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しきしまの 大和心のをゝしさは ことある時ぞ あらはれにける

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*以下の文面の赤字は、ブログ原本そのままを 転載しております。 (ブログ主)


田母神俊雄 公式ブログ
原発周辺の土地を外国に売り渡すことなかれ
2011-04-13   http://ameblo.jp/toshio-tamogami/page-5.html#main



第17回統一地方選前半戦の投開票が行われ、民主党の惨敗が明らかになった。この一年半の間、
民主党政権がやってきたことを見れば国民が民主党を見限っていることはよく理解できる。民主党は、財源の裏づけもないのに何でもできると言って国民をだまして、政権を取った
ようなものだ。結局、一昨年の衆議院選挙における公約どおり実施できたものはほとんどないのだ。

また、国を守るという意識が無いために、昨年9月の尖閣諸島における中国漁船体当たり事件の対応を誤り、北方領土のロシア支配、竹島の韓国支配を強化させてしまった。更に、鳩山首相も菅首相も、国連で非核三原則の演説をやって、本来、我が国が自由に出来るはずの核政策の手足を縛っている。いまの菅政権は外国におもねり、日韓併合100周年の謝罪談話を出すなど、間違った発信を続け我が国を危険に陥れている。外に弱く、内にだけ滅法強い、内弁慶の民主党政権には早期に退陣してもらいたいものだ。


このような中で東日本大震災が起きて、この対応においても菅政権の機能不全が、逐次明らかになりつつある。それにしても、4月10日の産経新聞一面の『首相執務室は開かずの間』を読んで得心した。これでは機能不全も止むを得ないか。菅首相は、指揮の根本を理解していないように見える。菅首相は、総理の器ではないのだ。政務三役でも官僚でも常に怒鳴り散らしているそうだ。新しい報告には「そんな話は聞いていない」とまた怒鳴る。東京電力に乗り込んでまで「東電の見通しは甘い。どうなっているんだ」と当り散らしたという。もし、最高指揮官が、本当に怒鳴りまくっているとしたら、指揮官としての指揮が機能不全に陥ることは当然のことである。指揮官は、組織戦力を最大にすることこそ仕事なのに。危機のときにこそ、指揮官は泰然自若としていなければならない。


部下は、常に上司の意向を気にしながら仕事をしている。組織の中においては常に“TOTAL SUM IS CONSTANT”である。それは部下が上司に気を使う量と、仕事そのものに頑張る量の合計は、常に一定なのだということである。従って、上司に気を使えば使うほど、部下は仕事をしなくなる。人を使う人、指揮官はこのことを十分に頭に入れておかなければならない。


指揮官は、部下が自分に気を使わないで、仕事そのものに頑張ってくれるように、部下に気を使わせない配慮が必要なのである。怒鳴るなどということは、部下に気を使わせるだけである。指揮官が怒鳴れば、部下は怒鳴られまいとすることに最大限に気を使い、仕事などそっちのけになる。「怒鳴られるから、この報告は明日に延期するか・・・」ということで、仕事も遅れ遅れになっていく。指揮官が怒ってもいいのは、明確に命令違反した場合とかサボっているとか部下に明らかな非があるときだけである。


昨日、経済産業省原子力保安院は、福島原子力発電所の放射能漏れ事故をチェルノブイリと同じレベル7に引き上げると発表した。これを発表するに当たって、政府の中で賛否両論あったことがマスコミ報道などからうかがわれるが、放射能被害を避けるために退避勧告が行われ、放射能の風評被害で農業、漁業関係者が苦しんでいるときに、
人心を安定させることより、外国などの批判を避けようとしていることはないのか。あるいは、退避勧告のやり過ぎを、またほうれん草、牛乳などの廃棄処分を批判され、当初の政府の判断は間違っていなかったということを弁解したいのか。原子力保安院の審議官は、チェルノブイリと同じ最悪のレベルだと言いながら、漏れた放射線量はチェルノブイリの1割だと強調している。本当は、原子力保安院はレベル7にはしたくなかったが、総理に怒鳴られるので、その意向に従っただけということはないのか。いろいろ勘ぐりたくなる。


まさか、二度と福島原発周辺には戻れないと強調し、住民を他の地域に移住させて、その土地を中国人など外国人に与えてしまおうなどと考えていることはないのだろうか。民主党は、鳩山総理が「日本列島は日本国民だけのものではない」と言っていた政党だけに心配になる。

菅総理も、同じ考えを持っていると思うので私たちは十分に注意する必要がある。

原発周辺の土地を外国に売り渡すことなかれ。




  田母神俊雄

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今夜、靖国神社のみたま祭りに行って来ました。すごい人出でした。
こんなに多くの国民が靖国神社に参拝するのになぜ総理大臣の参拝ができないのか不思議です。私の書いたぼんぼりも飾って頂いております。
7:49 AM Jul 13th










