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先日、夜にテレビを見ていたら、海外からのニュースが飛び込んできました。 中国 天津(てんしん)で起こった、大規模爆発事故です。 最初に、こちらの事故で被害を受けられた方々にお見舞い申し上げます。 日本でも各メディアが一斉に報じました。 こちらの事故、画像で見る 都市の破壊状態と、被害状況の報道にギャップがありますが 中国のサイトから現況が少しわかるようですので、こちらでご紹介してみます。 中国・天津の工場で大爆発 2015年8月12日 ロイター http://www.huffingtonpost.jp/2015/08/12/huge-explosions-tianjin-in-china_n_7979240.html 中国天津市の工業地帯で現地時間12日夜、大規模な爆発が発生した。新華社は、少なくとも7人が死亡し、180人が負傷したと報じた。 中央テレビ(CCTV)によると、爆発は午後11時半(日本時間13日午前0時半)ごろ、爆発物の積荷付近で2回起きたという。[ロンドン 12日 ロイター] 天津 爆発の画像 Youtube よりhttps://www.youtube.com/watch?v=5lDDdhZhdVU天津塘沽海港城區 爆炸了!傷亡不明.....(from 微博) 画像を見ると、大きく複数回、爆発が起きていることがわかります。 最初の爆発は大きいものの、続いて起きた爆発ではきのこ雲があがり、火柱が大きく出ている。 この画像を見る限り、かなりの破壊規模の爆発であったことが推測されます。 http://www.ryacademy.com/country/china/img/tianjin_map.jpg
http://www.ryacademy.com/country/china/tianjin.html 天津は、北京と上海のあいだ、北京の近くに位置し、世界4位の貿易港。 中国から世界への貿易の拠点として重要な位置を占める場所。 原因は、現在に調査中。 爆発物を倉庫で管理しており、それが引火したとの報道もある。 爆発倉庫の所有企業、爆薬の原料扱う…天津爆発読売新聞 2015年08月14日 http://www.yomiuri.co.jp/world/20150814-OYT1T50119.html(前略) 市政府は14日の記者会見で、爆発した倉庫を所有する企業が、爆薬の原料にもなる硝酸カリウムや猛毒のシアン化ナトリウムなど多種の化学物質を扱っていたことを明らかにした。ただ、爆発した物質は特定していない。複数の中国メディアによると、水に触れると可燃性ガスが発生する炭化カルシウムも貯蔵し、消火活動が爆発の原因との指摘もある。 現在、日本では、ほぼ続報が報じられない状態であるが、 中国国内では、それぞれの場所での状況がUPされています。 以下、天津の近況がわかるURLを以下に示します。 かなり深刻な状況、画像がUPされている場合が多いので、 閲覧にはくれぐれもご注意ください。 http://www.molihua.org/2015/08/180.html http://www.molihua.org/2015/08/blog-post_179.html http://www.molihua.org/2015/08/58.html 日本のサイトから http://www.news-us.jp/article/424202538.html 被害が大きく、まるで先日の東北大震災を
思わせるような風景もあります。 港の機能が停止しているとのこと。 早い復旧をお祈りいたします。 success |
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現在、責任問題で 嵐が吹き荒れている新国立競技場 建て替え問題。 『ふたをあけたら、びっくりするような建て替え金額が算出された』ということで 話題になっている。 ん? 「ふたをあけたら、びっくりするような」? 以前、こんなことが無数に発生していなかったか・・・。 と思い、調べてみました。 まず、最初にお伝えしたいのは、 現在問題になっている新国立競技場のデザインの決定がされたのは2012年(平成24年)7月13日であること。 現在、全方向から突き上げを受けている 安倍首相が政権交代を果たしたのが2012年12月26日。 このデザイン決定がされたのが、民主党政権時代であったことを まず最初の前提として覚えておこう。 2012/11/16 ウォールストリートジャーナル 国立競技場デザインはザハ・ハディド氏の作品に決定 http://realtime.wsj.com/japan/2012/11/16/%E6%96%B0%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E7%AB%B6%E6%8A%80%E5%A0%B4%E3%83%87%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%AF%E3%82%B6%E3%83%8F%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%89%E6%B0%8F%E3%81%AE%E4%BD%9C%E5%93%81/ 日本スポーツ振興センターは15日、東京都が招致を目指す2020年夏季五輪のメーン会場として使用される予定の新国立競技場のデザインが、英国の建築事務所「ザハ・ハディド・アーキテクト」の作品に決まったと発表した。 