successのブログ

しきしまの 大和心のをゝしさは ことある時ぞ あらはれにける

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子供は夢を捨てない 
大人もがんばろうよ     



あれほどの衝撃があっても、子どもは夢を捨ててない。

大人が ぺちゃんこになってたら、かっこわるい。

大人もがんばろうよ。

子どもの肩を抱いて、「大丈夫だよ。 一緒にがんばろう」 って言ってあげようよ。




日本の子どもに 「後ろ姿」 を見せるのも
大人の仕事だと思う



【東日本大震災】

 善意が支え 子供は夢を捨てない 
2011.3.31 11:15   産経  
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110331/dst11033111150014-n2.htm


 「卒業式、絶対する!!。被災地のみんな、がんばろう」。共同通信が東日本大震災で被災した中高生約80人に「今一番やりたいこと」などを聞いたアンケートで、厳しい状況にくじけそうになりながらも人々の善意に支えられる姿が浮かんだ。(SANKEI EXPRESS

失った友「話しておけば

 岩手、宮城、福島の3県の子供に避難所などで取材し、用紙に書き込んでくれた子もいた。
 できなかった卒業式を「絶対する!!」と記した仙台市の中3、後藤萌香さん(15)の宝物は友達が載った卒業アルバム。「卒アルだけは持ち出した」。携帯電話で友達の安否を確認し「全員無事だと分かったときはめっちゃうれしかった」。
 「ヒロキが死んじゃったけど、見送りもしてやれなかった」。岩手県立高田高1年、佐藤宏樹君(16)は「心掛かりなこと」として自分と名前が同じ中学時代の同級生の死を悲しんだ。宮城県石巻市の高1、中村朱里さん(16)も友を失い「最後のメールに返信してなかった。もう一度話したい」。死に直面し「もっと話しておけばよかった」と悔いる声が少なくない。
 「母の安否が分からない。毎日不安」(高田高3年、黄川田隼基さん)、「進学する学校の校舎がなくなった」(宮城県気仙沼市の中3、富永千尋さん)とつらい現実に直面する子も多い。家が流された岩手県宮古市の高1、三浦健太郎君(16)は「まだパニックというか、よく分からない」と率直に打ち明けた。

しっかりしろ、大人!

 「地震後、心が癒やされたこと」との問いに福島県いわき市から東京都足立区の東京武道館に避難した中1、金丸遥香さん(13)は「人の思いやりに触れたこと」と記した。「支援物資に『あきらめないで』という手紙が入っていた」などと善意にほっとした子も多い。
 「発生前に戻れるなら」という問いには「町の放送で『津波が来るぞ』と叫んでみんなを助けたい」と答えた高田高2年、伊藤かすみさん(17)のように、周りを思いやる声が目立つ。福島県浪江町の高3、石川愛理さん(18)は「死にたいとか簡単に言っちゃいけないと思った」。
 10年後の自分を尋ねると、気仙沼市の中3、守屋朋美さん(15)は「気仙沼なんて早く出たいと思ってた。でも今は残って復興のためになる仕事をしたい」。友達が行方不明の守屋さんは「新聞に『与野党協力なるか』と書いてあり、すごくむかついた。たくさんの人が死んでるのに」と憤る。
 石巻市の中3、留畑瑚乃江さん(15)も「治安が悪くなっている。こんな時に大人がばかなことをやってると思うと悲しくなる。しっかりしろ、大人」とハッパを掛けた。




大人、がんばろう
子どもがすごい勢いで成長している

負けちゃ、だめだ
がんばろう!







日本の大人 ここにあり






もしよかったら、拡散をお願いいたします
メッセージ、続いて届いていますの「追記」 で下に追加しておりま 4月2日 ブログ主

被災地から のメッセージボードです
陸前高田市の佐々木謙太郎くん、はなえさん 
お母さんのお友達から
エールです!



先日、3月26日に 産経新聞に ニュース 「母さんはどこかで見てくれている」 で紹介された
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110326/dst11032601150006-n2.htm
被災地の陸前高田市の佐々木健太郎くんに向けて、健太郎くんのお母さん (美公さん)のお友達
から、successの記事へ メッセージを託されました。
http://blogs.yahoo.co.jp/success0965/11591669.html

健太郎くん、(ご姉妹かな?) はなえさん、みんなが一生懸命応援してくれています。
健太郎くん、はなえさん、お母さんの美公さんへの応援の声です。


その声をお届けします。
どうか 受取ってください



  美公さんのお友達からのメッセージ  

kuraちゃんさん(倉橋さん)からメッセージ

秋田県田沢湖の美公さんの同級生です。
地震直後から美公さんにメールしていましたが返信はなく、同級生みんなから安否確認の連絡が私のところに来ていました。いつも年1回の年賀状で近況報告くらいでしたが、私たち同級生は保育園からずーっと一緒に過ごしてきていて兄弟姉妹のような関係でした。
はなえちゃん、謙太郎くん、私たちみんなも応援してるからね!