政治家が知らないわけがない
無意味に日本全国に空港があったり、
原発があったり
するわけではない

そう、日本を防衛するために
「原発技術は軍事面でも意味がある」 
のである




「正論」鹿児島講演会 
櫻井よしこ氏 「原発技術は軍事面でも意味」
2011.7.15   産経  http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110715/dst11071508470004-n1.htm


 第256回全国縦断「正論」鹿児島講演会(産経新聞社主催)が14日、鹿児島市の城山観光ホテルで開かれ、本紙「正論」執筆メンバーでジャーナリストの櫻井よしこ氏が「雄々しき日本 国難に克て」と題して講演した。櫻井氏は、東京電力福島第1原発事故以降の「脱原発」ムードの広がりに「核をつくる技術が外交的強さにつながる。原発の技術は軍事面でも大きな意味を持つ」と警鐘を鳴らした。

 櫻井氏は約1100人の聴衆を前に、「原発を忌避するのではなく、二度と事故を起こさないようにする姿勢こそ必要」と強調。菅直人首相が段階的な「脱原発」を表明したことに対し、「落ちた支持率を回復させようと思っているのだろうが、(国のあり方やエネルギー政策の)全体像を見失っている」と批判した。

 移設問題に揺れる米軍普天間飛行場についても
「むやみに基地を拒絶する態度は原発問題と共通している」と指摘。西郷隆盛や大久保利通ら、明治維新の原動力となった人物を挙げ、「国家としての大きな視点に立ち、自分たちで国を守るという気概を持たなければいけない」と結んだ。


http://sankei.jp.msn.com/images/news/110715/dst11071508470004-p1.jpg
http://sankei.jp.msn.com/affairs/photos/110715/dst11071508470004-p1.htm
「正論」鹿児島講演会 「雄々しき日本 国難に克て」講演をする櫻井よしこ氏



そう、共通しているのである




http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/u/ukiukineko/20100613/20100613080108.gif




これらの空港が 意味なく、作られていると
思われるだろうか。







「平和ボケした日本人」、「奴らはバカだよ」 と近隣反日諸国にさげすまれているが、
「一見バカ面した したたかな日本人」 は、有事の際のために
かなり入念な リスクマネージメントをしている。


だから、これらをなんとかしたくて、
日本に利益をもたらしたくないものたちは、全国の空港廃止のための大っぴらな運動を
国内で展開している。





しかし、これって、なにかどこかで見た風景と似てないだろうか・・・。

韓国の道路は、有事の際、戦車が走れるように、基幹の道路の幅は、非常に広い。
アメリカでも、有事の際、飛行機の離着陸ができるように、インフラを整備している。

日本に 「税金のむだみたいに、やたらと空港が多い」 のは、なぜだろう。

ちょっと前のことを思い出してみると・・・
3月11日に起こった地震で、ヘリコプターや自衛隊が 離着陸したのは、どこだっただろう。
離着陸できる 「ところ」 から、出発・帰還していたはずだ。

もし、それらが近くになければ、いかに狭い国土といえども、 現地に着くまでに時間がかかりすぎて
いたことだろう。
そして、多くのものが 「助からずに、亡くなってしまう」。


奥にもっと意味があり、
その意味は深く、賢いものであったなら、
「表面的な 事象」 だけで、「反対」 「阻止」 を唱えることが 
愚かで、思慮深くなく、 だれかに簡単に扇動されていることがわかる。


では、原発はどうだろう。

日本に原発が 「まったくない」 ことは、何を意味するか。

いや、逆を考えれば・・・、「核をもたない日本」 に核施設が 点在していることは
何を意味しているだろうか。

プルトニウムは、加工のしかたにより、今 平和利用され、エネルギー源になっている。
加工のしかたをちょっと変えた 北朝鮮では、核兵器を作っている。

これは、日本ではなく、周辺諸国に 「どんな意味」 をもっているのだろうか。

日本は核はないが、手は出せませんよ。
このように、今まで 日本は 「もの言わず」 で主張していたことになる。



昔、学生運動で鳴らし、市民運動家から 国会議員になった 菅首相は
赤軍派で よど号をハイジャックし、北朝鮮に亡命した 運動家の子息が作った
団体に 献金をしていた。

その菅首相が こんどは、日本全国にある 「原発」 をとめ、廃止しようと意気込んでいる。

これは何を意味するか。

これらの事象は、点である。
点と点を 結ぶと線になる。




戦前、戦後をとおして、日本人は
中国人や 韓国人から 「ずるい」 と言われた。


「弱いような顔をして したたかで 強い」 ことを
彼らは 「ずるい」 といい、地団駄を踏んだのである。


そして、それが 「日本の強み」 であった。



先人が 何を我々に 残してくれていたのかを よく考えよう。
手放して、最も 喜ぶのは だれなのかを よく考えよう。


success


【産経抄】 7月8日

2011.7.8  産経  
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110708/plc11070802390000-n1.htm



