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日本鬼子を「ひのもと おにこ」返しするという
アイディアに触発され、
気分が晴れた。
自民党の石原信晃幹事長は、
「尖閣ビデオは、無修正で、
インターネットに流すべきだ」 と言っているらしい。
役に立たない野党ではあるが、
たまには正論も言ってくれる。
内閣から国会に提出されたビデオは、6分しかないという。
北朝鮮不審船の時など、
全部公開している。
「海上保安庁の取り締まりの手の内が一般に明らかになるのはよくない。
プライバシーの問題もある」 この期に及んで、人権らしい。
バカも休み休み言えと。
YouTubeだろうが、ニコ動だろうが、
全面公開のメディアは既にある
直ちに無修正ビデオを公開せよ 代表絵候補のひとつ(琴鈴さんリクエスト117番)
と中国へ返すという草の根プロジェクト (まとめ@wiki) ◆企画の趣旨 尖閣沖衝突ビデオ公開「手の内みせることに」 法務省
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元記事が何処のメディアなのかは分かりませんが、一つの情報として下記サイトより転載致します。 You Tube の映像は、前の記事をご覧下さい。 ↓ 中国 男子バスケで大乱闘・中国選手が殴る蹴るでブラジルは試合放棄・中国の国辱ネタを伝えまいとする日本の大手メディア 10月12日 You Tube http://blogs.yahoo.co.jp/tankou_2008/33500407.html [FIBA]男子バスケで乱闘、中国選手殴る蹴るでブラジルは試合放棄 2010年10月13日 http://www.basketball-ikka.net/blog-2046.html 河南省許昌市で行われた男子バスケットボールの中国・ブラジル戦で、試合開始直後に、両チームが乱闘を始めた。ブラジルチームは全員がコートから引き上げ、試合を放棄した。中国メディアはしゃがむブラジル人選手を、中国人選手が蹴る様子なども写真で伝えた。中国新聞社などが報じた。 試合開始後25秒で、相手に倒された中国の張慶鵬選手が遅延行為として反則を取られた。猛抗議したBob Donewald監督は、審判への暴言などで退場処分。張選手は倒れたままで、審判が競技参加の意思を尋ねても、口の中でなにかをつぶやき、返答しない。その時、監督がコートに戻り、記録係用の机をたたき壊すなど暴れたので強制的に退場させられた。 試合は再開されたが、興奮が収まらない双方の選手は、激しい肉体的接触を繰り返し、しまいに乱闘になった。中国側では周鵬、孫悦、蘇偉選手らが、手などに負傷した。ブラジル側は試合放棄を決定。退場する途中で挑発的なしぐさがあり、中国チームと再び乱闘になった。ブラジルチームが去った後も、中国チームはしばらく、コートにとどまった。観客は指笛を吹き鳴らすなどで騒いだ。 Donewald監督はこれまで、中国チームの闘争心が薄弱であることを問題視。「殴られたら、必ず殴り返せ」などと指導していた。 ・ <続報>大乱闘中国バスケ代表=相手のブラジル代表は大使館に被害訴え―中国(2010/10/14) 2010年10月12日、河南省許昌市で開催された男子バスケットボールの中国対ブラジルの親善試合で乱闘騒ぎが起こり、ブラジル代表が試合を放棄した。試合後、ブラジル代表はブラジル大使館に連絡。外交ルートでの解決を求めている。網易が伝えた。 騒ぎの発端は試合開始からわずか30秒。中国の張慶鵬(ジャン・チンポン)選手がブラジルのディフェンスと接触した際、張選手のファウルとカウントされたことに、中国のBob Donewald監督が怒りを爆発させた。監督自身もテクニカルファウルを受けるがさらに怒りを募らせ、周囲の制止を振りきって看板などを叩き壊したため、退場処分となってしまう。 結局、他のスタッフが身代わりとなることで監督は退場を免れるが、両チームは不穏な空気に。そして、孫悦(スン・ユエ)選手がブラジル選手から悪質なファウルを受けたのをきっかけに双方チームを巻き込んだ大乱闘となり、武装警官まで出動する騒ぎに発展した。試合は20分も中断された後、ブラジル チームによる試合放棄で収束した。 ホテルに戻ったブラジル代表は、夕食をケンタッキーのテイクアウトで済ませ、部屋に引きこもった。 