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しきしまの 大和心のをゝしさは ことある時ぞ あらはれにける

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慰霊 − 先人の思い


以下、Depot3(でぃぽ) 様のブログより。 アメブロなので、コピー転送させていただきました。
Depot3様は、 「欧米列強と必死に戦ってきた爺ちゃんたちの名誉のために!」 を サブキャッチと
されています。  http://depot3.blog75.fc2.com/blog-category-19.html


転載ここから


中隊長としての戦場体験と教訓①


高杉善治(陸士37期)支那駐屯軍中隊長、歩兵22連隊大隊長等 

死 生 観 

人間は、誰でもできるだけ長く生きたいと願うのが本能であり人情である。戦争に従事する者でも、死にたくないと願い祈る心は同じである。「戦する身はかねてから、捨てる覚悟でいるものを、何で命が惜しかろう。ないてくれるな草の虫」という歌が戦争中流行したが、それは虚構であり、あきらめであって、人間本来の心ではなく、生きたい、死にたくないという気持が本心である。ただ当時の気持では、天皇陛下のためと、国家のために国防の大任を引き受けた軍人が、その責任と名誉のために決意した覚悟を表わしたものである。若き特攻隊員が、淡々として死を見ること帰するが如き心境で、死地に赴き得たのも、皆この決意から来たものであろう。

 現在は当時とは時代も変り、思想も異なって来たので今の若い人達には当時の我々の気持は理解できないかも知れないが、当時の軍人には確かにそういう信念があった。

 戦争では、いくら死にたくないと思っても、敵の弾丸雨飛の中を進まなければならない。従って、いつその弾がわが身に当たらないとは限らない。今まで隣にいた戦友がバタバタとたおれるのを見ると、自分の生命というものはほんの一寸先も保障ができない状態にあるのである。この時に臨んで、死生の問題をどう考えたらよいかという問題が起こる。なるほど戦争に参加する前に一応は戦死するかも知れない、死んでも仕方がない、と覚悟はきめて出発はしているが、いざ戦闘となり、射ち合いが始まって見ると、もう一度あらためて覚悟を決め直さなければならない気持になるものである。このときの覚悟が本当の覚悟である。この覚悟は、人によって拠りどころが違うと思う。全般的にいえば、「お国のため」だというあきらめに近い心であるが、ただ無意味に犬死はしたくない、という気持、何か尊く崇高な目的のために結びつけた犠牲心というものがないと、あきらめ切れず未練が残る。また指揮官という立場となると、多勢の部下を持っており、その尊い生命を預かっているので、その責任観念が起こり、自分一個人の問題に恋々としてとらわれていると、作戦指揮を誤り、任務を達成することができないばかりでなく、尊い部下の生命を無駄に失うことになるので、死を超越して指揮に専念せねばならぬという覚悟がおのづからできてくるものである。この覚悟がきまったときの心境は、実に清らかな気持がする。人間一切の欲望がなくなり、金もいらず、物もいらず、光風清月の思いである。この心境が仏教でいういわゆる「悟」を開いた心境ではないかと思う。しかし、凡人のなさけなさで、ひとたび戦闘が済むと、また直ぐもとの俗心にかえってしまうのが常である。いずれにしても、戦闘の始まった瞬間に、この覚悟を決めなければならない。ところが、この覚悟の決らない者がある。それは結局「悟」の開けない者で、兵の中にも幹部の中にもあるものである。                    

 私が参加した山西セッ口鎮の戦闘の際、某中隊の小隊長は、攻撃前進の命令が下って、敵味方の射ち合いが始まり、身辺に敵の銃砲弾が盛んに落下し、死傷者も続出してくると、顔面蒼白となり、ぶるぶる、がたがたふるい出して、射撃号令も出なくなり、岩かげにかくれて前進もせず、涙をぼろぼろこぼしていた。これを見た中隊長は、平素温厚でよく部下を可愛がる人であったが、決然立ち上がって、小隊長の襟がみをつかみ、畑の中に引きづり出し、どんどん敵の銃砲弾の飛んで来る中に二人共突っ立って「それでも貴様は将校か」とどなりなぐりつけていた。するとその小隊長はにわかに顔面にさっと血の気をとり戻したかと思うと、自分の卑劣な行為をわび勇猛奮起して飛び出し、落ち着いて射撃の指揮をしはじめた。小隊長は応召前は女学校の先生で、性質も女性的で、幹部候補生出身の少尉で、召集されて来たものであった。家庭にもいろいろな事情があったらしく、個人的には同情すべき点があったか、いやしくも小隊長として数十名の部下を持ち、その尊い人命を預かる職責にある者としては許さるべき行為ではないと思う。また、この際中隊長の採った処置も私的制裁に似ているが公憤であり、この場合そうするより他に方法がなかったのではなかろうかと思う。この中隊長は後に戦死をされたが、沈着勇猛しかも情味豊かな立派な人であった。

