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しきしまの 大和心のをゝしさは ことある時ぞ あらはれにける

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そういえば、そうでした。
「TVがあれば、料金を強制徴収する権利」 もあれば
「NHKを見ない自由」 もある。
権利があれば、自由もあるはず、というのが
氏の主張なのだろうか。


以下、
http://garoll.net/entry/424828 から転載させていただきました。


ビートたけしが「NHKを見ない自由もあるだろ。NHKが無いテレビを売ってはいけないの?」
2015-02-25  http://garoll.net/entry/424828


ビートたけしが「NHKを見ない自由」について語る「NHKが無いテレビを売ってはいけないの?」

    2015年2月22日 18時8分 トピックニュース

    21日放送の「新・情報7daysニュースキャスター」(TBS系)で、ビートたけしが「NHKを見ない自由」
    について語る場面があった。

    番組では、NHKの籾井勝人会長が、民主党・階猛衆議院議員と過去の発言をめぐり激しい
    言い争いになったと伝えた。

    するとVTR後、スタジオのたけしは「NHKっていうのは表現の自由はあるけど、
“見ない自由”も   あるんじゃないの?」と意見を口にしたのだ。


    そして、たけしは、テレビにNHKのチャンネルが必ず付属していることを挙げ、「試聴するお金
    払わないといけないけど。NHKが無いテレビを売ってはいけないの?」と冗談交じりに疑問を    投げかけてもいる。

    安住紳一郎アナウンサーが、テレビの受信機がある時点で料金を払わなくてはいけないと 説明するも、たけしは「それはもう、法律で決まってるんだ? なんか変だね」と違和感を吐露してみせた。
    http://news.livedoor.com/article/detail/9812482/

転載元:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news/1424770321/




NHK局員「月額1000円くらいなら若者でも払えるだろ・・・」 プロバイダー代行徴収案も。←いい加減スクランブルかけろよ
 2015/03/02
http://ideal2ch.livedoor.biz/archives/23744601.html


いまNHK局内では、新たな受信料の料金体系について「“頭の体操”が行なわれている」(幹部局員)。 ネット利用者からの受信料徴収を想定した言葉だ。

「若い世代を中心に増えている『テレビはないけど、インターネットが使える世帯』は、地上波のみの受信料である月額約1300円よりも少し安くしてはどうかという案がある。1000円くらいなら若者でも払えるのではないかという仮説だ。

『テレビもあって、ネットも使える世帯』は衛星放送も見られる受信料と同じ2230円か、それとも新聞社には宅配版に加えてネット版を申し込むとプラス1000円かかるサービスがあるから、それに倣ってプラスアルファしてもいいか……といろいろな案をいう人がいる」(同前)

この“頭の体操”では、徴収を他人任せにする検討まで行なわれている。例えばネット利用者を捕捉すること自体が難しいから、プロバイダーに代行徴収してもらって、一括で支払ってもらうのがいいのではないか──というものだ。
http://www.news-postseven.com/archives/20150302_306822.html


NHKよくある質問
http://www.nhk.or.jp/faq-corner/03jushinryou/01/03-01-08.htm


Q なぜ、スクランブルを導入しないのか

A    スクランブルをかけ、受信料を支払わない方に放送番組を視聴できないようにするという方法は、一見合理的に見えますが、全国どこでも放送を分けへだてなく視聴できるようにする、という公共放送の理念と矛盾し、問題があると考えています。海外の公共放送でもこのような方法を採用しているところはありません。
    特定の利益や視聴率に左右されず、視聴者の視点にたって、多様で良質な番組を放送することが公共放送の重要な役割です。


    正確かつ広範囲のニュース・報道番組や、教養・教育番組をNHKが放送することにより、成熟した判断力を有する社会の構築へ貢献していくこと、あるいは多様な娯楽番組を通じて、様々な価値観を相互に尊重しあう寛容な社会の構築に役立っていくことは、民主主義社会の発展にとって大事なことだと考えています。

    スクランブル方式では、どうしても「よく見られる」番組に偏り、内容が画一化していく懸念があります。視聴者のみなさまにとり、番組視聴の選択肢が狭まり、健全な民主主義社会の発展のうえでも問題があると考えます。

