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保守派の論客と知られた 拓殖大教授の 遠藤浩一先生が お亡くなりになりました。55歳だそうです。 たった今、佐藤守さんの寄稿の文で知り、大変衝撃を 受けております。 誠実なお人柄で、これまでの日本の危機を憂い、 これからの日本を導いてくださると期待された人物で、 各方面で衝撃が走っているようです。 先述の佐藤守さんの寄稿文からご紹介します。 遠藤浩一氏の若すぎる 死を悼む 佐藤守 BLOGOS 2014年01月06日 http://blogos.com/article/77361/ 今朝の産経一面右下に、遠藤浩一氏の笑顔の写真が出ていたので、何気なく目をとめて仰天した。 「遠藤浩一氏死去 保守派の論客、正論新風賞 55歳」とある。 4日午後の新年会に参加した後、体の不調を訴え、その後死去したと記事にはある。 これから必要な人材だったのに、なんということか、と愕然とした。 国家基本問題研究所でも非常に元気に活動していたし、チャンネル桜でもぶれない姿勢を貫いていた。 昨年10月17日、彼が所管している拓殖大学日本文化研究所から1通の手紙が届いた。中には、 ≪前略失礼いたします。本日はお願ひがあり、お手紙を差し上げました。小生が所管してをります拓殖大学文化研究所では、毎年、学生・社会人向けに公開講座を開催いたしてをります。・・・・来(平成二十六)年度もこれを承け、「日本文明の肖像 3」として、さらに議論を深めてまゐりたいと企画してをります……「国防とは何か-――日本文化の守り方」(仮題)といったテーマで…≫という、出講依頼文が入っていた。 早速連絡すると、「90分の話の後に、休憩を挟んで遠藤氏と対談形式で質疑応答をお願ひできれば有難い」というので、勿論構わないが、一介の元戦闘機のりに過ぎない私に、日本文明の守り方という高邁なお話ができるものか、と心配だ。しかし、34年間の自衛隊勤務で感じた「部下たちが『何から何を』命をかけて守ろうとしているのかについて」体験談ならできると思う、と答えると、彼は「それで結構です」と喜んでくれたから承諾し、つい気を許して「ただし、期日が(来年の)12月20日(土曜日)だから、それまで生きていればの話だが…」と、いつものように茶化してしまった。 彼は笑いながら「先生は絶対に大丈夫です」と言ってくれたのだが、まさかまさか若い彼の方が先に行ってしまうなんて想像もできなかった。 今、出講依頼の手紙の終わりに書かれた、几帳面な「遠藤浩一 拝」という署名を眺めながら、つくづく人生は一寸先は闇だと思わされる。 そしてこの彼のサインは私にとって非常に貴重なものに思えてくるのである。 長年、いつ死んでもおかしくないような生活をしてきた私だから、現世で別れることはつらいことに変わりはないものの、通過儀礼だと思っていて、現世は次の世界につながっていると確信している。つまり、霊魂の世界で彼とふたたび対話できると私は思っているから、これ以上は悲しまないことにする。 しかし、今年は世界が大きく動く年回りであり、周辺情勢は予断を許さない。 そんな我が国の将来を左右しかねない年が始まったばかりだということ、そして多分日本人は立ち直ると私は信じているのだが、その立ち直った新日本社会の姿をこの世で確認できないまま、氏が去って行ったことを思えば、巧言令色人種たちがはびこっている現状が残念でならない。 大切なこの時期に氏のような若く貴重な保守派論客を失ったことは、日本にとって重大な損失であり口惜しい限りである。 心から哀悼の意を表したい。 1月3日に掲載された遠藤先生の絶筆の文章です。 遠藤先生らしい文章で、読む者に寂しさを誘います。 【正論】 遠藤浩一氏 年頭にあたり 「観念的戦後」に風穴開けた参拝 2014.1.3 産経新聞 http://www.iza.ne.jp/kiji/column/news/140103/clm14010303060001-n1.html 旧臘(きゅうろう)、テレビの報道番組で民主党の前原誠司元代表が妙なことを口走っていた(12月9日放送のNHKニュースウオッチ9)。
前原氏の「色分け」に失笑 曰(いわ)く、安倍晋三内閣は観念的保守で自分は現実的保守だ、政界再編は観念的保守の自民党と現実に根ざした保守勢力を対立軸にしていくべきだ、云々(うんぬん)。失笑した。
日本維新の会や結いの党との連携を睨(にら)んで、安倍政権との違いを際立たせたいがための発言なのだろうが、言葉は正しく使ってほしい。安倍首相や自民党の何をもって観念的とするのか、発言者本人のこれまでの言動のどこが現実的なのか、全く分からない。
いうまでもなく、政治とは現実との格闘である。筆者の見るところ、安倍内閣及び自民党はひとつひとつの政策を現実的に、かつ慎重に進めている。
他方、民主党政権時代の前原氏が、八ツ場(やんば)ダム建設中止などマニフェストに掲げた政策に観念的執着をみせたのは記憶に新しい。そもそも保守という立場について「観念的」とか「現実的」と形容して分類すること自体、観念の遊戯に淫しているといわなければならない。
おそらく集団的自衛権行使やその先に待っている憲法改正など、これまでの自民党政権やそれを小粒化した民主党政権が成し得ず、提起することさえしなかった、(前原氏から見れば)現実的とは思われないような課題を目標に据えている点をとらえて、「観念的」と揶揄(やゆ)してみたのだろう。 してみれば氏の掲げる現実主義とは、現実を修正不可能なものとし、その歪(ひず)みや欠陥を是正するなどもってのほか、長いものには巻かれろという立場のようである。 仮にそうであるならば、「現実に根ざした保守」は彼にとって自己否定のスローガンとなる。外交安全保障について、氏は「自立と協調」「アメリカを中心に他国と協調。ただし、自分の国は自分で守る」(同氏HP)としているが、政治家としてこうした観念を政策として実現するには現実の歪みを是正する意思と行動が求められる。 続きはこちらへ http://www.iza.ne.jp/kiji/column/news/140103/clm14010303060001-n2.html 新年に1つの訃報、とても残念です
これまでの遠藤先生の文章を読み直してみたいと 思います success |
日本の保守
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残念です。
謹んでご冥福をお祈りします。
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2014/1/9(木) 午前 4:39
カマちゃんさま
コメントありがとうございます。
本当に残念です。
早すぎる別れを悼みます。
2014/1/9(木) 午前 6:02 [ success ]
転載いたしました
合掌
2014/1/9(木) 午後 0:30 [ 博多の鷹 ]
博多の鷹さん
転載ありがとうございます。
合掌
2014/1/9(木) 午後 3:57 [ success ]