また在中国ブラジル大使館に電話で連絡、外交ルートを通じての解決を求めている。ブラジル代表の通訳によると、選手1人が腕に軽症を負っただけで他の選手にはほぼ怪我はないという。また、ブラジル代表の怒りはBob Donewald監督に集中している。同監督は試合中、ブラジル代表選手に向かって「ぶっ殺す」と叫んだばかりか、手でのどをかききるジェスチャーをして見せた。 <続報>FIBAが乱闘事件の調査を開始=中国側への処罰は必至―中国紙(2010/10/15) 2010年10月12日、男子バスケットボール・中国代表対ブラジル代表の試合で乱闘事件が起きた。中国バスケットボール協会はいまだ選手に対する実質的な処分を発表していないが、国際バスケットボール連盟(FIBA)からの処罰は決定的だという。14日、法制晩報が伝えた。 乱闘騒ぎの発端は中国のBob Donewald監督。中国の張慶鵬(ジャン・チンポン)選手が相手選手と接触しファウルを取られたことに激怒し、机を叩くなど大暴れ。これで試合には不穏な空気が流れ、孫悦(スン・ユエ)選手がブラジル選手からファウルを受けたのを機に双方が殴り合う大乱闘に発展した。結局、ブラジルチームは試合を放棄している。 中国バスケットボール協会の李金生(リー・ジンション)副会長は、「選手たちのモラルが欠如していた。これは同協会の管理不行き届きでもある」と協会の責任を認め謝罪したが、14日現在、実質的な処分は発表していない。しかし、法制晩報によると、FIBAも事件の調査を始めており、なんらかの処分が下されることは必至だという。 転載は以上です。
「淡交 You Tube」の「お気に入り」にも入れておきました。 http://www.youtube.com/user/tankou2008 真実の情報が、より多くの人たちに伝わりますように・・・ ワンクリック お願い致します。 にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ(文字をクリック) ![]()
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《中国重慶市で26日午後、反日デモがあった。約千人の若者が
「日本製品ボイコット」などと叫びながら市中心部を行進、日本総領事館の前で抗議行動をした。
「歴史の屈辱を忘れるな」――。
重慶市は日中戦争時に旧日本軍による激しい爆撃を受けたことから反日感情が根強いとされる土地柄。》
《デモ参加者の多くが「中国人よ、目覚めよ」「日本製品ボイコット」と書かれた
そろいのTシャツを着て、「打倒小日本(日本人の蔑称)」と叫んだり、
国歌を歌ったりしながら繁華街を練り歩いた。
‥‥常に100人ほどの警官が周りを囲み、少しでもコースをはずれようとすると制止。》
《1時間ほど過ぎると、デモ隊のシュプレヒコールが突然、静まった。
市内にある「重慶大爆撃遺跡」にさしかかった時だった。
1941年6月の旧日本軍による爆撃で多数の市民が死傷したとされる
防空壕の一部を残した記念館。参加者は1分ほど黙祷すると、再び気炎を上げた。
「永遠に日本人の犯した戦争犯罪を許さない」と、参加した20代の女性は叫んだ。》
上記は連日、彼の地で行われている「官製反日デモ」の一部始終を伝える
朝日新聞の記事から抜粋したものである。
中にさり気なく「重慶大爆撃」を持ち出す辺りは流石「朝日新聞」と言うべきか。
しかし、日本軍の爆撃は最初から市民を標的にした「東京大空襲」などとは異なるものだ。
この点をはっきり書かなければ、事情を知らない者は誤解するではないか。
ひょっとすると誤解する様にワザと仕向けているのかも知れないが。
重慶は軍の施設や軍需工場の間に民家が混在する都市であるが、
最初は満足な防空壕も無かったのだ。
日本軍の爆撃による民間人の死傷者は、軍事施設攻撃の「巻き添え」になったもので、
戦争の犠牲者ではあるが、東京や広島の場合と同一視するのは間違いだ。
まして、それを尖閣問題に絡ませるのは意識的な「すり替え」である。
デモには「約千人の若者が行進した」とあるが、
その3倍に近い2800人ものデモ隊が都内を行進した時には1行の記事も書かなかった。
これも大変な片手落ちである。
ノーベル平和賞で恫喝を試みたチャイナは世界の失笑を買ったが、
怯む事なく初志を貫いたノルウェーは立派な国である。
日本にもスポーツ界には骨のある人物がいるようだ。
先日、チャイナで開催された、U−19アジア選手権の日本ーUAE戦の時、
