役人と言えば裁量権。法律を法律どおりに行うかどうかの判断を役人が下すときに使うのが裁量権なのだ。
これがあるからこそ、役人が権力を持つことが出来るのだ。例えば、例の植草事件で、その裁量権が行使された。迷惑防止条例違反(要は痴漢)で、132日間も拘留出来るのも裁量権ならば、窃盗の現行犯で逮捕されても書類送検で済んでしまうのも裁量権である。
検察が事件するかどうかを決められるのと同様に、逮捕した人間をどう扱うかは警察の裁量である。埋蔵金や政府発行紙幣のことを口走ったために、国策捜査が行われたとは思わないが、少なくともこれでどうどうとマスコミで発言することは不可能になったようである。
植草氏は認めていないのに犯罪者扱いだった。
役人に裁量権があるのに、日本には推定無罪は無いのである。逮捕権を持っている警察の裁量権は強大で、記者クラブやリークを使って無罪であっても犯人にでっち上げる印象操作を行うことが可能である。役人の暴走を止めるには裁量権の剥奪しかないのだ。
野党である民主党の代表である小沢一郎を叩くために検察とマスゴミは西松の一件で叩いているが、野党に公共事業に直接介入する力が存在するのだろうか。もしあるのだとすれば野党が与党になる必要など無くなってしまう。法案も通さずに政策や行政を自由に動かすことが野党にさえ可能だとすれば、国会など要らないではないか。
| では、行政は国会で決められたことを内閣の指示に従って本当に行っているのだろうか。実は問題の本質がここに隠れていると思うのだ。 |
東北の公共工事に対して東北のドンである小沢一郎の一声が影響力を持つとしたら、それは公共事業の実態が政治とは別のレベルにあるということの証拠になるのだ。
どういうことか?
| 現在の公共事業は官僚の裁量で行われている。一度始めてしまった公共事業が止まることなど滅多に起こらないのは、公共事業の利権を支配しているのが官僚だからである。 |

政治家に企業から献金が行われるのは、政治家の名前を使うことに対するミカジメ料なのである。金額の多寡はその政治家の名前の重さ(説得力)によるのだ。だとすれば、野党である民主党の代表であっても政治献金をする意味が出てくる。
| 公共工事自体は官僚の裁量権(企業と談合しているのは実は官僚の方)で行っているが、政治家の名前を出すこと(ライバル企業よりも強いカードを使えれば必ず勝てる)によって、落としたい事業は政治家の介入によって行われていて、単なる行政官に過ぎない官僚が行っている訳ではないとアリバイに使われているだけなのだ。 |
政治家に政治献金する理由は官僚の裁量権で国が運営されている実態を隠蔽するためなのでしょうね。だから野党であろうと有力政治家ならばカードとして有効なのである。それをマスゴミが突かないのは自分達が記者クラブと言う官製談合のメンバーだからなのだ。
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