原因は、麻生首相のやる気のなさと、所管大臣たち政治家の不見識である。その結果、現実とかけ離れた、官僚たちに都合のよいウソが罷り通り、改革は、あるべき姿と正反対の官僚たちのやりたい放題になりつつある。 今回のコラムでは、総務官僚がまんまと焼け太りに成功する見通しの「内閣人事局」の問題と、相変わらずの屁理屈で同局への機能移管に激しい抵抗を続ける人事院の問題に焦点をあてて、政治家と官僚のケーススタディをしてみたい。 「天下りなど、公務員の特権と批判される慣行についても厳しく対応し、押し付け的あっせんを根絶します」 麻生総理が国会で28日に行った施政方針演説のこのくだりに、多くの官僚たちは心の中で拍手喝さいした。ところが、新聞やテレビでは、この部分を問題にした報道がほとんどみられなかった。
しかし、はっきり言って、こうした報道はお粗末だ。というのは、首相は、このくだりで、サブプライムローン問題や世界不況の反省から、国際的な風潮となっている「公平で透明なルール」の整備の必要性を説明しただけだ。そこに焦点をあてること自体に、エコノミストやアナリストの間では、冷笑が広がっているという。 むしろ、多くの事情通の間で問題になっているのは、冒頭で記した「天下りなど・・」の方なのである。 なぜならば、天下りについて、官僚は昔から、あらかじめ周到に根回しをして企業側から依頼があったかのように形を整えている。ところが、そういう事実を隠したうえで、「押し付け的あっせんは、いけない。もちろん、そのような形の天下りはやってない」と強弁してきた実態があるからだ。
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㊕公務員の醜態、実態
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なるほど。自民党政府もマスコミも何もわかっていないし、していないのですね。すべてが官僚の掌で踊らされているのですか。情けない。
2009/2/7(土) 午前 6:16 [ 彩帆好男 ]
追伸
傑作です。
2009/2/7(土) 午前 6:18 [ 彩帆好男 ]
結局、麻生太郎首相は各省庁による官僚の天下りと渡りのあっせんを年内に廃止するとした方針について、「(省庁を)辞めた民間人に介入することは難しい」と述べ、省庁あっせん以外の天下りと渡りは廃止対象としない意向を表明した、つまりルートの確保の根絶には至らなかったわけです。
何とも官僚の悪知恵だけが残ったという結果ですね。
2009/2/7(土) 午前 11:25
国家公務員というのは、小泉政権以降、本当に身の程をわきまえないというか、自らの立場をわかっていないようだ。
首相の指示にも従わず、会合に出席しないというサボタージュは、いわば、クーデター。
人事院が独立機関、中立機関とは誰も思っていない。それは、この不況下で、ベアアップの人事院勧告を出し続けていることに如実に表れている。
中立的な機関なら、とっくの昔に、天下りや渡りなどは、自主的に廃止されてしかるべきで、いまや機能不全と既得権益確保に血眼になっており、
本来の政治家による、人事操作から一線を画すという目的さえも、このような状態ではできないのではないかという疑念が起こってきた。
給与の官民格差は一層進んでいる。地方公務員はそんな中でも、総務省のきつい引き締めで、給与カットが続いてきたというのにだ。
人事権は誰にあるのかということをあまりにも曖昧にしてきたことがここまで官僚主導を助長してきたつけが回ってきたということだろう。
ということは、公務員制度改革を行うと宣言する民主党でさえも、おそらく、同じ壁にぶつかっただろうから
2009/2/7(土) 午後 0:40
忘れがちなのとしては、掛け声だけで中身に乏しい能力主義の導入です。行き過ぎた平等主義をやめ、能力主義を取り入れるという考え方自体に反対する人は少ないと思います。
私個人としては大賛成です。ただし、能力主義はしっかりした中身を持っていることが極めて重要です。中身が曖昧な能力主義ほど危険なものはありません。なぜなら、そこに評価する側の恣意が入り込む余地が大きくなり、評価される側の私達はますます弱い立場となって伸び伸びと仕事ができなくなってしまいます。
早い話しが、ダメな無能の人材から順に天下っていくのですから、全く何をいわんや、です。
2009/2/7(土) 午後 7:48