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中国共産党とは何者か? 大紀元制作ビデオより 中国の歴史、特に共産党になってからの歴史の流れがよくわかる画像がある、と聞いていた のですが、どれなのかが、よくわからずじまいでした。 ひょんなことから、見つけて、「非常によくできている」という印象を持ちました。 ニュース記事でも有名な「大紀元」が政策したビデオです。 おそらく、外国語(英語?)をそのまま日本語したものをナレーションしているので、やや聞き取り にくく、意味を取りにくいかもしれません。 非常に有効な内容のため、全編キャプションを入れ、できるだけ注記で意味を補いました。 文化大革命を経て、その前後でその大きな影響による結果、またそれを起こさしめた為政体制の 特徴など、大変ためになりました。 隣国として、国家として、これに対応していかなくてはならいことを考えると、 長い歴史背景も手伝って、「もう出来上がってしまっている」感も 否めませんが、まだ 対処法はあるかと思います。 お時間があれば、ぜひご覧ください。 大紀元 2006年9月UP 画像 中国共産党とは何者か? (1)
ブログ主注: 以下、ナレーションの内容です。 見やすいように、ナレーションの内容を使って、見出しタイトルとしています。 150年前に中華の地に棲みついた「共産主義」
5000年来、中華民族は、黄河と長江が育んだこの地に生まれ、生活し、数十の王朝を経て、輝かしい文明を築き上げてきました。その間、栄枯盛衰を繰り返しながら、怒涛のごとき壮大なる感動の絵巻を展開してきました。 150年前、「共産主義」という亡霊がヨーロッパに現れ、20世紀初頭に「共産党」という名前で、国力が衰えつつあった中華の大地に棲みつきました。 それ以来、中華文明は未曾有の挑戦を受けることになったのです。 行くところには、常に「ウソ、戦乱、飢饉、独裁、殺戮、恐怖」がつきまとい、伝統的な信仰と価値観は完全に破壊され、本来の倫理観念と社会体系は強制的に解体されられ、人と人との間の思いやりや調和が闘争と憎しみにねじ曲げられ、天地自然に対する畏敬や慈しみが、「大自然と闘う」という尊大な思い上がりに変えられてしまいました。 その結果もたらされた社会道徳体系と生体体系の完全な崩壊が、中華民族さらには全人類を「深刻な危機」に引き込もうとしています。 20世紀の90年代(=1990年代)、旧ソ連と東ヨーロッパ各国の共産党政権が次々に倒れ、共産主義運動は世界中で過去のものとなりました。 そんな中、現在息絶え絶えな共産政権はすでに風前のともし火となり、うわべは強大に反映している ように見えながら、満身創痍で崩壊寸前の様相を呈しています。 それらの崩壊は間近であり、中華民族は共産党のない社会へ移っていこうとしているのです。 新旧が後退する前夜に、私たちはこの間の歴史を振り返る必要があります。 共産党とはいったい何か? 中国共産党はいかにして、身を起こしたのか? 共産党が、中国と中国人民にもたらしたものは何か? 我々民族の薪と炎をいかにして後世に伝えていくか? これらはすでに中国人民が直面する具体的問題となりました。 この間の歴史を振り返るのは、このような悲劇を二度と繰り返させないためです。 私たちもここから、自己の内面生活を振り返る必要があります。 多くの本来おこるべきでなかった悲劇は、私たちが気が弱く、妥協したからかもしれません。 1840年− 中国近代史のはじまり
4:301840年は、中国近代史のはじまりであり、中国が中古の聖域から近代化へ進む出発点です。 それ以来、中華文明は「4度の挑戦」と「それに伴う対応」を経験しました。 1860年、英仏連合軍が北京に攻め入り、清朝の咸豊帝(かんぽうてい)が北京を追われ、国民は大いに動揺しました。 その結果、中国は洋務運動(注後掲)への対応を余儀なくされました。 注: 1894年、日清戦争が勃発し、中国が破れました。その結果、中国人は、器だけの導入を主とする洋務運動を見直し、戊申の政変(ぼしんのせいへん 注後掲)と清国の立憲を始めたのです。 1904年、日本と帝政ロシアが、中国での利益をめぐって(中国の)東北で開戦した際(=日露戦争)、清国は この自国で繰り広げられている戦争において、中立を宣言し、中国人民を激怒させました。 中国ではその後、一層激しい変革がはじまり、1911年に辛亥革命(じんがいかくめい 注後掲)が発動され、帝政が転覆させられ、中華民国が打ち立てられました。 1918年、第1次世界大戦終結後、戦勝国の1つである中国の利益は、パリの講和会議で 列強たちに考慮されることはなく、その結果、5・4運動(注後掲)が引き起こされました。 注: 多くの中国の知識人および人民は この経験から、(全部で4度あるうちの)はじめの3度の挑戦による対応は失敗だったと考えました。 