 ハイジャック犯は、日本刀を振り回す若者だった。空港に金属探知機が備えられていないから、飛行機への武器の持ち込みは簡単だ、などというと、若い人は「まさか」と笑うかもしれない。

 ▼昭和45(1970)年3月31日、羽田発福岡行きの日航機「よど号」(乗員乗客129人)を乗っ取った赤軍派メンバーの9人は、ソウルを経由して北朝鮮の平壌に入った。グループのリーダーが田宮高麿だ。田宮はそのまま故国の土を踏むことなく、平成7年に52歳で死亡する。

 ▼数年後その存在が再び注目されたのは、グループの日本人妻と北朝鮮への日本人拉致事件との関わりが、明らかになったからだ。田宮の妻の森順子容疑者は現在、国際手配されている。夫妻の長男(28)は、今年4月の東京都三鷹市議選に立候補して落選した。

 ▼この長男が所属する「市民の党」から派生した政治団体に、菅直人首相と鳩山由紀夫前首相の資金管理団体が、計7250万円もの政治献金をしていたことがわかった。拉致被害者の家族が憤りの声を上げるのは当然だ。
 ▼拉致事件の実行犯である北朝鮮工作員の釈放嘆願書に署名した“前科”がある首相に対しては、もともと不信感が強い。民主党政権になってから、拉致問題ではほとんど進展が見られない。一方で、長男同様に北朝鮮から帰国したグループの子女は、両国の行き来が可能だ。被害者家族はやりきれない思いだったろう。

 ▼拉致問題対策本部長である首相には、くわしく説明する義務がある。法的に適正な献金、では済まされない。それにしても昨日までの新聞を見るかぎり、小紙以外はほとんどこの問題を報じていない。世間は最近、拉致問題に冷淡すぎないか。





ここでいう 「挑戦への応戦」 は 「自分、自己に対して」 の挑戦についてである。
ひさびさに よい文章に出会いました。
お時間がありましたら、ぜひ、ご一読ください。




【正論】 
文芸批評家、都留文科大学教授・新保祐司
過酷な挑戦に応戦の決意あるか 
2011.7.5  産経  http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110705/dst11070503110001-n1.htm



https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/b2/40/okinojyoujp/folder/148126/img_148126_55008982_0?1222697888
http://blogs.yahoo.co.jp/okinojyoujp/55008982.html
都留文科大学  新保祐司 教授



 今日の日本、あるいは現在日本人が生きている歴史的状況は、果たしていかなるものであろうか。それは、根源的な危機であり、これまでの日本の在り方、あるいは日本人の生き方の根本からの問い直しが必要とされているのではあるまいか。戦後的な国家観や人間観は、破綻したからである。
 この事態を「節電」に象徴されているような、今までのやり方をやや縮小する、あるいは微調整するといった本質的な解決に届かない対応で何とかやりすごそうと考えて、ずるずると時間だけが過ぎていくと、日本の文明の命運に重大な結果をもたらすであろう。日本の将来は、この危機をどこまで深く精神の危機としてとらえることができるかにかかっている。

 ≪震災で「戦後民主主義」終焉≫

 東日本大震災は、まさに時代を画するものであり、「戦後民主主義」の息の根を止める威力を持つものであった。
 「戦後民主主義」は言論人からさまざまな批判を受けてきたし、安倍晋三政権による「戦後レジームからの脱却」を唱えた政治的運動もあったが、その方向が挫折して、民主党政権という「戦後民主主義」の申し子たちの政府が誕生した。「戦後民主主義」というものはなかなかしぶとく、結局、今日まで慣性の法則で惰性的に続いている。その中で日本人は惰眠を貪(むさぼ)ってきて、自らの思想や運動で「戦後民主主義」を打破することはできなかった。このことは日本人の思想力に対する絶望感をもたらし、「言論は空(むな)しい」という福田恆存の嘆息を思い出させる。

 しかし、現実を直視しなければならない。その上で、今後の日本人の精神を変えていくにはどうすべきかを考える必要があろう。
 いずれにせよ、大震災という物理的力が天災と人災(福島原発事故)をもたらし、結果として「戦後民主主義」を終わらせることになるのは間違いない。この非常時には、それを支えてきた現行憲法や戦後的な諸制度が虚妄であることが暴露されたからである。だから、「戦後民主主義」はできる限り早急に退場すべきである。しかし現実にはしぶとく居座ろうとしている。この醜悪な事態は、上辺だけがきれいごとである戦後的なるものの実相そのものである。