    社会生活の基本となる情報を、市場原理によらず、公平かつ安価に提供することに努めることは、公共放送としての責務と考えており、視聴者のみなさまに幅広くご負担いただく受信料が、公共放送の財源としてふさわしいと考えています。



ああいえば、こういう。

success


http://www.fides.dti.ne.jp/%7Ekaikou/@kaikou/herititle3.jpg
http://www.fides.dti.ne.jp/~kaikou/@kaikou/herikutu.html







石原前都知事ばりの
「歯に物着せぬ、もの言い」
久しぶりに現れました




【朝日捏造】
津川雅彦「謝罪しないのは左翼らしくて
よろしい! 
どうか見苦しく逃げ回ってほしい」

2014年08月19日
http://hosyusokuhou.jp/archives/39735588.html

【朝日の大罪】俳優・津川雅彦が緊急寄稿 慰安婦“大誤報”「どうか見苦しく逃げ回ってほしい」

朝日新聞が、慰安婦問題の大誤報を32年もたって認めながら、検証記事では謝罪もせず、木村伊量(ただかず)社長が記者会見も開かないことに、政界や財界、学界などから批判や疑問がわき起こっている。広告出稿をとりやめる企業も出てきた。
こうしたなか、俳優で映画監督の津川雅彦氏が、夕刊フジに緊急寄稿した。

朝日新聞は、慰安婦報道の大誤報を訂正したことで、ゴーストライター騒動の佐村河内守氏や、号泣会見の野々村竜太郎元兵庫県議、理研の小保方晴子研究ユニットリーダーを抜き、一躍、「時代の寵児」の地位を獲得した。

良くやったぞ、朝日の諸君! しかも謝罪しないのは、左翼らしくてよろしい!

訂正には謝罪がつきものだと、ガキでも知っている。
僕は子供のころから、すぐに謝るタイプだった。「謝って済むなら警察はいらない」と
言い返され、「すみません」に「もうしません」を付け加えたほどだ。

しかし、左翼に「潔さ」は、似つかわしくない。朝日の社長は記者会見もしない。
どうか見苦しく逃げ回ってほしい。


じゃないと、せっかく落ちた販売部数が元に戻っちゃ、元も子もない

左翼嫌いの僕にとっては、その「卑怯(ひきょう)」「卑劣」なイメージをキープして、
訂正記事を出したことを無駄にしてほしい。

朝日としては販売部数が落ちて、慌てて慰安婦問題の検証記事を出したのだろう。
だが、その訂正は一部に過ぎない。反省の余地が、ごまんとあることは誰でも知っている。

朝日を親分として、似たような記事を書いてきた新聞
数紙がダンマリを決め込んでいるのも、
彼ららしい。このまま一生黙っていることを勧める。


朝日はイメージダウンの解消に必死なのか、「広島原爆の日」の6日、国民的人気女優を
1面トップで扱っていた。「核兵器にノー」を大見出しで、小見出しで「さよなら原発」。

記事の終盤で、彼女は「集団自衛権」や「政治」への批判・懸念まで語っていた。
朝日が、口にたまった痰(たん)を外に吐き散らかし、その清掃もせず、
国民的女優をティッシュがわりにして、自分の口を拭ったとしか思えなかった。

聞いた話だが、某左翼政党の内部には、彼女の写真がデカデカと貼ってあるらしい。
かわいそうに…。有名な左翼の映画監督に洗脳されないかも、心配だ。
左翼よ、国民的アイドルまで食い物にするな!

役者である僕が今回、夕刊フジに原稿を書いたのは、目立ちたい病の一種といわれても
仕方ないが、無論、わが国を愛するからだ。本音は、日本映画をダメにした左翼たちの
自虐史観が憎いのだ。その先頭で旗を振ってきた朝日も大嫌いだ。

左翼が嫌いだからと、僕を右翼呼ばわりするのは偏向思考だ。街宣車でがなり立てる、
あの右翼と一緒にしないでほしい。わが愛車に日の丸は付けるが、愛国心の発露だ。

この原稿は役者としての率直素朴な感想に過ぎない。
朝日の訂正事件は「左翼の終わりの始まりになる」と僕は信じている。

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140819/dms1408191140004-n2.htm

