平成22年7月11日、
この日は、後に、
「日本」という文明の復活の日
であったと、言われることになるだろう。
大化の改新を受けて、蘇我蝦夷(そがのえみし)が自害し、
館に火を放って、
古来の古文書が灰燼に帰した。
後に明治維新のきっかけを作ることになる、
蘇我蝦夷は朝廷を専横し、
中大兄皇子らに除かれたのだ。
しかし、蘇我蝦夷が焼き払った文書には、
この国古来の思想・来歴が述べられていた。
これを失い、我が国は
仏教・儒教、そして西欧文明に翻弄されることになる。
外来文明は、徐々に消化され、
異物を排除し、
「日本文明」は古代とは少し形を変え、
江戸時代を通じて極相(完成)に至った。
水戸光圀は、儒教の哲学に基礎をおいて、
歴史の正統性に思いをいたし、
皇室を再発見して、
歴史の再編纂を決意。
彼が着手した「大日本史」は、
水戸藩財政の3分の1をかけ続ける直轄事業となり、
我々が何気なく
「日本らしさ」
と言葉にするものは、
JapanCoolだ、昭和だ、明治だ・・・といっても、
慎重にみてゆくと、実はほぼ全て、
「江戸らしさ」
だということに気づく。
人情にせよ、風情にせよ、風景にせよ。
蘇我蝦夷によって一旦失われた
「日本らしさ」は、
「江戸らしさ」となって復活し、完成していた。
人々は、常識に自信をもち、
明るく、愉快で、道理に満ちた、勤勉な社会をつちかっていた。
それを壊してしまうきっかけをつくったのは、
不幸なことに、「日本を見つけ直した」と思い込んだ、
水戸光圀、水戸学であったようだ。
正しき日本を求めて、
「江戸日本文明」は終焉した。
人々は、髷を切り、着物を脱いで、
「新日本人」、
いや、正確に言うなら「日系西洋人」となった。
血筋は日本人かもしれないが、
物の考え方も、振舞い方も、
西洋人のコピーへと近づいてゆく
そういう「新日本人」である。
明治維新以来、年々、「日本らしさ」は薄れる一方だが、
人々はノスタルジーを感じながらも、
坂を転げ落ちているようである。
向こうではそうやってるから 「改革」
利益や名誉に目がくらんで 「改革」
うまくいかないから 「改革」
「改革」というのは、
西洋化
近代化
ということだし、すこし嫌な言い方をすれば
反日化
ということなのだ。
日本いじめ
とでもいおうか。
グローバル化・西洋化というのは、
「日本らしさ」を捨てる事に他ならない。
「江戸らしさ」とは、
「さかしら(物事を論理で押し切ること)を去る」ことだから、
ものごとを論理で割りきって組み立てる 近代化 というのは、
「江戸らしさ」の対極を行くことなのである。
だから、
西洋化・近代化 = 反日化
改革 = 「日本いじめ」
ということになるのである。
人間関係がギスギスする、
だから「改革」なんて事をやれば、
もっとギスギスするということだ。
男女関係がギスギスする、
だから「男女平等」だ、と思うかもしれないが、
やればやるほど、もっとギスギスしてゆく。
そういうもんである。
我々日本人は、150年前から、
近代化
西洋化
改革
という、お花畑に入ってしまい、
抜け出せなくなっているのだ。
しかしである。
高く飛びたいなら、
大きく身をかがめるのではなかろうか。
上に 上に と手を伸ばし、
もう伸ばせないのに、つま先でチョンチョン飛ぼうとする。
これで飛べたら奇跡なのだ。
民主党政権というのは、
「日系西洋人」の成れの果てである。
もっと、もっとと、言うけれど、
発想が180度間違っている。
もし高く飛びたいなら、
一旦、身を大きくかがめ、
タメをつくり、そして大きく踏み切るのだ。
もしより高みをめざしたいなら、
逆説的だが、近代化・西洋化から、
「日本らしさ」に切り替えなければならない。
すると意外にも、「求めていたもの」が見えるだろう。
この1年間、「改革」という熱病の実像を、
我々は見聞きし、そして、
「日系西洋人」の成れの果ての「醜さ」を知ってしまった。
それと、決別し、
大きく飛ぶために、大きく身をかがめる
最後のチャンス
それが、
平成22年7月11日
1365年前 蘇我蝦夷に引導を渡した日なのだ。
残念だが、もうチャンスはこれしかない。
これを逃せば、足の筋肉は切れ、
決して飛べない身体になることだろう。
「日本らしさ」は、永久に失われ、
ただ、博物館だけにあるものになるだろう。
皇室は消滅し、神社仏閣は破壊され、風景は失われる。
「日系西洋人」「日系中華人」が跋扈し、
おもいやりや、まごころは消滅し、
ただ、利害と抜け目のなさだけが社会を支配するだろう。
いや、暴力と命令だけがこの世を支配するだろう。
民主党政権を「信任」することは、
「日本」を「死人」にすることである。
撃て、はやぶさ
亡国を平和裏に留める、最後のチャンス
「日本らしさ」へ踏み出す、最後のチャンス
水戸光圀の誤りを正す、最後のチャンス
「法の支配」を取り戻し、近代化を卒業する、最後のチャンス
平成22年7月11日、
この日は、後に、
「日本」という文明の復活の日
であったと、言われることになる。
そう信じている。
日本文明はよみがえる。
あなたの「一票」によって。
過去のすべてのご先祖と、
未来のすべての子孫の加護を得て。
日本は、日本らしく
我々は、我々らしく
サムライは、サムライらしく
天下分け目の選挙を 詠める
はやぶさの やくものやみよ
ふきはらひ さかしらされば
よろとしのこゑ
はやぶさの 八雲の闇夜
吹きはらひ さかしら去れば
万歳のこゑ
転載元: オノコロ こころ定めて
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