キングオブジプシーさんからメッセージ

kuraちゃんさん同様、美公さんの同級の一人です。
陸前高田の状況を聞いた時に、たった一人陸前高田にいる同級生を思い、「もしや?!」 と悪い予感が一瞬頭をよぎりましたが、「まさか…」と思い何日か過ぎた時に、実家の近くから、そしてkuraちゃんさんから連絡をもらいました。陸前高田には娘がバレーボール(秋田角館南高校)をやっていたこともあり、高田高校のバレー部保護者の皆様には6年間お世話になり本当に思いが強く残っている地です。そして、同級会があった時に美公さんから家に寄るようにも誘われたことを思い出します。
美公さんのご家族や高田高校バレーボール部の皆様の事を思うと、テレビでのあの情景は心が痛みます。「きっと大丈夫!」と陰ながら応援している一人です。

イクコさんより

『謙太郎君、高校合格おめでとうございます。美公が1日も早く帰って来る事を
心より願ってます。』  (イクコより)

ミチヨさんより


『謙太郎くん、合格おめでとう。 今、日本のみんなが心をひとつにして前に進もうと
しています。お母さんもきっと謙太郎くんが強くたくましく前に進む姿をどこかで見ていると思います。私たちも応援しています。頑張ってください。』 (ミチヨより)


みどこさんより

『美公のご家族様へ…1分でも1秒でも早く、美公がご家族と会えますよう、心から祈っております。』 (みどこより)

キョウさんより

『美公へ
いつだったか美公から貰った年賀状に、明るい色のチューリップが描かれていたね。覚えてる? 見ているだけでこちらも優しい気持ちになるステキな画だった。
地震があってその事を思い出し、美公の無事を願い、玄関に明るい色のチューリップをずっと飾っているよ。
みんなとても心配しています。みんなで待っているからね。』 (キョウより)






みんな、きみたちのことを
心から応援しています


日本中のみんなが 後についています


どうか負けずにがんばってくださいね



追伸
もしこの記事を見られたら、下のコメント欄に、メッセージを残してくださいますか。
応援しているみなさんが、きっと喜ばれることでしょう。





追記  おかあさんの同級生のみなさんから、メッセージ 引き続いて届いておりますので、
こちらに 「追記」の形で掲載させていただきます。 

4月2日追記

高真由さんより

『謙太郎君合格おめでとうございます。お母さんはまだ、見つからないけど、謙太郎君のそばにいるよ。
迷った時や悩んだ時は、自分の胸に手をあて、一呼吸。頑張ってね、謙太郎君!』
(高真由より)

米沢雅子さんより

『美公さんの同級生で 謙太郎くんのおばあちゃんの勝子さんにも以前お世話になった米沢雅子です。おばあちゃんから 謙太郎くんたちの事をとっても可愛がっていたお話を聞いていました。私も謙太郎くんたちが立派な大人に成長されるのを願って
います。』 (雅子より)

じゅんこさんより

kuraちゃんの呼びかけで投稿しました。
謙太郎君、高校合格おめでとうございます。
美公が一日でも早くご家族と会えることを祈ってます。復旧のために微力ながら
応援したいと思っています。がんばってください。
[ じゅんこ ]

4月3日追記

ミユキさんより

『美公さんのご家族へ
いつも家族への思いがつまっている彼女の年賀状…今年はホームステイを受け入れたり、地域の行事に貢献させて頂いた喜びがつづられていました…
自分や家族の事で精一杯の私は「素晴らしいお母さんだなぁ〜みならわなくちゃ…」と思うのでした…
「いつでも前向きに明るく…」という言葉…
部活動のキャプテンという責任を果たしながら、いつも優しい笑顔で話しかけてくれた学生時代から彼女が実践していました…
私も、一日も早く美公がご家族のもとに帰ってこれる事を祈っています…』
(ミユキより)