イラク出身で英国在住の建築家ザハ・ハディド氏は、2004年に世界の主要な建築賞であるプリツカー賞を女性として初めて受賞した経歴を持つ。新国立競技場の国際デザイン・コンクールには、日本の建築設計事務所を含む世界の11社が応募した作品が最終審査に残っていた。 しかし、ふたをあけてみれば、総工費は2520億円。 巨額にふくらんだことに対し、デザインを決定した「国立競技場将来構想有識者会議」 の委員である 建築家の安藤忠雄氏は 7月16日に会見を開いた。 おそらくだが、総工費がこれほど高騰することは把握されていなかったことだろうと 予想された。 【新国立競技場】 安藤忠雄氏がコメント発表「概算工事費は1625億円、実現可能と認識」「コストアップの詳細、承知していない」 産経新聞 http://www.sankei.com/life/news/150716/lif1507160023-n1.html 安藤忠雄氏が、16日の会見にあたって発表したコメント「新国立競技場基本構想国際デザイン競技 審査とその後の経緯について」の全文は以下の通り。 ◇ 新国立競技場改築について、国際デザイン競技審査委員長として、ザハ・ハディド氏の提案を選んだ審査の経緯をここに記します。 老朽化した国立競技場の改築計画は、国家プロジェクトとしてスタートしました。 「1300億円の予算」「神宮外苑の敷地」、オリンピック開催に求められる「80000人の収容規模」、スポーツに加えコンサートなどの文化イベントを可能とする「可動屋根」といった、これまでのオリンピックスタジアムにはない複雑な要求が前提条件としてありました。さらに、2019年ラグビーワールドカップを見据えたタイトなスケジュールが求められました。 その基本デザインのアイデア選定は、2020年オリンピック・パラリンピックの招致のためのアピールになるよう、世界に開かれた日本のイメージを発信する国際デザイン競技として行うことが、2012年7月に決まりました。 2013年1月のオリンピック招致ファイル提出に間に合わせるため、短い準備期間での国際デザイン競技開催となり、参加資格は国家プロジェクトを遂行可能な実績のある建築家になりましたが、世界から46作品が集まりました。 (中略) まず初めに、審査委員会の下に設けられた10名の建築分野の専門家からなる技術調査委員会で、機能性、環境配慮、構造計画、事業費等について、実現可能性を検証しました。その後、二段階の審査で、デザイン競技の要件であった未来を示すデザイン性、技術的なチャレンジ、スポーツ・イベントの際の機能性、施設建設の実現性等の観点から詳細に渡り議論を行いました。2012年11月の二次審査では、審査員による投票を行いました。上位作品については票が分かれ、最後まで激しい議論が交わされました。その結果、委員会の総意として、ザハ・ハディド氏の案が選ばれました。 審査で選ばれたザハ・ハディド氏の提案は、スポーツの躍動感を思わせる、流線型の斬新なデザインでした。極めてインパクトのある形態ですが、背後には構造と内部の空間表現の見事な一致があり、都市空間とのつながりにおいても、シンプルで力強いアイデアが示されていました。とりわけ大胆な建築構造がそのまま表れたアリーナ空間の高揚感、臨場感、一体感は際立ったものがありました。 (中略) 国際デザイン競技審査委員会の実質的な関わりはここで終了し、 設計チームによる作業に移行しました。 (*ブログ主メモ 1 国際デザイン競技審査委員会 リスト http://www.jpnsport.go.jp/newstadium/Portals/0/yushikishakaigi/20140528_yushikishameibo_H24.pdf 2 設計チームリスト 下記記載の、日建設計・日本設計・梓設計・アラップか ) 発注者である日本スポーツ振興センターのもと、技術提案プロポーザルによって日建設計・日本設計・梓設計・アラップが設計チームとして選ばれました。2013年6月に設計作業が始まり、あらゆる課題について検討が行われ、2014年5月に基本設計まで完了しました。 この時点で、当初のデザイン競技時の予算1300億円に対し、基本設計に基づく概算工事費は1625億円と発表されました。この額ならばさらに実施設計段階でコストを抑える調整を行っていくことで実現可能と認識しました。 基本設計により1625億円で実現可能だとの工事費が提出され、事業者による確認がなされた後、消費税増税と物価上昇にともなう工事費の上昇分は理解できますが、それ以外の大幅なコストアップにつながった項目の詳細について、また、基本設計以降の実施設計における設計プロセスにいては承知しておりません。更なる説明が求められていると思います。 新国立競技場2520億円をゴリ押ししたのは誰かもちろん、責任者さがしは加速している。 ダイアモンドオンライン 2015年7月11日 http://diamond.jp/articles/-/74806 二〇二〇年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、メインスタジアムとなる新国立競技場の工事費がようやく決まった――、というか、不可解だらけの疑惑を残し、二五二〇億円というべらぼうな工事費が有識者会議で了承された。 