successのブログ

しきしまの 大和心のをゝしさは ことある時ぞ あらはれにける

領土問題 尖閣・竹島ほか

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

出るべきだと思う。



出席する行為そのものに意義がある場合がある
今回は出るべきと思います


いえ、大学の授業では、ありません。
もちろん、オリンピックでも ありません。オリンピックは、今年の初めに無事、閉幕しました。
今回の世界的な賞のことです。

行為自体に意味がある場合があります。
今回は、出るべきではないかと、強く思っています。

中国、日本にも平和賞授賞式欠席を要請 衆院予算委で前原外相が答弁 

2010.11.9  産経  http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101109/plc1011091756017-n1.htm

 前原誠司外相は9日の衆院予算委員会で、来月10日にノルウェーの首都オスロで開かれる中国の民主活動家、劉暁波氏のノーベル平和賞授賞式に関し、中国政府から日本政府に出席しないよう要請があったことを明らかにした

前原氏は「東京とノルウェーの外交ルートを通じて、日本政府関係者の出席を控えるよう求める申し入れがあったのは事実。駐ノルウェー大使の出席に関しては適切に判断したい」と述べた。

菅直人首相は「平和賞は普遍的な価値を大事にした賞だ。(劉氏が)拘束を解かれて釈放が望ましいと今も考えている」と従来と同様の答弁にとどめた。




以下、所感です。

ここから先は、事実関係がまだ わからない事を記しています。
わからないと知っていて、確定事項ではない中で、どうか書かせてください。


昨日、胸がつぶれました。

事実か否か、わかりませんが、「海保の方で 中国船衝突時に亡くなった方がいる」 という
文字を見たときからです。

海保の方が、ふつうの状態であれば、単なる 事故等でなくなった、本当に気の毒だけれども

残念な事実、という受け止め方を したのではないか、と思います。

今回、いえ、これまでも 海保の方は、大変無防備だった。

何の武器も装備できず、「攻撃されたら、攻撃してもよし」 という非常に危険な条件下でのみ
正当防衛を許される、「大変悲惨な」 状態でした。
これが、日本という私たちの国が、「国を護る」という任務を負った方に課した労働環境でした。


どこでどうなったのか、証跡が出ていないのでわかりませんが、
なんらかの理由で、海に落ちた。
なんらかの理由で、体に負傷した。
そのほかは、なんらかの理由で、船が覆いかぶさって、船底にある、「巨大な扇風機」のようなプロペラ
から成るスクリューに巻き込まれて、体を瞬時に切り刻まれて、粉々になった。

そういうことが、私たちと同じ血のつながった 日本人に起きた。
そういう 無抵抗な装備を労働条件にもつ 私たち日本人の仲間が、海を赤い血で染めて
亡くなった。

(そういうことが、ひょっとしたら、起きたかもしれない ―) 
昨日私が見たのは、そういう可能性をもつ文字群でした。
真偽は定かでない。


私たちは、平和な国民です。
誠実を旨とする そういう国民です。
(それが、もし事実なら) 彼らはそのように むごく亡くなっていった。

だれにも知らされず。
国を護ったにもかかわらず、「国葬」 にもされず。
ただ、沈黙を守ったまま、ただただ 死んでいった。


犯人は、ピースマークをして釈放されていきました。
満面の笑みを浮かべ、「どうだ」と言わんばかりに、「英雄」 として国に戻って行きました。

だれが戻したのか。
せっかく、これもまた命がけで捕まえた責任者を、いとも簡単に、「無罪放免です」 と
解き放した、 それはなにがそうさせたのか、だれがそれを許したのか。


日本人が、国を護って、体を張って守った行為を、無残に踏みにじるようなことを
いったいだれが許したのか。


・・・、そして、この賞を巡って、上記のような要請が来た。
もし本当なら、人間が死んでいる。
それも1人ではない。
なんにん も死んでいる。

それを踏まえ、「国の誇り」 とは何かを、熟考して、
今回は、出席すべきだと 思います。

やりが降ろうと、ミサイルが飛んでこようと、なにが来ようと
今回は、出席すべきだと 思います。


ものごとには、行為そのものに意義や意味がある場合がある。

そのことを深く理解し、丹田に力を入れて、授与式に参加すべきである、と思います。





もし事実なら、これはもう
関係が破綻しているのですよ




 中国は飢えた虎の様に、無人島あさりを出しています。
 ここ数十年、無人島ならたとえ岩礁でも砂丘でもと、南支那海全域をガツガツと徘徊してきました。
 中国大陸から1,500kmも離れたフィリピン沖、ボルネオ沖の南沙諸島にまで「我が領土」として、武力でくすねってきたのをいい事に、たった400kmの「尖閣諸島」に食指を伸ばして来ているのは誰が見ても明確です。
 1,500kmと言えば上海〜東京間の距離にもかかわらず、南支那海周辺は温厚な弱小国ばかり、先ずは、そこへ目を付けたのです。
 「南沙諸島の布石は打てた・・・次は尖閣諸島に唾を付けるぞ」と虎視眈々なのです。
 