会場に掲げられた日章旗が引き剥がされた。
《これを問題視した日本協会・小倉純二会長が、中国サッカー協会のチャン・ジロン副会長に
直接電話で抗議。尖閣諸島問題でおよび腰の日本政府とは違い、
迅速な行動で中国サイドにイエローカードを突きつけた。
中国出張から帰国した小倉会長は
「一人の大学生が3メートルの高さにあった国旗を引きはがした」
と確認した上での抗議だったことを明かした。
同じUAE戦では試合前、中国人とみられる男がグラウンド内に乱入し、
日の丸を奪って逃げるという事件も発生。
尖閣諸島問題では強硬な中国側も、サッカーでは日本側の抗議に「謝罪」したという。(産経)》
(以上、転載記事)
・・・・・
へっぴり腰の日本政府と相変わらず自虐愚民化育成にいそしんでいるマスコミ。
それがうかがえる記事です。
尖閣のビデオも2時間あるものを6分間に編集して都合の悪い部分は見せないのだそうだ。
私も見ていましたが、先日(10月24日)の日曜日の朝のフジテレビで石原都知事が
「日本の巡視艇の乗員がなんかの弾みに落ちたのを、
中国の漁船の乗組員が銛(モリ)で突いてるんだって・・・」
これを見た国民のビデオの関心はこの一点となったことでしょう。
これが事実だとして船長たちを返したというならば日本中が怒りで沸きかえることでしょう。
(少なくとも私の周りにこのことを言うと、ほぼ100%の確率で怒ります)
大体、こういうことを隠すとろくなことにならない・・・
支那事変前の1935年、上海の国際租界を歩いていた日本海軍の中山水兵が
支那人に射殺されました。
この時、日本政府は日本社会を刺激しないように、この事実を半年間も隠して発表しませんでした。
このいらぬ配慮をしても、この後、次々と数えきれないほど反日事件や日本人殺害事件が起こり、
ついに1937年、上海の国際租界を車で走っていた日本海軍の大山中尉に
非武装地帯の平和維持部隊であるはずの支那兵が襲いかかるという例の事件が起きた。
この時、大山中尉は30発以上の弾丸を撃たれ、体は蜂の巣にされて即死し、
その大山中尉の死体を車から引きずり出し、ライフル銃で殴打し、
頭蓋骨は真っ二つに割られ、顔はぐちゃぐちゃに潰されて、
さらにその死体を切断し、胸部は大きな穴が切り開かれていました。
最後には人間としての原形をとどめていなかったのだ・・・(大山事件)。
かつてイギリスのチャーチルは「平和主義者が戦争を引き起こす」と言いました。
ビデオを6分間にカットしても、それを非公開にしても、チャイナとの真の友好はなく、無意味です。
護憲の平和主義者たちこそ日本にとって危険なものはない。
・・・・・・
最後に、現在の日本の政権にいる政治家(?)の不甲斐なさに、
本当の政治家の心意気を教えたい。
かつて、朝鮮で起きた甲壬の政変で日本人の居留民四十名が清国兵に惨殺されたことがあった。
日本の世論は沸きかえり、征韓論から征清論へと変わり、
「清国を懲らしめるために一戦辞せずの覚悟を示せ」となった。
明治政府は最高の使臣を清国に派遣し平和裏に解決しようとしました。
その頃、日本の国力、つまり軍事力はまだまだ未熟で、
当分はその準備期間として世論の攻撃に耐え、そして無念にも耐え、
その間に軍拡を進めていたのです。
この清国への主席全権に伊藤博文を行かせることにしました。
その副使として農商務大臣の西郷従道を選びました。
西郷は維新の功績も格式も伊藤より上であったため、伊藤はそれを断ると西郷は言った。
「君の体は今後の日本に大切だ。長く日本の政治をやってもらわねばならない。
しかも、しきりに暗殺の噂もあるので、一人で行かせるのは心配だ。
だから俺が一緒に行って肩を組んで歩くのだ。暗殺者が現れたら俺が遮る。
今はお国の大事な時だ。
西郷が命を張って行きたいのだ。位の上下なぞは問題ではないぞ」と言った。
伊藤は頭を垂れて、小さくうなずいた・・・。
さらにもうひとつ。
日露戦争前、内務大臣だった西郷従道は軍令部長の樺山から
イギリスへ緊急に軍艦を注文したいという相談を受けた時、
帝国議会の承認を得ていなかったが西郷はすかさず言った。
「すぐに注文しなさい。国家の大事ではないか。
議会で叱られたら君と二人で宮城(皇居)の前で腹を切って謝ればいい。
大方は後から許してもらえるだろう」
と言って、すぐに注文し、何とか日露戦争に軍艦が間にあったということがありました。