 戦場で死生に迷って覚悟の定まらぬ者は、心の練れていないインテリに割合多いように思われた。私の見た範囲では兵隊の中には見受けられなかった。それは、絶対服従の軍紀にしばられており、また戦闘のさ中、そんなことを考える余裕もなく、戦友と行動を共にせねばならぬ立場にあったので、卑劣な行為もできなかったばかりでなく、あまり死生の問題を深刻に考えず、割合あっさりと覚悟ができるせいでもあったと思う。思考力があり、ある程度行動の自由を許されている幹部の心すべきことである。

 生れて初めて戦闘に参加し、最初に敵弾の音を身近に聞いたときは、大抵の折は兵といわず、将校といわず、一時は顔面蒼白となる。私はそういう場面をたびたび見た。これもやはり敏感なイソテリに多い。某部隊長は頭よい人で、勇気もあり立派な部隊長であったが、今迄一度も実戦に参加したことがなく、中央部から初めて前線に出て来られた人だったが、前進中数発の機重射撃を受け、敵弾は頭上高くパンパンという音をたてて通った。パン音は相当大きな音がするので初めての者はびっくりするのが普通だが、この部隊長も例外なく咄嗟に首を縮めて土に伏して危険を避ける姿勢をとられた。見ると類面蒼白で緊張した様子がありありと表われていた。

 これは誰もが一度は経験することで、特に臆病だからというわけではないのであるが、戦争に慣れて弾の音によって危険の大小を識別できるようになった者から見るとまことに滑稽に見えるのである。近くにいた老練な兵隊たちは、この新任隊長の様子を見てクスクス笑っていた。これは平時において実弾の洗礼を受けさせる訓練をして置かないからで、平時の散開射撃の時に危険のないようにして実弾の音によってその遠近、高低を聞きおける訓練をして置くことが必要であると思う。

 私は支那事変前十数年軍隊にいたが、その間戦闘射撃のとき、実弾の下で実際にトン、パン、シュンの音を聞き別ける経験をしたのはただの1回しかなかった。それでも1回の経験があったので随分役に立った。また一方において特に幹部はこのような場合に泰然自若としておれる修養も必要であると思う。
 戦闘に慣れてくると、敵の弾もそれほどこわくなくなり、兵隊達も立ったままで、敵味方の射ち合いを見物しながら面白がっていたりするようになるものだが、これは勝ち戦さの場合であり、大会戦の前夜だとか、苦戦が予想される戦闘では、毎回相当深刻に死生のことを考えるのが人情である。今度こそはやられるかなという気持になるのである。こんな場合、私は部下の兵隊全員にハガキを数枚もたせて置き、今度は危険だなと思われる戦闘の前夜に、全部の者にハガキに遺言をかかせて集め、封印をして預かることにした。私も従軍手帖に何かそれらしい最後の言葉を書き残すことにしていた。そうすることによって、肩の重荷がおりたような気がして、心がはればれとし、いつ死んでもいいという覚悟が新たに決まるのである。

 戦争に出るときには、親戚、知人その他から沢山のお守り札や千人針等を大抵の者がもらって腹や腰に下げていた。苦しいときの神頼みで、こういうものを身につけていると、なんとなく弾があたらないような気がする。
理論的には通俗的であり、実際の効果は、あるか否かわからないか、お守りを持ち、千人針を身につけていると、自分の体は、神様が守っていてくれるから弾にあたらないのだという安心感を持つようになることは確かである。この安心感があるので心に余裕ができ、落ち着いて平常心をもって事に当たることができ、敵の弾筋の判断、地形、地物の利用も適切となり、指揮官は落ち着いて指揮かできることになり、結果的には身を守ってくれることになるものである。これは私の先輩の中隊長のことであるが、山西に出動前有志で夜会食をした。そのとき彼は大分メートルが上がって、満洲事変以来、いつも肌身離さず腰に下げていた沢山のお守りを全部焼き捨ててしまった。そんなことをすると罰が当たって戦死をするぞと皆から冷かされたが、数日後、山西のセッ口鎮で戦死をしてしまった。

