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宮城北部へ行ってきました・・・それについては後半に書きます。
まずはブログについて書きます。 私が友達登録をしている人に対する意見が私のブログに書き込まれてます。 ヤフーブログは匿名性が高く、私もそれを利用する形を使いブログをしてます。
よって、友達登録者とはブログ繋がりというだけです。 個々人の見解に踏み込んで意見を述べることは稀です。だから、私のブログに友達登録者の人のブログ内容を問い掛けられても答えられません。 私はこのブログを書くに当たり・・・自分なりのルールとして・・・
学校内のことで個人的な問題は書かない・・・個人を特定されることも書かない、写真もその一環で貼らない・・・ 他人のブログで違法性が強い記事はスルー・・・政治宗教的なものもスルー・・・ 個人的に判断が分かれるものを主張する場ではないと考えてます。理由は匿名だから!
実名で生徒や友達とするブログでは政治的なモノ、宗教的なモノ・・・などでもある程度の意見を書きます。 それは私という存在、私の考え、私の普段のスタンス・・・などを読む側が理解できているからです。 文章というモノで意見の全てを書くのは難しい。誤解を生じやすい。
特に書き手をよく知らない場合は誤解を生む! それは行間に潜む・・・書き手の心情が分からないから!! 日本語は多言語より曖昧と言われます。
それは主語が省略される場合が多いからです。 話言葉での主語の省略が日常化、その影響で文章も主語を書かない傾向があるから・・・ 文章のプロは主語を含む文法が確りしているから・・・万人が読んでも理解できるということです。
匿名性の強いブログは・・・書き手と読み手で解釈が違うという結果が当然出ます。 だから、私に友達登録者のブログの意見を求められても・・・真意は分からないというのが結論です。 そして、現在は休止しているブログですが・・・再開する場合・・・
今まで通りの方式で書きます。 それは私なりの一定の法則で「ぶれない内容」です。 イロイロな角度でブログ内容を書くと・・・訪問者からクレームが付くからです。
私の一定の法則でぶれない内容=「日常生活の一部分」を書くということです。 だから、基本的にはお料理レピシも書かなければ・・・好きなタレントの活動も書きません・・・ 東日本大震災について少し書きます。
金曜夜に出て昨日まで宮城北部に行って参りました。 悪友の遠い親戚であり、私や兄嫁も大学の先輩後輩に当たる姉妹からSOS。 アマチュア無線を経由でSOSが届き・・・
十分な準備、計画・・・十分な装備の上・・・行って来ました。 理由は妹の方がした脚のケガが深刻化してきたこと・・・姉妹の祖父母の薬・・・物資不足・・・ 姉妹の住む地域は津波被害はなし。
3〜5キロ先は床上床下浸水。高台の場所でも津波。 そこから見下ろした数キロ先は壊滅状態。悲惨な状態でした。 姉妹の家も揺れで半壊・・・そこは20数軒の集落・・・家の倒壊こそなかったけど納屋なんかは倒壊。
最初の揺れで家がダメージ・・・その後の余震で徐々に倒壊。 姉妹や家族、近所の人は3〜5分以上・・・中には10分近く揺れたということでした。 姉妹家族は今はダメージの少ない離れ部分で生活。
軒数が少ない集落なのでみんな協力して生活してました。 被害が甚大なので行政の支援は殆どないそうです。これが現実でした。 悪友の親戚の集落は普通なら大変な被害!
