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 苦労した。いまだに何を言いたいのかよくわからないが、勝手な推測では「楽しかった昔は遠くなる。バカなこともたくさんやったがお許し願おう。荘子は”長くても短くても人生は同じ”と言ったが、あれはデタラメ。もっともっと生きたいものだ」。
 嵯峨別業四時雑興三十首シリーズ終了。

其三十
老向人間抛萬縁  老人間ニ向カヒテ萬縁ヲ抛ズ
閑思往時謝金仙  閑ニ往時ヲ思ヒテ金仙ニ謝ス
吟顛酔蹶猶供笑  吟顛酔蹶猶笑ニ供ス
利走名奔更可憐  利走名奔更ニ憐ム可シ
新髪霜添日復日  新髪霜添フ日復タ日
舊交星滅年仍年  舊交星滅ス年仍年
籌量始省南華妄  籌量シテ始テ省ス南華ノ妄
誰把彭殤泯然  誰カ彭殤ヲ把テ泯然ニ附セン
 
抛(ほう):ほうる、投げる      金仙(こんせん):釈迦、仏陀
吟顛   星滅:交友関係が計測できなくなること 仍(じょう):かさなる
籌量(ちゅうりょう):数え量ること  
南華妄:「荘子」に書かれた”妄言(たわごと)” 
彭殤(ぼうしょう):長寿と短命
泯然(びんぜん):同じもの
 
老人は世間に向かってすべての繋がりを放擲する
しずかに往時のことを思い、仏陀に謝る
詩歌にうつつを抜かしたり酔っぱらったりしたことは嘲笑してもらおう
なおさらに利益を追ったり名を売ろうとしたりしたことは憐れむべきだ
日々、白い髪が出てくる
年々、友人との古い付き合いは消える
考えてみると人生の長短について荘子が言ったことがでたらめであることがわかってくる
誰が命の長短をいっしょくたにするものか
 
 この作品、次の作品と語句の共通点が多い。
《酔吟二首 其一》楊万里
十載人間樂與憂,幾曾半點到心頭。梧桐葉上鞦無價,蟋蟀聲中月亦愁。
暮角曉鍾何日暸,蒼顏華此生休吟顛醉蹶知無益,利走名奔有命不。
 
《飲贈酒》 杜牧
細算人生事,彭殤共一。與愁爭底事,要爾作戈矛。
 次の文章から概要を掴むことができた。
蘭亭序王羲之
古人云、死生亦大矣、豈不痛哉。毎覽昔人興感之由、若合一契、未嘗不臨文嗟悼、不能喩之於懷。固知一死生爲虚誕、齊彭殤爲妄作。後之視今、亦猶今之視昔、悲夫。
昔の人(孔子)は「生死(人の一生)は大事なもの」と言った。真に心に響くではないか。
昔の人(孔子)共感した理由は、契(割り符を合わせたように私の考え同じで、その文を読むと常に痛み嘆、ただ頷くばかりだ。私は知っている、荘子が死と生を一つのこととするのは虚誕いつわりであり、長寿と短命をしいとするのが妄言であることを。後世が現在を見るのは、現在を見るのと同じだ。悲しい

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