 縁起をかつぐわけではないが、こんなことはしない方がよいと思う。私は郷里の氏神様と成田山のお守りを持っていた。事変か始まってから、天津の知人から金属製の観音様の像(メダル式にさげるようにできていた)をもらったので、それを刀帯の前部の環にぶらさげていた。それから母のかたみのシャリコウベの数珠を常に軍服のポケットに入れていた。もう一つは義父のかたみの軍刀(虎撤)を持っていた。

 これをもっていることによって、氏神様と父と母とがまもってくれているから大丈夫だという安心感を持っていた。中支の武漢戦のとき、前進中敵弾が私の腹部に命中した。相当のショックを受けてその場にしゃがんで、てっきりやられたと思って腹を押えていた。やがて手をとって見ると血が出ていない、不思議に思ってよく見ると、刀帯の前部にさげていた観音像がぶち切れて、どこかに吹き飛んでなくなっていた。恐らく敵弾がこの観音像に命中してそれたのだと思う。この観音像のお蔭で私は命拾いをしたわけだ。これは迷信であり、奇蹟であり、偶然であったのであろうが、戦場でこんなことがあると、神仏の加護だったとしみじみ有り難く感ずるのである。

 いざ戦闘が始まるというときには、時間の余裕があったならば大便をして置くことは心が落ちついてよいものである。私は自らもこれを実行し、部下にもこれを励行させた。これは一見妙なことのように思われるが、用便することによって心が落ち着くのと同時に、万一腹部に敵弾があたった場合に助かる公算があるという実効ももっているからである。何か大事に臨むときには、一つたして見たらよい。
 要は平素心の修養ができていて、戦場でも平常心を失なわないようになっておれば、こんな迷信じみた事に頼る必要もないのであるか、凡人の悲しさ、いざとなると、こんな事にも頼りたくなるものである。



大東亜戦争「玉砕」一覧表


イメージ 1

http://blog-imgs-19.fc2.com/d/e/p/depot3/200909261134341b5.jpg
画像が抜かれてしまうので、上記クリックしてご覧ください

success



口蹄疫再考1  日本の対応 「殺処分」は適切だったか? 
英国では口蹄疫 完治の牛が賞受賞
日本の殺処分の惨劇を受けて、オランダは殺処分しないことを宣言



以下、疫学の専門家 木村盛世(きむら もりよ) 氏のブログを参考に作成しました。
木村盛世のメディカル・ジオポリティクス カフェ

木村盛世氏は、医師で厚生労働医系技官。
世界的頭脳が集まる 米国ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院疫学部 修士課程を修了後、米国CDC(疾病予防管理センター)多施設研究プロジェクトコーディネイターを経て帰国。現在は厚労省検疫官で、専門は感染症疫学。

(口蹄疫等を含む) 疫学のスーパープロフェショナルで、大変信頼のおけるブログ内容です。
 
こちらのブログを参考にして、以下を作成しています。


氏によると、口蹄疫への対策事例として、以下のようなものがある。
これは事例全てに当てはまるわけではないと考えられるが、たとえば「罹患していない種牛」の
殺処分を考える際に、非常に参考になる。



口蹄疫  殺処分しなかった実例 ・イギリスの例

以下、記事より転載。

転載ここから


FMDに罹った動物は痩せて、商品価値がなくなると言われていますが、1922−24年にイギリスでの流行の際、FMDに罹った牛を介抱し、1923年のRoyal Showでその牛を優勝させたCharles Clover 氏の
業績があります。

(“ Old cowmen’s cure served duke’s
pedigree herd”, The Daily Telegraph 12-3-01,p6)

こうしてみると何故多量殺処分が必要なのかよく分かりません。
何故なのかと考えれば、
(1)FMDには殺処分、とインプットされている
(2)FMDの事をよく知らない
(3)殺処分が有効と主張する獣医師、いわゆる専門家、官僚、政治家達に対して、そうでは無いという勇気がでない
などが挙げられると思います。

殺処分に関する議論は、
2001年イギリスで大流行が起こったときから活発に行われており、
mediaも多く取り上げているのですが、
日本では「殺す事が最良の方法」以外の意見が報道されないことは、極めて不自然だと思います。
http://www.FMD.brass.cf.ac.uk/FMDreferencesnewspapers.html


殺処分は、発生のごく初期、
バイオテロの可能性も鑑みて行うことは
理にかなっていると思われます。
しかし、ある程度以上の広がりを見せてからは、
殺処分を行うことの方が損失が多くなります。