 ≪トインビーの『歴史の研究』≫

 日本の根源的な危機を鑑(かんが)みるとき、私は、旧約聖書のエレミヤ記第6章14節「かれら浅く我民の女(むすめ)の傷を医(いや)し平康(やす)からざる時に平康(やすし)平康といへり」を思い出す。今日の日本は本当に「平康からざる時」にある。それを「浅く」とらえ、「平康平康」といっている言説が多いように思われる。
 本来は、大震災を機に「戦後民主主義」は終わり、長らく我々(われわれ)がしてきた今年は戦後何年という呼び方での時代の区切り方を廃止して、今後は大震災後何年という風にいうべきである。そういう意味でも、実質的に戦後はやっと終わったのである。来年は大震災後1年と表記されるべきであろう。

 こういう本質的な問いを考えざるをえないときには、古典に立ち返るべきである。例えば、トインビーの『歴史の研究』は、今後の日本の文明の命運を考察する上に有用である。この大著は、文明の発生、成長、衰退、解体というように諸文明の歴史的過程を研究したものだが、その核心的な概念に「挑戦と応戦」がある。文明は、環境の挑戦に対する人間の応戦によって発生し、展開するということである。厳しい自然の挑戦に応戦する意志を持たない人間たちの所では文明は生まれなかった。

 「必要が発明の母であるならば、父は強情さ、すなわち、いいかげんで見切りをつけ、生活の楽な所に移ってゆくかわりに、あくまでも不利な条件のもとでいきてゆこうとする決意であるというのが、進歩の逆説的真理である」

 ≪明治維新150年どう迎えるか≫

 日本は今、過酷な挑戦を受け、応戦する「強情」な「決意」があるかどうかが問われている。所用で長期滞在しているイタリアから日本を遠望すると、悲劇の陰影は却(かえ)ってよく見えるように思う。
 イタリアは今年、統一150年である。過日、散歩していたら、150年を記念するポスターを見掛けた。そのポスターを見ていて明治維新が1868年、イタリア統一が1861年で、それほど違わないことに改めて気がついた。たしか、岩倉遣外使節団の『米欧回覧実記』の中でも、その点が触れられていたように記憶する。

 7年後、日本は明治維新という近代の開始から150年の節目の年を迎えるわけである。大震災の深刻な影響はまだまだ、残っているに違いない。このような悲痛な状況が、日本の近代150年の結末であったのか。「あゝ哀しいかな」というエレミヤの「哀歌」が歌われる時代なのであろうか。

 大震災を機に、日本の近代化の問題が根本的に問い直されなければならない。それが、応戦の中心的課題である。そして、新生日本の母胎が形成され、その上に将来の日本の文明の在り方が組み立てられて、明治維新150年の年を迎えなければならない。





東北大震災が 「戦後民主主義」 の末路であった。

であれば、

これから日本は、何に向かっていけばよいか。



かつて、京都大学に 日本のユング心理学研究の先駆として活躍された 

心理学者の
河合隼雄(かわい はやお) 先生がおられた。 (2007年に没)
河合先生は、その著書の中で、このように話されていた。




「生まれ変わるためには
死なねばならない」



この言葉は、河合先生が ユング心理学をベースにした カウンセリングで臨床していた
患者さんから、心理的葛藤を 患者自らが 「ほどいて、立ち直っていく過程」 の中で発せられた。
真の成長過程を表現した言葉、として象徴的である。

言葉が引用されている この 「こころの処方箋」 という著書は、中学校の国語教科書の題材として 長年採用されている作品である。



こころの処方箋(P122〜125)
http://kousyoublog.jp/?eid=1612

自分の内的体験としては、死んで生まれ変わったと表現したくなるような劇的な変化が生じることがあるのも事実である
(中略)

堅い自分が死んで、少し柔軟性がでてきた、などと答えた人もある。あるいは崖の途中で草にしがみつき、何とか上へ登ろうともがき苦しんでいたが、思い切って両手を離すと、何のことはない草地に軟着陸し、そこには新しい世界がひろがっていた、と答えた人があって、感心させられた。もっとも、両手を離したら奈落に向かって墜落ということもある。いつもいつも同じ方法が成功することはないのを、われわれはよく知っていなくてはならない。

象徴的な死と再生の過程の背後には、実際の死が存在しているのである。肉体的死を回避しつつ、象徴的死を成就することが必要で、ただただ「死」を避けていたのでは何事も成らないのである。