 日本政府及び外務省は「南沙諸島陣取り合戦」の実態を、把握しているのでしょうか?
 在ベトナム、マレーシア、インドネシア、フィリピンの各大使館から、正確な情報を収受しているのでしょうか?
 
その実態を把握していたのなら【尖閣事件での、政府のあのうろたえ振り】は何だったのでしょう。
 素人目にも政府の無策ぶり、腰抜けぶりは、見え見えだったのです。
 頼りない日本政府!・・・と、世界に赤っ恥を、晒け出していたのです。 

有無を言わせず、たたみ掛けるような中国の態度は、この65年変わらぬ共産中国の常套手段なのだと、政治家を何年もやっていれば判る筈なのです。
尖閣諸島に関して中国は、恐らく【遭難もどき漁民の上陸】【漁業監視船の接岸】【海軍艦艇の接岸】【建造物の設置】【海底資源掘削基地設置】などと、エスカレートさせて来るのは必至でしょう。
それほどまでに領土に関しても貪欲な国だと理解すべきです。

●これが南沙諸島陣取り合戦図です・・・
 イメージ 1


























イメージ 2














































1970年代後半・・・・・に海底油田の存在が確認され、広大な排他的経済水域内の海底資源や漁業権の獲得のため、各国が相次いで領有を宣言している。また広大な地域に広がる島々は軍事的にも価値がある。中華人民共和国を含めたASEANでの会議で軍事介入はせず現状維持の取り決めが結ばれたが最近中華人民共和国の人民解放軍が建物を勝手に建設しマレーシアなどから非難を浴びている。

1988年3月・・・・・南沙諸島における領有権をめぐり中華人民共和国とベトナム両海軍が衝突(赤瓜礁海戦)し、中華人民共和国が勝利して支配する。

赤瓜礁海戦(あかうりしょうかいせん)Hải chiến Trường Sa 1988?1988 Spratly Islands naval battle)は、中華人民共和国ベトナムの間で1988年3月14日に行われた、一方的そこのけ戦争
ベトナムが統治していた
南沙諸島の、赤瓜礁浜辺に立って守備するベトナム兵に向かって、中華人民共和国は艦艇から、不意打ち機銃掃射攻撃をしかけ、ベトナム水兵70名以上が死亡した
この海賊並み戦闘で、中国は赤瓜礁を武力で奪い、中国の統治下とした。
youtube参照・・中国海軍のベトナム兵惨殺・・↓(見るに耐えない、卑怯な機銃掃射)
http://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/19643443.html
削除

1995年・・・・・中華人民共和国軍の活動が活発化し、ミスチーフ礁等フィリピン主張の島を占領して建造物を構築した。この機会主義的行動が周辺諸国に中国の軍事的膨張に対する警戒心を呼び起こしたとされる。

2007年11月・・・・・中華人民共和国の中国人民解放軍西沙諸島の海域で軍事演習を行ったことや、同月中旬に中華人民共和国が中沙諸島だけでなく、南沙、西沙の両諸島にまで行政区「三沙市」を海南省の中に指定したことをきっかけとして、同年12月にベトナムで「中華人民共和国の覇権主義反対」などと唱える反中国デモが行われた。

2008年1月・・・・・に中華民国(台湾)が実効支配する南沙諸島最大の島である太平島に軍用空港を建設完成させる。滑走路は全長1150メートル、幅30メートル。その後、中華民国総統が視察に訪れ、フィリピン政府の抗議を受けた。

2010年3月・・・・・にアメリカからスタインバーグ米国務副長官とベイダー・ホワイトハウス国家安保会議アジア上級部長が中国を訪れた際に、中国政府は南シナ海を『自国の主権および領土保全と関連した「核心的利害」地域と見なしている』との立場を、公式に通知したことが報じられた。

以上リンク先・・・http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E6%B2%99%E8%AB%B8%E5%B3%B6


10月22日 読売新聞(朝刊)7面で【スプラトリー(南沙)諸島問題】がやっと
マスコミで取り上げられました。↓ 紹介します・・
拡大すれば判読できます。
イメージ 3

転載元転載元: 泰弘さんの【追憶の記】です・・・


9月11日にUPした記事の、再掲載です。
「システムに無理があると、歪みが生じて、全体が脆くなってしまう」 
この国のしくみには、そういう 「無理」 が散見できるものが多くあります。



守っているのは
海上保安庁の巡視船って おかしくないか?



