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【宮崎口蹄疫】自衛隊帰隊お疲れさま 10-07-17 16:16 配信
7月16日宮崎県川南町で自衛隊の退陣式が行われた。
 昼夜を問わず口蹄疫被害の蔓延防止のため、消毒や埋却を行った自衛隊に畜産農家から「大変感謝しています。ありがとう」との声があがった。
「自衛隊の迷彩服の上に防護服を着ての作業は暑い中大変だったことと思います」「普通のお兄さんが暑い中一生懸命がんばってくれた」「まめに動いてくれた、気を使ってくれた」「大変感謝しています」「自衛隊の皆さんがいなかったらどうなっていたか、きっと終わらなかったと思います」
 撤収式では「目に見えないウイルスの危険の中で作業にあたってもらい、感謝します」河野俊嗣副知事、九鬼東一連隊長は「未曾有の大惨事の中で制限解除を迎えられたのは感慨深い」と述べた。

自衛隊の活動経過ーーーーーーーーーーーーーー
4月20日(火)、宮崎県川南町において発生した口蹄疫に関して、検査の陽性確認をうけて、発生農場における殺処分や、消毒薬配布などの防疫措置を実施していたが、殺処分等の対象頭数が急増した事態を受けて、5月1日(土)12時00分に宮崎県知事から陸上自衛隊第43普通科連隊長へ災害派遣要請がなされた。
これを受けて防衛省・自衛隊は下記部隊を派遣
陸 自 : 第43普通科連隊(都城)、第376施設中隊(都城)、第8師団司令部(北熊本)、第8施設大隊(川内)
空 自 : 第5航空団(新田原)
人 員  約280名(延べ約18,420名)うち約190名は待機
車 両  約 50両(延べ約 4,050両)施設車両等含む
 
主な対応状況は
【5月1日】
6時00分
第8師団司令部(北熊本)及び第8施設大隊(川内)の連絡員が宮崎県庁へ出発。
7時40分
第43普通科連隊(都城)の連絡員が宮崎県庁へ出発。
12時00分
宮崎県知事から陸上自衛隊第43普通科連隊長に対し、埋却場所の掘削等に係る災害派遣要請。
13時30分
第43普通科連隊の先行班の人員10名、車両5両が都城駐屯地を出発。
13時50分
第43普通科連隊本隊の人員約100名、車両16両(大型トラック2両、油圧ショベル2両、バケットローダ2両、ダンプ2両、小型ドーザ2両を含む)が都城駐屯地を出発。
15時50分
第43普通科連隊の先行班が川南町に到着。以降、現地確認開始。
16時02分
第43普通科連隊本隊が川南町に到着。以降、調整開始。
19時00分
1日の活動終了。

【5月2日〜7月14日】
(1)連絡員の派遣
○川南町役場(5/2〜活動中)
第5航空団(5/2〜)、第43普通科連隊(5/15〜5/19)、第8師団司令部(5/15〜5/19)
○宮崎県庁(5/5〜活動中)
第43普通科連隊(5/5〜)、第8師団司令部(5/7〜)
○西都市役所(5/20〜5/21)
第5航空団
○高鍋町役場(5/20〜5/21)
第5航空団
○新富町役場(5/20〜5/21)
第5航空団

活動内容は埋却場所の掘削、埋め戻し、埋却場所の消毒、埋却支援、汚染畜舎内の汚染物除去など
また、上記以外にも車両消毒ポイントの支援や現地対策本部要員の派遣を行った。

【7月15日】
8時45分 第43普通科連隊の人員約60名が、川南町(第24例農場)において汚染物の除去及び消毒作業を開始。
川南町では農場等における作業が終了したことに伴い、現地に派遣されている隊員約280名(陸自:250名、空自:30名)が城駐屯地及び新田原基地へ帰隊。
今後は、都城駐屯地において隊員60名が即応態勢を維持する。
http://www.yamatopress.com/c/9/16/2796/

【口蹄疫】知られざる自衛隊の苦闘を語る 陸自第43普通科連隊長
2010.7.30 20:27
 4月20日の発生確認から99日で非常事態宣言が全面解除された宮崎県の口蹄疫。県内の自衛隊は77日間にわたり家畜の殺処分などの作業に従事した。その数は延べ1万9187人。川南町を中心に活動した陸上自衛隊第43普通科連隊(都城市)の九鬼(くき)東一連隊長(47)に、作業の様子や課題を聞いた。(聞き手 小路克明)