「生まれ変わる」 と言う過程には
「それまで生きてきた自己を 殺して、新たに再生する」
ということが、
「実際に」 ではく 「象徴的に」 行われているという。


「実際に」 行われた場合が 自殺であり、
「象徴的に」 行われた場合が 昇華である。


新保先生は、「生きなおせ」 と言われている。
私も 同意である。



success





新保先生が言っておられることを よく考えていると、河合先生の 「いったん死ぬこと」 に集約
されているような気がして、後半は、河合先生をご紹介しました。

河合先生は、どんな方だったかというと、次の 小川洋子さんとの対談がよくわかると思い、
こちらもまた、ご紹介してみます。

「望みがない時にどうするか」という有名な話。

僕は「望みを持ってずっと傍にいる」ことが大事だってさっき言いましたが、「望みがない時はどうするんですか?」って聞かれたんです。すると僕の目の前におった人が「のぞみのない時はひかりです」。みたらね、新幹線の売り場なんです。(笑)

あんまり感激したから、「あっ、のぞみの次はひかりだ」って言うたらね、向こうはびっくりして、「こだまが帰って来た」って(笑)(中略)

アインシュタインの、光は全てのものの中で一番速いいうのは間違いましたです。光より速いものがあったんです。(中略)
太陽から、ここまで光が届くのに何分かかるか知ってる?八分。ところが僕が太陽に「お願いします」言うたらパッと一瞬にして届く。だからのぞみはひかりより速いんです(笑)。



こういう やわらかい頭の方が、人間の心理という 深い深い世界を解析・研究しておられた。

にこにこしながら、
「でも 生まれ変わって、生きなおすってことは、いったん何かに 『死』 を与えて、
そしてそこから再生するんだ」 と言われている。
この精神なのではないか、と思ったりします。

むつかしいことなのだけど、 でもできる。
できてきたのが 日本人。

それもまた、そう思ったりします。

success 追記




【正論】 拓殖大学大学院教授・遠藤浩一 
自民は大臣ポストに
釣られるな

2011.6.21  産経  http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110621/plc11062102480003-n1.htm






 ≪大連立に乗らなかった吉田茂≫

 昭和22年4月25日、新憲法下初の総選挙で社会党が第一党に躍り出ると、西尾末廣書記長の口から「そいつぁえらいこっちゃあ」という一言が漏れた。

 社会党に政権担当能力がないことを弁(わきま)えていた西尾は、第二党の自由党を率いる吉田茂に大連立を打診し、「総理大臣は必ずしも第一党でなければならないということはない」と、“吉田首班”容認にまで踏み込んだ。まず連立政権に参加し、その過程で与党としての訓練を積むべきだというのが、西尾の考えだった。


 これに対し、吉田はもう一枚老獪(ろうかい)だった。第一党に政権を譲り自らは下野するのが「憲政の常道」であると主張し、党内にくすぶる連立参加論を抑える一方(当時から“大臣病症候群”が見られたらしい)、社会党に対しては「容共左派と手を切れ」と迫った。むろん無理難題であることを百も承知で敢(あ)えてふっかけたのである。


 一旦は社会党に政権を担当させても早晩行き詰まるに決まっているから、
ここは野党としての筋を通して、満を持して政権を奪還すればいい、というのが
吉田の肚(はら)だった。

 結局、「大連立」は成らず、社会、民主、国民協同の3党による中道・左翼連立政権が成立するも、片山(社会)−芦田(民主)両内閣は1年半で瓦解(がかい)する。この間、国民の間では保守政権復活への期待が高まり、昭和24年1月の総選挙で、(自由党改め)民主自由党は264議席を獲得して、圧勝する。



http://moon-water.org/beautiful/kamakura/20091206oiso/Shigeru_Yoshida_1947.jpg
http://moon-water.org/beautiful/kamakura/20091206oiso/index.htm
戦後日本の礎を築いた 第45・48〜51代内閣総理大臣吉田茂
麻生太郎 元総理は、この孫にあたる


http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/58/0001050758/56/img4e3910c7zik9zj.jpeg
http://plaza.rakuten.co.jp/chusan55/diary/201104080000/
吉田茂首相のあと、政権を握った 片山 哲氏と芦田均氏
社会党・片山哲(かたやまてつ) 氏が率いる内閣は8カ月、続く 民主党・芦田均(あしだひとし) 氏
が率いる内閣は7カ月の短命に終わった。



 ≪恋々とせず返り咲けたと伴睦≫

 吉田の番頭役(自由党幹事長)として対社会党折衝に臨んだ大野伴睦は、「政権に恋々としなかったことが、かえって国民全体の信任を獲得、次に堂々と第一党になりえた」と振り返っている。

 60余年前の経験から、今日の自由民主党が政略上学ぶべきことは、はっきりしている。大臣ポストの1つや2つに釣られてはならないということである。政権を奪還するという目的を達成するために自民党が採るべき選択肢は、野党としての筋を通して政権に恋々としないこと、これ以外にない。


 茶番のような菅直人首相による退陣表明のあと、一旦は高まった大連立熱が自民党内で急速に冷めつつあるのは、自由党以来の遺伝子が残っているということか。それはそれで結構なのだが、事はそう単純ではない。今日の状況は、自民党をして専ら政略上の要請をもって判断せしめることを許してはいないからである。