日本の領土は いったいだれが守っているのでしょうか?

今、尖閣列島うんぬんの話題が出ますが、日本の警備・保安について、
真正面から伝えているものはありません。



9月10日のニュースです

「領海に入ったら大変だ」中国の監視船に警戒強める海保

2010.9.10 産経  http://sankei.jp.msn.com/world/china/100910/chn1009100059001-n1.htm

 「トロール漁船の件があったばかり。こういう時期に、仮に領海内に入ったりしたら大変なことだ」
 中国の「漁業監視船」が尖閣諸島方面へ向かっているとの情報を受け、管轄する第11管区海上保安本部の担当者は声を緊張させた。
 尖閣諸島の周辺は、海保の巡視船が24時間態勢で監視を続けている。監視態勢は機密上、明らかにされていないが、海保幹部は「必要があれば当然、それに応じた態勢を組むことになる」と警戒を強めた。

 ただ、実際に海保にできる対応は限られている。海保は漁業監視船が日本の排他的経済水域(EEZ)内に入っても違法行為が確認されなければ、巡視船を接近させ、無線などで航行目的を尋ねるなど、退去を促す「圧力」をかけることしかできない。尖閣諸島周辺の日本のEEZは日中協定で中国漁船の操業が認められているからだ。

 周辺海域では先月にも、中国人が乗り組んだバハマ船籍の海洋調査船が日本のEEZ内を通過。11管本部によると、尖閣諸島を含む沖縄周辺海域では平成21年度で7回、22年度に入って5回、中国や台湾の漁業調査船や海洋調査船が日本のEEZ内に侵入、海保が退去警告を出している。
 漁業監視船が日本領海に入った場合はどうか。領海外国船舶航行法に基づき、立ち入り検査や退去命令を出すことができる。「他国の公船が日本領海に入ってくることの意味は重大だ」と海保関係者は話す。
 一方、防衛省は「中国側の対応を注視する」として、情報収集に専念する構えだ。東シナ海で1日に1回行っている海上自衛隊のP3C哨戒機の監視飛行を、事態の推移によっては増やすなど警戒活動の強化も検討していく。





私は今まで、日本は平和国家なので、日本の軍備や兵力など、安心していたというか、まったく
疑問をもったことがありませんでした。 いわゆる、普通にいる国民の部類です。
軍備などをまったく知らない私からの 質問です。


日本の海の警備は 海上保安庁がやっているということですが、日本の領海を守る いわゆる軍のようなものは  ないのでしょうか。

日本の海上保安庁は、
第二次大戦後、それまで日本周辺海域における法秩序の維持にあたってきた日本海軍が解体され、日本の海上における救難・治安の維持および海上交通を担当する 『海上警察・救難総合機関』 として、海上保安庁が生まれました。

海上警察・救難のための機関・・・。


もし今、尖閣列島が「占拠されたら」、日本はいったい  だれが守るのでしょうか?                    

Wikiでは、海上保安庁の任務として、次のことが挙げられています。

1 警備業務:
海に関わる犯罪捜査、警備などの海の公安警察・警備警察としての業務(領海警備を含む)

2 救難業務:

海難救助、離島の急患搬送、船舶の消火、汚染防止など、海の消防機関としての業務

3 海洋情報業務:

海図の作成、潮流の測定、防災のための海底火山・海底断層の調査など、海の測量機関としての業務

4 交通業務:

灯台の設置・管理、航行支援システムなど、海の交通警察・海事情報提供機関としての業務

海上保安庁は、海上における警察・救難・交通業務を
総合的に司ることを念頭に、世界で初めて設置された
海上警察機関なので、法によって、「海上保安庁は
軍隊ではない事」 が規定されています


