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ブログ主:追記 3月28日 PM 15:24
本日、ニュースの中の 佐々木美公さんのお友達からコメントをいただきました。 記事を見つけやすくするため、トップで掲載させていただいております。 ご了承ください。 今回の地震は、多くの行方不明者を出した。 これからの人生の岐路に立つ子どもが、親を亡くすことになってしまった場合も多い。 まだ小さい子どもには、どれほどの悲しさだろう。 しかし、子どもはびっくりするほど たくましく成長する。 だれも気づかなくても、たった1人で、たくましく立ち上がろうとしている。 【東日本大震災】 「母さんはどこかで見てくれている」 2011.3.26 産経 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110326/dst11032601150006-n2.htm 「母さんはどこかで見てくれています」。岩手県立高田(たかた)高校に合格した陸前高田市立第一中学3年、佐々木謙太郎さん(15)。津波で自宅が流され、母の美公(みき)さん(47)は行方不明だ。「高校で頑張って、成長した自分を見せます」と決意している。(SANKEI EXPRESS)
震災は中学の卒業式の練習中に起きた。校庭に避難した時、街から土煙のようなものが上がり、バババッと大きな音がして木材が流されるのが見えた。潮のにおいが漂ってきた。
津波の被害状況が分からないまま、教室で一夜を過ごした。岩手県一関市で経営する会社にいた父が夜中に来てくれたが、美公さんは来なかった。後で近所の人から「向かいの一人暮らしのおばあさんと一緒にいるのを見たのが最後だった」と聞いた。
父と一緒に捜しに行ったが、わが家は跡形もなく、植木が少し残るだけ。「家の跡を見たとき、声も出せませんでした」
津波の跡をたどると、小学校の校庭に美公さんの車がへしゃげて横倒しになっていた。夫婦で楽しんでいた水上バイクのライフジャケットが校庭に残され、車内から手作りの小さなバッグが見つかった。
震災後、父の会社に身を寄せた。合格発表のことは考える余裕もなかった。22日、合格を知り「生物や地球温暖化問題について勉強したいです」と意気込みを見せた。 受験勉強中に美公さんから「きちんとした生活をしなさい」とたびたびしかられた。今は「自分のために言ってくれていたんだ」と感じる。母はきっとどこかから自分を見てくれているはず。「将来は陸前高田の復興に尽くしたいです」。真っすぐな目で前を見つめた。 「やっぱり現実」
津波被害が大きかった岩手県田野畑村。小学生190人が無事だったのは、昨年4月に村内6つの小学校を高台の1校に統合したことが大きい。沿岸地域にある旧校舎跡地は浸水した。
村立田野畑小4年の佐々木海斗君(10)の父、卓也さん(46)は漁協職員で消防団の活動にも参加していた。地震後、いったん帰宅し、妻の五鈴さん(49)に避難するよう伝えた後、消防団着に着替えて水門を閉じに行き、波にさらわれた。
2日後に遺体で見つかった。「夢なのかなとも思うけど、やっぱり現実なんですね」。海斗君は自分にそう言い聞かせている。
心に残っている父との思い出は「いつも一緒にお風呂に入って体を洗ってもらったり、遊んでもらったこと」。親類宅に身を寄せながら、避難所に来ては学校の友達と遊ぶ。気は紛れるが、父親のことを忘れることはないという。今は父の勧めで始めた野球を頑張ろうと心に決めている。
村の教育関係者は親を亡くした子供たちの心のケアに乗り出そうとしているが、海斗君の兄で専門学校生の駿也さん(20)は「気を使われるのもかえってつらい。弟が元気で遊べるよう普通に接してもらえれば…」と話す。 http://sankei.jp.msn.com/images/news/110326/dst11032601150006-p2.jpg
http://sankei.jp.msn.com/affairs/photos/110326/dst11032601150006-p2.htm きっと、お父さんや お母さんは
きみたちのそばにいて いつもちゃんと見ていてくれるよ がんばれ、お父さんやお母さんのために
がんばれ、自分のために success
この子たちのためにも
日本を 立派な国に復興しようではありませんか |
伝言メッセージ 東北大震災
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2児の母として感動しました(T_T)
これ、転載させて下さい。ポチ☆
2011/3/26(土) 午後 1:48 [ - ]
rinroさん
子どもの心の力は、強いのですね。
転載ありがとうございます。
2011/3/26(土) 午後 2:20 [ success ]
秋田県田沢湖の美公さんの同級生です。
地震直後から美公さんにメールしていましたが返信はなく、同級生みんなから安否確認の連絡が私のところに来ていました。いつも年1回の年賀状で近況報告くらいでしたが、私たち同級生は保育園からずーっと一緒に過ごしてきていて兄弟姉妹のような関係でした。
はなえちゃん、謙太郎くん、私たちみんなも応援してるからね!