二五二〇億の内訳は、竹中工務店が担当する「屋根工区」が九五〇億、大成建設が担当する「スタンド工区」が一五七〇億になる。驚きなのは、昨年五月発表の建設費が一六二五億円(解体費用を除く)で、これだけでも額は膨大と言われていたのに、蓋を開けてみれば当初の予定より九〇〇億円も上乗せした二五二〇億に及んだことだ。 (中略) 何故、こんなことになったのか――? 文部科学省の役人たちが無能だからか。それとも、文科省傘下の独立行政法人『スポーツ振興センター(JSC)』の職員はほとんどが文科省からの出向者で占められているから母体が無能なら傘下団体もやっぱり無能になってしまうのか。JSCには文科省で使えないやつが放り出されているのだろうか? でも本当に使えないのだ、こいつら。 「JSCも文科省の官僚も最悪だ。都市計画の変更などは難しいと思っていたが、まさか本体をつくる能力もないとは」 政府関係者は呆れているそうだ。国民も呆れています。舛添さんも呆れている。 「文科相に任せていたらアウトです。一〇億や二〇億で学校をつくったことはあっても、一〇〇〇億以上の建物をつくった経験もない。責任能力がない」 二五二〇億という額に落ち着いたとき、JSC幹部はこんなことを言った。 「国が主導でやることで、JSCがやることではなかった」 (後略) 続きはこちらへ http://diamond.jp/articles/-/74806 あれれ? そのときの担当者でもない人や、文部省をやたらに攻撃している記事ですが、 これを書いたのだれ? とちょっと不審に思って調べてみましたが。。。 記事の書き手は 新大久保の韓国人排斥デモに見るヘイトスピーチについて記事を 書いているノンフィクション作家みたい。 この手の大騒ぎは 注意したい。
久しぶりに記事を書いていますが、いろいろな今の政治の状況と 「相乗り」して加速しているような気がします。 文部大臣は、これ以前でも 責められていましたね。 なんでターゲットになっているのか、 目立たないベースの理由も考えて見ると 今の状況が少し見えてくるかもしれません。 引き続き、調べて行こうと思います。 success |
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こんな記事を見つけました。
ちょっとだけ気になったものですから、こちらに ご紹介させていただきます。 「神様」盗まれ今どこに 研究者「強い呪いかかり危険」 2015年 6月8日(月) yahooニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150608-00000017-asahi-soci 5年半前に、(三重)大学の研究室からパプアニューギニアの「神様」と信じられている像が盗まれた。一体どこへ? 持ち主は「今からでも遅くない。返してほしい」と呼びかけ、像を探し続けている。 「神様」とは、パプアニューギニアの「セピック川」流域地方の伝統工芸品。木製の像で、貝や鉱石などの装飾がされており、体長約1メートル、重さ約10キロ。現地では祖先をまつる像としてあがめられ、地域の集会所などに安置される守り神のような存在だという。 三重大学人文学部の元教授で、東南アジアやオセアニアの文化人類学が専門の石井真夫さん(65)は、1989年に研究でパプアニューギニアを訪れた際に数万円で像を購入。それ以来、石井さんの研究室の前に置かれ、学生への連絡掲示ボードやリポート提出用の箱が首からかけられるなど、長年、研究室のシンボルだった。 その姿が消えたのは、2009年11月25日午後5時半〜7時の間。盗難に気付いた石井さんは、その日のうちに津署に被害届を出し、返却を求めるチラシを作った。 「強い呪いがかかり非常に危険です。国内で治療することは出来ません」 チラシは石井さんの研究室の扉に張られ、チラシの画像はインターネット上にも公開され、今も拡散されている。 なぜこの記事を掲載させていただいたかというと、 うまく言えないのですが・・・ 「国内で治療することはできません」 の部分を拝見したから です。 守り神というものは、少なからず呪詛的なものも持っていると思われます。 その地域でかけられたものは、その場所でしか解くことができない。 ですので、所有されていた三重大学の先生は、このように (必死に) 呼びかけられているのではないかと推測されます。 また、その所有者にも意味があって、 「それを持ち得る者」として像や元の持ち主が認めて、こちらに来ている ものと推測されます。 早急に像が持ち主の元に返ることをお祈りしています。 「その物が手元に来て所有できる」という方には 意味があるのだと思われます。 ■関連するかな?と思われる記事 (気になる方は あまり見ないほうがよいように思います) http://u1sokuhou.ldblog.jp/archives/50310887.html http://syarecowa.moo.jp/108/32.html http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11135474821;_ylt=A2RiGE6AwH1Vy0IAp5mV_PN7?pos=4&ccode=ofv だれがどうのというつもりはまったくなく、 こういうことは今でもある、と思うのです。 神様と言われるものはあり、 大切にされているものには意味がある、 そういうものが今でもある、と思い、掲載させていただきました。 |