4月4日追記

サマユさん、ヒトミさんより

『家族に会えない辛さを思うと心が痛みます。美公さんが一日も早く無事に帰ってくる事を願っています。』 (サマユ、ヒトミより)




http://blogs.yahoo.co.jp/success0965/11591669.html

【東日本大震災】
「母さんはどこかで見てくれている」
2011.3.26  産経  http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110326/dst11032601150006-n2.htm


 「母さんはどこかで見てくれています」。岩手県立高田(たかた)高校に合格した陸前高田市立第一中学3年、佐々木謙太郎さん(15)。津波で自宅が流され、母の美公(みき)さん(47)は行方不明だ。「高校で頑張って、成長した自分を見せます」と決意している。SANKEI EXPRESS

 震災は中学の卒業式の練習中に起きた。校庭に避難した時、街から土煙のようなものが上がり、バババッと大きな音がして木材が流されるのが見えた。潮のにおいが漂ってきた。
 津波の被害状況が分からないまま、教室で一夜を過ごした。岩手県一関市で経営する会社にいた父が夜中に来てくれたが、美公さんは来なかった。後で近所の人から「向かいの一人暮らしのおばあさんと一緒にいるのを見たのが最後だった」と聞いた。
 父と一緒に捜しに行ったが、わが家は跡形もなく、植木が少し残るだけ。「家の跡を見たとき、声も出せませんでした」
 津波の跡をたどると、小学校の校庭に美公さんの車がへしゃげて横倒しになっていた。夫婦で楽しんでいた水上バイクのライフジャケットが校庭に残され、車内から手作りの小さなバッグが見つかった。
 震災後、父の会社に身を寄せた。合格発表のことは考える余裕もなかった。22日、合格を知り「生物や地球温暖化問題について勉強したいです」と意気込みを見せた。

受験勉強中に美公さんから「きちんとした生活をしなさい」とたびたびしかられた。今は「自分のために言ってくれていたんだ」と感じる。母はきっとどこかから自分を見てくれているはず。「将来は陸前高田の復興に尽くしたいです」。真っすぐな目で前を見つめた。




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日ごろのライバルが手を組む 
自動車業界
「オールジャパン」で復旧
2011/3/30 10:00  J−CASTニュース  http://www.j-cast.com/2011/03/30091491.html


  東北関東大震災により、自動車業界の生産停滞が続いている。しかし、一歩一歩、復旧に向けた動きも着実に進んでいるのも確か。日ごろのライバル同士が「オールジャパン」の旗のもと、結束して危機を乗り越えようとしている。
   多くのメーカーがひしめくように見える日本の自動車業界だが、乗用車の完成車メーカー8社の提携関係をつぶさに見ればトヨタ自動車、日産自動車、ホンダの3社グループに集約できる。

3社のトップが「ホットライン」で結ばれる

   トヨタグループには資本関係のあるダイハツ工業、富士重工業。日産グループは資本関係こそないが、最近の矢継ぎ早のOEM(相手先ブランドによる生産)提携を見れば三菱自動車、マツダ、スズキが緩やかながら一体感がある。そして、ホンダだけは独立独歩を続けている。
   つまりトヨタ、日産、ホンダの「日本版ビッグ3」が手を組めば「オールジャパン」になるのだが、震災発生直後から、この3社のトップが「ホットライン」(日産の志賀俊之最高執行責任者)で結ばれ、頻繁に電話で連絡をとりあっているというのだ。
   最大の課題は被災した部品メーカーの支援。3社は、直接取引する「1次」と呼ばれるメーカーを中心に、場合によっては1次の下請けにあたる2次、3次メーカーについても、復旧状況について情報を共有することを確認している。

   3社の間で確認されていることの一つには、「再開を急がない」こともある。これは「トヨタが」と付け加えてもいいようだ。というのも実際、被災状況から見てトヨタより東日本の「生産拠点密度」の高いホンダや日産、とりわけホンダが大変なのは明らかだ。トヨタが「うちは安全」と言って再開を急げば、取引先部品メーカーに圧力をかけることにつながりかねない。まずは日本全体の1〜3次、あるいはその先まですそ野の広い部品メーカーの復旧を最優先させることにしたのだ。