そして、極度の失望と怒りの中、ロシアで生まれたばかりの「極端な暴力革命」が選ばれ、そこから第4の波が始まったのです。 それがつまり、この1世紀近く中国に影響を与え、 今日まだ歴史となっていない「共産主義運動」です。 6:45 共産党宣言は、このように締めくくられています。 「共産党員は、自らの見解と目的を隠し、ごまかす ことを潔しとしない」 彼らは自分たちの目的は、「暴力によって、すべての現存する社会制度を覆してはじめて達成できる」と 公然と宣言するのだ。 7:01 「暴力」は共産党が政権を奪うための手段であり、最も主要な手段でもあります。 これはこの党が生まれた日に決定づけられた 第一の遺伝子なのです。 ■参考資料 画像 7:24 共産党とは 一 暴力による恐怖によって政権を奪取し維持する 二 虚言を以って暴力の潤滑剤と成す 三 絶えず変化する立場と原則 四 党性(党是)が人間性に取って代わり、人間性を消滅させる 五 自然に反し、人間性に反する邪悪な生命体 六 邪悪な憑き物の特性 七 自己を反省し、中国共産党の憑き物から逃れる 一、 暴力による恐怖によって政権を奪取し維持する世界で最初の共産党「ボルシェビキ」(注後掲)は、実はマルクスの死後、数年してようやく生まれました。この共産党は、階級の敵に対して暴力をふるう中で生まれたものであり、同時に仲間うち、すなわち裏切り者に対する暴力の中で存在を維持してきました。統計によれば、ソビエト内部の粛清(しゅくせい:注 後掲)の過程で、2000万人以上のスパイ・裏切り者・異分子が殺害されました。 注: 8:01 ソビエト共産党のコントロール下にある第3コミンテルンの1支部であった中国共産党は、当然のこととして、この種の暴力の伝統を受け継ぎました。 1927年8月、国民党政府が北洋軍閥(注後掲)を転覆させ、まさに中国を統一しようとしていたとき、中共は江西省南昌で武装暴動を起こし、中華ソビエトを設立しました。 1927年から36年のいわゆる 国境内線の時期、江西省の人口は2000万人余りから1000万人余りまでに減少しており、その禍の激しさの一端が見て取れます。 注: 8:45 仮に、政権を奪うための戦争で、暴力は避けられないとしても、共産党のように「平和時においても依然として暴力を好む政策」は世界にかつてありませんでした。 9:05 1997年、フランスで出版された「共産主義国書」の統計によると、すべての共産主義運動によって、1億人の人が不自然な死をとげており、そのうちで中国が6500万人を占めています。 この数は、2回の世界大戦の死者総数を超えており、 また中華民族の有史以来の歴代王朝の不自然な死者総数をも超えています。 国民に対する暴力という点で、特に甚だしかったのが、中国共産党が全面的に支援したカンボジアのクメール・ルージュ(注:かつて存在したカンボジアの政党、カンボジア共産党。内戦時代を経て、左翼諸勢力間の権力抗争および粛清の結果、カンボジアの左翼勢力は事実上ポル・ポトのグループと同義語になった。他の共産党系勢力の名称との類似から混乱を避けるために指導者の氏名からポル・ポト派とも言われる)で、1975年の政権奪取後、何と(カンボジアの)全国民の4分の1を殺害しました。 それはもちろん、中共がその中で果たした役割と、悪辣な役どころを隠し続けるためです。 その他の政治集団は「征服のために殺戮を行う」が、共産党は「殺戮のために征服を行う」という人がいるのも当然です。 注: 引き続き、「中国共産党とは何者か? (2)」に続きます。 http://blogs.yahoo.co.jp/success0965/7484798.html 仔細を知って 俯瞰で見る
http://t1.gstatic.com/images?q=tbn:R-th3ajIUy3c0M:http://flat-design.bz/wp/wp-content/uploads/2008/09/japan.jpg
I Love Japan. We Love Japan. success
■中国共産党とは何者か?(2) 大紀元より |
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successさんこんにちは、匪賊の権力競争に共産主義が入る、
元々素養がありすんなり行ったと思います、
2010/8/29(日) 午後 0:27
カマちゃんさん
ご来訪ありがとうございます。
あまり中国のことを知らなかったので、こちらの画像をみて勉強になりました。もともと素地があったのでしょうか、はやり・・・。
2010/8/29(日) 午後 0:53 [ success ]
敬天愛人さん
こんにちは。
とんでもないです。調べ調べでようやく作りました。
