|
夫、中川昭一が
遺したもの 2 中川郁子氏インタビュー
http://ameblo.jp/axolotl/entry-10356887517.html
http://stat001.ameba.jp/user_images/20091004/13/axolotl/fa/7c/j/o0512038410267324476.jpg 西村:先生の去年夏の衆院選落選の原因は、やはり去年の2月14日のイタリアで開催されたG7財務大臣・中央銀行総裁会議の記者会見の報道だと思います。 不思議なのは、なぜ、あのような「酩酊状態」になったのか、なぜ、それにもかかわらず記者会見に臨んだのかという原因究明がされないで、一方的に面白おかしく「酩酊状態」が報道され続けたことです。 当時、私はニュース解説をしているCS局「チャンネル桜」の番組で「あの時点で関係者や会見前の食事に同席していた人や新聞記者を全部取り調べるべきだ。特に新聞記者は公の場でどんなことが起きていたのか説明するべきだ」と言いました。 中川:麻生内閣で財務大臣に就任後すぐに世界金融危機が起きました。それまでも緊張感をもって仕事をしていた主人が、本当に異常な緊張感で連日仕事に就いていました。もちろん日本の危機、世界の危機ですから、大変緊張して仕事に向かうのは当然といえば当然ですが、私は家族として主人の体調がとても心配でした。 やはりマーケットが気になるので、毎日世界の市場動向を気にしていたし、役所からの書類が自宅のポストに来るのですが、とても気にして何回も階段を降りて見に行っている姿を見ていました。 これは本当に普通の状態ではない。緊張が今までになく高まっているということを私でも感じました。農水大臣のときも、その時その時で緊張感のある場面を私も一緒に見てきましたが、今度ばかりは本当に寝ていないのではないかと思う毎日でした。 ヨーロッパのマーケット、ニューヨークのマーケットと、世界のマーケットを見ながら何回も居間に降りてまだ役所の書類が届いていないか確認したり、赤いサインペンでマークしながら書類に目を通していたので、朝食も居間で食べることも無く、私は書斎におにぎりを運ぶ毎日でした。 そういう状態が続く中で、一昨年12月の予算委員会でしゃっくりが1週間止まらないという状態になったんです。懇意にしていた鎌倉建長寺の高僧の方が心配してくださり、緊張感とストレスが非常に溜まっていて起こる症状だと仰って、色々アドバイスをしていただいたこともありました。 その後また1週間しゃっくりが止まらないという状況が2月にもあり、ちょうど治ったか治らないかというときにローマ出張があったので、何か悪いことが起こらないかと心配していました。しかし、主人は非常に張り切り、十分な下準備をしてイタリアへ出かけました。 そのとき、主人はIMFへの10兆円の投資のことが頭にあり、私にはその話はしませんでしたが、「テレビを必ず見ておくようにね」と言われたのです。これまでニュースを見ておくようになどと、言われたことがあまりなかったんです。つまり、それだけ、主人は昨年2月14日のG7財務大臣・中央銀行総裁会議に賭けるものがあったのだと思っていました。 西村:あの「酩酊会見」のニュースには本当に驚かれたのではないですか。 中川:はい。主人があれだけ全精力を注いで臨んだ国際会議だったので、私も気にしていました。そうしたら、朝のニュースをたまたま最初に息子が見て「大変なことになっている。パパが変だったよ」と。次のニュースを見てインターネットで確認し、これは大変なことになっていると。 しかし、日本では大騒ぎになっていたにもかかわらず、成田から公用車に乗ってすぐ掛けてくれた電話で「今着いたからね。テレビ見てた?」と言うのです。「大変なことになっているわよ」と私が言ったら、主人には「何言っているんだ」と逆に不審がられたんです。本人は何も知らなかったんです。 西村:財務省の大臣官房や財務省のお役人、大臣秘書官たちが何も情報を取っていないし、どういう報道があったのかフィードバックもしていません。危機管理の点からも考えられないことですね。 中川:強いて情報を教えなかったのかどうか、それは私には分かりません。「何をニュースでやっているんだ、俺はちゃんとやってきたじゃないか」と事情の分からない主人は電話でそう言いました。 主人はいみじくもIMFのストロスカーン専務理事が世界の記者団に向かって「日本による資金融資額は人類史上過去最大の貢献である」「日本からの資金援助は今回のサミットでの最大の成果である」と感謝を示したように、非常に達成感をもって帰ってきたわけです。 