■海上保安庁法 第25条

「この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない。」


軍隊でないなら、もし近隣諸国が尖閣列島を目指して、大挙して侵入してきたら、日本は誰が守るのでしょうか。


海上自衛隊は、どうでしょうか。
終戦時、ポツダム宣言を受諾し、
大日本帝国海軍は解体されることが決まりました。
しかし、1950年に朝鮮戦争が起こると、旧海軍関係者はGHQおよびアメリカ極東海軍に、局地紛争に対応可能な小規模な海軍の再建案を打診し、アメリカ極東海軍は、日本海軍の再建を行いました。
これは、
日本の海上部隊を設置することによって、極東地域での沿岸警備能力を増強する 狙いがありました。
海上自衛隊は、このような経緯の中、できました。


ではやはり、海上自衛隊が守ってくれるのでしょうか。 

いえ、対象とするものが違うようです。

海上自衛隊は、主に他国の軍艦、軍用機を対処目標
としている のに対し、
海上保安庁は主に民間船舶を任務対象 
として存在しています。


つまり、「敵国が軍としてやってきた場合」は海上自衛隊、「民間人の小船が
大挙してやってきたような場合」は海上保安庁の管轄になる
ようです。

 しかし前述したいように、海上保安庁は海上での警察および消防機関であり、領海、排他的経済水域の警備を第一の任務としている、のでした。


日本有事の際、自衛隊の出動はだれがするのですか?

日本の国土が、外国など外部からの武力による脅威に晒された場合、内閣総理大臣は自衛隊に対して、「防衛出動」 を命じることができるのですね。

防衛出動 とは、日本に対する外部からの武力攻撃が発生した事態または武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態に際して、日本を防衛するため必要があると認める場合に、内閣総理大臣の命令により、自衛隊の一部または全部が出動することで、自衛隊法第6章「自衛隊の行動」のうち第76条に定められている、一種の軍事行動です。

防衛出動が行われる際の手続きですが、 Wiki をみると


■国会の承認
内閣総理大臣が防衛出動を命じるに当たっては、「武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(武力攻撃事態法)」9条に基づき、国会の承認を得なければならない。この国会の承認は、特に緊急の必要があり事前に国会の承認を得るいとまがない場合を除き、事前に得なければならない
また、不承認の議決があったときは、内閣総理大臣は、防衛出動を命じた自衛隊に、直ちに撤収を命じなければならない

■武力の行使
防衛出動を命ぜられた自衛隊は、「わが国を防衛するため、必要な武力を行使することができる。」と定められる(自衛隊法88条1項)。なお、その際、「国際の
法規及び慣例によるべき場合にあつてはこれを遵守し、かつ、事態に応じ合理的に必要と判断される限度をこえてはならないものとする。」と定め られている(同条2項)。

■公共の秩序の維持
防衛出動を命ぜられた自衛隊は、自衛隊法88条の規定により武力を行使するほか、必要に応じ、公共の秩序を維持するため行動することができる(自衛隊法92条1項)。この公共の秩序の維持に当たっては、警察官職務執行法が準用される。

■防衛出動待機命令
防衛大臣は、 事態が緊迫し、防衛出動命令が発せられることが予測される場合において、これに対処するため必要があると認めるときは、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊 の全部又は一部に対し出動待機命令を発することができる(自衛隊法77条)。
また、防衛大臣は、防衛出動を命ぜられた自衛隊の部隊を展開させることが見込 まれ、かつ、防備をあらかじめ強化しておく必要があると認める地域(展開予定地域)があるときは、内閣総理大臣の承認を得た上、その範囲を定めて、自衛隊 の部隊等に当該展開予定地域内において陣地その他の防御のための施設(防御施設)を構築する措置を命ずることができる(同78条)。

■海上保安庁の統制
内閣総理大臣は、防衛出動を命じた場合、特別の必要があると認めるときは、海上保安庁の全部又は一部をその統制下に入れることができる(自衛隊法80条1項)。
このとき、統制下に入れ
た海上保安庁は、防衛大臣に指揮させる(同条2項)。

これは・・・ 

もし、
内閣総理大臣の判断、出動命令が遅れたり
国会で承認が得られなかったり
防衛大臣が出動命令を行わなかった場合

兵力をもつ自衛隊が出動
しない
 ということになりますね。


大丈夫でしょうか。。。


以下は、これまでに起こったことです。




 尖閣諸島はどこの国の領土ですか?