津川雅彦(つがわ・まさひこ) 
1940年、京都市生まれ。74歳。
56年、映画『狂った果実』でデビューし、『マルサの女』『別れぬ理由』
『プライド・運命の瞬間』など数多くの作品に出演し、存在感あるキャラクターを演じる。
映画『寝ずの番』『旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ』などでは、監督・マキノ雅彦として
メガホンを握る。読売テレビ『たかじんのそこまで言って委員会』にレギュラー出演中。








「効率」 とはなんだろう。
「極めてよい効果や結果」 が万能かというと
そうでもない場合が多い。

起業は 「効率」と「ポリシー」 のなかで
試されているような気がしてならない。



ベネッセ、マクドナルド両事件に見る原田泳幸的アメリカンスタイル経営の弊害
2014年07月24日 BLOGLOS  http://blogos.com/article/91148/


ベネッセの個人情報漏えい事件で時の人となっていた、原田泳幸同社会長兼社長。今度は古巣の日本マクドナルドで事件発生です。腐敗肉を混入させていたという中国の食肉工場から、チキンナゲット用の肉を仕入れていたことが明らかになりました。昨日今日取引を始めた相手ではなさそうですから、原田氏の時代からの付き合いではあるのでしょう。



ベネッセ社長、 前日本マクドナルド社長 原田泳幸氏


食の安全が叫ばれて久しい昨今ではありますが、マクドナルドは子供たち向けのキャンペーンを積極的に展開してファミリー層の取り込みに注力していただけに、子供を持つ親たちを中心としてその注目度は特に高いようです。

結論から申し上げると、コストと安全リスクのトレードオフ関係に尽きる話であると言ってしまえる事件なのですが、安全性を危うくするようなコストダウン戦略は見直しを迫られること必至なのではないかと思うところです。

原田氏はアップルコンピュータの日本代表から日本マクドナルドへ転じた、いわば典型的アメリカンスタイルの経営者です。すなわち、コストダウンや価格戦略を重視する経営スタイルがその本質であります。

日本企業はバブル崩壊後のデフレ不況に移行する過程において、原田氏だけでなく日本企業の多くは、様々な面でアメリカ的な合理性、効率化などを重視した制度やオペレーション・システムを導入しました。しかしそれがうまくいったのかと言えば、一時的な組織浮上の助けにはなったものの、長期的には必ずしも日本人気質に合ったものとは言い難く、見直しを迫られた例も数多く確認することができます。

例えば人事制度において、90年代後半にトレンドとなったアメリカ的成果主義の導入は、年功制を代表とする日本的な情緒的人事制度を打破する合理的人事システムとして一時期もてはやされたものの、数年後にはそのままの運用ではやはり日本的な労働環境にはしっくりこない面もあると、多くの企業で見直しを迫られました。

製造現場においてもこの時期、人件費の安い発展途上国での製造、加工の流れは従来以上の進展を見せ、国内においては産業の空洞化が叫ばれもした訳なのです。しかし日本人消費者にとっての本当に重要な問題は、産業の空洞化以上にコストダウンや価格戦略を重視する経営スタイルが及ぼす安全性を含めた品質とのトレードオフであったはずなのですが、これまであまり注目されてきませんでした。

特に食の安全性欠如の問題は神経質な日本人気質にとっては許しがたいことでありながら、販売者が知名度の高い日本企業ある限りその陰に隠れて見えてこなかったという盲点があったのかもしれません。マクドナルドの価格戦略はある意味、そのブランド力によってコストダウン・リスクの存在を意識させないという一種の催眠戦術でもあったのです。

実際には、「安かろう悪かろう」は至極当たり前のこと。適正な範囲での無駄の排除はコストを下げるのですが、価格戦略重視を前面に掲げることによる行き過ぎたコストダウンは「悪かろう」を招きかねず、それが食に関わるものであるなら当然安全性を疑ってかかる必要があるということを、今回の一件は改めて我々の前に指し示してくれたのだと思います。


この問題一つをとって、原田泳幸的アメリカンスタイル経営の限界であるとまで言ってしまうのは暴論であるでしょうからそれは差し控えますが、ベネッセの一件でもそのアメリカンスタイルの経営姿勢にちょっと気になることがあったので触れておきます。

原田氏は情報漏えい事件の容疑者逮捕の報を受けた会見の席上で、当初はしないと言っていた被害者へのお詫びとして200億円の予算を計上して受講料減免やおわび品の配布をおこなうと発表しました。事件の全容解明、再発防止策も全くなされていない段階で、騒ぎが大きいと見るや、とにかく金銭的な対策で幕引きをはかりたいという意図がうかがえるかのようなこの施策発表。個人的には、やはり「何事もカネで解決する」という経営姿勢の表れではないのかと感じたものです。