ところが、会見報道で大変なことになっていたので、「とりあえず私に聞くより周りの誰かに聞いてみて」と私は言いました。 私が最初に見たのは6時か7時のニュースで、主人が飛行機に乗って帰ってくる間誰も分からなかったのは不思議だと思いました。しかも出迎えの人たちがいらっしゃったと思うのですが、その方たちは何も知らなかったのでしょうか。本当に狐につままれたような気がします。 http://pds.exblog.jp/pds/1/200811/14/28/d0010128_19562575.jpg
http://since1970.exblog.jp/page/50/ http://www.news24.jp/pictures/2008/11/14/081114027.jpg http://search.ntv.co.jp/news24/search/?category=news&page=1&sort=news24_new&keyword=%E5%A4%96%E8%B2%A8%E6%BA%96%E5%82%99%E9%87%91 西村:奥様はあのとき、玄関で中川先生を励ます言葉をかけました。けっこう世の主婦たちの間で評判になったんです。 中川:テレビクルーの撮影が終わって電気が消えたから録音されていないと思って、主人を励ましました。ところが、娘に「それでも音は拾っているのよ。ママは本当に何も知らないんだから」と怒られました(笑)。 確かに、主人が亡くなった後、皆さんが口を揃えてあの会見事件について指摘したのが、仰るように「企業だったら、徹底的に危機管理をする」「あんな状態で記者会見に絶対に出さない」という憤りでしたね。 主人が亡くなった後にも、IMFのことで主人と高校の同級生だった玉木財務官が出張されました。昨年のG8でもゼーリック世界銀行総裁がかなり長い時間をとって主人のことに言及したそうです。 主人とゼーリックさんは、なぜか気が合いものすごく長いお付き合いでしたが、「中川のお陰で金融危機を乗り越えることが出来たのです」と長いスピーチにしてくださったそうです。 西村:あの会見から1年以上たって、新たにお分かりになったことはありますか。 中川:ある財務省の方が「財務省の記録では、あのときホテルのドアを開けるまでは中川は非常に元気だった。それからあの会見の途中で具合が悪くなったとしてあるので、中川の名誉は守れる」と仰いました。でもそれは、中川の名誉を守ることにならず、役所が守られるという気がしました。 玉木財務官は昨年12月に行われた高校の同窓会で、「あのとき決して中川はお酒を飲んでいませんでした。それを僕は役所を退官してから、次のライフワークとしてそれを証明していきたい」と話をされたそうです。 西村:そういう発言は貴重ですが、なぜ、退職後でないとそれを証明できないのかという疑問が残ります。それこそ、本来はマスコミが追究するテーマですよ。 恐らく玉木財務官はあの「酩酊会見」の理由がお酒でないことを確信しています。ですから、直前に食事を一緒にした読売の記者や他の記者たちをメディアが後追い取材しないのは非常に不思議です。 中川:私もマスコミがやはりおかしいと思ったのは、家の前であの直後本当に取材陣がすごかったんですが、少し収まったなという頃にまたバチカンで不祥事を犯したという話が出たことです。 バチカン放送局の神父様がわざわざお手紙をくださって、「自分が取材を受けました。取材を受けたときに、中川さんは全く普通にしていました。ご主人は歴史が好きなので、ローマに関する本もたくさん読んでいるので、その話で盛り上がりました」と伝えたと。 「自分が注意したのは、他のガイドがすごくうるさかったのでその人に注意しましたが、中川さんは全く関係ありませんでした。マスコミの取材にはそう答えたのに、全く違う報道が行われている」「事実と違う報道が日本でされているのですね」というお手紙を頂いたのです。 2月14日の記者会見から続いた主人を非難する報道は、やはり、間違いなくマスコミの偏向報道だと私は思っています。 西村:中川先生は以前から何度も報道被害を受けています。 5年前の1月12日の朝日新聞は、安倍幹事長(当時)と一緒にNHKに政治圧力を掛けたと捏造報道を行いました。あのときも、私は雑誌などで報道テロに等しいやり口を解明し反論しました。 