菅首相 「改めて法律を調べてみたら『総理大臣は、
自衛隊の最高の指揮監督権を有する』と規定されてた」

2010年8月19日 朝日com  http://www.asahi.com/politics/update/0819/TKY201008190397.html

菅直人首相は19日、首相官邸で北沢俊美防衛相に「ちょっと昨日予習をしたら、(防衛)大臣は自衛官じゃないんですよ」と述べた。憲法66条は「大臣は文民でなければならない」と規定しており、これを知らなかったかのような発言は、シビリアンコントロール(文民統制)への理解の浅さを露呈したと批判されそうだ。
 首相は、この日開いた自衛隊の折木良一統合幕僚長ら制服組首脳との意見交換会を前に、北沢氏との雑談の中でこうした発言をした。
 意見交換会のあいさつでは「改めて法律を調べてみたら『総理大臣は、自衛隊の最高の指揮監督権を有する』と規定されており、そういう自覚を持って、皆さん方のご意見を拝聴し、役目を担っていきたい」と語った。これまで、そうした自覚がなかったと受け取られかねない発言だ。
 意見交換会を終えた折木統幕長は、記者団に一連の発言について聞かれて「本当に冗談だと思う。指揮官としての立場は十分自覚されている上での話だと、私は認識している」と語った。




小沢氏、胡中国主席と会談
「私は人民解放軍の野戦軍司令官」
2009/12/10  産経  http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/334409/

【北京=原川貴郎】 民主党小沢一郎幹事長を名誉団長とする同党訪中団は10日午後、北京に到着した。小沢氏は同日夕、北京市内の人民大会堂で胡錦涛(こきんとう)中国国家主席と会談し、日中関係の強化や民主党と中国共産党の政党間交流の促進を協議した。小沢氏と胡氏の会談は政権交代後は初めて。

胡氏は「小沢氏は中国人民の古くからの友人で、中日関係発展のため数多くの貢献をしてきた。今日は新しい友人がいっぱい生まれるだろう。それを日中関係に役立てたい」と語った。
 小沢氏は来夏の参院選について、「こちらのお国(中国)にたとえれば、解放の戦いはまだ済んでいない。来年7月に最後の決戦がある。私は人民解放軍の野戦軍司令官として頑張っている」と語った。
 自民党との戦いに言及した小沢氏は、両国の「最高実力者」同士の顔合わせだったにもかかわらず、東シナ海のガス田問題など懸案をめぐる突っ込んだ議論は避けた。

イメージ 1
 2009年12月11日  日本の国会議員600人、使節団として中国を訪問
日本人は爆発的に喜んでいるが、喜んでいるのは日本人だけのように見えるのは気のせいだろうか



日本を正しく引き継ぐ




今、高校生が感じていること。


昨日、高校生さんとお話する機会がありました。

たまたまなのですが、あの若竹のごとく、純粋でまっすぐな年代の方が、
こんなことを感じ、そして こんなことを考えておられます。
貴重だったので、記事にさせていただきました。

高校生さんたちは 自分のお母さんに、こういっているそうです。


「今の日本は、危ない。」
「あと20年すれば、ぼくたちが 日本を変えるよ」
  と。


「でも、日本はもうそのころまで もたないかもしれない」
「どうしたらいいんだ」

年金も、手当も、すべての社会システムが 狂ってきている。

そこに、とても危惧があると言っています。



「だから、年金も友達と 全部試算します。
どのようなシステムにすれば、国がもつのか。
維持できるのか」

学校の休み時間も、クラスやクラブの 友達たちと、「日本が危機にある」 という話題で

持ちきりだそうです。

彼らは、


「大人になったら、自分たちが国を変えるんだ」 
「自分たちが 国を護るんだ」 


と言っています。



この目の前にいる まだ何年か前まで 子供子供していたような人たちが

「日本を護る」 と言っている。

私は、こう思いました。


私たち いい大人が、何もせずに 手をこまねいて、どうするのか。

はては、国にぶら下がってばかりで どうするのか。


この人たちに、きちんとした日本を引き継がなくては
ならない。



高志わき上がる、この世代に 日本を引きついで、
悠久の日本をつないでいく。

それは、我々大人の 役割ではないか、と。


日本に「再びの 明治維新」 が近い
そう感じました。




青年よ大志抱け』 クラーク博士 http://blog.reybull.com/?month=200711






我々に信念はあるか







再記載します。
 
あの時のことは忘れたのか?
 