 「大連立」の掛け声の下、大臣ポストに群がろうとすれば、その浅ましさはただちに見透かされるだろうし、所詮、オール与党体制(ないしその変形)の構築だから、議会が狎(な)れ合い、機能停止状態に陥る危険性もある。

 他方、「筋を通す」と言えば聞こえはいいけれども、野党が被災地の復旧・復興に非協力的な態度をとりつづけたならば、これまた有権者の批判を浴びることになりかねない。特に衆参“ねじれ”状況にある以上、野党の責任は重く、国民はその行動を注視している。自民党としても、判断が難しいところだと思う。


 ≪民主党との狎れ合いは禁物≫

 筆者は、いくつかの条件が整えば「大連立」(閣外協力が望ましい)も当面の選択肢として有効と考えている。すなわち、

(イ)期間は半年から最長でも1年以内

(ロ)連立解消後はただちに解散・総選挙を断行して国民の信を問う

(ハ)取り組む課題は、
(1)被災者救済と被災地復旧
(2)緊急不可欠の復興策策定と実行
(3)福島第1原発の事故処理
(4)選挙管理、

の4つに絞る−という条件である。


 一部に、与野党が協力体制を構築して、復興・原発対策のみならず、税と社会保障の一体改革から選挙制度、憲法にいたるまで議論すべきだという意見もあるが、これは邪道だ。こうした基本的な、しかも大きな問題を処理するには、現在の議会構成には重大な欠陥があるからである。


 平成21年総選挙においては、どの政党もこうした問題についてまじめに政策提起をしたとは言い難い。特に、子ども手当、高校無償化、高速道路無料化、農家への戸別所得補償などのバラマキ政策を羅列する一方で、増税を否定して政権を獲得した現民主党政権は、莫大(ばくだい)な財源を要する復興策や経済再建策、一体改革を策定する適格性を欠いている。本格的な政策について国会で検討する前に、政党が真剣に

政策を練り上げ、提示したうえで民意を問うことが、必須の条件となる。


 また、早期の解散・総選挙含みで「大連立」を認めるということにすれば、与野党の狎れ合いも一定程度抑制できるだろう。

 つまり、前掲諸条件の最後に示した「選挙管理」とは、なるべく早く解散・総選挙が実施できるよう被災地の復旧を急ぐことにほかならない。そこにこそ「大連立」の意義がある。被災地に配慮したフリをして、「選挙なんてやってる場合か」と嘯(うそぶ)くのは“御為倒(おためごか)し”以外の何ものでもない。




御為倒し」 おためごかし。

久しぶりに耳にした言葉です。
以前は、「何かをいましめられるとき」 に、親からでも、祖父母からでも、世間からでも よく
言われた言葉でした。

では、
 「御為倒し」 おためごかし とはなんぞや。

『表面はいかにも相手のためであるかのように偽って、実際は自分の利益をはかること』 。
「おためごかしを言う」 などと使われる。


むかし、上記の吉田茂首相が このようなことをお話されたそうです。

私は、これを見て しばし立ちつくしました。


昭和32年の防衛大学第1回卒業式で、ときの総理大臣 吉田茂首相は
次のような言葉を卒業生たちに贈ったといいます。


「君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。きっと非難とか叱咤ばかりの一生かもしれない。御苦労だと思う。

しかし、自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。どうか、耐えてもらいたい」




これぞ、大義ではないか。


こういった首相が今、この日本国にいたならば、
おそらく諸問題は すでに解決しているものと思われる


ほんの少し前には、こうした優れた人物が首相になり
日本を背負っていた

そのことを忘れてはいけないと思う。



それは遠い花火ではない

success






【正論】
 弁護士、衆院議員・稲田朋美 
背骨なき党と手握るは
愚策なり

2011.6.17  産経  http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110617/plc11061703250003-n1.htm





 こんな情けない茶番をみるために政治家になったのかと思った。6月2日、内閣不信任案の否決を確実にした民主党代議士会の模様を、衆院の自民党幹事長室のテレビでみていての素朴な感想だ。

 何よりも理解できなかったのは辞めると言明した人を信任したこと、さらにいえば、辞めると言明したから信任したことである。本会議の結果をみれば、確かに内閣不信任案は「大差で否決」されたのだが、その内容は菅直人首相が首相にふさわしいからではなく、首相を辞めるといったから否決されたのである。矛盾というほかないし、自浄能力のない民主党が野党の内閣不信任案を利用して菅降ろしをしたということである。降りる時期をめぐっても、前首相が同じ党の現首相を、「ペテン師」呼ばわりする混乱ぶりである。


