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2010年07月07日

昨年、原爆投下日に広島市内で講演を行ったことにより大きな反響を呼んだ「田母神俊雄講演会・ヒロシマの平和を疑う!」。今年も広島市内の「被爆者団体」の協力を得て講演会を開催する予定であるが、昨年同様、広島市側の対応が問題となってきた。広島市で講演準備に尽力されている「平和と安全を求める被爆者たちの会」の永田信治氏と電話でつなぎ、広島市当局の問題対応についてお聞きしていきます。

◆チャンネル桜

転載元転載元: 犬小屋のメモ

来日直後に生活保護…中国人、医療扶助目当て?

(2010年7月31日15時39分  読売新聞)


 埼玉県内に住む中国残留孤児の親族として来日した中国人3世帯が、来日直後に生活保護を申請し、うち1人が、自己負担なしで治療を受けられる「医療扶助」を利用して、来日前から悪化していたとみられる 腫瘍 ( しゅよう )の治療を受けようとしていたことが30日、埼玉県の調査でわかった。

 中国人が生活保護目当てに来日するケースは、大阪市などで多発。国内で発行される中国人向けの新聞では、生活保護申請の特集まで組まれている。同様のケースが続発すれば、自治体の財政を圧迫しかねず、各自治体は頭を悩ませている。

 県の調査などによると、保護を申請したのは、県西部に住む中国残留孤児2世を身元引受人として来日した3世帯9人。60歳代の男性は5月8日、この中国残留孤児2世の親族として家族3人で来日。同月24日に地元自治体に生活保護を申請、受理された。別の2世帯も5月末〜6月上旬に来日し、ともに6¥月末に生活保護を申請した。

 生活保護受給者の医療費は、「医療扶助」として全額が公的負担されるが、最初に来日した男性は、保護申請が受理された直後の6月初旬、県西部の病院に悪性腫瘍とみられる症状で入院。家族は地元自治体に、「来日後に急に体調が悪くなった」と説明したが、関係者は「かなり以前から悪化していたはず」と話す。

 生活保護法では、外国人でも「定住者」などの在留資格が認められると生活保護を申請できる。中国残留孤児は日本国籍を持っており、日本国籍のない親族も、「定住者」などの在留資格を取得することができる。

 今年5〜6月、入国直後の中国人48人が大阪市に生活保護を申請する問題が起こり、県は今月、申請状況の緊急調査を開始。今回のケースが発覚した。

 生活保護費は増加の一途をたどっている。県社会福祉課によると、2009年度の保護世帯は4万6715、受給者は6万6491人で、1993年度以降は増え続けている。

 外国人世帯への支給も増加。98年度は264世帯だったが、2009年度は955世帯と4倍近くに。うち約1割が中国人だが、国内で発行されている中国人向けの新聞では、「生活保護の申請をどうやって行うか」と題し、申請のノウハウを細かく紹介する記事も掲載されている。

 県の2010年度予算では、保護費約1億1256万円のうち、医療扶助費が最も多い42・4%を占める。特に重度疾患の治療には多額の医療費がかかるため、「医療扶助目的の来日が増えれば、自治体はパンクしかねない」と各自治体は警戒するが、ある市の担当者は「入国審査は入国管理局の役割。窓口で不審に感じても、在留資格のある人が保護申請に来れば応じざるを得ない」と話している。

転載元転載元: 犬小屋のメモ

先ず本日の「Yahoo ニュース」から転載致します。
  ↓
来日直後に生活保護…中国人、医療扶助目当て? 7月31日15時39分配信 読売新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100731-00000054-yom-soci
 埼玉県内に住む中国残留孤児の親族として来日した中国人3世帯が、来日直後に生活保護を申請し、うち1人が、自己負担なしで治療を受けられる「医療扶助」を利用して、来日前から悪化していたとみられる腫瘍(しゅよう)の治療を受けようとしていたことが30日、埼玉県の調査でわかった。

 中国人が生活保護目当てに来日するケースは、大阪市などで多発。国内で発行される中国人向けの新聞では、生活保護申請の特集まで組まれている。同様のケースが続発すれば、自治体の財政を圧迫しかねず、各自治体は頭を悩ませている。

 県の調査などによると、保護を申請したのは、県西部に住む中国残留孤児2世を身元引受人として来日した3世帯9人。60歳代の男性は5月8日、この中国残留孤児2世の親族として家族3人で来日。同月24日に地元自治体に生活保護を申請、受理された。
別の2世帯も5月末〜6月上旬に来日し、ともに6月末に生活保護を申請した。

 生活保護受給者の医療費は、「医療扶助」として全額が公的負担されるが、最初に来日した男性は、保護申請が受理された直後の6月初旬、県西部の病院に悪性腫瘍とみられる症状で入院。家族は地元自治体に、「来日後に急に体調が悪くなった」と説明したが、関係者は「かなり以前から悪化していたはず」と話す。

 生活保護法では、外国人でも「定住者」などの在留資格が認められると生活保護を申請できる。中国残留孤児は日本国籍を持っており、日本国籍のない親族も、「定住者」のなどの在留資格を取得することができる。

 今年5〜6月、入国直後の中国人48人が大阪市に生活保護を申請する問題が起こり、県は今月、申請状況の緊急調査を開始。今回のケースが発覚した。

 生活保護費は増加の一途をたどっている。県社会福祉課によると、2009年度の保護世帯は4万6715、受給者は6万6491人で、1993年度以降は増え続けている。

 外国人世帯への支給も増加。98年度は264世帯だったが、2009年度は955世帯と4倍近くに。うち約1割が中国人だが、国内で発行されている中国人向けの新聞では、「生活保護の申請をどうやって行うか」と題し、申請のノウハウを細かく紹介する記事も掲載されている。 .最終更新:7月31日15時39分



