Love your life 〜 なぜベストを尽くさないのか

仕方ないでしょ?世界は残酷なんだから…(by 進撃の巨人より)

音楽バカ一代レビュー

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僕が好きな音楽、またはアーティストを熱く!?語っている記事を中心に載せています。ツッコミどころ満載ですが(笑)、一つお手柔らかに…。
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 フィギュアスケート、安藤 美姫選手の国際試合復帰が急遽早まったと言うニュースは喜ばしいことなのでしょうが、素直に喜べない自分がいたりします(汗)。ネーベルホルン杯を主催するドイツスケ連の意向により、日本スケ連をふっ飛ばして、安藤選手に直接「招待状」を送ったのですからこのようなことになったのもやむを得ないことなんでしょうけど、どうもね〜。安藤選手の身の回りは、このようなサプライズな出来事が多い分、少し裏を窺ってしまう自分がいたりするのです。本人に悪気は全く無いと言うのは分かる気がするけど…。それにしても、今回の一件で日本スケ連は結構舐められているのかしらん?などと思ったりもしますが(爆)。


 そんなフィギュアスケート話は今日は置いておきまして、音楽の話。何と人気ロックバンド、スピッツがデビュー22周年だそうですよ!先日、我が愛しの石田 ショーキチ師匠がスパイラル・ライフとしてプロ・デビューしてから20年の節目という文章を書きましたが、このスピッツも同じくらいの年数を経て活動していたんですね〜。いや〜、なかなか言われてみないと気付かないモノです。
 アタシがこの事実を知ったのは、スペースシャワーTVで千原 ジュニアさん(最近、ファンです(爆))がVJを務める音楽情報番組。スピッツが活動20年の節目を超えてから初めてオリジナル・アルバムをリリースすると言うことで、その魅力を探ると言う企画をやっていましたね。
 彼らのメジャー・デビューしてからの音楽的な遍歴はそれなりに掴んでいましたが、やはり専門の音楽雑誌記者さんのコメントと交えて彼らの歴史を紹介されると、やっぱりスピッツの魅力は奥深いモノだと気付かされます。ボーカル&ギターで作詞作曲を主に担当する草野 マサムネさんの天性のメロディーとリリックのセンス、音楽に対する先見性。そう言った目に見えない部分で沢山の魅力を持っているバンドさんだと感じたりします。

 アタシがスピッツのシングル楽曲で一番好きなのは、以前も言いましたが、石田 ショーキっつぁんがプロデューサーであった時期と言うこともあり、「夢追い虫」が一番好きだというお話をしたけど、その石田 ショーキチも昨年の自身が主催するライブイベントでスピッツのお話を少ししていました。その言葉を借りてスピッツの本当の「凄さ」を改めて考えると「スピッツはあの4人だからこそ、スピッツとして成り立っている」と言うことなんだと思います。
 これを初めて聞いた時は、「あぁそうなんだ〜」位にしか思わなんだが(爆)、千原さんの番組を通して考えると十分納得出来るものだと思ったりします。それは、表面的ではあるけど彼らがやってきた「音楽面でのチャレンジ」を通して見ても伝わってくるものがある。

 デビュー当時はただのロック好きの兄ちゃんたちが集まって、その当時、洋楽でちょっとした話題になっていた「シューゲイザー」というジャンルを含め、興味のある音楽ジャンルを自分たち流で取り込んだ楽曲を制作し、いわば「知る人ぞ知る」バンドでしかなかった存在のスピッツ。この頃の楽曲を聞くと、それぞれの楽曲は確かに良い曲だけど、どこか粗削りで、今でこそイメージとして定着している「清潔感」と言うモノは皆無に近い。
 それがプロデューサー、笹路 正徳という人物に出会い、音楽面でも歌詞の表現でも歌唱方法でも大幅なブラッシュアップが施され、「空も飛べるはず」「ロビンソン」と言った、今でも不朽の名曲と言われる楽曲を多く残した93年〜97年頃。
 ただ、人気の頂点を極めた代わりに、「美しい楽曲を奏でるギターポップバンド」という、ある種偏ったイメージが定着したため、そのイメージを払しょくするためにあらゆるチャレンジを繰り返した98年〜02年。この時に、石田 ショーキチがプロデューサーに加わったりして音楽で「遊び」を繰り返していた訳だが。千原さんの番組でも紹介された「メモリーズ」なんて、もはやぶっ壊れてますからね(笑)。あれをシングルとして発表させること自体、当時は考えられませんでした。
 そして、そう言った遍歴を経て、彼らにしか分からない高みを目指してひたすら進もうと邁進する現在のスピッツ。現在のスピッツの楽曲はそれほど聴いていないけど、やっぱり以前に比べるとより洗練された楽曲になっているのかな?と言う気がしないでもない。