「反自民」でのみ結束の民主

 茶番劇を通じて露呈したのは、民主党が、第1に民主党を壊さないこと、第2に自民党を復権させないことを優先し、災害復興と被災者救済に責任を持つことを、その後に回した点である。民主党の一貫した主張はただ一つ、「反自民」だったということである。

 一昨年夏、政権交代が実現したのはなぜか。当時の自民党が国家国民のための正しい政策を実現することではなく、政権与党であり続けることにのみ価値を置く政治をしている、と国民が見て、政権を委ねる資格なしとの審判を下したからである。代わって登場した民主党もまた、政権与党であり続けることにのみ汲々(きゅうきゅう)としている。



 一方、わが自民党も、内閣不信任案提出を機に、またもや大連立の声が上がるなど、いまだに政局に翻弄されている。

民主党政権の誤りは、菅氏が首相であることにとどまらず、党の綱領すら持たない“野合の衆”が政権にあり、民主主義も法治国家であることも無視した世論迎合の思いつき政治を続けている点にある。菅氏が首相でなければ連立を組むとか、菅氏が辞めたら特例公債法案を通すといった事柄ではないのである。

 民主党の問題は、国家観、祖国愛がないこと、財政規律無視のばらまき政策を反省しないこと、意思決定のプロセスがいい加減なこと、ウソを認めないなど政治姿勢が不真面目なことにある。要は、綱領がないことに象徴されるように政治の背骨がないのである。

連立は閣内不一致で立ち往生

 政党とは本来、政治について思想信条を同じくする者が集まるものである。背骨のない民主党などそもそも、政党とは言い難い。「反自民」の一点でのみ結束できるというのでは、あらゆる政策課題についてまともな決断ができず右往左往するのは当然だろう。震災対応がこうも遅れているのも、政権党に背骨がないからであり、迷惑しているのは国民である。

 そんな背骨なき政党と連立しても何一つ決まらないばかりか、外交、防衛、教育など重要基本政策をめぐって閣内不一致になるのは目にみえている。だから、大連立は愚策なのであり、首相が誰かということが理由なのではない。
 さて、翻って、自民党は真の政党たりえているのか。自民党の支持率が上がらない要因は、有権者たちがためらわずそうだといえないあたりにあるのではないか。

 綱領も理念もない民主党と手を組めば、自民党の存在感はますます薄れてしまうだけでなく、自民党もまた、思想信条なき政党に転落しかねない。そうならずとも、早晩、民主党の大衆迎合政治や社会主義的な発想とは妥協できなくなって連立離脱を余儀なくされ、そうなれば「ふらふらしている」党という印象を与えてしまう。

 では、今の難局をどう打開するのか。最終的には解散・総選挙しかない。復旧復興には最大限協力する、しかし、誤りは厳しくただす、そして選挙ができる状況になれば解散・総選挙に追い込んで戦う。「急がば回れ」である。

自民首班で空白埋める道も

 政治空白をいつまで続けるのかと問われれば、民主党政権が続く限りと答えるしかない。今回のような緊急事態では、全国津々浦々に張り巡らされた組織や人のネットワークの活用が必要だ。が、自民党にはそれがあり、民主党にはそれがない。つい先日も、ある経済人が発災直後、自民党の多くの政治家からは協力要請があったのに民主党の政治家からは何もなかった、と空白感を嘆いていた。


 解散・総選挙をせず、現有議席の下で即断即決できる体制を作ることも可能である。野党第一党の自民党の総裁を首班とする政権を編成し、その政策に賛同する国会議員すべてが参加するのだ。これは連立ではない。民主党議員は野合をやめ、自らの良心に照らして自民党の首班に投票してもらえばいい。その体制下で復旧復興を即断即決で進める一方、最高裁で違憲とされた一票の格差を是正する選挙制度改革も早急に行い、そのうえで解散し国民の信を問う。


 いずれにしても、今の日本の政治家に求められていることは、たった一つである。私利私欲や政局ではなく、この国難にあたって自らを国に捧(ささ)げる覚悟である。 (いなだ ともみ)








こうりょう
「綱領」 とは なにか。

1 物事の最も大切なところ。要点。眼目。
2 政党や労働組合などの団体の政策・方針などの基本を示したもの。

ここでは、2の意味である。

「政党の綱領」とは なにか。 

綱領と規約は、いわば憲法と法律の関係と言える。綱領は政党が追求する基本的な理念や目標などを規定し、規約は、綱領を受けて、具体的に党の活動や組織構造などを定める。

Yomiuri Online  ミニ時典より


つまり、党としての存在の指針を示すものであると解釈できる。

各党では、次のような綱領を掲げている。


■自由民主党 (平成22年綱領)