2011/3/28(月) 午後 1:05 [ kuraちゃん ]
kuraちゃんさん
こんにちは。
もしよかったら、こちらのブログで呼びかけましょうか。
このブログはありがたいことに、毎日2000〜4000位の方がアクセスしてくださいます。
記事にして、拡散しますから、お友達もメッセージがあったら、このコメント欄にたくさん書いて下さい。
もしOKということでしたら、まとめて、記事しますので。
2011/3/28(月) 午後 1:11 [ success ]
successさん、取り上げていただきありがとうございます。
恥ずかしながらわたくし超アナログ人間でして、28日も市の支援物資仕分ボランティアが1時からあるためにわかに大急ぎで打ち込みし、その後慌ただしく開いてみる事もできずにおりました。
同級生の男子の1人は、行ける人たちで捜索の手伝いに行けないものかと言いだしていますが現実、素人が個人で被災地へ出向く事は簡単な事ではないと判断しました。
生かされている私たちに出来る事は・・・
美公が愛するご主人と子供たちに応援エールを送る事くらいかも知れません。同級生みんなに呼び掛けてみます。
ありがとうございました。
2011/3/30(水) 午後 6:24 [ 倉橋あけみ ]
倉橋あけみさん
お待ちしています。
今回の災害、日本国中がみな 心を痛めています。
東京でも、関西でも、九州でも、みんなが東北の寒い気候と少しでも寒さを共有できるように、空調を使わず、電気も通常の半分以下にして、東北が一日も元気に、そして今までのように素晴らしい町に復活してくださることの祈っています。
まさに、祈りです。
どうか、寒く、ご不安でしょうが、みなさんの背後に1億3000万人の日本人が人垣となって守っていることを信じてください。
ぜひ多くの方にご参加いただいてください。
私のブログはフリーですから、みなさんのお声を届けます。
お待ちしておりますね。
2011/3/30(水) 午後 6:33 [ success ]
kuraちゃんさん同様、美公さんの同級の一人です。
陸前高田の状況を聞いた時に、たった一人陸前高田にいる同級生を思い、「もしや?!」と悪い予感が一瞬頭をよぎりましたが、「まさか…」と思い何日か過ぎた時に、実家の近くから、そしてkuraちゃんさんから連絡をもらいました。陸前高田には娘がバレーボール(秋田角館南高校)をやっていたこともあり、高田高校のバレー部保護者の皆様には6年間お世話になり本当に思いが強く残っている地です。そして、同級会があった時に美公さんから家に寄るようにも誘われたことを思い出します。
美公さんのご家族や高田高校バレーボール部の皆様の事を思うと、テレビでのあの情景は心が痛みます。「きっと大丈夫!」と陰ながら応援している一人です。
2011/3/30(水) 午後 8:14 [ キングオブジプシー ]
kuraちゃんさんの呼びかけで、私が代弁してご投稿させて頂きます。
『謙太郎君、高校合格おめでとうございます。美公が1日も早く帰って来る事を心より願ってます。』イクコより
『謙太郎くん、合格おめでとう。 今、日本のみんなが心をひとつにして前に進もうとしています。お母さんもきっと謙太郎くんが強くたくましく前に進む姿をどこかで見ていると思います。私たちも応援しています。頑張ってください。』ミチヨより
『美公のご家族様へ…1分でも1秒でも早く、美公がご家族と会えますよう、心から祈っております。』みどこより
2011/3/31(木) 午前 9:55 [ キングオブジプシ ]
次の同級のメッセージをお届けします。
『美公へ
いつだったか美公から貰った年賀状に、明るい色のチューリップが描かれていたね。覚えてる?見ているだけでこちらも優しい気持ちになるステキな画だった。
地震があってその事を思い出し、美公の無事を願い、玄関に明るい色のチューリップをずっと飾っているよ。