夏の計画停電への対応にも協力して取り組む予定

   トヨタの国内主力工場と部品メーカーは愛知県に多く集結しているから、少なくとも一部再開は震災発生後早期に可能だったと見られるが、トヨタが2011年3月26日まで一貫して全面停止し続けたのには、このような背景があった。
   その後、トヨタは世界的に需要の高いハイブリッド車のプリウスと、レクサスにしぼって、3月28日から愛知県堤工場(プリウス)とトヨタ自動車九州・宮田工場(レクサス)の稼働を開始したが、部品の調達状況に応じて再休止する可能性もあるとしている。

   「再開を急がなかった」事実をあるトヨタ幹部は認めた上で、「トヨタが生産を止めているから、安心して部品メーカーを含め各社が止められた」と振り返った。

   自動車業界は次に、夏に向けた計画停電への対応にも協力して取り組もうとしている。各社の工場を曜日ごとに輪番で動かすことで、計画停電を回避しようとの構想が浮上している。自動車業界では工場によっては3時間の停電でも、前後の準備や保全に時間がかかり、計9時間の生産停止を招く可能性がある。関東各地で連日「9時間停止」の事態が起きれば、減産などの影響は計り知れない。

   今は高額消費の自粛ムードで新車販売が落ち込むのは避けられないが、時を経て「復興需要」も出てくはずで、これに向けて生産停滞を避けるためにも、自動車業界が結束して取り組む姿勢をアピールし、計画停電の長期化・拡大を回避したい考えだ。




宮城県で仮設住宅着工 
JR仙石線一部区間で再開
2011年3月28日 10:06  スポーツニッポン
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/03/28/kiji/K20110328000516600.html


 東日本大震災の津波で被害に遭い、学校などの避難所で暮らしている被災者を受け入れる仮設住宅の建設が28日、宮城県石巻市など県内12市町で始まった。岩手、福島の両県では既に着工しており、被害が大きかった3県すべてで仮設住宅の整備が本格化した。

石巻市では同日午前から、約1万平方メートルの建設予定地に丸太を埋め込んで地盤を安定させる工事を実施。工事を担当する建設会社の安田充さん(42)は「待っている人のために、一刻も早く完成させたい」と語った。仮設住宅は1DK、2DK、3Kの3タイプ。家族構成を考慮して住民に割り当てられる。台所や便所、風呂があり、エアコンやガスこんろも完備する。

岩手県大槌町では同日午前、町立吉里吉里中学校で仮設住宅78戸の建設に着手。完成まで1カ月ほどかかる見込みで、岩手県の担当者は「資材が手に入り次第、別の場所でも順次進めたい」と話した。

国土交通省は4月1日までに3県で計2645戸、震災発生から2カ月で計約3万戸の建設を目指している。

また、運休が続いていたJR仙石線は28日午前5時すぎ、宮城県の在来線としては震災後初めて、一部区間のあおば通―小鶴新田間で運転を再開した。




千葉県

旭と香取で4月1日に仮設住宅着工 
2011.3.31 00:09  産経  http://sankei.jp.msn.com/region/news/110331/chb11033100090007-n1.htm


 災害救助法の適用を受けた千葉県の旭、香取両市からの要望に基づき、被災者向け仮設住宅の設置準備を進めている県は30日、施工業者との契約締結に至ったとして、4月1日に両市内の計3カ所で建設工事を始めると発表した。
 県によると、着工の内訳は、いいおかふれあいスポーツ公園(旭市横根)に150戸、市文化の杜公園ふれあい広場(旭市ハ)に50戸、旧佐原第2中学校運動場(香取市新部)に30戸。
 両市の被災者を対象に31日まで入居希望者を受け付けており、完成した住宅から順次、入居を始める。


岩手県 陸前高田
仮設住宅の建設開始 岩手県陸前高田市で19日から、国交省
2011.3.18 13:57  産経  
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110318/plc11031813590031-n1.htm

 国土交通省は18日、東日本大震災で家屋の損傷が激しかった岩手県陸前高田市で、19日から応急仮設住宅の建設を始めると発表した。同県では4月をメドに36戸を建設し、当面は合計200戸程度を供給する。福島県相馬市でも、近く用地を選定し、工事に着手する。
 仮設住宅は、岩手、宮城、福島3県の知事から合計3万2800戸の建設要請が寄せられている。国交省では、住宅メーカーで構成する住宅生産団体連合会を通じて2カ月で同数分を供給するよう要請済みで、今後、仮設住宅の供給が本格化する。
 同省は仮設住宅の建設に加え、公営住宅や民間賃貸住宅などの空き室合計1万9500戸を、家を失った被災者に提供する方向で調整を進めている。現状では、全国で公営住宅約1万7000戸、都市再生機構(UR)の賃貸住宅約2500戸が提供可能だ。


