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このところ、通常通り、画像を入れて記事をUPして、しばらくすると、画像が全部抜かれるということが発生して
います。こちらも、同じように、画像が抜かれていましたら、いましばらくお待ちください。 ブログ主 菅談話への布石 5 日本国による 朝鮮半島からの強制連行 「日本人、日本軍によって、多くの朝鮮人が日本へ強制連行された」 ということが、日本の戦争責任を 問う 1つの材料になっている。 「強制連行」 とは、本人の意思とは無関係に連れ去ること。 ここでは、日本統治下に強制連行があったとされる時代、韓国の国内事情を背景に、この問題を 考えていきたい。 ピンポイントで刷り込まれる「強制連行」の事実 今、大学受験や、教科書の中に、この「強制連行」の概念が入り込んできている。 「強制連行」には、その存在自体を問うものもあるので、うかつに、学生の義務教育や入試制度に 取り入れることは、慎重になったほうがよいと思われる。 次は、大学入試センター試験・世界史に 出題された 「強制連行」の項目である。
「朝鮮からの強制連行」とは、いつのいかなる事実か ■外務省発表の「在日朝鮮人」に関する正式資料 「強制連行」問題の争点は、「日本が強制的に(無理やり)に 朝鮮人を日本に連れてきて、強制 労働させた」 か否かである。 これについて、自民党 高市早苗氏(当時 沖縄・北方担当相)が資料請求を行い、これに対し、外務省が正式発表を行った。以下がその外務省資料である。(全文) 高市氏がこの資料請求を行ったのは、次のような視点によるものである。 鳩山内閣には、「日韓併合条約によって戦時徴用された朝鮮人が、戦後も日本に残ったものの、サンフランシスコ講話条約によって日本国籍を失った(当然、選挙権も喪失した)」という理由をもって、外国人への参政権付与が必要だと主張しておられる閣僚が複数おられます。 重要 外務省正式資料 (昭和34年作成) 高市早苗 代議士 「早苗コラム」より http://sanae.gr.jp/column_details415.html 「在日朝鮮人の渡来および引揚げに関する経緯、とくに戦時中の徴用労務者について」という外務省資料 昭和34年に外務省が作成し、発表(記事資料 昭和34年(1959年)7月11日:昭和35年2月外務省発表集第10号より抜粋)ブログ主注: 以下、全文 戦後、日本から帰りたいとする人々に対し、在日朝鮮人の帰還事業が行われた。 1950年代から1984年にかけて行なわれた在日朝鮮人とその家族による日本から朝鮮民主主義人民 共和国(北朝鮮)への集団的な永住帰国あるいは移住事業である。 当時の動きがわかる貴重な画像 ぜひご覧ください
当時、次のような時代背景があった。 以下、Wiki 在日朝鮮人の帰還事業 より抜粋。 「在日朝鮮人の間では、朝鮮戦争による荒廃からの復興が進まず、また政情不安を理由に、韓国への帰国を不安視する一方で、社会主義体制のもとで千里馬運動により急速な復興を実現したとされていた北朝鮮への憧れもあった。当時、北朝鮮と韓国の体制間競争は北朝鮮が優位に立っており、朝鮮総連は北朝鮮を「地上の楽園」「衣食住の心配がない」と宣伝し、それに呼応した日本の進歩的文化人・革新政党・革新団体が繰り返し北朝鮮の経済発展の様子を伝え、在日朝鮮人に帰国の決意を促した」。 在日の方々は いったい どうしたかったのか。
母国(朝鮮)のお国事情によって 翻弄された部分もあろうが 問題は 「やはり帰る国がなかった 選べなかった」 ということなのか。 引き続き、考察を続ける success |
菅談話・従軍慰安婦
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データUPしても、どうしても画像が抜かれてしまいます。