みんなとても心配しています。みんなで待っているからね。』キョウより
2011/3/31(木) 午前 10:07 [ キングオブジブシー ]
キングオブジブシー さま、みなさま
メッセージありがとうございます。
下記のように、記事にしてみました。
まだメッセージをお寄せしたいという方は、記事に追加いたしますので、ぜひお書き添えください。
■伝言記事
『陸前高田市の佐々木謙太郎くん お母さんのお友達からエールです!』
http://blogs.yahoo.co.jp/success0965/11674435.html
よろしくお願い申し上げます。
2011/3/31(木) 午前 11:21 [ success ]
kuraちゃんさん、お友達のみなさん
岩手日報に記事が出ていましたので、新聞社にご連絡しておきました。
うまくいけば、ご本人にご伝言くださるのではないかと思います。
また、ご連絡いたしますね。
■岩手日報
「【陸前高田】母の言葉胸に高校進学 一中の佐々木君」
http://www.iwate-np.co.jp/hisaichi/h201103/h1103237.html
2011/3/31(木) 午後 5:00 [ success ]
kuraちゃんの呼びかけで投稿しました。
謙太郎君高校合格おめでとうございます。
美公が一日でも早くご家族と会えることを祈ってます。復旧のために微力ながら応援したいと思っています。がんばってください。
2011/4/2(土) 午後 9:00 [ じゅんこ ]
じゅんこさん
こんばんは。
こちらの記事のほうに、コメントを載せさせていただきました。
コメントが届くといいですね。^^
http://www.iwate-np.co.jp/hisaichi/h201103/h1103237.html
2011/4/3(日) 午前 1:39 [ success ]
successさん、転載してくださった皆様、本当にありがとうございます。
震災以来ずーっと落ち込み、家族や子供たちに暗い波動を送り続けてきた私です。中2になる息子に「母さん、何怒ってる?」と言われ我に返りました。
今の私に出来る事・・・。
被災された方たちが復興に向け動き出している時、何の被害もなく普段通りの日常を送れるこの私が落ち込んでいる場合ではないと。美公の毎年の年賀状からはご主人、子供たち、家族に対する愛情が溢れていました。そんな美公が今の私を見たら「違うよあっけ」と言いそうです。
42歳厄払いの同級会(秋田県だけの風習でしょうか?)では撮影係をやってくれて、打ち上げの会ではなりきり少年隊の仮面舞踏会に涙を流して喜んでいました。「カラオケだけは勘弁して・・・」と言っていた美公が飲み会終盤になってから歌った歌は松田聖子さんの「瑠璃色の地球」でした。
今思うと、美公の心情そのものだったのかもと感じます。とてもいい詞で涙が溢れて来ます。
2011/4/9(土) 午後 9:31 [ kuraちゃん ]
私には家族がいてくれて子供たちがいてくれて、今年も耕す田んぼがあります。こんなしあわせな事はないと思います。原発事故の影響でやりたくても農業ができない方たちの分も、使命をもってお米づくりして行こうと夫と話しています。
それから私たちに出来る事・・・
日々感謝の気持ちを忘れず、少しづつまた普段の生活に戻していく事もひとつではないかと考えています。経済を回していつでも被災地の応援ができる体力(経済力)をつけておく。必要以上の自粛はあらゆる企業がたちゆかなくなり元も子もなくなるのでは・・・と思います。必要な事と無駄な事を見極める時ですね。
多くの方たちが一日も早く元気に、笑顔になれます様に祈りながら明日もがんばろうと思います。
2011/4/9(土) 午後 10:02 [ kuraちゃん ]
kuraちゃん
お元気でしたか。お返事をいただいたとても嬉しいです。^^
>中2になる息子に「母さん、何怒ってる?」と言われ我に返りました。