「何事もカネで解決する」のが「100円マック」に代表される価格戦略一辺倒の日本マクドナルド時代の原田流アメリカンスタイル経営であり、そのコストダウンのツケが今回の腐敗肉加工工場からの仕入れをおこなわせてしまったのではなかったのか。そう考えると、新天地ベネッセにおいて果たしてその原田流がうまく機能するのか否か、会見での原田氏の対応を見る限りにおいては、不安な要素の方が圧倒的に多いように思えてならないのです。

最後に原田氏がベネッセのトップに就任した際に、コンサルタントの大前健一氏が彼を評したコメントを転載させていただきます。納得のコメントです。

「進研ゼミなどの教育事業や老人介護事業などを展開しているベネッセは、確固とした企業理念と人間的な温もりが必要な会社だ。それに対して原田氏は、コストダウンや価格戦略を重視するアメリカ型の経営者であり、日本マクドナルド創業者の藤田田氏が亡くなった時に社葬どこ ろか会社として偲ぶ会さえ営まなかった人物だ。そういう合理的思考の経営者がベネッセの適切な舵取りと変革を担うのは極めて難しいだろう」 
(大前健一氏談週刊ポスト2014年5月2日号)




関連記事
【教育産業】日本マクドナルド会長の原田泳幸氏、『進研ゼミ』運営ベネッセの会長兼社長に [03/27]
2014年3月27日  http://business.upstory.biz/archives/2274

ベネッセホールディングス(HD)は26日、日本マクドナルドホールディングスの原田泳幸会長(65)を会長兼社長に迎える人事を固めた。6月下旬の株主総会後に就任する。福武総一郎会長(68)と福島保社長(61)の処遇は未定。通信教育講座「進研ゼミ」の立て直しや海外事業の拡大に取り組む。

原田氏は25日付で日本マクドナルドHDの会長兼社長兼最高経営責任者(CEO)から代表権のない会長に退いた。



■ベネッセホールディングス(9783)–本日の一部報道について
「本日、一部報道機関において、当社代表取締役の異動に関する報道がありましたが、当社が発表したものではございません。本日午後の取締役会にて、本件に関する議論を行う予定です。開示すべき決定事実がございましたら速やかに発表いたします。」
http://blog.benesse.ne.jp/bh/ja/ir_news/m/2014/03/27/uploads/pdf/news_20140327_jp.pdf

■ソース
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDZ260GP_W4A320C1MM8000/

■◎最近の関連スレ
【外食】日本マクドナルド、原田泳幸氏が第一線退く–HD社長もカサノバ氏 [02/19]
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1392775036/




産業的に見て、どうしても 完全に 「効率化」で推し進められない
分野
がある。
教育とか、食の分野は、その領域の中心にあるのではないか。


一見無駄なようなところに、「大きな付加価値」があるはずで
それが企業の差別化要因であるなら、
今回の2つの企業がもたらしたものは とても必然のように感じたりします。


日本にとって 「効率化」 ってなんだろう。

日本って 「ちょっと無駄なこと」 を
まじめに真剣にやっているのではないか
と、思ったりします

success



http://kjcbiz.com/wp-content/uploads/2013/06/fujiya.jpg
http://kjcbiz.com/kikakucate/sangyo/kikaku06





端的ではありますが、「なぜこうなっているのか」が
よくわかる論。
日韓歴史共同研究で、相手国を前に、その慣習と倫理観と歴史観が
まったく違うことを目の当たりにした氏だからこそ、言及できる
論であるかもしれない。

日本も「敗戦」という辛い経験と結果を受け入れなければならない歴史が
あるが、それでも自国に対してある意味の信頼と誇りを自ら持っている。

自国に対してそれがないとすれば・・・、かなり辛いことなのかもしれない。

古田氏の記事、そのまま転載いたします。



【正論】筑波大学大学院教授・古田博司

朱子学の影を引きずる韓国・朴槿恵大統領の反日 
2013.12.05  
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20131205/frn1312051530003-n1.htm