今、せっかくですので、抜かれたままの状態にしておきますので、ご覧ください。 ブログ主 15:10修正UP 15:12 画像抜かれる Memo 8/1 画像は添載しているURLをクリックして見てください。 菅談話への布石 4 従軍 慰安婦問題 韓国人身売買と取り締まる日本の警察 従軍慰安婦問題を突きつめていくと、韓国の当時の国内事情に行き当たる。 つまり、貧しい家に生まれた者が親や親族によって 身売りに出される人身売買である。 日本でも、1946年GHQによって「公娼廃止指令」(=赤線廃止) されるまでの ある時代まで、 「身売り」「公娼 (売春)」 の存在が認められていた時代がある。 これは、日本だけでなく、どの国でも、娼婦、売春婦 等の呼び名の生業があり、 またそれを営業する公娼宿という施設も、当然のことながら存在した。 今、問題になっている 「従軍慰安婦」問題は、世界がそのような時代であったころのものであり、 時代背景を 正しく認識しながら、資料、伝聞を行う必要がある。 そのような時代の中、人さらい等 によって人身売買が行われている事実もあった。 日本の強制連行を問う前に・・・ 当時の韓国国内の人身売買の実態をどう見るか 以下は 海外経験の深い、実地の秀逸な記事で知られる ☆杉野洋明 極東亜細亜研究所〜韓国企業勤務経験者の呟き〜 さんのブログからご紹介します http://ameblo.jp/nidanosuke/entry-10027570035.html 以下は、当時の韓国国内で、朝鮮人による自国民の人身売買が行われていたことを示す資料である。 ■1930年代前半 記事: 1933年6月30日「東亜日報」より
「路上で少女略取。醜業中国時に売り渡し」
金神通を売った男女検挙〜判明した誘拐魔の手段
http://stat001.ameba.jp/user_images/fd/de/10017308721.jpg 記事では金神通という少女を誘拐した 朴命同(仮名)が、6月18日に鐘路署の警察官に逮捕されたことが記載されて
います。
朴命同は少女を誘拐し、中国人に売ろう
としていた模様。
誘拐の常習犯だったとも記載されています。1933年代には、中国に向けて人身
売買があったことが分かります。
(解説: 上記ブログ記事より) 画像をクリックしてください。(以下同) http://ameblo.jp/nidanosuke/image-10027570035-10017308673.html ■朝鮮 都市部の人身売買 記事: 1933年5月5日「東亜日報」より
「民籍を偽造 醜業を強制」
悪魔のような遊郭業者の所業〜犯人逮捕へ
「市内に住む呉*換は、漢南楼という商号で娼妓していたが、朴*南という16歳の少女を350円で買い、年齢不足で娼妓が出来ないため、 兄弟の戸籍を使って営業許可を得ようとしていたことが発覚。前記のような方法で多数の幼い少女を使っていた・・・(一部略)」
ここでも「悪魔のような朝鮮人業者」の話題が出ていますね。年齢不足を戸籍偽造で売春させるとは酷い業者です。
(解説: 上記ブログ記事より)画像をクリックしてください。(以下同) ■朝鮮 田舎の地域の人身売買 記事: 1936年3月15日「東亜日報」より 「春窮を弄ぶ悪魔!農村に人肉商跳梁」
就職を餌に処女を誘い出し〜烏山でも一名が被捉
http://stat.ameba.jp/user_images/50/03/10017308949.jpg この記事は、手口が示されているもの。 「就職斡旋」をエサに、若き女性を誘い出して 売り飛ばしてしまう悪徳業者の実態が示されています。 画像をクリックしてください。(以下同) http://ameblo.jp/nidanosuke/image-10027570035-10017308949.html ■朝鮮人悪徳業者と取り締まる憲兵(日本人) 記事: 1939年8月31日 「東亜日報」より 「悪徳紹介業者が跋扈。農村婦女子を誘拐。被害女性が100名を突破する」
〜釜山の刑事。奉天へ急行
画像をクリックしてください。(以下同) 気の毒なことだが、朝鮮人悪徳業者によって、中国や満州へ売られた(人身売買された)これらの 人たちは、意志に反して売春を強要されたことが、記事の 「醜業」「春窮」「人肉商」 の 言葉からわかる。 これらの業者の誘い文句が、「日本軍」「日本人」に関連する就職等をエサに、誘い出されることが 多発したため、警察の取り締まりと、朝鮮人業者の攻防が伺い知れる。 ■日本統治下の警察の資料 日本人・日本軍をかたって売春婦を募るという流言(=根も葉もないうわさを言いふらすこと、デマ)を 行う悪徳業者に対して、警察が捕まえて拘置したことを示す書類である。 日本の近現代と同様、朝鮮半島でも、親によって業者に売り飛ばされて しまった人たちがいる。 そしてそれとは別に、何の罪もないのに、路上で連れ去られて、 業者や異国の地(中国など)に売り飛ばされてしまった気の毒な人たちもいる。 日本軍が就職先だからと言って、甘言に誘われて、 同胞にひどい目に遭ってしまった人もいよう。 背負いきれないほどの悲しみや憎しみがあったことは真正面から認めたい。 