まず、経済的なダメージが大きいことが挙げられます。
畜産業そのものに関わる損失だけでなく、
観光や他の産業にも影響します。
また、貴重な種牛などを失うことは、
経済損失だけでは論じられないダメージがあります。

いつの間にか、感染拡大のための殺処分でなく、
殺処分自体が目的となっているのが現状ではない
でしょうか。

イギリスの大流行でも、今の日本と同じ状況になりました。
英国国立農畜産組合(National Farmers Union)のトップだった
Richard MacDonaldの、
「我々はその科学とやらに行き詰まり、
自分たちが信じてやっている事が正しいとする結論に至った」という言葉は、
正にこの状況を的確に言い表したものだと思います。
その結果、イギリスは、殺処分の対象を緩和することとしました。
具体的には、明らかに健康だと思われる牛に関しては、殺すか殺さないかは農家の決断に
ゆだねる
、と言うものでした。

http://www.abc.net.au/rural/news/stories/s284276.htm


10年ほど前、多くの犠牲を払い、損失を生んだ英国の事例で、
これだけの議論がなされたのにもかかわらず、
日本ではどうでしょうか。
正に「殺す事に意義がある」という流れの中で、
冷静な議論などは何処かに吹き飛んでいるようです。


日本の悲惨な状況を鑑みてのことでしょうが、
2010年6月28日、オランダ政府は、
「今後FMDの流行の際、殺処分は2度と行わない」という声明を発表しました。

http://www.warmwell.com/
今の政策を推し進めたとき、誰が幸せになるのでしょうか。
将来もまた同じ事を繰り返すのでしょうか。
もし、幸せな人がいるとしたら、行動計画通りに業務を遂行した、
農水省官僚だけなのではないでしょうか。


殺処分に関する議論も無しに、このまま殺し続けることは止めませんか。
FMDは自然界にごくありふれた病気です。
感染経路も複数あり、特効薬や完全な予防法も無い以上、封じ込めは不可能であり、根絶することは不可能です。

そうであれば、ウイルスとの共存をも含んだ判断が必要な時だと思います。


転載ここまで

口蹄疫について、別の方に お聞きしたところ、

「動物が口蹄疫にかかるのは、人間がインフルエンザにかかるようなもの。
人間がインフルエンザにかかったからといって、皆殺しにしますか。
今やっている、殺処分というのは、そういうことになりますね。

ウィルスというのは、どこにでもありますから。 人間にも、動物にも、水や空気にも。
だから封じることはできないのですね。
口蹄疫は強い病気ではないので、しばらくすると治ってくる。
肉も食べられないわけではない。

ただ豚はかかると死んでしまいます。だから、殺処分はしかたがない。
牛は死にませんから、かかっても元気になって、賞をとった事例もありますよ。」

というお話でした。


なにか、意味があったのでしょうか。
今回の 強行な殺処分。


success

追記 
以下、木村氏のTwitterより







「早く言ってくれればよかったのに」 「事前にわかればよかったのに」 と
よく考えれば・・・、ということは、日常生活の中でも 数多くある。
「お母さん、マヨネーズが少なくなっていたよ」
「あら、気づかなかったわ。お父さん、早く言ってくれればいいのに」 のように。

結論は、そうなってしまったものは仕方がなく、その後の対処法を急いで考える というのが
いちばん得策のようである。

「マヨネーズがなくなっていれば、すぐに買いに行」 けばよい。 間に合えば、間が当たる。

たとえば、こんなことがある。 
これも同様、 「対処法を早急に練り、実行する」 という方法が残っている。
要は、間に合えば いいのである。






【土・日曜日に書く】政治部・阿比留瑠比 
仙谷長官の危うい思想背景

2010.8.1 産経web  http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100801/plc1008010319003-n1.htm

天皇謝罪求め提訴


 史上まれに見る陰湿な左翼政権−。菅政権発足時、安倍晋三元首相がこう警鐘を鳴らすと、与党議員や識者の一部は「今どき右も左もないだろう」と冷笑した。だが、政権のあり方、特に内閣の要である仙谷由人官房長官の言動を注意深く追うと、安倍氏の指摘が正鵠(せいこく)を射ていたことが分かる。