でも、今回は他が酷いので・・・応援の手が殆ど入ってません。 何もないというのが現状でした。 車5台15人で日本海側から宮城へ。
ガソリン事情も考慮してハイブリット車を借りて・・・ 私がクリスマス会での施設訪問に臨時でトナカイ役をした団体の全面支援を得て・・・ エスティマやハリアーを借りて貰い・・・そこに積めるだけの荷物を積み・・・
手まき式のラジオ兼ライト。携帯の充電も出来るモノ・・・マスク、除菌の手洗い石鹸・・・これらは軒数分。登山用の寝袋は人数分・・・ 大型水ろ過器1台、簡易型軒数分・・・施錠具・・・発電機2・・・インスタント食品・・・医薬品・・・
団体の性質に合うので全て提供して貰い、妊娠中の代表に代わりの臨時責任者にも同行して貰い・・・
姉妹からのSOSに応じるため・・・高校時代の同級生の医師・・・まだ春から2年目なので・・・ 悪友のペット君医師と上記団体所属の30代のお姉さま医師の応援も頼み・・・ 燃料を持ち込むため、高校時代の同級生で薬剤師で危険物取り扱いの資格も持つ子にも応援を頼み・・・
後は大学時代登山部だった面々にも応援を頼み・・・ 体力自慢が集まり・・・行ってきましたが大変でした。 スタミナには定評のある悪友がダウン。現地到着後も殆ど動けず・・・
私も帰ってきた昨日は全身筋肉痛。今日も筋肉痛。 現場を見た衝撃の大きさがオーバーワーク。大幅なオーバーワークをするということです。 一応、車で行けました。でもエスティマはタイヤホイルが破損パンク・・・前バンパーが割れる・・・
ニュース通りガソリンも不足してます。 道も片斜線が閉鎖・・・普通では考えられない段差の凸凹・・・4斜線の片側が通行出来ず・・・片側2斜線を片方ずつ使う逆走あり・・・ 現地に行こうと考えている人、車の燃費を十分考えないと目的地まで行けませんし、普段の常識外の交通方式もありです。
そして、まだまだエスティマのような車は難しいです。 エスティマ、ハリアー2台とその兄弟車、トラックのハイブリット。ハリアーとその兄弟車の4駆車以外は悪路に苦戦しました。これが現状でした。 秋田で合流した大学の同級生のバイク2台が大活躍。
モトクロス用のバイクだけに・・・悪路にも強く・・・ また、現地でも大活躍でした。 現地は完全に人手不足です。
私たちが行った集落は非難せず・・・集落で助け合って生活してました。 でも、地震発生後約半月。みんな疲れてます。疲れきってます! ボランティアを考えている人は・・・ボランティア活動が本格化したら登録してお手伝いを!
ただ、現地状況は酷いです。 私の個人的感想としては阪神・淡路大震災よりも状況が酷いです。相当な覚悟での現地入りが必要です。 行った集落は2〜3日起きに物資が極僅か届けられるだけ。
集落の人はガソリン不足で・・・行政の最寄の拠点までも行けない状況でした。 バイクで行政拠点まで用事に出掛けた同級生が言うには・・・拠点まではたくさんの物資が届いているとのことです。 申し訳ない・・・文章が上手くまとまらず・・・話が前後します。
私が阪神・淡路大震災を経験したのは小学生のとき・・・ 以前にも書いた通り我が家の近所は大きな被害はなし。 でも家からは火の手・・・煙が多数見えました。
もちろん、大きな建物の倒壊も見えました。 小さかったので地震直後数日は家。その後、母親と炊き出しや水汲み、水運びの手伝いをしました。 高齢者世帯への水配り・・・マンション世帯への水配り・・・大変だったことを覚えてます。
たぶん地震6日目からお手伝いをし始めたと思います・・・ その時、避難所には救援物資が到着し始め・・・医療もテントなどで開始。暖も今回以上に取れていたと思います。 阪神・淡路大震災、中越地震・・・などでのボランティアの混乱・・・
それが前面に出て・・・今回はボランティアの入りが遅くなっているという状況も・・・ 人が入らないと・・・現地の人たちは日に日に消耗してしまう! 中越のとき、現地でボランティアの配分に混乱しているというのは私自身も行って経験しました。
でも、混乱の中でも人が居たから片付けが進んだ気がします。 今、言えるのは現地の人の疲れ・・・人手が不足しているということです。 現地に行こうという人は飲みモノを十分に持っていってください。
現場の状況にオーバーワークになる・・・ほこりっぽさに水分が欲しくなる・・・ でもどこにも飲みモノはありません。 私たちが行った集落は湧き水があったので・・・汲めば飲めました。当然ながら現地のモノに手を出すのは厳禁です!