 千原さんの番組では彼らの曲に登場する歌詞からも、彼らのポジションを読み取ることが出来ると言う考察を行っていてとても参考になったけど、ワシなりに彼らの音楽を聴いてきて感じたままに歴史を振り返るとこのような感じかなと。そして、何が言いたいかと言うと、一つのバンドでこれだけの音楽のチャレンジと変化を繰り返してきているのに、メンバーは誰ひとりも変わっていない。この歴史を、オリジナル・メンバーのまま踏み続けているということ。それが、スピッツの凄みなのかなと感じたりする。
 やはり、人間誰しもがチームの中にいても別のことをやりたいという欲求が溢れ、そのためにバンドの活動を休止したり、或いは、メンバーの脱退があったり、最悪の場合は解散と言うこともあるんだろうけど(汗)、スピッツと言うバンドは22年の間、多少の小休止はあっただろうけど、あの4人のまま、「スピッツ」として走り続けた。そして、音楽の変化を彼らは受け入れ、成長して行った。それが出来る4人が集まったバンドがスピッツなんだと、改めて感じる次第。4人の中で持っている価値観と意識がこれほどまで共有されたバンドは、世の中にどれだけあるのかと思ってしまう。
 あのビートルズを見ても分かるように、メンバーの個性が強過ぎるあまり、世界的な地位と名誉を手にしても僅かな期間で解散してしまうバンドもある位である。それから考えると、楽曲面だけでも相当な変化をさせながらも、スピッツというバンドの息の長さを保っていると言うのは奇跡に近い。
 恐らく、その他にもこれだけ長く続けられた理由はあるのだろうが、今自分で思い当たるスピッツの「凄み」と言うのはこれだろうと感じるのである。

 そんな22年目の彼ら。何と彼らが、


デビュー22年目の彼らが・・・・









何と!!!!!!!























カウントダウンジャパン13/14に出演!!!!!!!!!























・・・するんじゃないかと個人的に妄想しています(爆)。

 彼らはロキオン系のフェスでは夏のRIJF担当でして(爆)、CDJにはこれまで一度も出演していないはず。それが、今年の夏はアルバム制作の都合もあったんだろうけどRIJFに出演していなかったので、9月にアルバムリリースのタイミングで「ここいらで年末も働いてみっか!」と言う感じで今年のCDJにひょこっと出てくるんじゃないかと(苦笑)。完全な妄想ですけどね。
 ちなみに、先日発表されたCDJ13/14の第2弾アーティスト発表ではRADWIMPSが(確か)05/06以来の出演が発表されましたね。これも鬼ファンにとっては喜ぶべきなんでしょうが、ワシ的にもう彼らからは心が完全に離れているからな〜。もうちょっと、可愛げのあるバンドだと思ったけど、なんか鼻に付くイメージしか見えなくなってしまいまして。
それにサマソニ2008で彼らを見たけど、ちょっとパフォーマンスが不完全燃焼に見えたので・・・。他に特筆してみたいアーティストが無かったら観に行く程度としか考えてません(汗)。


 そんな先の妄想話は置いときまして、スピッツを始め、アタシが思春期でよく耳にしたアーティスト達が次々と20年とか大きな節目を迎えていることを考えると、時間と言うのは何気ないようだけど確実に進んでいるんだな〜とオッサン臭いことを考えるてしまうのである(爆)。




 最後に一曲。千原さんの番組でも紹介していて、妙に自分の中で鳴っているスピッツの以下の曲を。

         



 「正夢」ですね。あの番組でこの曲が、スピッツの当時の活動におけるキーポイントとなっていたということが歌詞から読み取れる的な感じで紹介されていて、それでまた好きになっている一曲です。ギターのサウンドとストリングスってこんなに相性の良いモノなんだな〜と改めて気付かされる曲でもある。



そんな感じでした。


ではではノシ



お疲れっす!!!
 ワタシの愛するアニメ、「新世紀エヴァンゲリオン」に登場して来る重要なアイテム、「ロンギヌスの槍」が岡山県で開催される刀剣展覧会で展示されるそうですね(爆)。以前に、ヤフー!オークションでロンギヌスの槍(レプリカ)が出展されていたということもあったと思いますが、遂に展覧会での展示デビューとなった訳ですね。何でも、地元の刀匠手作りの非常に精魂込められた作品なんだそうです。岡山は遠いけど、このためだけに行こうかしらん?などと無謀なことを思ったりする訳です。でも今年は、ワシにとってはサマソニ・イヤーですがね(爆)。



 そんなエヴァ話はさて置き、音楽のお話を。
 昨年もかなりの大物ミュージシャン、音楽に携わっていた方々がこの世から旅立ってしまいましたが、今年に入っても大物と呼ばれる方々が世を去ってしまっています・・・。全て知っている訳じゃないけど(汗)、今年に入ってすぐのホイットニー・ヒューストンの死去は普通に驚いたりしました。そんなに好きだった訳じゃないけど(爆)、やはり某映画の主題歌だった「オールウェイズ・ラブ・ユー」のインパクトが絶大だったのでその影響かと思います。先月は日本の人気ロック・バンド、Dragon Ashのベーシスト、「IKUZONE」こと馬場 育三さんがお亡くなりになり、これも非常にショッキングでしたね。今月に入って、「ディスコの女王」と謳われたドナ・サマーも「懐かしの80’s」なる企画CDのTVコマーシャルで必ず紹介されていた方なので、こちらもちょっと驚きました。
 どんな方であれ、一つの地位を築いた方々の死はとてもショッキングなことですが、個人的に「ちょっと紹介したいな?」と思ったのはBeastie Boys(ビースティー・ボーイズ)のメンバーである「MCA」(エムシーエー)こと、アダム・ヤウク氏がお亡くなりになっていたということ…。