だれにも平等な24時間ですが、きっと一瞬一瞬が大変だったのだと思います。
怒っているように見えたのですね。
でも、全力で一生懸命過ごした時間、「怒って見える」ほど、真剣に真摯に過ごされたのだと思います。
私は、こう思います。
今回、原発の事故が起こりました、外国人は避難していなくなりました。
ですが、きっと日本人はその地を去らないのではないかと。
その地を愛し、生活を愛し、家族を愛する日本人は、原爆が落ちて50年は草木も生える枚と言われた広島の地に住み、今の素晴らしい都市にしていったように、きっとその地を今までよりもはるかに素晴らしい街にしていくだろうと。
東京でも去っていく外国人があとを絶ちません。
2011/4/10(日) 午前 0:16 [ success ]
ですが、報道されているのとちがって、東京の人々の多くは放射線を気にはしますが、逃げません。
栃木、茨城や東北の野菜を気にせず食べます。
牛乳も「どうかな?」と思いながら(笑)、飲んでいます。
自分たち1代がどうこうあってもいい。
何代かして、その地が栄えるように。もとに戻るように。
そんな思考があるのだと思います。
日本には「いい意味」で、広島、長崎という見本がある。
あれらの地が素晴らしい、今の都市になったように、きっと福島、宮城、三陸海岸の被災地は、かけがえのない素晴らしい都市になっていくと信じます。
その日のために、kuraちゃんさん、がんばりましょう。笑
せっかく生きているのです。
力いっぱい、生きて、何かを成し遂げて行きましょう。
「人は生垣。人は城」
生垣の1コマでもいい。見上げれば、天守閣を支える巨大な生垣となるように、私自身も生きてみようと思います。
もしよろしかったら、kuraちゃんさんのコメントを記事にさせていただいてもいいですか?
またお返事いただけますと、とてもうれしいです。
2011/4/10(日) 午前 0:25 [ success ]
みなさんからいただいたメッセージは、左のメニューバーの「伝言メッセージ 東北大震災 」に格納してあります。
もし見失ったら、左のバーから入ってくださいますか。^^
2011/4/10(日) 午前 0:37 [ success ]
おはようございます。
いつもありがとうございます。
私は秋田県田沢湖の農家の主婦、4人の子供の母です。超アナログ人間でこうして投稿させていただくにも大変勇気と時間がかかります。こんな私の独り言のような文章、お恥ずかしい限りですが何かのお役にたてるならどうぞお使いください。
ひとりの力は小さいですが、ほんの小さな心がけが集まればきっと大きな力になると信じてやり続けます。とりあえず、風評被害に苦しんでいる地域の農産物を買い続けます。みんなレントゲン検査やMRI検査は平気で受けてるじゃあないですか?大丈夫!自分の体を信じましょう!
あと、笑顔で暮らしましょう!
私自身今回の事で痛感しました。母親は家族の太陽です。私、夫にまで「おれ、おめさ何かわりごどしたが?(僕、君に何か悪い事でもしたかな?)」と言われました。連日の報道で朝から泣きっぱなしで表情から笑顔が消えていたんですね。危うく私の暗い波動で家族を病気にしてしまうところでした。
一主婦にできる事なんてこんな事くらいですが、こころして地に足つけて日々過ごしていきたいと思っています。
2011/4/10(日) 午前 9:53 [ kuraちゃん ]
kuraちゃんさん
おはようございます。^^
たくさんのコメント、ありがとうございます。
とても力強く、意志ある言葉、こちらが励まされるようです。
次の記事にしております。
http://blogs.yahoo.co.jp/success0965/11824151.html
(もし御要望がありましたら、またメッセージをいただけますと幸いです。)
2011/4/10(日) 午前 10:24 [ success ]