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訃報です。アメリカ絵画の巨匠、アンドリュー・ワイエス氏がお亡くなりになりました。 |
アート
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国立京都博物館で「河鍋暁斎展」が開催されています。 |
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懇意の書家、柿沼康二氏の作品が展示されています。興味のある方はどうぞ。 |
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刈谷市美術館(愛知)で開催されている「画家 岸田劉生の軌跡」展を見に行ってきました。 岸田劉生(1891−1929)といえば、自分の娘をモデルにした「麗子像」 があまりに有名ですが、今回は麗子像などの油彩画、装丁画、版画、水彩画、日本画など130点余りが展示され、劉生の初期から晩年までの軌跡をたどれる展示となっていました。 岸田劉生=麗子像というイメージしかなかったのですが、38年という短い生涯の間に油絵、日本画、装丁、版画等実に多彩な仕事をしていて、劉生のイメージが変わりました。 油絵については、麗子像数点を含む肖像画、風景画、静物画という構成でしたが、やはり肖像画が素晴らしい。劉生はことのほか肖像画を好んで描きました。友人・知人・果ては近所の子供まで捕まえては、モデルにしてました。どの肖像画もモデルの人物の内面まで描き切るほどよく描けています。 装丁画もたくさん残しています。深い信頼関係で結ばれていた武者小路実篤の作品の装丁を多数手がけていました。ほかの作家の装丁も任されており、自作自装主義であった室生犀星も劉生の装丁を気に入っていたそうです。装丁画の中に麗子が多数描かれていて、これにはちょっとびっくりしました。 版画ですが、あのバーナード・リーチ(※)に版画の技法(エッチング)を習ったそうです。 リーチと劉生の接点など全く予想外で驚かされました。 ※バーナード・リーチ:香港生まれ日本育ちのイギリス人。版画家であったが、6世尾形乾山に陶芸を学び陶芸家となる。富本憲吉・柳宗悦・浜田庄司・河井寛次郎らと交わり、民芸運動に深く関わる。 東洋陶磁とイギリスの伝統を融合させた独自の作風を築く。 日本画は、油絵以上に数を書いたそうです。身近なものを題材にしてましたが、南画風の絵がなかなか面白かったです。 ところで劉生の年表を見てたら、晩年の3年間、毎年「京都のお茶屋で放蕩する」と書いてありました。結構遊び人だったんですね〜。そういうところ人間くさくていいです。 10月28日までやってます。お勧めです。
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改装後初めて徳川美術館に行ってきました。今回のお目当ては、特別展の「修復された宝物」です。 特別展の前に通常展を。相変わらず素晴らしいお宝ばかり・・・。その中でも初めて見た池大雅と市河米庵の書に心動かされました。 池大雅と言えば、江戸時代の文人画の巨匠というイメージしかなかったのですが、書も超一流ですね。 六曲一双の屏風に「天馬辞」という詩を書いています。書風は、豪放雄偉。 市河米庵は、幕末の三筆。清潔感と凛々しさを感じる書風。お手本帳が展示されてましたけど、これだけでも凄さを感じます。 さて、いよいよ特別展です。「修復された宝物」という企画展ですが、面白い視点の企画ですね。 通常、展示品を見るときには、修復のことなど頭にないですから。 今回は、書画・漆工品・武具・染織品等67点が展示されていました。修復前と修復後の姿がわかりやすく示されており、修復の技法も解説されていました。ついでに修復にかかった費用も。 国宝・重要文化財もいくつか含まれていたのですが、国宝・重文の修復費については6〜7割は国から補助がでるそうですが、指定を受けてないものは、寄付で賄ったそうです。 展示品を見ると巧妙に修復されてます。例えば、徳川家康着用の「白地葵紋紫腰替り辻ヶ花染小袖」(重文)なんて、生地がボロボロだったものを生き返らせてました。また、家康着用の辻ヶ花染羽織は、切れ端しか残ってないものから羽織を完全復元していました。切れ端は茶色なんですが、復元すると黄金なんです(ゴールドが経年で茶色に変色した)。黄金地に白で波とうさぎが抜いてあり、非常に豪勢な作りとなっていました。 見ごたえのあるいい展示でした。今月中までやってますので一度ご覧になってはいかがでしょうか。
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