 米国の音楽グループで、白人によるヒップホップ・アーティストの歴史を切り開いたパイオニア的存在と言えるビースティー・ボーイズ。ワタシ的にモロに影響を受けた訳じゃないけど、やはり自分が大学の頃、音楽専門チャンネルで非常によく紹介されていたアーティストだったので、そのうちのメンバーの一人がお亡くなりになっていたというのは驚きましたね。
 最近見るようになった音楽専門チャンネル「SPACE SHOWER TV」の洋楽専門番組のエンディングで何気なくビースティーの曲が流れていて、「アレ?久々に新曲を出すのかいな?」と洋楽音痴のワタクシは思った訳だが(大汗)、その曲が流れている間のテロップに「MCA死去」の文字があったんですね。そこで、お亡くなりになったのを知った訳です。
 彼らの音は、ヒップホップ・グループとしての音楽活動とは別に自分たちでバンド演奏をしてライブをやったりする「ロック・バンド」としての顔を持つユニークなキャリアを持っているだけに、元来のヒップホップのスタイルに、よりロックなエッセンスを取り入れた稀有なグループだったと感じたりする。MCAの追悼番組で彼らのこれまでのライブ映像を大量に流すという番組がやっていたけど、バンドとしての演奏技術も大変高いと感じた。
 そして、ヒップホップと言えばラップだが、そのスキルはどうかと言うと・・・と言っても具体的な所はよう分からんが(汗)、異様に甲高い声で狂ったようにヴァースをスピットする各MC担当のメンバーのパフォーマンスには圧倒される。

 アレだけ人気が高かったし、日本でもラップグループの「TERIYAKI BOYS」(テリヤキ・ボーイズ)のプロデュースをメンバーのアドロックが手掛けたりして、僕でも名前をよく聞いていたのに、ここ数年は余り名前を聞くことは無かったのだが(自分が知らないだけだったんでしょうが(汗))、2009年ごろにMCAが重い病気を患ったということで活動が休止状態だったそうですね。そしてその後、2012年の5月初旬に死去。
 やはり今聴いてもあの音と声は耳にダイレクトに来るし、一度聴くと気持ちが上がらない訳には行かないような感じにさせる。彼らの音楽をこう言った形ではあれ、久々に聴いてみるとそんなことを思い起こさせた。メンバー一人の急逝により、グループがどんな活動を行うかは全く分からないけど、もう一度、新しい彼らの曲を聴いてみたい。そんなことを思ったりする訳である。





 と言う訳で此処で一曲↓。

          


 上述した洋楽専門番組のエンディングで流れていた曲、「Sabotage」ですね。いつ頃の曲かは分からんのですが(汗)、後に渋谷 陽一のラジオ番組「ワールド・ロック・ナウ」でもこの曲が流れていたんですが、彼らと言ったらこの曲!と言う位、有名な曲だったのですね…。阿呆な言い方ですが勉強になりました(大汗)。
 曲は勿論ですが、このB級TVドラマ的なチープな風合いを持つミュージック・ビデオも合わせて何と熱く、どこまでもクレイジーな作品に仕上がっているように思えます。この曲を聴いて遅らばせながら「ビースティー・・・すげぇ」と思った次第でございます。



 アダム・ヤウク氏のご冥福をお祈りいたします。






ではではノシ



お疲れっす!!!
         


 1年ぶりに来日し、何かと話題を振りまいている米国のポップス歌手、LADY GAGA。日本では無事公演を終えたようですが、海外では彼女のパフォーマンスに対して異議を唱える人たちも多いようで、インドネシアのイスラム教団体からは中止するよう声が上がっているようですね・・・。宗教的な反感はその人たちの主義なのでやむを得ないと思いますが、そーゆー一部過激な人たちが居ることで、娯楽を思うように享受できない人たちが出てくるのはなんだかやるせないですね。
 彼女のライブ・パフォーマンスは見たことがありませんが、普段のファッションからエキセントリックな様相ですから、ライブでは相当な・・・と想像しています(爆)。ただ、それも彼女なりに表現の限界を追及している結果なんでしょうから、それを止めろと言う方はちょっと空気を読んで欲しいかな〜と思ったりします。嫌気がさすなら見なきゃいいじゃない・・・なんて(爆)。