わが日本国では、正当性と正統性を区別するのが難しい。
「これが正しい!」と、正当であることを信じるのが正当性だ。だから異端からも正当な権力は生まれる。16世紀ごろまで、カルヴァン派はキリスト旧教にとって異端だったが、ここから当時のジュネーブの新教政権が出てくる。ゆえに、今の中国の「防空識別圏」も注意しなければならない。国際的異端者による正当性の主張だからだ。

 ≪異端ではないとの証求めて≫

 正統性はそうではない。「どちらが正しいか。こちらだ!」という選択を経て、選ばれたものが正統で除かれたものが異端である。韓国の朴槿恵政権の苦悩はここにある。韓国は対日独立戦争をしていない。日本統治時代は自然に始まり自然に終わった。北朝鮮の金日成氏は負け戦だったが、日本軍警と東満州で一応戦っている。

 国家の正統性は北朝鮮にある、と韓国の左翼政党や左翼教員組合は攻撃する。朴氏は自らの正当性を確保すべく、彼らを非合法として裁判に訴えた。同時に自分が異端でないことの証として反日を連呼する。慰安婦の像や碑を米国に建て続ける韓国系移民も同様だ。自分たちは国を捨てた異端ではないと故国に弁明しているのだ。

こういうのは日本人にとっては迷惑千万である。日本では正統とか異端とか区別しない。神道と仏教はみごとに習合し、今ではキリスト教式で結婚式をしたりする。江戸の儒者たちも寛容だった。

 朱子学は南宋の朱子が作った儒教で、本来は排他性が強い。北方民族が攻めてきているし、朱子の住む中国南方では民衆は道教を拝み、仏教で葬式していた。それらはみな異端、儒教こそ正道だ、というのが朱子学の主張である。

朱子学が江戸時代に普及し、儒者の伊藤仁斎などはこれを消化しようと29歳で引きこもりになり、8年たって世に出て塾を開いた。出てきてもやはり日本人だった。弟子が「先生、人の道とは?」と問うと、「情けじゃ」と答えた。「天理とは?」と尋ねると、「おてんとうさまじゃ」と語った。

 ≪正統コンプレックスの極み≫

 儒教立国した李氏朝鮮は苛酷である。元々排他性の強い朱子学を厳格に実践、仏教を弾圧し仏像の首をはね寺を壊し茶園を枯らし、僧侶を山に追いやった。法事など禁止だ。儒教の祭祀(さいし)をさせ、3年の喪に服さない民を捕らえ棍棒(こんぼう)で打ちすえた。異端になれば酷(ひど)い目にあうと彼らは骨身にしみた。

だから韓国人は自らの歴史から学び続ける。「剣道も茶道もうちが正統で日本が亜流。孔子さまも韓国人、中国人ではない」。周りの国々が唖然(あぜん)とするウリナラ起源説をとうとうと述べる。これぞ正統性コンプレックスの極みだ。

中国はそもそも朱子学が合わなかったので、陽明学の方が広まった。王陽明先生に弟子が意見を聞く。「先生、私はぜひとも古代の音楽を復元したいと思います」。先生はおっしゃる。「うん、しなくていいよ。それは全部、君の心の中にあるのだ」。これが陽明学の「心即理」である。思っているものは実在する。防空識別圏も、中国人が思ったわけだから、実在することになりかねないのだ。

 自己中心の彼らに怒りを浴びせたのが、後に清朝を建てた満州族のヌルハチだった。満州語では中国をニカン国、朝鮮をソルホ国と呼ぶ。ニカン国は「天下の主だ」と思い、ニカン人は毎年越境して略奪する。ソルホ国はわが国の国書の受け取りを拒否し侮蔑する。満州族のハーンは二代にわたり遠征して、両国を攻め滅ぼした。竜の衣はシナの皇帝にしか着られない。清朝ではこれをすべての役人に着せ、ニカン人を侮辱した。


 ≪朝鮮の伝統「告げ口外交」≫

 李氏朝鮮は、明国は滅んで野蛮人の清朝になってしまったのだから、明の正統性を継ぐのはわれわれだと解釈した。そこで「大明国の東の壁」と自称し、清朝から流れ込む文化を悉(ことごと)くはねつけた。