http://www.jimin.jp/aboutus/declaration/#sec03

1.我が党は常に進歩を目指す保守政党である
  • (1) 正しい自由主義と民主制の下に、時代に適さぬものを改め、維持すべきものを護り、秩序のなかに進歩を求める
  • (2) 勇気を持って自由闊達(かったつ)に真実を語り、協議し、決断する
  • (3) 多様な組織と対話・調整し、国会を公正に運営し、政府を謙虚に機能させる
2.我が党の政策の基本的考えは次による
  • (1) 日本らしい日本の姿を示し、世界に貢献できる新憲法の制定を目指す
  • (2) 日本の主権は自らの努力により護る。国際社会の現実に即した責務を果たすとともに、一国平和主義的観念論を排す
  • (3) 自助自立する個人を尊重し、その条件を整えるとともに、共助・公助する仕組を充実する
  • (4) 自律と秩序ある市場経済を確立する
  • (5) 地域社会と家族の絆・温かさを再生する
  • (6) 政府は全ての人に公正な政策や条件づくりに努める
  • (7) 将来の納税者の汗の結晶の使用選択権を奪わぬよう、財政の効率化と税制改正により財政を再建する
3.我が党は誇りと活力ある日本像を目指す
  • (1) 家族、地域社会、国への帰属意識を持ち、自立し、共助する国民
  • (2) 美しい自然、温かい人間関係、「和と絆」の暮し
  • (3) 合意形成を怠らぬ民主制で意思決定される国と自治体
  • (4) 努力するものが報われ、努力する機会と能力に恵まれぬものを皆で支える社会。その条件整備に力を注ぐ政府
  • (5) 全ての人に公正な政策を実行する政府。次世代の意思決定を損なわぬよう、国債残高の減額に努める
  • (6) 世界平和への義務を果たし、人類共通の価値に貢献する有徳の日本


■公明党  (一部抜粋)
http://www.komei.or.jp/komei/platform/

一、〈生命・生活・生存〉の人間主義
二、生活者重視の文化・福祉国家
三、人間と自然の調和
四、人類益をめざす地球民族主義へ
五、世界に貢献する日本
六、草の根民主主義の開花と地方主権の確立
七、民衆への献身とオピニオン・リーダー


■立ちあがれ日本

http://www.tachiagare.jp/outline.php
   1. わが党は、誇りある日本の文化と伝統、豊かな自然に育まれた国土と環境、国民の生命・財産を守り、国際社会の一員としての責任を果たすため、自主憲法制定を目指す。
   2. わが党は、国・地方が直面する財政危機を突破するため、あらゆる政策を総動員し、持続可能で透明性の高い信頼される行政の実現を目指す。
   3. わが党は、安心社会の実現のために財源に裏打ちされた持続可能な社会保障制度と経済成長力強化と雇用の創造を目指す。
   4. わが党は、経済と国民生活の基盤である、食料・水・エネルギー資源の確保に向け総合的な資源戦略を確立する。
   5. わが党は、地球環境の保全、自然との共生に根ざした成長という21世紀の課題に正面から取り組み、世界最先端の環境型先進国家を目指す。
   6. わが党は、一人ひとりの国民が国際社会で通用する道徳観と教養を身につけ、希望を持って働き、国や地域や家族を愛し、豊かな人生を得るための教育の振興を目指す。
   7. わが党は、失われた政治への信頼を取り戻すために、「選挙のための政治」を峻拒し、政治生命をかけて政策の実現を目指す。


■社民党  (一部抜粋)
http://www5.sdp.or.jp/vision/vision.htm

Ⅰ  格差のない平和な社会
Ⅱ  私たちの社民主義とは
Ⅲ  政策の基本課題
Ⅳ  改革の道筋


■共産党  (一部抜粋)

http://www.jcp.or.jp/jcp/Koryo/index.html
五、社会主義・共産主義の社会をめざして

 (一五)日本の社会発展の次の段階では、資本主義を乗り越え、社会主義・共産主義の社会への前進をはかる社会主義的変革が、課題となる。これまでの世界では、資本主義時代の高度な経済的・社会的な達成を踏まえて、社会主義的変革に本格的に取り組んだ経験はなかった。発達した資本主義の国での社会主義・共産主義への前進をめざす取り組みは、二一世紀の新しい世界史的な課題である。

 社会主義的変革の中心は、主要な生産手段の所有・管理・運営を社会の手に移す生産手段の社会化である。社会化の対象となるのは生産手段だけで、生活手段については、この社会の発展のあらゆる段階を通じて、私有財産が保障される。

 生産手段の社会化は、人間による人間の搾取を廃止し、すべての人間の生活を向上させ、社会から貧困をなくすとともに、労働時間の抜本的な短縮を可能にし、社会のすべての構成員の人間的発達を保障する土台をつくりだす。




どのような政治信条をもっているか。
それを示すものが綱領である。


責任政党の綱領が、今の日本政府の政治信条をしめす綱領となる。
その綱領がない、ということは、どういうことなのであろうか。


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