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行き届いた江戸の自治

「自治」といえば、地方自治。
「自治」といえば、役所・選挙・・・町内会・・・
 
なんとなく、「・・・」のところがよくわからないような・・・。
これは、昔からあった仕組みの上に、
近代の仕組みがどっかりとかぶさっているからです。
しかし、本来、「自治」というのは「・・・町内会・・・」の部分のことです。
 
一度、学校の勉強?の知識をぬけて、
江戸時代にタイムトリップしてみましょう。
また、違う世界が見てくることでしょう。
 
 
もう一度、
 
  「我々らしい」っていうのはどういうことか、
  考えてみようよ!
 
というシリーズです。
 
 
今日の記事は、この続き
 
  「江戸時代の自治とは?
 
という話でございます。
ビバ江戸」さまの記事を転載して、
改めて知りなおしてみたいと思います。
 
 
イメージ 1
 
以下転載(適宜レイアウト変更してあります)


行き届いた江戸の自治

江戸の町50万〜60万人(町人)を町奉行所はたった300〜350人で支配出来た。
そのわけは町年寄以下の町の自治組織が末端まで十分機能して補佐していたからと言われる。
 
江戸の長屋の大家さんは……管理人だった!?

今日、大家(おおや)さんと言えば賃貸住宅の所有者のことであるが、江戸時代のあの「大家と言えば親も同然 店子(たなこ)と言えば子も同然」の大家さんは地主から委託された雇い人だった。
 
・町年寄(まちどしより)http://www.viva-edo.com/image/jitisosiki.gif
 奈良屋 樽屋 喜多村の三家が世襲で務めた。
 町人の中での最上位の存在。
 収入は幕府よりの拝領地からの地代収入他で
 年間500〜600両もあった。
 
・町名主(まちなぬし)
 数町〜十数町に一名
 専業で他に職は持てない
 役料(やくりょう)=給金は町入用より出た。
名主の職務
  ・御触の大家への伝達
  ・人別帳の調査
  ・訴訟の調停や上達
  ・土地・家屋の売買譲渡など証文の確認
  ・火の元の取締り
  関所手形も名主が発行した。
・大家/家主(いえぬし)/家守(やもり)/差配(さはい)
 大家が五人組を構成しその中から月交代で月行事(がちぎょうじ) を選び
 町政に当たった。
 (※地主に雇われている。
 借家人から盆暮れの金品付け届け、下肥(トイレ)を売った金も入るため、
 なかなかの収入となった。)
 *町触れ伝達
 *人別帳調査
 *火消人足の差配
 *火の番と夜回り 
 *店子の身元調査と身元保証人の確定
 *諸願いや家屋敷売買の書類への連印 
 *上下水道や井戸の修理、道路の修繕
 *喧嘩・口論の仲裁
 *店子が訴訟などで町奉行所へ出頭する際の付き添い
・地主
 土地の持ち主。町入用(=町の経費)を負担する
町入用(ちょうにゅうよう)の内訳
  ・自身番・木戸番などの維持管理費
  ・幕府への上納金(※約1/4)
  ・町火消・防火施設に関する費用
  ・橋・道路・上下水などの維持管理費
  ・祭礼の費用・その他町政の運営に関する費用
・自身番(じしんばん、いわゆる火の見やぐらの守)
 各町に作りその広さは9尺2間と定められ、大家書役 などが詰めた。
 自身番屋あるいは番屋といった。
 消防用の纏・ 提灯・鳶口 防犯上の突棒・刺又・袖搦み(がらみ)などを常備した。
 屋根には半鐘のある火の見梯子を供えた。
 幕末には千カ所を数えた。
 
・木戸番(きどばん)
 各町の入り口に作られ、番太郎が住み込みで町木戸を管理し、夜警を務めた。
 給金が少ないため、片手間に蝋燭・鼻紙・わらじ・駄菓子、夏には金魚、冬には焼き芋などを売った。

・書役(かきやく)
 町入用の中から雇った事務担当のもの。  
 
・辻番(つじばん)
 嘉永六年(1629)辻斬りが流行したので武家屋敷の辻々に大名・旗本が自警のために設けた番所。

・店子(たなこ)
 店借り人(たながりにん)(八つぁん、熊さんのこと)
 店(たな)は二つ意味があり商店と借家。
 前者は例として大店(おおだな)表通りの大商店、
 後者は裏店(うらだな)裏通りの借家。 
 
(※この辺のことは「河童が淵」さんの記事剣客商売の時代 もご参考に。)
 
 

江戸の町奉行

●町奉行は激務

行 政
東京都知事を兼務。
司 法
東京高等裁判所長官
警 察
警視総監
消 防
東京消防署長


江戸府内の武家・寺社地を除く、http://www.viva-edo.com/image/bugyousosiki.gif
市民の行政・司法・警察の事務を行い、
民政一般から町人の訴訟・犯罪者の裁決をした。
さらに、大火災の消防の指揮、
貧民施療院である養生所・
道路・橋梁・上水のことまで支配した。
(※と書いてあるが、「意外と知らない町奉行所の仕事」によれば、メインはあくまでも、訴訟採決、治安、消防、加えて、大名・旗本などの様子探り)
 
町奉行は幕府役職中でも重要なポストであり、
優秀な人材を登用した
町奉行」は機関の名称であると同時に役職名でもあった。
単に町奉行といえば江戸の町奉行を指し、
京都や大坂は「京都町奉行」「大坂町奉行」と言った。
また、庶民は奉行所を「御番所」(ごばんしょ)、
町奉行を御奉行様と呼んだ。
寺社奉行・勘定奉行を御奉行様とは呼ばない。
月ごとの交代のため 訴え人は急ぐ内容でなければ、南北どちらかを選べた。

判決の申渡しを「落着」と言うが、
遠島以上の刑は与力が牢屋敷まで出張り本人に宣告した。
それ以下の刑は町奉行所白州で奉行が言い渡した。
ので、芝居にあるように
御奉行が罪人に「よって市中引き廻しの上獄門」などと
いいわたすことはなかった
 
町奉行は江戸の町家のみの担当であり、
寺社地は寺社奉行、武家地は大目付・目付の担当であった。
北町奉行所と南町奉行所の違いは?

北町奉行と南町奉行は単なる名称の違いだけで、江戸を北側と南側の管轄に分けたわけではなく同じ地域を管轄した。月番制により一月ずつの交代で、月番の奉行所は門を開け訴訟を受けつけ、非番の奉行所は門を閉め前月の未処理の事務整理をした。非番は休みというのではなく訴訟を受けないと言うことであった。

 
(※町奉行のことは意外と知らない町奉行所の仕事もご参考に。
 


転載ここまで
 
江戸時代のこの国のしくみについて、さっと知るにはホームページで
  

 
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転載元転載元: オノコロ こころ定めて


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