李氏朝鮮の国内では、両班たちが朱子学の正統性を争っていた。朱子学の解釈権を握り、科挙の試験官を自派で占める。合格者は官僚になって、学閥は権力を手に入れる。儒者の塾は棍棒で武装し、敵方の打ち壊しまでした。朝鮮史では、これを「党争」という。

三年喪や祖先祭祀など、朱子学の礼の実践ばかりした李氏朝鮮では、経世済民を考える暇がない。流浪の民が居ついた地方の知事が良い知事である。土地には所有権がなく、村には村界がなかった。町には民のための商店もない。

 そこに、今度は近代化した日本がやって来た。南下するロシアに対する安全保障として朝鮮を統治し、開発する必要があった。手の施しようもない李朝の王は臣下たちに丸投げし、諸外国に日本のことを「告げ口」して回った。朴槿恵氏の「告げ口外交」のように、上位者に悪口を言いまくることを韓国語でイガンヂル(離間事)といい、離間が目的である。韓国人同士が毎日国内でやっている。

中国人も韓国人も世界史から学ばず、確かに自国史から学んでいる。彼らには「卑劣」ということが分からないのはそのためだ。




以前、欧米人からこういう話を聞いたことがある。
「日本は、有色人種のなかでは特別だ。
我々の騎士道と同じ 『武士道』がある国だから」

success


何が、どう違うかを、日本人自身が知らなければならない。
こういったことは、罵倒される環境のなかでは「異端」であろうから。







政治は難しいものだ。
憲法改正派の中でも、急進派 と そうでない派がある。
保守の中でも、その違いが存在する。

今回の麻生氏の発言の舞台になったのは、
櫻井よしこ氏が代表を務める 「国家基本問題研究所」 の場だった。

麻生氏の発言は、「この機を逃さず、すわ、憲法改正へ」 とする 「国家基本問題研究所」
へのいさめ (牽制) の意味も含まれていたが、
残念なことに 国際的なNGワードを使ってしまったため、
一部メディアからの 「揚げ足取り」 にひっかかることになった、というのが真相のようである。

そのあたりを、実はよく理解していた 櫻井氏が以下のような声明を出した。
そのときの状況がよくわかるものになっているのでないかと思う。


以下、そのまま転載させていただいた。



櫻井よしこ氏 歪曲された麻生発言…
舌を巻く天声人語子の想像力

2013/08/05  産経新聞
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/674653/


櫻井よしこ 美しき勁き(つよき)国へ

 なるほど、朝日新聞はこのようにして事柄を歪曲していくのか。麻生太郎副総理発言を朝日新聞が報じる手口を眼前にしての、これが私自身の率直な感想である。

8月1日と2日、朝日の紙面は麻生発言で「熱狂」した。日によって1面の「天声人語」、社会面、社説を動員し、まさに全社あげてといってよい形で発言を批判した。

 討論会の主催者兼司会者として現場に居合わせた私の実感からすれば、後述するように朝日の報道は麻生発言の意味を物の見事に反転させたと言わざるを得ない。

7月29日、私が理事長を務める国家基本問題研究所(国基研)は「日本再建への道」と題した月例研究会を主催した。衆議院、都議会、参議院の三大選挙で圧勝、完勝した安倍自民党は、如何にして日本周辺で急速に高まる危機を乗り越え、日本再建を成し得るかを問う討論会だった。

日本再建は憲法改正なしにはあり得ない。従って主題は当然、憲法改正だった。

月例研究会に麻生副総理の出席を得たことで改正に向けた活発な議論を期待したのは、大勝した自民党は党是である憲法改正を着実に進めるだろうと考えたからだ。

が、蓋を開けてみれば氏と私及び国基研の間には少なからぬ考え方の開きがあると感じた。憲法改正を主張してきた私たちに、氏は「自分は左翼」と語り、セミナー開始前から微妙な牽制球を投げた。

記事本文の続き セミナーでも氏は「最近は左翼じゃないかと言われる」と述べ、改正論議の熱狂を戒めた。私はそれを、改正を急ぐべしという国基研と自分は同じではないという氏のメッセージだと、受けとめた。

「憲法改正なんていう話は熱狂の中に決めてもらっては困ります。ワァワァ騒いでその中で決まったなんていう話は最も危ない」「しつこいようだが(憲法改正を)ウワァーとなった中で、狂騒の中で、狂乱の中で、騒々しい中で決めてほしくない」という具合に、氏は同趣旨の主張を5度、繰り返した。