この軍艦こそ、日本の勝利に大きく貢献し、名将東郷平八郎が活躍した旗艦「三笠」でした。
・・・・・・
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★明治二十八年(皇紀弐千五百五拾五)の今日。
近衛師団長北白川宮能久親王、台湾です薨去される。
↓昨年の今日の記事です↓
昨晩のニュース速報で気になるのですが
関門海峡で、海上自衛隊の護衛艦「くらま」と韓国船籍が衝突事故を起こした。 最初の速報では相手は「韓国船」と書かれていましたが、すぐに民間商船と・・・ 仮に原因が相手側にあったとしても一方的に海自が悪いと言う論調にならないか? なんと言っても反省好きな日本、そこをつけ込むバ韓国だけに心配です。 北沢俊美防衛相は野紺菊の花言葉の様に「守護」に徹しなけりゃ良いのですが((汗^^ 下記をご覧ください
asahi.comに掲載された韓国船船長のコメントだがすぐ削除されたらしい! 「貨物船の韓国人の船長(45)は「前を走っていた船を追い越そうとしたときにぶつかった。前から(自衛隊の護衛艦が)来ているのはわかって、早めにかじを切ったがぶつかった。大きく揺れて、すぐに火が出た」と話した。コンテナを韓国・釜山から大阪に運んでいる途中だったと」 同時期に同様の事件が起きているのですね。
ハーバード大の日本人留学生数 韓国人の1/8、中国人の1/7
(週刊ポスト2010年11月5日号)
今年のノーベル化学賞受賞が決まった根岸英一氏、鈴木章氏はともに若い時期に海外に飛び出して研究に励んだ。しかし、近年の若者は「内向き」志向が強い。若手社員の意欲低下は企業経営にも影響が甚大だ。
海外に長期派遣される研究者の数がピーク時よりも半減している。海外の大学や研究機関に1か月以上滞在する研究者は昨年度で3739人。ピークだった2000年度の7674人から大きく減少している。
白熱教室で話題のハーバード大学でも、昨年の留学生666人のうち日本人はたったの5人だった。韓国42人、中国36人、シンガポール22人、インド20人に比べると大きく水をあけられている。米国への留学生自体、昨年の日本は3万人足らずで、約10万人のインド・中国、約7万人の韓国の後塵を拝している。
留学生の減少で、日本の大学の存在感も低下している。米国の大学院の博士号取得者の出身大学別ランキング(2008年)では、日本の大学は425位に東京大(23人)が入るだけ。1位の清華大(472人)をはじめ中国の大学がベスト10の3つを占めているのに対し、あまりに情けない。
教育に関心のない極左内閣、早く解散せよ!
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今や「陰の総理」の異名をとり、得意の絶頂ともいえる仙谷由人官房長官。しかし、これまでの政治人生はあまりパっとしたものではなかった。 そういえば、仙谷氏は「全共闘の闘士」といわれてきたが、最近、当時の仲間から「東大紛争の際は安田講堂に立てこもらず、他の闘士の弁当運びをしていた」と暴露されている。三つ子の魂百まで、か。 その「政権構想」なるものは、なんともセコくて小さいものだった。内閣府の幹部が明かす。「仙谷さんは従来3人だった事務の官房長官秘書官を首相秘書官(6人)より多い10人に増やし、各省から課長クラスを集めた。“仙谷幕府を開く”という触れ込みでしたが、そのうち1人は官僚ではなく、民主党事務局を数年前に退職した自治労出身の仙谷シンパ。その元党職員を政治任用で起用し、キャリア官僚並みの待遇を与えている」 さらにこの10月には、東大の同級生である松本健一・麗澤大学教授を内閣官房参与、やはり仙谷氏と親しい笹森清・元連合会長を内閣特別顧問に起用した。 特別顧問や内閣官房参与には最高1日5万1500円の報酬が支払われる。(※週刊ポスト11月5日号:10月26日@niftyニュース)より一部抜粋 http://news.nifty.com/cs/headline/detail/postseven-20101026-4305/1.htm
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_kaigiroku.htm
http://www.j-cast.com/tv/2010/10/21078777.html
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