安倍さんも中川さんも、日本が嫌いな人たちにとって目の上のたんこぶのような存在でしたから。 中川:偏向報道と言えば、昨年の衆院選挙も酷かったんです。 主人が選挙区を回っている様子を報道したものですが、その選挙区のお爺さん、お婆さんと主人は、昔からの顔見知りで子供みたいな気持ちになって言葉を交わしていました。そのときの主人とお爺さん、お婆さんの会話が、主人が地元で見限られているような印象を与えるように、言葉の一部分だけをカットして報道されたんです。 「こういうところもあったけど、でも私は一生懸命やるから」と主人が言うと、「こんなときに来てもね」と返答されているように、ずいぶん作り上げられて報道されました。 あれでは取材された側も驚きます。「こんなときに」という言葉のニュアンスはその人が話した内容を全部聞けば分かります。本当は哀愁に溢れる言葉だったのに、そこだけ使用して、色々な番組で繰り返し繰り返し報道されました。 選挙期間中というのはネガティブキャンペーンをしないのがルールのはずですが、去年の衆院選は選挙 の前の日までそういう報道が行われていました。 その③に続く http://blogs.yahoo.co.jp/success0965/11154858.html
http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-526.html
日本、IMFへ10兆円 投資・・・。 あのとき、 日本はとてつもなく かっこよかった。 success
|
報道されない本当の日本と日本人
[ リスト | 詳細 ]
|
夫、中川昭一が
遺したもの 1 中川郁子氏インタビュー
http://www.tokachi.co.jp/photograph/201008/20100826-0006432-0007253.jpg
http://www.tokachi.co.jp/photograph/?photoid=7253 インタビュアー 西村幸祐氏 西村:昨年10月3日の突然のご逝去以来、慌しい時間が過ぎていったと思います。 中川:庭いじりが好きだった夫が、東京の自宅の庭に密かに植えていたチューリップが蕾をつけ、花を咲かせたときは、本当に嬉しかったんです。 主人が植えたことに気づかなかったからです。そして、こんな寒い春でもチューリップは咲くものだと感心しました。 西村:2月末に偏向メディアを監視するブログ集積サイト「メディア・パトロール・ジャパン」を、作曲家のすぎやまこういちさん、今度自民党から参院選に立候補する三橋貴明さんと一緒に作ったんですが、じつは、中川先生を追悼する意味を込めてチューリップを拉致問題のシンボル、ブルーリボンと一緒にデザインしています。女性デザイナーの発案でした。 ところで、4月18日の帯広市長選挙で中川さんは積極的に表舞台に立たれるようになりました。 中川:はい。自民党推薦の上野敏郎候補の応援をお手伝いしました。民主党の米沢候補は、驚いたことに民主党を離党した石川知裕議員が選挙戦の中盤から前面に出て応援し、今の矛盾した日本の政治を象徴するような選挙戦を繰り広げました。 そして、新党大地の鈴木宗男議員と歌手の松山千春さんが最前線に立って米沢候補を応援しました。昨年の衆院選挙で夫を破った「民主党の風」の再来を思わせる選挙でした。 残念ながら私が応援した上野候補は敗れましたが、わずか138票の小差でした。昨年の衆院選に比べれば帯広市民も確実に何かに目覚めたのではないかと思っています。 その証拠に、同時に行われた市議補欠選挙では、主人の秘書だった神谷ひろゆき氏が大差で民主党候補を破りました。私が「残念だが、今日の結果は負けたとは思わない。僅差だし、本当に多くの方から温かいメッセージをいただいたと思っている」と地元メディアの取材に答えることができたのも、こんな背景があったからです。 この選挙で繰り返し私が訴えたのは、主人が生前訴えていた「十勝・日本が危ない」という言葉でした。そんな主人の想いを多くの皆さんに伝えたい一心で応援したんです。 西村:中川さんが政治の矢面にお立ちになったことが色々な憶測を喚ぶかもしれませんね。 中川:正直申し上げて、昨年はここまで私が政治に関わることになるとは想像もできませんでした。 10月3日の主人の突然の死は、主人の総選挙での初めての敗北の後に襲ってきた悪夢のようなものでした。だから、冷静に何も考えられない日々が続いていました。 