中国は歴史を全体的に確認すると、面白いだろうなと思いました。
この国にも「転換点」があったはずです。
2010/8/29(日) 午後 0:55 [ success ]
ITTAさん
こんにちは。
そうですね、もともとの素養と、もともとあったよい部分が壊された部分と両方あるような気がしました。
この画像は2006年なので、この5年くらいでどう変わったか…。
興味深いですね。
2010/8/29(日) 午後 0:56 [ success ]
>匪賊の権力競争に共産主義が入る、
>元々素養がありすんなり行ったと思います、
そういうことだと思います。
私は、秦の始皇帝こそが、出発点と思っております。
2010/8/29(日) 午後 0:59
中国共産党、恐ろしいです><
2010/8/29(日) 午後 1:06 [ ジャガイモ4 ]
オノコロさん
秦の始皇帝ですか…。
ほとんど歴史の前半ですね。
ということは…、基本的にそういう傾向があるのですね。
2010/8/29(日) 午後 1:37 [ success ]
ジャガイモ4さん
いえ、これを書いていて思ったのですが、何か「傾向」がありそうですよ。
ちょっと日本人と違うだけですね。
別個のものと考えて、分析するとよさそうです。
2010/8/29(日) 午後 1:39 [ success ]
success さん、今晩は。
なるほど・・・智慧を駆使した横溢れる記事。
感慨至りました。
傑作
2010/8/29(日) 午後 4:37 [ reiko ]
>秦の始皇帝
はエゴエゴ星人の頭目ですから。
2010/8/29(日) 午後 4:39
中国は国土も広いが人も多い。
だから普遍的根源的な力でしか統一できない。
それは金と恐怖です。今で言うと経済力と軍事力、恐ろしいですね。
考えてみれば中国って古代からこんなような支配体制だったのだと思います、それが大陸だけで収まっていれば良いのですが。
インド、ベトナム、台湾、斜め上の国、米国、ロシア、そして日本。
皆で牽制しなければいけないのに140人の団体で朝貢する奴が総理候補に出ている日本って・・・
傑作。
転載させてください。
2010/8/29(日) 午後 9:22
reikoさん
ようこそいらっしゃいました。
よくわからないので、自分がわかるように記事を作りました(笑)。
まだまだ知らないことばかりです。
傑作、ありがとうございます。
2010/8/29(日) 午後 9:25 [ success ]
オノコロさん
だから早死にしてしまったのですね。
宦官のみを信じて。
長年のDNA蓄積ができてそうですね、^^;。
2010/8/29(日) 午後 9:26 [ success ]
dunubの窓さん
>中国は国土も広いが人も多い。
だから普遍的根源的な力でしか統一できない。
それは金と恐怖です。今で言うと経済力と軍事力、恐ろしいですね。
まさにそのようです。
この次の記事で、現在の中国について掲載しようと思ってましたが、
おっしゃるとおりの状況のようです。
国土が大きいと、単次元的にしないと統治しにくいのでしょうね。
傑作、転載ありがとうございます。
2010/8/29(日) 午後 9:29 [ success ]
転載させて頂きます。
傑作 ポチ凸
2010/8/29(日) 午後 9:58
hitoさん
転載ありがとうございます。
2010/8/30(月) 午前 2:07 [ success ]
周囲から絶対に征服されないために、「いかなる手段を用いても、戦い、周囲を逆に征服していく共産党」と理解しました。
そのためには手段を選ばず、暴力が必要だ。と言い切る共産党。
この暴力を打ち負かすものは何なのか?
銃を突き付けられた、正義感の強い・善良な市民ではやられてしまいます。
銃を突きつけられたら、それにも勝る銃が必要です。
人間性なき共産党に道徳を振り回しても空振りに終始します。
確かに「暴力は最強の兵器」です。闘うための兵法の一つかもしれないです。
共産主義は「人間性無き兵法だ」と捉えました。
転載させてください。
2010/8/30(月) 午後 3:09 [ tearface ]
中国人 でなくて よかったf^_^;
オソロシヤ 中国共産!では
By柳虫
2010/8/31(火) 午前 5:57 [ 柳虫 ]
おそらく 中華思想 とも あいまり 拍車が掛かったのでしょうね。
否、 中華思想 とは また別物 かな?∽ンーム
しかし どちらにしても 獰猛 残忍な民族性が 共産主義 と結び付く事により 更に 進化を遂げた?
チベット や ウィグル に見られる 残虐さは 中華思想 が反映されている様だし やはり リミックス による 相乗効果 でしょう。 では
By柳虫
2010/8/31(火) 午前 6:06 [ 柳虫 ]
転載します
2010/9/6(月) 午後 8:13 [ - ]