岩手県 大船渡
仮設住宅 大船渡、宮古も25日着工へ 釜石では工事本格化

2011.3.24 11:58  産経BIZ  
http://www.sankeibiz.jp/compliance/news/110324/cpd1103241201023-n1.htm


岩手県は24日、東日本大震災の被災者向けに、同県大船渡、宮古両市で25日から応急仮設住宅の建設に着工すると発表した。釜石市では24日、本格的に工事が始まった。
 県によると、建設地はいずれも被災を免れた高台などの平地を選んだ。大船渡市は防災公園に72戸、宮古市は市の宿泊施設のグラウンドに260戸を建設する。
 大津波により壊滅的な被害を受け2千戸の建設を求める山田、大槌両町でもそれぞれ建設の準備を進めている。
 19日に200戸の建設が始まった陸前高田市では全域が断水し、復旧のめどがたたないため、井戸を掘り水を確保する。
 岩手県では少なくとも8800戸の仮設住宅建設を予定。公有地だけでは用地が確保できない恐れもあり、私有地の借り上げなども検討する。



■岩手県  被災された方の「住まい」の確保に関する情報
http://www.pref.iwate.jp/info.rbz?ik=1&nd=4293


■宮城県 災害救助法の民間賃貸住宅及びプレハブ住宅の提供について
http://www.pref.miyagi.jp/
家賃が無料となる民間賃貸住宅及びプレハブ住宅の提供・建設については,現在準備を進めています。手続きの開始については,改めてお知らせいたしますので,もうしばらくお待ちください。

応急仮設住宅 「岩手・宮城内陸地震」への対応
http://www.pref.miyagi.jp/juutaku/oukyukasetu.htm









【放射能漏れ】
 原発作業員、それぞれの使命感 
「誰かがやらなきゃならない」
「任務ですから」「仲間のために行く」

 2011.3.30 19:41  産経  http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110330/dst11033019440051-n1.htm


 ズドン。重い爆発音が響き渡った。今月14日午前11時1分、東日本大震災で被災した東京電力福島第1原発3号機が水素爆発を起こし、原子炉建屋の上部が吹き飛んだ。東電の下請け業務をする協力会社のベテラン社員、根本誠さん(47)=仮名=は隣の2号機で電源復旧作業に当たっていた。
 外へ出ると3号機は鉄の骨組みがむき出しになり、コンクリートのがれきが散乱、灰色の煙がもうもうと青空へ立ち上っていた。

 「もうだめだ…」
 仲間の声が聞こえた。根本さんは「放射線を食らうぞ。避難するんだ」と声を上げて防護服のまま、がれきの上を走った。作業基地となっている免震重要棟まで1キロ近く、最後は息切れして歩いてたどり着いた。
 全員の無事を確認し、同僚4人ほどと喫煙室で「やばかった」「もし外にいたらかなりの線量を食らっていた」と話した。仲間を見ると、たばこを持つ手が震えていた。
 根本さんは震災発生時、第1原発の事務所3階にいた。東電の要請に応え、同僚十数人と原発に残った。
 「被曝の危険性があることは分かっていたが、復旧には私のように原発で
18年働いてきたような者が役に立つ。そう覚悟を決めた」
 根本さんは4日間働き続け、水素爆発に遭遇した翌日に当たる15日朝、緊急退避命令により避難した。
 東電によると、第1原発では連日300〜500人が働き、30日は東電社員253人、協力会社の社員50人の計303人に上った。1日2食に毛布1枚という過酷な環境で作業を続ける彼らの大半は地元の住民である。東電社員の中には5日間で年間被曝線量の上限の50年分を浴びた人もいた。
 被曝という生命の危険を冒してまで、なぜ彼らは行くのか。