でも、そんな私を勇気づけてくれたのは、若いスピードスケート選手、高木美帆さんの大活躍でした。高木美帆さんは中学生で史上初のスピードスケート五輪代表選手に選ばれたばかりで、バンクーバー五輪を控えた今年の1月9日から、「明治北海道十勝オーバル」で、初の国際大会が開催されました。 十勝オーバルは去年の8月に国内2番目の屋内スピードスケートリンクとして完成しましたが、主人が生前スピードスケートリンクを帯広に、と熱心に取り組んでいたこともあり、この大会への私の想いも強いものになったんです。 西村:中川先生はスポーツ好きでサッカーにも詳しかったですよね。 中川:故郷への想いからウィンタースポーツの普及にも熱心でした。 主人が関わらせて頂いていたスピードスケート。その晴れの舞台で、高木美帆選手が大活躍しました。高木さんは帯広市の隣町、幕別町の出身で地元のヒロインですが、彼女の若さとキラキラする瞳をテレビで見て、ああ、私も頑張らなければいけないと思うことができたんです。 主人は前から「日本の子供たちの目がキラキラ輝いていないのだよ」と言って心配してました。経産大臣のときにカンボジアへ行って、真宗大谷派が支援しているカンボジアの幼稚園の先生を養成する施設に行きました。そのとき、子供たちの目がすごく輝いていて、それに比べて日本の子供たちの目が輝いていないねと、その頃から言ってました。 十勝オーバルでの高木美帆ちゃんの目が私には輝いて見えたのですが、あのリンクはずいぶん好記録が出ていて、選手は十勝で滑りたがっているという話を聞いて、本当に良かったという気持ちです。 スピードスケートリンクはコンクリート構造ですが、民主党の「コンクリートから人へ」というスローガンの嘘を実感できたからです。 美帆さんの瞳の輝きに主人の言葉を思い起こし、彼が建設に尽力したスケート場をNHKを通して多くの国民が見てくださっている、と思ったとき、不思議なことにとても大きなエネルギーを頂きました。あの中継を見てから、私は前向きにものを考えられるようになりました。 西村:とにかく突然のご逝去でご家族の驚きと悲しみは想像を絶するものがあったと思います。 中川:じつは、亡くなる8日前の9月25日には友人の個人病院の先生の所で簡単な検査も受けています。そのときも、どこも悪いところはないという診断で、主人はとても喜んでいました。 主人は、大きい病院と個人病院を交互に訪れ、まめに健康診断や検査をしていたのです。ですから、主人が突然ああいうことになり、家族は本当に大きな衝撃だったんです。 最後の健康診断をした友人の医師の方は、それまでの色々な検査の結果や司法解剖の結果を見て「本当に大きなストレスや哀しみがあると心臓が止まってしまうことがあるんだ」と慰めてくださいました。 主人がお酒を控えていたのも事実です。検査では全然発見できなかったのですが、やはり血管の古くなっている部分などがストレスなどで機能しなくなったのではないか、循環器系障害の突然死ということです。 今では、主人の死を本当に世の中には判らないことがあるということではないかと、自分を納得させています。 主人が亡くなったあと、安倍総理は毎日お葬式の日まで自宅にいらしてくださいました。葬儀まで4、5日あったにもかかわらず、ときには昭恵夫人を伴って1時間も主人の前にいてくださいました。本当の友達のように思って頂いたことに心から感謝しています。 それに、麻生総理にもよく来て頂きました。麻生総理はその都度色々な言葉で私たち家族を励ましてくれて。お通夜の前日ですが麻生総理が息子に、「お前、この4日間でいい顔になってきたな」と仰ったという話を聞いて本当に素敵な方だなと思いました。私は聞いていなかったんですが、息子はもちろん、娘もとても励まされたと言っています。 http://pds.exblog.jp/pds/1/200910/09/79/e0165379_1112884.jpg
http://flosmile.exblog.jp/11319942/ http://pds.exblog.jp/pds/1/200910/09/79/e0165379_124885.jpg http://flosmile.exblog.jp/11319942/ その②に続く http://blogs.yahoo.co.jp/success0965/11154753.html http://stat001.ameba.jp/user_images/20091004/13/axolotl/0b/23/j/o0506038310267324059.jpg