 意味不明なことを書きましたが、今日はちょっとだけ音楽のお話を。
 最近、CDを買っても家で聴かないと言う悪い癖が定着しており、去年の年末フェスで購入したCDを含めてまだ聴いていないCDが結構なお手前に(爆)。そんな中で今、ちょっと嵌ってしまったアーティストがいまして。それが今夜紹介しているサカナクションさんです。
 彼らは今や、各種音楽イベントに出演するだけでなく、幕張メッセで単独公演を行えるほどビッグなアーティストに成長した人気グループ。今の時代に隆盛を極めているデジタル・ビートとギターロックを融合させた独特の世界観を持っているアーティストとして知られる。ただ、個人的にはデビューしたての頃はその世界に惹かれるモノを感じて応援しようかと思っていたんだけど、(天の邪鬼の所為もあるが(爆))人気が急激に過熱した途端に心が離れて行ったんだよね…。
以前から書いているように、初めて彼らのライブを見たカウントダウンジャパン08/09の時の公演で感じたミニマルな世界を一遍に別宇宙に連れてってくれた様な空気感を最近の楽曲、ライブ・パフォーマンスから何となく感じずらくなったと言うのがある。
 しかし、去年のCDJで久々に見たサカナの公演。一番大きいアース・ステージでの公演だったが、やっぱり自分が直近で感じていたものから脱却はしきれなかったけど、それまで持っていた偏屈な見方から解放された様な印象を彼らに持つようになったのも確か。そして、最近になって我が愛しのロック・ユニット、BOOM BOOM SATELLITESという、日本のデジタル・ロックのパイオニア的存在のグループと対バンをするというアナウンスもあったので(ちなみに、4月に開催予定がブンサテのボーカル、川島 成行氏の体調不良により6月に延期になったらしい…。)、これを機に現段階で一番新しいアルバムを聴いてみようかと、5枚目のアルバム「DocumentaLy」(ドキュメンタリー)を購入して見た次第。
 アルバム全体の完成度にも驚かされたけど、やっぱり一番惹きつけられたのは動画で紹介している、シングル曲としても発表された「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」でしょうな。アーティスティックな側面と彼らの持つ不思議で少しシュールなイメージを両方持ち合わせた様な、彼らにしか出せない楽曲とそのタイトルが良いし、ここ最近のジャパニーズ・ポップスにはなかなか感じられなかったアイディアとその独創性がこの一曲に凝縮されている気がするのである。
 逆回転再生のギターによるリズムの刻みとクラシックの合唱曲を彷彿とさせるような重厚なコーラス、それに得意のダンシング・ビートを刻み込む。テクノ的な手法も入れた曲の紅潮のさせ方も効果的だが、途中に突然入るピアノ・カデンツァ(ちょっと短めだけどね)もフェイント技のようで面白い。このような曲を彼らは作るんだな〜と思いながら聴き入ってしまう…。
 「アルクアラウンド」「アイデンティティー」「ルーキー」などと、今の彼らにはライブ必須の必殺キラーチューンを多く持っているけど、それだけに「ライブで受けたいがために曲を発表しているんちゃうん?」と勝手に誤解していた自分を責めたい(爆)。それに、それらも「ライブで強い曲を作る」というコンセプトで発表されたモノでしょうから、アーティストが進化していく上では必要なことだったと今は思ったりします。

 とにかく、エンターテイメントという側面を強く打ち出しつつ、独創的で芸術性も優れていると思われる作品を生み出すサカナクションというグループに、非常に強い興味を持っている訳である。NHK-FMの日曜日の夜9時から「サウンド・クリエーターズ・ファイル」と言う、マンスリーで様々なアーティストがDJを務める番組があるのだが、5月のマンスリー・アーティストはこのサカナクション。今はボーカルの山口 一郎しか出演していないけど(汗)、サカナクションの経歴や彼の音楽的嗜好なども知れて、とても興味深く聴いたりしています(やはりある時期から、クラブ・ミュージックに傾倒していたようですね)。
 番組内企画で先週から日本の音楽産業を支える幾つかのレコード会社から、従業員・・・と言っていいか分からんが(汗)、アーティストやその制作現場、プロモーション活動を影で支える若手クリエイターを呼び、業界における様々なトークをするコーナーもなかなかに面白い(当然NHKですから、会社名をわざわざイニシャルにしてトークするのがめんどくせぇ〜と思ったりするが(爆))。この番組によって、また更にサカナが好きになりそうです。
 ちなみに、この番組の中で山口氏が言っていた、この日本の現状の中で「音楽で復興」も大切なことだが、「音楽の復興」を自分たちは目指して行きたいという言葉にハッと気づかされる自分がいた。これについてはまた別の機会に気が向いたら(爆)書こうかと思うが、人一人が持っている音楽の位置づけと言うのはどのようなモノなのかを自分なりに考察したくなった訳である。




 そんなサカナクション話なのでした・・・。




ではではノシ



お疲れっす!!!
 世の中はゴールデン・ウィークと言うことになっていますが、4連休最初の本日は思いっきり仕事していました(爆)。明日のジャパン・ジャムは楽しみですけどそれ以外にはやることが特にないので、またゲーセンで「鉄拳」やら(昨年ごろから良く行く地元ゲーセンに入荷した)「ダライアス」というシューティング・ゲームシリーズの最新作をやりまくっていると思います。なんて、不健康且つ時間の無駄遣い(爆)。当然、楽器の練習などもしますが・・・。


 そんなワシの阿呆な日常はさて置き、今日は久しぶりに長い音楽のお話を一つ。NHK−FMでは祝日などに必ず、「今日は一日、●●三昧」と題して音楽に関して1ジャンルをとことん特集して10時間位、ぶっ続けで放送する企画をやっているんですね。ゴールデン・ウィークもこの特集は続くと思いますけど(今日も既にやっています)。
 その企画に3月の終わり頃、ワシにとってとてもたまらない企画が放送されたんです。その名も、



「今日は一日、渋谷系三昧」!!