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こんな記事があり、とても参考になったので、
こちらで少しご紹介したいと思います。 私は、これまでの 戦後の日本のもろもろの動きがどうしても よく理解できないでいました。 この記事を読んで、少しだけ 「ああ、なるほど」と理解できたように 思いますので、以下に転載させていただきました。 以下は、次の記事より そのまま転載させていただきました。 出典元 「日教組を作ったのは、羽仁五郎という人です」 http://hosyusokuhou.jp/archives/31301579.html 日教組を作ったのは、羽仁五郎という 人です 日教組を作ったのは、羽仁五郎という人です。 http://livedoor.blogimg.jp/hoshusokho/imgs/d/d/ddedd720.png
http://hosyusokuhou.jp/archives/31301579.html この人は尾崎秀実と学生時代からの親友であり、同じ共産主義者です。 戦後、在日朝鮮人は、日本の諸政党の間を移動しながら、反日活動を展開してきた。 最初は日本共産党に所属し、 日本国家の転覆、共産党政権(朝鮮人政権)の実現を目指した。 戦後史に詳しい方なら、戦後、日本共産党を再建したのは、 在日本朝鮮人連盟であることをご存知のはず。 1945年から1953年までの8年間、日本共産党は在日朝鮮人が支配していました。 自称沖縄人の朝鮮人=徳田球一をリーダーとする日本共産党内の朝鮮人グループ、いわゆる『行動派』が、1950年から展開した軍事方針と称する武装闘争戦略は、朝鮮人による「日本国家乗っ取り運動」でした。 この戦略はけっきょく失敗し、日本共産党のイメージダウンを招いただけで終わりました。 宮本顕治をリーダーとする日本共産党内の日本人グループは、大反撃に出て、 朝鮮人グループに握られていた共産党の指導権を取り返し、権力闘争に勝利しました。 すると、朝鮮人グループはあっさりと日本共産党と袂を分かち、 全学連を結成して反国家活動=日本国家乗っ取り運動を続行しました。 同時に、日本共産党から日本社会党への「民族大移動」を敢行しました。 こうして、日本社会党内に誕生したのが「社会党・左派」です。 つまり、日本共産党・行動派と日本社会党・左派は、実は同じグループなのです。 単に看板を変えただけであり、 その正体は暴力革命を目指す朝鮮人グループだったのです。 日本社会党および現在の社民党が、むかしから朝鮮総連と深い関係にあるのは、そういう裏事情があるためです。 これは重要な事実ですので、しっかりと頭に入れておかなければなりません。 革マル派、中核派、解放派、赤軍派、これらの組織は、全て朝鮮人の団体なのです。 民主党の旧社会党勢力が成り済まし在日朝鮮人であることを知っていますか? ほとんどの在日朝鮮人が共産主義者であったことをソ連(ロシア)が利用し、 米軍が駐留している日本を軍事的に侵略することは無理なので 日本内部からの革命を企てた。 その為に、在日朝鮮人(徳田球一ら)を多く入党させた日本共産党に その革命を負わせた。 しかし。日本人の戦前の共産党アレルギーによりうまくいかず、 ソ連(ロシア) は日本国民にうけの良かった社会党に乗り移ることしした。 日本共産党の成り済まし在日朝鮮人を社会党に移し 松本浩一郎をモスクワに呼び「密命」を授けた。 その「密命」は 「何も武装闘争などする必要はない。共産党が作った教科書で、社会主義革命を信奉する日教組の教師が、みっちり反日教育を施せば、三、四十年後にはその青少年が日本の支配者となり指導者となる。教育で共産革命は達成できる。」 「青少年に対し祖国の前途に対する希望の灯を奪い、 祖国蔑視、祖国呪詛等の精神を植え付けることが、革命への近道だ」 日本文化及び日本人の若者を破壊し、共産主義を日本に浸透させる。 以下、ここまで転載。 真偽の程は、今まだわかりませんので 自分でいろいろ調べていきたいと思います。 参考記事 ●「戦後在日の左派運動と日共との関係考 http://www.marino.ne.jp/~rendaico/seito_nittyoseizishi_nikkyotonokankei.htm ●「「日本共産党史」から消された「朝鮮総連」結成秘話」 http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid289.html ●「『徳田球一とその時代』」 http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20150218/p1 ●「金天海と日本共産党」 https://www.google.co.jp/search?q=%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E3%80%80%E5%BE%B3%E7%94%B0%E7%90%83%E4%B8%80&ie=utf-8&oe=utf-8&hl=ja ●「真実の物語・・・ウズベクスタン - ねずさんの ひとりごと http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-797.html?sp&m2=res 世代が違うので、思いが馳せない部分もありますが 闇深い時代が 日本の戦後という時期に あったのだと感じます。 success |