http://ameblo.jp/axolotl/entry-10356887517.html http://img.youtube.com/vi/lEO6XmdsyRI/0.jpg http://bluesplayer.co.uk/%E4%B8%AD%E5%B7%9D%E9%83%81%E5%AD%90/
|
|
聞いてちょっと うれしくなる お話、第3弾。 こんなにたくさん あるんですね。 ^^ 外国人が日本人を見て和む瞬間
第2次大戦始まってから、イギリス中の優秀な人を大学でスカウトしてきて 日本語を習わせたんだそうだ 生徒達は日本語習得して軍隊に入って、日本軍の捕虜対応や 暗号解読することになってた 先生は日本人向けラジオをしていたとかの日本人夫婦で、 日本へ帰り損ねた人 日本人捕虜をしっかり待遇してあげてってスタンスで日本語教えてた あんな時代なのに、生徒は誰一人日本を嫌いにならなかったんだって 日本軍がどこか攻撃した、真珠湾攻撃かもしれないけど 新聞で大きなニュースになったときは イギリス一般人に襲われたりしないように生徒の有志達が、 先生夫婦を家まで送っていったとか (そんなことはなかったらしいけど) そのなかからヒュー・コータッツィのちの日本大使とか 高名な日本研究者が輩出したんだって * * * * * 留学中、朝鮮人だと思われて……の人のを読んで思いだした。 イタリア旅行中、バチカン市国に行った。 もちろんキリスト教総本山なので警戒は厳重。 スイス傭兵に警備員、金属探知機のゲートなどしっかりしている。 しかしこちらが日本人だと分かると にこにこしながら金属探知機のゲートすら通さないでそのままスルー。 日本人偽装した奴がいたらどうするんだ。 雰囲気で分かるのかもしれないけども。 キリスト教総本山で厳重な警戒をしていても 日本人は無害認定なんだなーと思ってちょっと和んだ。 * * * * * シュリーマンが幕末に来日した時、 日本の官吏が賄賂を受け取らないって事に感銘を受けた旨を書いてた一方で 日本国内を旅行する際に役人を同行させる事と、役人の毎日の飲食代を支払う 条件に同意したら、 「あいつら毎晩どんちゃん騒ぎするんだけど」 って愚痴を 日記に書いてたって話、聞いた時は笑った。 * * * * * 台北旅行中。 とある現地チェーン店で昼ご飯。メニューを持ってきた若い店員さん、 こちらが日本人とわかるとうれしそうに丁寧な日本語を話し、 メニューも日本語版を持ってきて、おすすめはこれです、とか言ってくれる。 食事を済ませ、レジに行こうとしたらその店員さんが、 すみません、これ何と読むのでしょうか? と尋ねてくる。 どれどれ、見せられたメモ書かれていたのは 吉 本 興 業 の四文字がw ちょっと動揺しつつも、ひらがなでかいてあげた。 きっとネットニュースで見たんだろうなぁと思いながら 店を後にしました。料理うまかったです。 ちなみに今テレビでは「暴れん坊将軍II」を字幕版でやっています。 * * * * * 【話題】「風雲!たけし城」世界中でツイート現象あのTBS人気番組「風雲!たけし城」(英語名Takeshi's Castle)が、6月3日にTwitter上で何が話題になっているかの指標になる「トレンドワード」の世界部門でランクインした。 突然の現象で、しかも日本発のコンテンツが世界部門にランクインするのは極めて異例。一体何があったのか……。 その日はイギリスでエリザベス女王の戴冠60年特別式典が行われ、歴史的な式典だけにイギリスの多数の局が特番を放送した。 その中、「たけし城」イギリス版を放送する局(Challenge TV)が、裏で週末に「たけし城」のマラソン放送を敢行したことが発端となったようだ。イギリスで火が付いた後に、瞬く間に世界中にツイートが拡散し、一時はTL(タイム・ライン)が、世界中から寄せられた追いきれないほど数多くの各国語ツイートであふれた。 その9割前後は肯定的な内容で、毎時数100件から数1000件が書き込まれた模様だ。 「たけし城」は世界159の国と地域で放送実績があり、現在も放送中の国が多数ある。 突然の世界トレンド入りは、「たけし城」の世界的な人気を裏付ける、象徴的な出来事と言えそうだ。(文化通信) eiga.com/news/20120612/7/ (はじめに http:// つける) 「たけし城」