 このタイトルをラジオ欄で見た時はぶったまげました(笑)。遂に、遂にワシにとってはど真ん中のジャンルの特集が来たのね!と言う感じがしましたね。そんなこと言って、くわしく知らん上、この番組全部を聴いていた訳じゃないけど(大汗)、とにかく放送されて嬉しかったですね。
 渋谷系とは、前もこのブログで話したことは何度かあるけど、90年代に日本で巻き起こった音楽におけるカルチャーの一つ。古き良き洋楽のエッセンスを多分に取り入れて、なお且つ独自の音楽に昇華するようなアーティスト達が、当時多く居てそう言った人たちが、タワーレコード渋谷店、HMVなど都心部に出展されていた外資系レコード店で多大な人気を博していたことから、ひっくるめて言われていた言葉が「渋谷系」と言われているようです。ただ、詳しい定義はハッキリしたモノが無いようですし、自分でもよう分からんのですが(汗)、とにかくお洒落で(当時としては)新しい感覚をもたらしていた音楽が「渋谷系」と言われていたと思います。
 番組の内容は、リスナーからの渋谷系音楽のリクエストは勿論のこと、渋谷系のプリンスと称され今でもアイドル的存在である、我らがカジ ヒデキさんや渋谷系と言えばこの人たち!として名が挙がる名ポップス・グループ、ピチカート・ファイブ(既に解散…)のボーカリスト、野宮 真貴さんらを迎えてのゲスト・トーク、更には「恋人にしたい渋谷系アーティスト・ランキング」なる企画。更には、音楽DJとしての顔を持つタレント、ふかわ りょうによる渋谷系ミュージックをサンプリングしたスペシャル・リミックス・メドレーを生披露など、本当に盛りだくさんの内容だったと思います。ちなみに、取り上げられた楽曲には、(ワシは今となってはちょっと違うんじゃないかい?と思うんだけど…)僕の敬愛するミュージシャン、石田 ショーキチ師匠が所属していたグループ、SCUDELIA ELECTROの初期の作品、「Day After Tomorrow」が流れてましたね。この曲、久々にNHK-FMで聴きました(昔、ショーキっつぁんが番組やってた頃はヘビロテでしたからね)。

 そんな中で興味深い企画が「あなたが選ぶ渋谷系、名アルバム・ランキング」なるもの。余り知らないけど(汗)、自分が知っている渋谷系作品を聴いても非常にクオリティーが高いモノばかりなので、差を付けるのは難しいだろうな〜と思っていたけど、1位になった作品は自分が「これが1位やろ」と思っていたモノと同じでした(爆)。その作品とは、





DOCTOR HEAD’S WORLD TOWER〜ヘッド博士の世界塔〜/FLIPPER’S GUITAR



 です。
 ちなみに、時間の都合で1位のアナウンスしか聞いていないんですがね(爆)。まず、小山田 圭吾(現Cornelius)と小沢 健二という最高のミュージシャンが組んでいたフリッパーズは、やっぱり渋谷系を代表するポップス・ユニットであること。そんなフリッパーズがオリジナルで出した作品としては最後であること。そして最後にして最高傑作、その後の日本における音楽のスタイルにも多大な影響を与えていると推測されるなどのことを勘案すれば、この作品が名盤中の名盤と言うことは必然かしらん?と思っていたけど、皆さん同じ様なことを思っていたのかしらね(苦笑)。