しかし、その憎しみや悲しみは、『直接辛苦を背負わせた人』に向けられる べきものである。 最終的に行き着いた先が、日本軍の近くに業者が追っかけて設置した 慰安所であったとしても、 「すわ、日本軍が、日本人が、日本が 悪い」というのは、誤った思考である。 日本軍の近くに業者が追っかけて設置した慰安所である故、事故に巻き込まれないように、軍が警備を行う必要があった。 それにひっかけて、「日本軍が慰安所を設置し、強制連行により、無垢な自分を慰安婦にした」 と主張するのはどうだろう。 日本政府も このような資料が存在するのだから、 あらためて詳細に調査し、従軍慰安婦、強制連行の事実があったか否かを調べるべきではないか。 また、その事実がなかったことがわかっても、 「韓国に悪いなあ」と思う必要はない。 もう既に、韓国の国家予算の何倍もの 膨大な 資金援助、技術提供をしているのだから。 人身売買のさらに詳しい記事は こちらをご覧ください http://ameblo.jp/nidanosuke/entry-10027570035.html 慰安婦証言についての真偽についての記事は こちらをご覧ください http://blog.livedoor.jp/enkori/archives/50898718.html success 何度やっても、画像が抜かれてしまいます。 画像をクリックしてください。 |
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菅談話への布石 3 従軍 慰安婦問題 河野談話のもととなった証言とは 従軍慰安婦についての個人的談話として1993年に発表した 「河野談話」。 今、アメリカやフランスで、「日本の従軍慰安婦問題」について展開しているプロパガンダの 論拠とされているのが、この談話である。 「従軍慰安婦を認め、それに謝罪した」 この談話、どのように発表されたものなのか。 *「慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話」はこちら Wikiより |

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菅談話への布石 2 従軍 慰安婦問題 明確な証拠はあったのか 従軍慰安婦についての個人的談話として有名なものに「河野談話」がある。 1993年に官房長官が発表した 「従軍慰安婦を認め、それに謝罪した」談話である。 河野談話は、 とにかく謝ってしまった河野大臣 ところで、談話のもとになった「慰安婦関係調査」で 証拠はきっちり出てきたのですか? この画像では、事実関係について、このように語られています。 (上記の画像は削除してしまったので、次の画像を代打で掲載しております) 朝日が作った歴史 慰安婦 金学順(きんがくじゅん)氏の証言⇒ 慰安婦で最初に裁判を起こした 金学順(きんがくじゅん)氏は、ご自身でこう
証言している。 「生活が苦しくなった母親によって14歳の時に、平壌のあるキーセン検番 (売春所・置屋のこと)に売られていった。3年間の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、検番の義父に連れて行かれたところが、華北の日本軍300名余りがいる部隊の前だった」 (ハンギョレ新聞 1991年8月15日付) 事実 日本軍の強制連行ではなく、韓国の人身売買の被害者である http://stat001.ameba.jp/user_images/20090925/15/create21/15/ab/j/o0157010410261156279.jpg慰安婦で最初に裁判を起こした金学順氏 http://ameblo.jp/create21/theme2-10014295417.html これを真っ先に取り上げたのは、韓国紙ではない 慰安婦問題を最初に記事にしたのは『朝日新聞』⇒ 慰安婦問題を最初に記事にしたのは、韓国の新聞でなく、日本の3大紙の1つ『朝日新聞』である。(1991年8月)
朝日新聞のこの記事を書いた記者は、現在も現役の記者で、奥さんが韓国人。 この奥さんのお母さん(義母)が、日本を相手どって裁判を起こしている韓国遺族会の幹部である。 この義母から紹介された慰安婦を紹介してもらい、この世界的なスクープ記事が誕生したが、この誤報による 「人身売買の被害者で、日本の強制連行の事実はなかった」 ことの訂正が、未だ なされていない。 影響 この5年後くらいから韓国の教科書に「慰安婦」の記載が始まった その後の経過