You Tube 解説より
SakuraSoTV  2010年07月15日
今年5〜6月、中国・福建省出身で大阪市内在住の姉妹の"親族"48人が入国後、すぐに生活保護を申請し、32人が受給を認められた。
その不自然且つ寛大過ぎる処遇に、日本人としては疑義を抱かずにはいられないが、そのような実態がまかり通ってしまう背景には、一体何があるのか?
大高未貴らが大阪に当事者達や行政担当者を訪ね、取材を行った緊急特番をお送りします!
出演:
 大高未貴(ジャーナリスト)
 鳴霞(月刊「中国」編集長)
◆チャンネル桜公式HP
http://www.ch-sakura.jp/

転載は以上です。
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転載元転載元: 青山繁晴氏のファンサイト・淡交 ブログ


2009年08月16日

 平成19年(2007)12月6日、東京九段で「南京陥落70年国民の集い」が開催された。南京攻略戦に参戦した元日本軍の参戦兵士9名が参加、貴重な歴史的証言を行った
この動画は、当日の模様を収めたドキュメントDVD「参戦勇士九人が語る南京事件の真
実」(ワック)をコンパクトに編集したもの。
これまで南京虐殺があったと証言する元日本軍兵士は、顔はおろか、名前さえ明らかにし
ないニセモノ。明らかにしている人でも虚偽証言であることが証明されている。そういう意味でも画期的な貴重な資料です。

転載元転載元: 犬小屋のメモ

戦争は支那が仕掛けたのが真実。日本の侵略ではありません。
イメージ 1

  昭和12年(1937年)8月13日から始まった第二次上海事変で蒋介石軍のドイツ軍事顧問団は上海から撤退するよう蒋介石に進言しますが、蒋介石は「面子だ、面子」「世界の前で私は面子を失うだろう。外国の驚くべき宣伝を見たまえ。そうはできない。干渉させるチャンスなんだ」

  蒋介石軍はなんとか外国の干渉をいれようとさまざまな試みを行います。日本軍を攻撃する以前の12日に支那は日本総領事と商社の電話線を切断します。13日に支那軍88師が租界から外に通じる道路をすべて遮断しました。これにより一般市民も閉じ込められることになります。そして支那軍機は英国人経営のキャセイホテルやパレスホテルに爆弾を投下します。これによって民間人2000人ほどの死傷者がでます。支那軍はバリケードや建物、移動車両の上に外国の旗を掲げさせるという暴挙まで行います。密集市街地の中心に塹壕を掘り、外国人の資産を遮蔽物にして銃を備え付けて、銃眼の着いた胸壁に第三国の旗をたてました。こともあろうに支那の民間人が建物の中にいっぱいになるとそれをバリケードとみなして支那軍は移動してきて射撃を始めるということまでやっています。何度も何度も日本側は支那軍に市民に近いところから戦闘地域を移動するように要請しますが、支那軍は拒否します。米国の新聞は支那の陰謀を隠し「新しい統一された支那が日本と闘っている」として日本軍の爆撃を見出しに掲げて金切声をあげたものもあったといいます。

  しかしながら蒋介石の目論見通りにはいかず、日本海軍陸戦隊は10日間もの間、不眠不休で10倍の敵と戦い、日本人居留民を守り抜きました。日本人居留民も土嚢を作るなどして必死に日本軍を助けました。陸戦隊が負ければ通州と同じように全員虐殺されていたでしょう。8月23日に日本陸軍の上海派遣軍が上陸しました。陸戦隊の大健闘です。

8月13日以前に上海で開催された会議に参加したある外国使節 NYタイムズ8月31日
「7月はじめに北京郊外で始まった紛争の責任が誰にあるのか、ということに関しては意見が分かれるかもしれない。しかし、上海の戦闘状態に関する限り、証拠が示している事実はひとつしかない。日本軍は上海では戦闘の繰り返しを望んではおらず、我慢と忍耐力を示し、事態の悪化を防ぐためにできるだけの努力をした。だが日本軍は支那軍によって文字通り衝突へと無理やり追い込まれてしまったのである。支那軍は外国人の居住している地域と外国の権益を、この衝突の中で巻き込もうとする意図があるかのように思えた」
  この頃のNYタイムズは反日的だったといいますから、支那が明確に一方的に攻撃し、あまりにも卑怯で残忍だったということでしょう。しかしながら、現在の日本の言論空間はこの第二次上海事変から日本が支那を「侵略」したことになっています。


参考文献
  「大東亜戦争への道」中村 粲著
  「日中戦争はドイツが仕組んだ」阿羅健一著
  「中国の戦争宣伝の内幕」フレデリック・ビンセント・ウイリアムズ著
  「『太平洋戦争』は無謀な戦争だったのか」ジェームス・B・ウッド著 茂木弘道訳
  「渡部昇一の昭和史」渡部昇一著
参考サイト
  WikiPedia「第二次上海事変」

添付写真
  空爆によって炎上中の上海。日支どちらの空爆かは不明。手前は米国アジア(極東)艦隊旗艦の軽巡洋艦オーガスタ。(PD)

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実録 支那事変4/4
http://www.youtube.com/watch?v=iCO7JkhTQbo


転載元転載元: 偏った歴史観を見直す「かつて日本は美しかった」

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