 元々、フリッパーズはネオ・アコースティックのスタイルを基軸としてフレッシュで都会的なポップスをこの作品の前までは発表していて、それはその他の渋谷系アーティストとほぼ同じ路線だったと思う。だが、この「ヘッド博士」と言うアルバム、そしてその収録曲を聴くと、それまでのフリッパーズのイメージは全く違う方向性になっている印象がある。
 サウンドは一言で言うと、掴みどころが無い。R&Bなどのブラック・ミュージックのジャンルに加えて、英国でその当時席巻していたシュー・ゲイザーと呼ばれる音楽ジャンルさえも取り入れた楽曲も入っており、一聴してお気に入りになれると言う曲は殆ど無いと言ってもいい。リリックもそれまでのように爽やかさを前面に出した青春ロード・ムーヴィー的なものは抑えられているモノが多い。どちらかと言えば、ディープ。中には生と死の狭間を意識しているかのような、哲学的な認識さえも出来てしまうモノがあり、これもやっぱりフリッパーズらしくないと言えばらしくない。
 そして一番の特徴は、サンプリングの多用。普通に楽曲を流すだけではなく、他の楽曲の一部分や外国モノのドラマ(と思われる)のSEやセリフを曲の中に効果的に入れて、より曲のサイケデリックな感覚を増やしているという手法を、ほぼ全曲でやっているのである。「サンプリング」と言う言葉は、今でならヒップホップ系のアーティストが日本でも認知されるようになっているので通用するけれども、なかなかその言葉が浸透していなかった当時の日本でいち早く、フリッパーズは取り入れていたということになる。恐らく、このアルバムが発表された当時のリスナーはそのシュールな感性に驚いたことだろう、と、ワシは一人勝手に想像している訳である(爆)。
 そんなアルバムの最大のクライマックスはやっぱり何と言っても最後の曲、「THE WORLD TOWER〜世界塔よ、永遠に〜」だろう。実に10分に及ぶ楽曲。音楽も現代ポップアートへの啓蒙さえも感じる鮮やかなジャケット・デザインも含めて色んな意味で「冒険」なこの作品を締め括るラスト・ソング。上述したサンプリング技術を駆使して、一言では言い尽くせない壮大なポップス・シンフォニーを奏でている。基準となるコーラスはあるにせよ、その間にはテンポ感も調性も違う幾つかの違う曲をサンプリングして組み合わせた複雑な構成を辿っている。最後はフェイド・アウトするエンディングなのだが、そのフェイド・アウトも2段階構成の様な感じに聴こえる。曲全体がフェイド・アウトしたかと思ったら、不思議なピアノの音色が浮かび上がり、同じフレーズをなぞりながらまた静かに消えていくと言う、面白い締め方を取っている。タイトルがそんな感じだからそう感じるのかも知れんが(汗)、まるで時間、時空を一気に飛び越えて様々な旅をし、それらがフラッシュ・バックしながら自分の頭に駆け巡るような・・・。とにかく、この曲を聴くだけでも何か不思議な感覚で心が覆われるのである。
 収録曲は9曲。ただし、その1曲ごとのボリュームは非常に厚く9曲でも50分を超えるサイズの作品。正に1曲ごとに異次元の世界にトリップする様な感覚を味わえるようになっていると思われる。この作品が発表された当時の小山田 圭吾と小沢 健二はまだ20代前半。それなのに、当時の日本には全く無かったような作品を生み出してしまったのである。しかも非常に高クオリティーのモノを。ぶっちゃけ、僕がこの作品を手にしたのは大学に入ってからだが、初めて聴いた時は理解不能だった(爆)。なかなか付いていけなかったけど、今ならこの作品の意味やこの作品によって、その後の日本におけるニュー・ミュージックへの変遷に大きな影響を与えたということは何となく理解できる。それが何かは明確には分からないが(汗)、人々の感覚を刺激する、大きな「何か」は確実に存在するんだと言うことは言えると思う。


 最後に、この作品から少し離れて、今や日本におけるJ-POPだけでなく韓国のK-POPなるモノや中国、その他のアジア各国の音楽を手に入れようと思えば簡単に手に入れられる時代になっている。ワシの耳には今各国で売れているポップスは殆ど同じ様な感じに聴こえるのだけど(爆)、日本のJ-POPが他のアジア各国のモノと何が違うのかという質問があったら、僕としては「渋谷系が存在したかどうかの違い」ということを答えに挙げたい。
 それ位、渋谷系の音楽は商業的な意味合いだけでなく、新たな「カルチャー」として根付いていたと思うし、日本で様々な音楽ジャンルが受け入れられるようになったきっかけを作ったジャンルだと僕自身は認識している。その門戸の広がりが、アジア諸国を巻き込んで今のエンターテイメントとしての音楽に繋がって行ったと感じるのである。逆に渋谷系が無かったら、自分自身も此処まで音楽を語れることは無かっただろうし、音楽に興味を失っていたかもしれない。それ位、あの当時はメディアで流れていた曲はステレオ・タイプに聴こえていたからね。まぁ今の曲でもそう言うことはよくあるけど(爆)。
 やっぱり、自分にとって(聴いていた曲の分量はさて置き(汗))渋谷系の音楽は重要な位置づけなのだと改めて認識した、と言うことをこのラジオ番組を聴いていて思いましたとさ。


 それでは気分を変えてこの一曲。

          


 この「ヘッド博士」に収録されている「THE QUIZEMASTER〜奈落のクイズマスター〜」ですね。この曲だけでも約8分…。非常に壮大なスケールの曲ですし、初めて聴いた時は意味がよく分らなかったんですが(爆)、今では何故だかこのアルバムで1、2を争うほど好きな曲です。ゆっくりとした曲の中にもじわじわと迫ってくる不思議な高揚感があるんですよね。ちなみに、この曲の直後に流れる「BLUE SHININ’ QUICK STAR〜星の彼方へ〜」への流れが何故だか好きです。少し涙が出そうなくらい切ない感じになるんです…。何故でしょうか?(・・・って、誰も知らないでしょうね(爆))


 と言う訳で、独りよがりな音楽夜話なのでした。



ではではノシ



お疲れっす!!!
 昨日、今週から始まるフィギュアスケートNHK杯のことについて少し触れたけど、確かバレーボールのW杯女子の第3ラウンドが札幌で開催されるし、このNHK杯も札幌が会場となるので、今週末は札幌がスポーツ、熱いっすね〜〜(爆)。ホンマ、羨ましいザンス。ちなみに、札幌市民はどっちに行くんやろか…。やはり札幌五輪が行われただけあってフィギュアスケートの方がちょびっと人気が上回るんじゃないでしょうかねなどと勝手に思っています(爆)。浅田 真央選手も今シーズン初戦ということで、その辺りも注目されそうですしね。
 ちなみに、ヤフー!のスポーツページに公式練習の速報ページがあったのですが(そんなのまであるとは…。まぁ今回の女子だけなんだろうが(汗))、それによれば真央さんはアクセルがちょっと不安定のようね。他のジャンプは良さそうなんだそうです。昨シーズンから注目している米国の新鋭、アグネス・ザワツキーにも個人的には期待しています。