事実を見れば熱狂しているのは護憲派である。改憲派は自民党を筆頭に熱狂どころか、冷めている。むしろ長年冷めすぎてきたのが自民党だ。いまこそ、自民党は燃えなければならないのだ。

 にも拘わらず麻生氏は尚、熱狂を戒めた。その中でヒトラーとワイマール憲法に関し、「あの手口、学んだらどうかね」という不適切な表現を口にした。「ワイマール憲法がナチス憲法に変わった」と氏はいうが、その事実はない。有り体に言って一連の発言は、結局、「ワイマール体制の崩壊に至った過程からその失敗を学べ」という反語的意味だと私は受けとめた。

憲法改正に後ろ向きの印象を与えた麻生発言だったが、朝日新聞はまったく別の意味を持つものとして報じた。

たとえば1日の「天声人語」子は、麻生発言を「素直に聞けば、粛々と民主主義を破壊したナチスのやり方を見習え、ということになってしまう」と書いた。前後の発言を合わせて全体を「素直に聞」けば、麻生氏が「粛々と民主主義を破壊」する手法に習おうとしているなどの解釈が如何にして可能なのか、不思議である。天声人語子の想像力の逞しさに私は舌を巻く。

朝日の記事の水準の高さには定評があったはずだ。現場にいた記者が麻生発言の真意を読みとれないはずはないと思っていた私は、朝日を買いかぶっていた。

朝日は前後の発言を省き、全体の文意に目をつぶり、失言部分だけを取り出して、麻生氏だけでなく日本を国際社会の笑い物にしようとした。そこには公器の意識はないのであろう。朝日は新たな歴史問題を作り上げ、憲法改正の動きにも水を差し続けるだろう。そんな疑惑を抱くのは、同紙が他にも事実歪曲(わいきょく)報道の事例を指摘されているからだ。

 典型は「読売新聞」が今年5月14、15日付で朝日の誤報が慰安婦問題を政治問題化させたと報じた件だ。読売の朝日批判としては珍しいが、同件について朝日は説明していない。

古い話だが、歴史問題にこだわるなら、昭和20年8月の朝日の報道も検証が必要だ。終戦5日前に日本の敗戦を示唆する政府声明が発表され、朝日新聞の編集局長らは当時こうした情報を掴んでいた。新聞の使命としていち早く、日本敗戦の可能性を国民に知らせなければならない。だが、朝日新聞は反対に8月14日、戦争遂行と戦意高揚を強調する社説を掲げた。これこそ、国民への犯罪的報道ではないか。朝日の歴史認識を問うべきこの事例は『朝日新聞の戦争責任』(安田将三、石橋孝太郎著、太田出版)に詳しく、一読を勧めたい。

 これらのことをもって反省なき朝日と言われても弁明は難しい。その朝日が再び麻生発言で歴史問題を作り出し、国益を害するのは、到底許されない。

それはともかく、自民党はまたもや朝日、中国、韓国などの批判の前で立ちすくむのか。中国の脅威、韓国、北朝鮮の反日、米国の内向き志向という周辺情勢を見れば、現行憲法改正の急務は自明の理だ。それなのに「冷静な議論」を強調するのは、麻生氏を含む多くの自民党議員は憲法改正に消極的ということか。日本が直面する危機に目をつぶり、結党の志を横に措き、憲法改正の歩みを緩めるのだろうか。であれば、護憲の道を歩む朝日の思う壺ではないか。自民党はそれでよいのか。私の関心は、専ら、この点にある。







読めばわかるが、この 「ナチス発言」 の騒乱には2つの対立軸がある。

1つは、『改憲をさせてはならぬと全力を尽くす』 揚げ足取りのメディアと為政者
1つは、保守派の中での、「急進派」 と 「慎重派」 の見解の違い。

ここ3−4年、日本は革新と言う名の左派の流れに大きく傾き、
ついでに 日本も大きく傾いた。
その傾きを正さんがため、
保守系の方々は力を併せて、国の威信の回復に力を注いだ。

日本が元に戻りつつある今、
各々の主義により 異なった小さな対立が起き始めている。




国民は、日本の政治を任せんと 選挙で選びに選んだ
今少し、この政府に舵取りを任せてはどうだろう。

success


また、国が傾くのは まっぴらごめんである。







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