 −−殺処分作業の様子は

 「農場に県、町の職員が先遣隊として入ったあと、獣医師や自衛隊員が作業にあたった。牛500頭程度の農家で、先遣隊派遣から作業終了まで3日から1週間。農場主は、じっと作業を見つめる人も、われわれと一緒に作業する人もいた。全く姿を見せない人もいた。改めてお悔やみを申し上げたい」

 −−自衛隊の役割は

 「法律上、獣医師にしかできない殺処分以外は、ほぼすべてやった。埋却用の穴掘りや死んだ家畜の運搬、処分場への家畜の追い込みなど」

 −−隊員の生活は

 「作業は午前8時半から午後5時ごろまで。休憩や食事は、農場内で防護服を着たまま。暑いが、農場を一度出ると体の消毒をやり直すので、作業効率を考えれば農場内のほうがいい。終了後に体育館に戻ると、体を消毒してマットを敷いて雑魚寝。この生活を3〜6日交代で送った」

 −−過酷な環境。隊員の体調管理は

 「やはり心理面のケア。処分の間、豚は鳴きっぱなし。この声が『耳に残る』という隊員もいた。消毒用の消石灰で、目や腕の皮膚に炎症を起こすケースも。それで、防護服の袖口と足首部分をテープで封じたが、暑さは増した」

 −−特に注意した点は

 「ウイルスを現場から持ち出さないこと。駐屯地のある都城市は日本有数の畜産王国なので、交代に際しても消毒を繰り返した。周辺県から部隊を呼び寄せるのが災害派遣のあり方だが、蔓(まん)延(えん)防止の観点から、県内の部隊のみでやった」

 −−作業の問題点は

 「一番は経験がないこと。地震や風水害には、自治体も頻繁に防災訓練をしており、行動イメージもできている。ところが、口蹄疫はイメージがわかない。さらに発生農場が次々と増え、追いつかなかった」

 −−防疫作業の特異性は

 「天災での災害派遣と異なり、救助ではなく殺すための現場だった。ただ、作業にあたった人はみな、『大きな意味での国民の生命・財産を守るために』との思いだった」
http://sankei.jp.msn.com/life/body/100730/bdy1007302028002-n1.htm

ほぼ最初の東国原知事からの災害派遣要請の規模を最後まで維持した口蹄疫における災害派遣でした。
約100日間、自衛隊、特に陸自第43普通科連隊の皆様本当にお疲れ様でした。そして、本当にありがとうございました。
家畜伝染病とは言え、ここまで自衛隊が長期間にわたって活動したことは今までありません。
(鳥インフルエンザの時でももっと短い)口蹄疫防疫作業は通常の天災における災害救助とはその作業内容も異なり、随分苦労されたことと思います。

一方、災害派遣当初から言われ続けてきたことですが、増派が遅かったと考えています。
5月1日の出動から、宮崎県口蹄疫の防疫作業にあたる自衛隊の増派は、結局6月17日、口蹄疫発生から2ヶ月以上たって、ようやく北沢防衛大臣が明確に国に1100人規模の増援の用意があることに言及しています。佐藤議員(ヒゲの隊長)も仰っていましたが、拡大の危険がある口蹄疫現地対策に求められるのは「迅速性」です。国のこの自衛隊の運用自体が極めて「迅速性」の欠如したものであることは言うまでもなく、「家伝法」を笠に、国が「二ヶ月間」という長期に渡ってあくまでも県の災害派遣要請のみで事態の収束を図ろうと意図していたことは、「国家的危機」における今回の口蹄疫対策上の自衛隊の運用だけみても明らかなんですね。

しかしこの国の危機管理能力の欠如は現場で苦労された自衛隊には直接関係ないことです。
宮崎県の発生農場では、県の職員やボランティアの方々と共に活動する自衛隊の姿があり、その仕事内容もほとんど境界なく行われていました。埋却など、生産農家の方も辛い経験だとは思いますが、自衛隊の方々にも辛い仕事だったでしょう。この現場作業が7月16日に行われた川南町での退陣式、地元の方の感謝と信頼に繋がったのだと考えています。地元TV局のニュースの中で、陸自第43普通科連隊を涙を流して見送るおばあちゃんの姿が印象的でした。

転載元転載元: 浸食すること桜の如く

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