まず謝罪からスタートした「慰安婦問題の調査」 この記事の誤報により、韓国メディアが一斉に怒った ↓
日本政府が調査をすることになった
これが 河野談話のもとになる 「慰安婦関係調査」 ↓
「権力による強制的な事実があるかどうか これから調査する」 と発表した前に、宮沢総理はソウルで
8回 謝ってしまっている (日本は社交辞令、韓国は「謝罪した」という受け取り) ↓ 調査した結果出たのが 河野談話 河野談話の詳細は こちら ↓ 「(慰安婦の) 募集については、軍の要請を受けた業者が本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあった」 と談話内に記載。 しかし、これに対する質問への 政府から 以下の返答があった (政府見解) ・根拠は、物証は何も出てこなかった ・ただ、慰安婦の女性の聞き取りで、そのようなこと が出てきた この聞きりについては疑問点も多く、韓国の専門家による精査 (詳細な調査)が行われ、「強制連行があったといっている人たちの証言はかなりおかしい」 ということになった。
聞き取り4人のうち 今、「従軍慰安婦」「慰安婦」問題の、日本側の責任として、 その根拠にされているのが 河野談話。 しかし、この河野談話は、このようにあいまいな、物証の存在が 証明できないところでの、 『とりあえずの謝罪』 から始まっている。 q この談話は、村山談話と同じく、「河野談話を踏襲しているか、否か」と、 今 日本で「踏絵」のように用いられているが、 きわめて意味のない行為であり、日本の権威を自ら失墜させている 自爆行為であるとはいえないか。 日本の名誉を守るため、
今この問題について 改めて再考すべき ときではないか 日本人は今、世界一、自分の国の歴史を知らない人たちになっている。自分の国の歴史を知らない人が、何で「国民」なのか。日本人の歴史を知らない人が、何で「日本人」なのか。 (櫻井よしこ氏)明確な証明については、3に続きます。 (現在構築中) success |
日本人は今、世界一、自分の国の歴史を知らない人たちになっている。自分の国の歴史を知らない人が、何で「国民」なのか。日本人の歴史を知らない人が、何で「日本人」なのか。 (櫻井よしこ氏)菅談話への布石 1 従軍慰安婦とは 言葉の定義と兵士の証言 ■定義 日中戦争や太平洋戦争中、朝鮮や中国、南洋、日本などから動員され、兵士相手に慰安所(買売春施設)で暴力的に 性の相手をさせられた女性たちとされている。従軍慰安婦という名前は1973年に作家の千田夏光氏が書き有名になった本から
きており、現在は多くは「慰安婦」と括弧づけで呼ばれている。韓国では「挺身隊」と呼ばれる。 1993年政府は強制的に朝鮮などから女性を慰安婦にしたことを認め謝罪し(河野
談話)、民間基金を通じた一定の補償を行った。しかし補償が十分なのか、日本の軍隊による直接的な強制連行がどの程度あったのか、慰安婦を今どう呼ぶべきか などについて論争がある。 千田 夏光(せんだ かこう) Wiki 重要なのは、従軍であるか、否かです。 従軍であれば、「軍の司令のもと、軍に所属する」ということになりますが、「従軍」がとれると、 ただの「慰安婦」「慰安所」となり、一般人が経営する場所、それに従事する人、ということになります。 また、7万人、20万人という数ですが、東京大空襲で東京全土で亡くなった方が約10万人であること を考えれば、この数の信憑性が理解できます。このことは、南京大虐殺の数も、連想させます。 以下に、終戦後に帰還されたことで有名な 小野田氏による証言をあげてみます。 元兵士の証言 小野田寛郎氏 (おのだ ひろお)
慰安所 (民間の専門業者が設置する施設)は軍の近くにあり、親に身売りさせられた女性・プロの女性が働いていたが、軍に所属するものでなく、また経営者が連れてきているので、軍が強制連行した事実はないことを、証言しています。■私が見た従軍慰安婦の正体 小野田寛郎氏 (おのだ ひろお) 「従軍慰安婦」とすると「従軍」した慰安婦への証明ができないことから、意見書 提起が難しくなる。それで、「従軍」をとり「慰安婦」だけの名称にして、地方で以下 のような、意見書が可決されている。 (「慰安婦」だけなら、それを生業(なりわい)としていたプロの方ともいえる。) 「地方議会 慰安婦問題は いかにして地方議会で可決されるか」
慰安婦問題について 公的謝罪、国家賠償につながる 「誠実な対応を政府に求める意見書」 が地方議会で 相次いで可決されている。 success |





