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今日はちょっと不整脈が多いようです。朝、薬飲んだっけ?確か、飲んだと思うけど・・・
バセドになってから何が一番不快かというと不整脈です。
以前はベーターブロッカーという心臓の動きを抑制する薬と併用してサンリズムという抗不整脈薬を3年ほど内服していましたが、ここ半年位は多少収まってきてベーターブロッカーのみの内服でした。
でもやっぱり疲れやちょっとしたストレスで不整脈が出ます。
あー、気持ち悪い。。。
まあ1分間に4,5発の不整脈だったらいいのですが、怖いのはそのまま心房細動という不整脈に移行してしまうこと。バセドからの心房細動って治り難いらしいです。
取り合えずサンリズム飲んどこ。
こう書いたところで、Yahooニュースの記事が目に入った。
げっ。。。
まあ私は不整脈に文句は言っても悩みはしませんな。ともかく、ご冥福をお祈りいたします。
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以下、小生が以前にとある雑誌に寄稿した記事を抜粋して記載します。同じ様な病気をもつ方になにかの参考になれば幸いです。
今回ボストンでの貴重(?)な病気の体験について書きたいと思います。私がバセドウ病を発症したのは2001年の春、東京。以後、不整脈も伴いまさに薬漬けの生活をしていながらも何とか日常の激務をこなしていましが、折しも研究の立ち上げのオファーがありボストン行きを決めました。そして渡米する1週間前、この甲状腺疾患の第二波がやってきました。駅の階段を登る際、前方が見にくい感じがしたと思ったら段差に足をとられ転倒。この時は自分の不注意としか考えなかったのですが、いざ渡米し現地での生活のセットアップに忙しくしているとすべてのモノが2重に映ってきます。まじまじと鏡で眼を観察すると左眼がまったく動いていません。そうです、バセドウ病眼症を発症してしまったのです。バセドウ病眼症とは原因は完全には分かってはいませんが、脂肪細胞や外眼筋に甲状腺と同じようにTSH受容体が存在し、甲状腺刺激抗体が結合することによりリンパ球の浸潤と炎症反応が生じ、眼球が前に押し出されてしまう(眼球突出)と考えられています。私は早速ボストン市内の眼科に受診することになりましたが、主治医の説明では活動期は何も出来ないからとりあえず症状が固定するまで様子をみるしかないとの事で、新しいボストンでの仕事と伴に複視の生活が始まりました。
複視のため真っ直ぐに歩くこともままならず、時には嘔気も伴いました。私のアパートから職場までは僅か徒歩5分の距離でしたが、それでもこの通勤は非常に長く感じられたものです。もちろん週末の買出しなどもしなければなりませんから、車も運転する必要があります。しばらくは眼帯をかけて独眼流の生活を行っていましたが、徐々に左眼が固定されている位置でものを見ることにより複視を緩和出来るようになり、多少マシな状態になりました。罹患後、自分が愛用していた拡大鏡をはめた時に全くモノが見えなかった時のショックは今でも忘れることは出来ません。とりあえずボストンでは研究主体の生活であったため様子を見ることが出来る時間があった事は自分にとって幸いでしたが、日本に帰国したら自分にはどんな仕事が出来るのだろうかとそんな事ばかり考えていました。
保険支払いのための手続きとしか思えないようなprimary care physician (PCP)を常に介在させた専門クリニックへの受診を幾度となく繰り返しました。でも、PCP経由で甲状腺のクリニックに受診するのには半年間以上も待たされる始末で、日本とは違い一旦病気になってもなかなか医者に診てもらえない現状も痛感しました。そして極寒の1月に眼科主治医からそろそろ手術を考えようかとの提案。しかし、それまで単に診察のみで、日本では大抵はMRIなどの診断も行うと聞いていた私はかなり恐怖を覚えました。
いよいよ手術当日。朝5時半に付き添いの友人と共に病院へ向い受付を済ませた後、待合室に通されました。そして簡単な問診があり、前室に移されたあと次第に慌しくなり手術室に移され、麻酔科の先生と簡単な会話をしながらそのまま深い眠りに落ちました。左眼の激痛で気がついた時には私はリカバリールームに横になっていました。手術は斜視と同様に外眼筋の付着部位をトランスロケートするような事を行ったと伝えられました。とにかくあまりに痛いので医療スタッフにその事を伝えると「それなら帰りにCVS(いわゆるコンビニ)でTylenol(市販の鎮痛剤)を買っていって」という笑うに笑えない返答・・・。
貧弱なPCPの医療レベル、医療費削減のための最低限の検査と最短のホスピタルステイ。すべての医療費を保険でカバー出来たから良かったのですが、それでも年間相当額の保険費を支払っています。まあそんな感じでこの留学中実際にアメリカの医療を身をもって体験したことはとても貴重な経験になりました。
現在は、日常生活、日常業務を行う上で問題はありませんが、左眼は動いていない状況ですのでまだまだ今後なにが起こるかも分かりません。再発も無い訳ではないです。しかし、人生万事塞翁が馬と自分に言い聞かせながらも元気にやっております。