食べ物は高カロリーフード+ダイエット用の腹持ちのイイモノが軽くて最適です。 後、ヘルメット、目薬、マスク、厚手の手袋、厚手の靴・・・なども必需です。 まだまだ揺れてます。揺れるとホコリが舞い・・・目が痛かったです。
寒いかったです。普段の東北の寒さを知らないけど・・・聞く人、聞く人・・・異常に寒いと言ってました。 防寒具対策も十分に! もう少し現地状況を書きます。
床下床上浸水の地域に大学時代に交流があった子の家があるのでそこへもバイクを借り行ってきました。 彼女の家も壁なんかが壊れ、夜は避難所で生活しているとのことでしたが彼女は元気で・・・炊き出しのご飯を近所に配ってました。 ココの地域には太平洋側が一望出来る場所あり。
眼下に太平洋側が見える場所から見た風景は・・・悲惨。 阪神・淡路大震災のときに私が見た光景とはまた違った。表現出来ないニオイが風に乗って流れてきました。 大3の夏に行ったことがあるけど・・・全く違った。
もちろんその時は電車、太平洋側から車で移動。 そのときの記憶に残る街の姿はなし。 悪友の親戚姉妹の妹のケガは同行の医師が再縫合・・・点滴・・・抗生物質などの薬を渡し・・・
現地の救護所に治療記録、薬などを報告・・・ 集落の人も医師たちが時間の許す限りお話することで安心感が・・・こっちも現地救護所に必要な報告してきました! 高齢者が多い集落・・・持病があり、薬が必要。
日常飲む薬の全て同種類は揃えられなかったけど・・・最低限必要な薬は補充。 薬より、聴診器を当てて貰い・・・医師に話をできたことでの気持ちの部分が大きい感じだった。 私は現地滞在中、薪割り・・・水汲み各家への配達・・・子供たちに阪神・淡路大震災からの復興の話・・・などをしてました。
いつも以上にまとまりの文章になりました。申し訳ないです。 私は大多数の人がテレビで見たであろい阪神・淡路大震災の酷い状況を生で見ました。 悲しみを乗り越え1日1日復興・・・今でも場所により震災の跡が残る場所もあるけど復興・・・
歴史的にも数々の出来事から人は復興を成し遂げている・・・ 人間は1人では生きられない。だから各々のスタンスで災害地を応援しましょう。 頑張れ災害地!みんなでがんばろうニッポン!!
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地震の揺れだけなら、これほどの被害にならなかっただろうね、津波の凄さをあらためて実感したよ、ニュースで見たけど、避難所には物資が届き始めてるけど、自分の家で過ごしてる人たちにはまだまだ物資が行き渡ってないみたいだね、原発の放射線漏れも心肺だね。
2011/3/29(火) 午後 11:40 [ 、 ]
先生休みなよ。体を休ませなよ。
平常時でも金夜〜月での関西⇔東北はきつい。
先生のオーバーワークは常人のオーバーワーク以上だろうし。
こんなの書いてないで寝なよ!!
普段はエロ変態人間。でも時に現れる真面目な一面。
こんなときまで真面目に語るな。休め。
他人を思う前に自分の体を休ませろ。
でもそんな先生好きだよ。
2011/3/30(水) 午前 0:41 [ mikan_flavor ]
ただ頑張れって連呼する人、募金をしておしまいの人、が多い中(私も含めて)、現地に行って行動できるあなたに敬服します。もう少し条件が整って、日本中の高校生がボランティアにいけるようなシステムが出来ると良いのですが。
2011/3/30(水) 午前 11:19
現地入りお疲れ様です (*σ゜Д゜)σ
大変でしたでしょう(。-`ω´-)ンー
江戸からも応援します(=゚ω゚)ノ
2011/3/30(水) 午後 7:23 [ tosi21dj ]
あまり無理をなさらないほうがいいですよ。
倒れたれら何にもなりません。
原発の安全の見通しが立っていません。
2011/3/30(水) 午後 7:59
自分も同僚たちと震災地に行って来ました。定年で故郷に帰った元上司の家は岩手県へ。実家は津波の被害無しという所。
実際見るとテレビ以上に海岸方面の町は破壊。それと思ったのは地盤の強弱。
壊れている建物がポツポツと集中。数キロ、数百メートル違いで殆ど無傷の一角もあれば被害が出ている場所。そういうのが混在。
元上司の家は古く家そのものが歪み、土壁が部分的落ちていました。「他の悲惨な状況と比べると大した事無い」と笑ってました。
大きな間違いを犯しました。
上司や同僚からもお見舞金を預かり行ったけど。食べ物や生活品が不足していると言われました。
こういう場合現ナマより物品です。冗談でお金貰ったから闇市に行くと言ってました。
2011/3/31(木) 午前 10:31 [ パワー ]
何も言うこと出来ませんただあまり無理せずに怪我しないようにしてくださいね。。そのくらいしか何も言えません。。ごめんなさい。。
2011/4/5(火) 午前 10:54
大変でしたね
被災地の内容が よく わかりました
いま ボランテアの受け入れはしていないと 聞きました
被災地からの情報も 飛び交い どこが 困っていて どこが
どうして欲しいのか が さっぱり つかめませんでした
この記事を読んで これでいいのかって 思います トトロ ポチ
2011/4/5(火) 午後 7:26
被災者を遠く離れた場所(例えば四国)へ、
半年とか1年間、移って貰うのは駄目ですか・・?
何もかも忘れて心身を休め、活力の回復を待てば良いし、
学校だって被災地よりも安心できますよ。
勿論、希望する人達だけですがね・・・・
2011/4/6(水) 午後 7:54 [ 遊泳 ]