 って、今日はフィギュアスケートのお話じゃなかったのだわ(爆)。スポーツネタの中休みということで音楽のお話でもチョロリとやろうかと思った訳です。今回ご紹介するのは、今年、僕が一番注目していた男性シンガーソングライター、





高橋 優





そう、ゆーちゃん(爆)について色々思うことを書こうかと思った訳です。


 昨年のメジャーデビュー以来、注目の新人アーティストとして人気を集めているシンガーソングライター、高橋 優。僕もある方のブログで紹介されていたのをきっかけに、彼の音楽に触れた訳だが、今の時代に非常にストレートな物腰でアグレッシヴに唄う、こんな熱いシンガーがいたとはと、彼のようなミュージシャンの登場をとても嬉しく思ったことは覚えている。
 しかしながら、セカンドシングルでドラマ主題歌となった「ほんとのきもち」という曲が、デビュー前に発表された作品とは少し毛色が違うと言うことなど色々あって(汗)、気持ちが若干離れていた訳である。ハッキリ言えば、「毒気が失われた」と(爆)。そんな印象をこの曲からは受け取れてしまったのである。
ただ、今年になってから「福笑い」という曲を聴いて「やっぱり、この人は本物の唄うたいの影がある」という気持ちになって、思い切って購入した1stフル・アルバム「リアルタイム・シンガーソングライター」を聴いて思いっきり嵌ったクチである。今は、ゆーちゃんがいないとホントに寂しい毎日となっている・・・は大げさだが(爆)、僕の人生の中でとても大切な位置づけのシンガーと言って良い。

 「彼の特徴は?」と聞かれて答えるのは少し普通の人にとっては難しいかもしれない。何故なら、余りにもプロのミュージシャンとしては平凡に映るからだ。歌唱は熱いが、特別凄いボーカルテクニックを持っているという訳ではない。ギターは弾き語り程度のストローク、アルペジオなら流暢に弾けるが、目立ったギターテクニックを見せられる訳じゃない。唄っている内容も最近出ている同業者の人たちが発表している楽曲の延長線上と位置付けられても可笑しくないような内容にも思える。そんな彼に思いを馳せるのは何故だろうか。
 極端な話だが、まずはそんな平凡な彼だからこそ良いんじゃないかと僕は思ったりする。アーティストという職業の人たちは常に自分の想像を形にして世に発表する職業であり、そんなことが出来る人たちに我々は憧れ、陶酔する。これが一般的なリスナーの感覚だと思う。
だが、高橋 優は違う。唄っている内容は平凡に過ぎて行く日常の中のありとあらゆる出来ごとを唄っている。それも、膨大な文字数の言葉を「歌詞」というモノに変換して。日常の心情風景、日々の生活で誰もが持っているが上手く言葉に出来ない不思議な感覚。そう言った掴みどころの無いモノを余すことなく、吐き尽くすのである。
時には怒りを、時には喜びを、時には癒しを、時には激励を、そして最後には明るい未来とみんなの笑顔を。本当に彼の歌には、様々な気持ちが余すことなく詰め込められているのである。それが故に、彼が僕たちの言いたいことを言ってくれる「代弁者」として常に傍にいてくれる。そんな錯覚にも陥るのである。もっと言えば、彼はアーティストという肩書を持ちながらも「一人、普通に生活している青年」として、「今、思っていること」を歌にして我々に届ける、「リスナーサイドに常にいるミュージシャン」なのかとも感じる。
 「リスナーサイドに常にいるミュージシャン」と言うと捉え方によれば「大衆ウケばかりを狙った曲しか書けない質の低いミュージシャンやん」となるかもしれない(汗)。確かに、彼の作品は聴きやすく、人によっては今多く世に出ている大団円ポップスと同類と捉えられる可能性ははらんでいる。しかし、僕が言っているこの「リスナーサイドに常にいるミュージシャン」という言葉はそう言う意味では当然のことながら、ない。
 リスナーに潜む目には見えないが恐らく誰にでも抱えているだろう言葉には上手く出来ない物事を的確に表し、我々にハッと気付かせてくれる。そんな洞察力を持ったミュージシャン。そして、その洞察力で我々を前に進ませてくれる気持ちにさせるミュージシャン。そう言ったことで、常に我々のことを思い描いてくれるという意味でこのようなことを思った訳である。優秀な作品を生み出せるミュージシャンは日本には数多くいらっしゃると思う。しかし、リスナーの気持ちをダイレクトに表出させた楽曲を生み出せるミュージシャンはそうは居ないはずだ。

