必要な費用を国民全体で支える共生の仕組みになっている。首相が主張するように、元気で健康な人が「なぜ自分が金を払うんだ」と言い出したら、皆保険制度は崩壊してしまう。 確かに気持は分からなくもないが、これは居酒屋での酒の肴程度の議論ならいいかもしれないが しかし皆保険制度の仕組みを知りながら、なぜこんな不適切な発言をしたのか。患者だけでなく、多くの国民が理解に苦しんでいる。こうした放言が続けば、首相としての資質を問う声が強まることは避けられまい。
麻生首相の言葉は軽い政治家に必要なのは何より言葉ではなかったのか?国会が言論の府と呼ばれていなかったっけ?(間違っていたらごめんなさい)意見や利害が錯綜する政治の世界では、はっきりした言い方はできないし、やらないという大原則がある。そのうえで、あいまいな言葉を巧みに操って万人を納得させられるのが、政治家としての話術だと思う。政治家の言葉には大衆用と政治用の2種類あるという。大衆言語は日常の会話やコミュニケーションを図るため、互いが分かる語彙を使えば済む。私生活のほか庶民性をアピールする街頭演説などの場面で用いられる。これに対して議会など公的な場面で使う政治言語は、その言葉が持つニュアンス自体が良いか悪いかの判断にも敏感でなければと感じる。 誰にでも読み間違えはある。意味が通じればいい けれども、絶対にやってはいけない誤読があるという。12日の日中交流行事の歓迎のあいさつで「頻繁に首脳が往来」という「頻繁」を「はんざつ」と読み間違えた一件である。 頻繁を『はんざつ』と読んで意味が逆になるのはまずい。日中関係で言えば、『頻繁』は好意的な意味だが、『煩雑』は『多すぎる』という悪い意味になる。
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『椿事件』
1993年9月21日、民間放送連盟の「放送番組調査会」の会合の中で、
テレビ朝日報道局長の椿貞良が、選挙時の局の報道姿勢に関して
「小沢一郎氏のけじめをことさらに追及する必要はない。
今は自民党政権の存続を絶対に阻止して、
なんでもよいから反自民の連立政権を成立させる
手助けになるような報道をしようではないか」
との方針で局内をまとめた、という趣旨の発言を行う。
(ウィキペディア「椿事件」)
2008/11/29(土) 午前 10:11 [ 、 ]
ためになります。
ところで、補正予算とは、やはり年頭の作成する予算とは何か
違うのでしょうか?
2008/11/29(土) 午前 11:13 [ - ]