「行きます」と志願

 福島第1原発で保守の仕事を請け負う会社に勤める佐藤大輔さん(27)=仮名=は今月16日、同僚20人とマイクロバスに乗り第1原発へ向かった。元請けの協力会社から打診され「行きます」と志願した。5号機の冷温保持にかかわる作業だった。
 「原子炉が爆発したら終わりだが、この仕事を9年間続けてきた経験から、
招集がかかるうちは何とかなると判断した。ただ、中には会社員として行かざるを得ないという人もいて、車内の空気は沈んでいた。年長の作業員は『もう死ぬのか』と青い顔をしていた」
 佐藤さんは、15日に2号機が爆発した際、現場から5キロ地点のオフサイトセンター(緊急時対策拠点)にいた経済産業省原子力安全・保安院の職員らが約50キロ離れた郡山市まで退避したことを挙げ、こう話した。
 「誰かがやらなきゃならないことだから、やっている。ほかの専門的な仕事
と職種が違うだけのことだと思う。保安院の人たちもそこに作業員がいる限り、とどまるのが仕事ではないか。専門家が住民より遠くへ逃げたら、誰を信じればいいのか。そういう人たちがいるから、原発へ行く者が英雄視されるのではないか」

応援組「国民のため」

 復旧作業には、地元住民ら作業員だけでなく東京消防庁のハイパーレスキュー隊や自衛隊、警視庁などの「応援組」も放水活動のために駆けつけた。
 大阪市消防局は53人が20日夜から90時間、東京消防庁の活動を支援した。本人の意思を確認した上で、職務命令が出される事実上の志願だった。指揮を執った片山雅義警防担当課長代理(48)は「東京消防庁が孤軍奮闘、国民のために命がけで戦っているのを、同じ消防職員として見過ごすわけにはいかない思いだった」と語った。

 「私の息子は24歳だが、ほぼ同じ年齢の東京の隊員が体を震わせながら、『任務ですから』とだけ言い残して出動していった」
 原発から約20キロ地点の前進基地から、800メートル地点の指揮所までサイレンを鳴らし移動中、
自分たちに向かってお年寄りら6人ほどの住民がおじぎをした。
 片山さんは「腰を90度まで曲げて、深々とおじぎをされた。その姿を見て、これは絶対に何かお役に立って帰らなければと思った」と話した。

生活…「浜通り」の現実

 かつて有数の出稼ぎ地帯だった福島県の太平洋岸「浜通り」地方。
 この地に昭和42年の福島第1原発1号機の着工から平成5年の広野火力発電所4号機の完成まで、四半世紀にわたり原発10基、火力4基が作られた。福島大学の清水修二副学長(62)=財政学=の研究によれば、総事業費は2兆円余り、月当たり71億円に上った。
 清水さんは「建設が終わった後も運転保守の仕事が続き、6町2村で人口7万2千人の双葉郡の2世帯に1人は発電所で働いている。現在、復旧作業を続けているのは使命感や責任感もあるだろうし、原発への依存度が高いがゆえに『生活のため』という面もあるだろう。地元にはそういう現実がある」と指摘する。
 第2原発で第1原発の復旧を支援する東電の女性社員は本社の上司へ次のような電子メールを送った。
 《実家の両親も津波に流され、いまだに行方がわかりません。すぐにでも飛んでいきたい…。被災者である前に、東電社員としてみんな職務を全うしようと頑張っています。私たちは最後まで戦います》
 発生当初から復旧作業に当たり、現在は避難生活を送る根本さんは、来週にも第1原発へ戻るという。
 「消防や自衛隊の方は公務だから、われわれ会社員とは使命感の持ちようも異なるかもしれない。3号機で被曝した3人の中には私の部下もいる。少ない人数で頑張っているのを知っている。むろん、行かなくても誰も責めないだろうが、自分がよしとはできない。仲間のために私は行く」

 ■協力会社 

東芝や日立製作所といった原子炉メーカーや関電工などの設備工事会社、その下請け、孫請けを指す。東京電力は「一般的にいう下請けのことだが、地元に密着した原発を目指す理念から『協力会社』と呼んでいる」(総務部)と説明。震災前まで福島第1原発では東電約1千人、協力会社約4千人の計5千人が働いていたが、復旧作業は東電社員が8割以上を占めている。東電は「協力会社側の人繰りが難しいためと、東電の事故だから率先して作業に当たっている」(同)としている。


http://sankei.jp.msn.com/images/news/110330/dst11033012510025-p3.jpg
http://sankei.jp.msn.com/affairs/photos/110330/dst11033012510025-p3.htm
24日、小型の無人飛行機が撮影した福島第1原発。
左から4号機、3号機、建屋が残る2号機(エア・フォート・サービス提供)

http://sankei.jp.msn.com/images/news/110330/dst11033012510025-p2.jpg



現場の方は 危険を顧みず、職務を全うしようとしている

会社の責任を一身に負っているのは
現場で働く 第一線の日本の職人 
「日本の戦士」 である





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