 仙谷氏は7月7日、日本外国特派員協会での講演や記者会見で突如、韓国への戦後補償は不十分だとして、新たな個人補償を検討する考えを表明した。
 この発言自体、日韓両国間の個人補償請求問題を「完全かつ最終的に」解決した1965(昭和40)年の日韓基本条約とそれに伴う協定を無視した暴論だ。
条約・協定締結のために長年苦労を重ねた先人たちへの侮辱でもある。

 だが、それ以上に耳を疑ったのは、その際に仙谷氏がフィリピンや韓国の慰安婦補償請求訴訟などに深くかかわったきた高木健一弁護士の名前を自分から口にし、「友人」と紹介したことだ。
 高木氏は、16日配信の韓国の連合ニュースにも登場している。次のような記事だ。
 《太平洋戦争犠牲者遺族会と対日民間請求権訴訟団は16日午後、ソウル市鍾路区の駐韓日本大使館の前で記者会見を行い、「日本政府を相手に明成皇后殺害事件の真相究明と天皇謝罪を要求する訴訟を起こす計画」を明らかにした。(中略)遺族会はこのために高木健一弁護士を選任した》
 仙谷氏には高木氏らとの共著「香港軍票と戦後補償」(明石書店)もある。確信犯なのだろう。
 平成8年、インドネシアでかつて日本軍政時代に補助兵として採用された「兵補」の民間組織「元兵補中央協議会」が、補償要求のため元慰安婦の登録作業を始めたことがあった。

慰安婦訴訟で暗躍

 兵補と慰安婦は直接関係ないが、協議会は、実際には慰安所で働いていない女性でも「何らかの性的被害にあった」と申告した場合は慰安婦に数え、約2万人の登録者を集めた。軍政時代、インドネシアにいた日本人は民間人も含め、多いときでも約4万5千人だったとされる。
 「東京の高木弁護士の指示を受けて始めた。『早く進めろ』と催促も受けた」
 協議会のタスリップ・ラハルジョ会長は当時、ジャカルタ郊外の事務所で私の取材にこう証言した。協議会は、慰安婦登録者を対象に、慰安婦になった理由などに関するアンケートを実施していたが、これも「高木弁護士の文案で作成された」(ラハルジョ氏)ものだった。
 仙谷氏は戦後補償に関連し、日本政府によるロシアのサハリン残留韓国人の帰還事業にも言及している。これに関しても、私は11年に現地で高木弁護士の名前
を耳にした。サハリン高麗人協会のパク・ケーレン会長はこう語った。
 「東京で大きな弁護士事務所を開いている高木弁護士が、もっと日本から賠償を取れるから要求しなさいと教えてくれた」
 仙谷氏の友人は、世界をまたにかけ、火のないところに火をつけて回っているようだ。

韓国に謝罪談話も

仙谷氏は7月16日の記者会見では、8月29日に迎える日韓併合100年にあたって、菅直人首相の「談話」発表を検討していることを明らかにした。明確な内容や方向性は示さなかったが、韓国では日本による新たな賠償や謝罪の表明への期待が強まっている。
 これではまさに、補償と謝罪のたたき売りではないか。外務省筋はこう警戒する。
 「政治家は談話で自分の名前を歴史に残したがるが、その危険性をよく分かっていない。韓国への下手な謝罪は中国や周辺国も刺激し問題は飛び火する
 参院選で参院の過半数議席を失い、法案はまともに通せなくなっても、首相談話や官房長官談話なら簡単だと安易に考えているとしたらとんでもない話だ。
 日本による植民地支配と侵略を謝罪した平成7年8月の「村山談話」は、当時の村山富市首相の個人的・社会党的思想・信条を国民に押しつけ、今も日本外交の手足を縛り続けている。
 5年8月には、当時の河野洋平官房長官が韓国政府の強い要請もあり、慰安婦問題の沈静化を図るため、資料的な裏付けが一切ないまま慰安婦募集時の強制性を認めた「河野談話」を発表した。

 これがかえって海外で「日本政府が公式に強制連行を認めた」と誤解され、「性奴隷の国、日本」という不名誉なイメージを広め、既成事実化してしまった。
 菅政権が「陰湿な左翼政権」ではないというならば、将来に禍根を残す売名的な談話など決して出すべきでない。  (あびる るい)

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100801/plc1008010319003-n1.htm



以下、所管。

『史上まれに見る陰湿な左翼政権』
という言葉が 痛々しい。
先人が大切に守り育んだ 日本に
大層 痛々しく響くのは なぜだろう…

要は間に合えばいいのである。
後で気づいたとしても、
間に合えば

対処できるかもしれない




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