外国人にも 人気なんですねぇ。 笑 success |
|
ふと見かけた、ちょっといい話。
第2弾。 今回も、なかなかGoodです。 ^^ 外国人が日本人を見て和む瞬間
仏W杯のクロアチア戦だったと思うが、日本の予選敗退が決まった時、 勝利に喜ぶクロアチアのサポーターに対して、日本のサポーターから 「決勝リーグ進出おめでとう。同じリーグを戦った戦友として、 日本は、クロアチアの今後の健闘を祈ります」 というような英語の横断幕が張られた。 そして、日本側から 「クロアチア・ちゃちゃちゃ クロアチア・ちゃちゃちゃ (拍手)」 というエールが送られた。 期せずして、クロアチア側からも 「ニッポン・ちゃちゃちゃ ニッポン・ちゃちゃちゃ(会場全体が大拍手)」 という状況になった。 自分は当時も今もヨーロッパ在住の身で、ユーロスポーツTV(英語版)で 観戦していたんだが、司会者とコメンテーターが、 「何と感動的なシーンなのでしょうか。長年W杯を観戦していますが、試合後に これほど胸がいっぱいになったのは初めてです!」 「本当にその通りです。試合後に両チームの健闘を称えあう、これこそが、 W杯が目指しているもののハズです。なんて素晴らしい・・・(嗚咽)」 自分もその言葉に泣きました。イタリアやドイツにはクロアチアからの 移民が結構すんでいるんだけども、今だにこのことを覚えてくれている人もいる。 * * * * *
アメリカのカリフォルニアに住んでるアメリカ人とネットでお話していたらこんな話になった。 米人「俺さ、NHKや日本のニュース番組見てるんだ。」 私「え?何で?日本のニュース見ても貴方には何も関係無いでしょう?」 米人「そうなんだけどさ、こっち(アメリカ)は毎日毎日戦争報道ばっかりなんだ。 もう戦争なんかいいんだよ。CNNって知ってるだろ?」 私「ああ、有名だよね。CNN。」 米人「CNNに新しいスポンサーがついたんだけど、何処だと思う?」 私「その口振りから言うと、あんまり穏やかじゃなさそうだね。」 米人「そう!そうなんだよ!知ってるかい?CNNの新しいスポンサーはアメリカ海軍さ!」 私「本当?」 米人「じゃあ CNN 見てみろよ。番組の前後に【この番組はアメリカ海軍の提供です】って文字が出るぜ。」 私「大変そうだね。でも何で日本のニュース番組見るの?」 米人「日本のニュースはどっから見ても平和そのものじゃないか! 日本だって テロの対象だろう? 何でこんなに平和なんだよ!」 私「え?つまり?」 米人「お花が咲いたとか! アザラシのタマちゃんが出たとか! タマちゃんが住民票とっただとか! 桜前線北上中とか!! どうでもいいじゃねえかそんな事!!」 私「あー、そう言えばあんまり意識した事なかったなー。」 米人「それはお前らの国が平和だからだよ! 何だよ!! 何がタマちゃんだよ!! アメリカのマスコミはクソったれだ!!」 私「お花かー、そういえばもうすぐ花見だね。」 米人「花見!?花見って花見て酒飲んで踊る奴か!?くっそーーーー!!!! 日本は何でそんな平和なんだ!! チクショウ!!クソがっ!! 花が咲いたなんてどうでもいいじゃねえか!! 何でいちいちニュースで報道するんだよ!!! チクショウ!! 平和だ!!! タマちゃんがっ!!」 私「あははは……」(笑うしかなかった) 改めて日本人の海外への無関心さと、平和憲法の恐ろしさを知りました 。 * * * * *
ものすごく、おかしくて、笑ったお話。 以前、会社にきていた米人さんがポツリ。 「なぜ日本人はチョップスタイルで 人の間をすりぬけていけるのか? 日本で通じる独自の意味があるのか、それとも忍者的な何かなのだろうか」 と、意味不明な事をいっていた 確かに日本でスイマセントオリマスヨーって時は 片手でチョップつくるなぁと思った。 先日、だいぶ日本に慣れた米さんは 山手線から降りるなり チョップスタイルで人を掻き分けていた。 「日本の業(わざ)をマスターした!」 とかキラキラしてました。 何か 「いい国、日本」
忍者は 永遠なり。 笑 success http://t3.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcRS7vGPKVZL3GMrQwqhsSyC_E5prdTfuJlTDIfxpcgYO0k0820CkQHwgYkNjQ
shinobinoshu.the-ninja.jp/ (はじめに http:// つける) にんにん
|