 先述した中で、「膨大な文字数を用いて」と書いたが、それは初期の頃の作品に多く見られた手法。最近リリースされているシングル曲を聴くと、比較的文字の数は抑えられている。その点からも、「インディーズの頃とは違う〜!」と不満を持つ人も出てくるだろうが、僕としては現在は現在のモノでも十分大丈夫だと感じる。むしろ、以前のモノに比べると更に心が突き動かされる衝動に駆られるのも確かである。
 これも僕個人の感覚の中での話だが、彼はもしかしたら「言葉を唄っているんじゃない」と思うのである。言葉は確かに、そこにあるモノを説明する記号として重要だけど、時折、その言葉が表しているモノが邪魔して、本当に表したいモノを隠してしまう気がするのである(前も、そんなこと書いたかしらね…)。つまり、彼はもっと自分が歌によって伝えたいことを知らせるために、言葉を詰め込むようなことは出来るだけ控えて、作詞をしているんじゃないかとも考えられる。
 過去の曲も、割と文字数控え目な曲は存在するし、秋にリリースされたシングル「誰もいない台所」は、彼が路上時代に唄い継いでいた名曲の一つをCD化したモノということなので、以前から言葉が抑えめな歌は唄っていたのかもしれない。しかし、現在はむしろ言葉数少なめな路線を踏襲しているようにも思う。そして、そう言った歌の中から感じられる確かなメッセージとシンパシー。以前以上に強いモノを僕は感じるのである。
 このことからも、彼は本当は「言葉」を唄っているんじゃないと思う。じゃぁ何を唄ってんねんということになるが(汗)、僕は恐らく彼は「心を唄っている」んじゃないかと。言葉の奥底に潜む情景や感情、その一瞬で刻まれた様々なモノを彼は言葉というフィルターを通して我々に歌い継いでいるのではないかと、そんな風に思うのである。聴いているウチに聴いている側の心にジーンと訴えられてくることが彼の曲を聴いていると良くあるが、それは彼の心が僕たちの心に直接訴えてきている瞬間なんだろうと。もっと言えば、言葉はあくまでも飾りだと。

 余りにも突拍子もないことを書いてしまったようにも思うが、だが、他の優秀な唄うたいの中でも同じような感覚に陥る人は確かにいる。その一人で代表格が我が心の神、中島 みゆき姐さんが真っ先に僕の中では挙がる。みゆき姐さんの歌も、1曲の中で同じフレーズを繰り返し使って、それだけで気持ちの高揚や揺れ、そう言ったモノを使っているが、言葉の文字数という観点ではとても少ない印象はある。まぁ確かに10分位の曲もあるのでそうなると必然的に多くなるけどね…。
 恐らく、みゆき姐さんも同じように言葉に伏せられた「本当の、今の気持ち」というモノを歌にしているのだろうと感じるのである。だからこそ、用いられた数少ない言葉でもアレほど多くの人々の気持ちを励ますような楽曲が生み出されるのだろう。
 そして、みゆき姐さんの近年出されたアルバムの収録曲、「I Love You 答えてくれ」「ボディ・トーク」という楽曲では言葉以上にその中にある気持ちを出すこと、そして気持ちを受け取ってくれることこそが最上の喜びであると言わんばかりの楽曲を現に発表している。何事もハートが大切なのだ。

 話を戻すが、高橋 優はその「心を唄う」ということに関しては非常に長けたシンガーなのであるということが、此処で言いたいことなのだ。そして、言葉以上の大切なモノを伝えることと共に、もう一つ彼の音楽で大事なことは、彼の音楽は「誰にでも共有出来る」ということなのだ。
 とかく今は、聴く音楽が「リスナーの年齢」という壁が出来ていて、どうしても世代を超えた名曲というモノが生まれずらい時代になっている。そんな時代であっても、上述した高橋 優の唄うたいとしての方向性、そしてアコースティックなサウンドを中心としたどんな人でも受け入れやすいサウンドは老若男女を問わず、彼の音楽に好感度を持つことだと思う。
もう少し上の年代になれば、こう言った楽曲を作る人はもっと多いモノと思う(真心ブラザーズとかね(笑))。しかし、高橋 優と同世代のミュージシャンでこのような楽曲を唄っている人はなかなか見当たらない。同じ内容でも変に深読みし過ぎたり、ラップを入れて演出過多な印象の楽曲が多いような気がする(それはそれで良いと思うんだけどね…)。
 今の世の中には、「ユニバーサルデザイン」という、男女の性質による差だけでなく、年齢、身体的特徴によって発生するあらゆる差別を取り払う商品に付けられる称号がある。高橋 優には既に今思ったことを歌にする「リアルタイム・シンガーソングライター」という称号が名付けられているが、僕はこれに加えて、彼のどんな世代にも受け入れられるだろう楽曲を世に送り出す彼に「ユニバーサル・シンガーソングライター」という称号も冠したい。これからも、そんな良曲が彼の手によって綴り出されるよう、祈っている。
 勿論、彼の曲には一切興味が無いと言う人は触れないでも一向に構わない。だがもし、彼の歌に興味を持ったなら、余計なことを考えず真正面から彼の歌を受け止めるべきだ。彼はリスナー以上に真っ直ぐな気持ちで唄っているのだから。

 そんなことを思いながら以下の曲を。
 

     



 一度、気持ちが離れた楽曲だけど改めて聴くと良い曲です(爆)。


ではではノシ


お疲れっす!!!

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