¥¤¥᡼¥¸ 1
事件のあった葛根廟付近
 
葛根廟事件(かっこんびょうじけん)
 
昭和20年8月9日ソ連は一方的に日ソ不可侵条約を破棄し、もはや死に体となっていた大日本帝国に宣戦布告、満州・樺太・朝鮮半島へ怒涛のように侵攻を開始、8月10日と11日の両日興安がが爆撃を受け、興安の都市機能はほぼ破壊されました。11日午後4時、興安街在住の日本人約千数百人が近郊のウラハタに集結、興安総省浅野参事官の指揮の下、関東軍と合流すべく歩いて移動を開始しました。ほとんどが非武装の女性と子供の避難民の隊列でした。8月14日午前11時40分頃、行動隊が葛根廟丘陵付近まで到達したところで、ソ連軍戦車14両とトラック20台に搭乗した歩兵部隊に遭遇。浅野参事官は即座に白旗を掲げましたが、それも無視し浅野参事官は射殺されました。ソ連軍は避難民に対し攻撃を開始し、戦車が機関銃で攻撃を加えながら、避難民を轢き殺し、戦車の後方からは、ひき殺された人々がキャタピラに巻き込まれ宙に舞った。
ソ連軍戦車は非武装の、避難民めがけて突入しながら攻撃を繰り返した。戦車による襲撃が止むとトラックから降りたソ連兵が生存者を見つけ次第次々と射殺した。
2時間余りの間に非武装の女性、子供を主体とした1000人以上が殺害され、生存者は百数十名だった。
殺害を免れたものも戦車に轢かれたり、被弾して負傷したものや、家族が殺害されたものがほとんどであり、大勢が自決した。
その後も、生存者は現地のこころない暴徒に身につけている下着にいたるまで身ぐるみ全てを剥がされるなどし蹂躪された。
この事件で行き先を失った子供たちが中国残留孤児となり、助かった女性のなかには、中国人の妻となることを余議なくされた。
 
記事を書きながら、非武装の女性子供への執拗な殺戮行為を繰り返したソ連(ロシア)軍に怒りがこみあげるとともに母国日本を目指し、故郷の大地に帰る思いで必死だったろう避難隊の皆さん。親子での避難もあったでしょう、こどもを守るために身をもってかばい絶命した母の無念の心を思うと胸が熱くなりました。
 
 
九人の乙女の像
 
私は幼い頃からソビエト(ロシア)という国が嫌いです。
職業軍人だった母の伯父から「アメリカも嫌いだが露助は汚い!人間ではない!」と教えられ育った影響もあるのでしょう。
何年か前に『霧の火 樺太・真岡郵便局に散った九人の乙女たち』が放送されました。
放映された時のみ話題になり、すぐ日本人は忘れてしまうのでしょう、今現在、真岡郵便電信局事件を国民のいかほどのかたが覚えているでしょうか?
1945年8月15日大日本帝国は連合軍に対してポツダム宣言を受諾降伏文書への調印を連合国へ通達、翌日には各軍への停戦命令の布告及び武装解除を行いました。
これに対応しイギリス軍やアメリカ軍は即座に戦争行為を停止しました。
ソビエトとは日ソ不可侵条約を締結していたのにも関わらず
終戦間際の8月9日これを破棄し、当時大日本帝国領であった樺太に攻めてきました。
大津樺太庁長官は、婦女子や老人を本土に送還させるため
本土に引き揚げさせようとしました。
真岡郵便局でも残留交換手に関する説明されたが、残って交換業務を続けてもらえる人は、一度家族と相談した上で、返事を聞かせてほしいと説明したが、全員が残ると意思を示した。最終的には20人が残った。
事件のあった8月20日ソビエト軍艦接近の報に緊急連絡し、電話交換手は12名となった。
緊急事態となった局員たちは郵便局へと向かったが、ソビエト軍の猛攻やまず、郵便局へ向かう途中で射殺されたり、避難していた防空壕へ手榴弾を投げ込まれて爆死したり、生存者の証言によると地獄絵図のようであったと。
ソ連軍艦からの艦砲射撃が始まると、真岡郵便局内も被弾するようになり、電話交換手12名は、別館2階に女性のみが孤立することになった。
班長はじめ7名の乙女が青酸カリ、モルヒネ等で自決、伊藤は、既に7人が自殺し、自分も自殺することを泊居郵便局に連絡。更に、蘭泊郵便局へも同様の連絡をした。この時点では、伊藤さんのほか境さん、川島さん、松橋さん、岡田さんの4名が生存していた。伊藤さんは、続いて電信課へ自殺を連絡し、服毒自殺されました。
記録によれば『交換台にも弾丸が飛んできた。もうどうにもなりません。局長さん、みなさん…、さようなら。長くお世話になりました。おたっしゃで…。さようなら』
本土への最後の通信でした。
 
逓信省電話主事補

    高石ミキ命   二十四歳
    可香谷シゲ命 二十三歳

   逓信省電話事務員

    伊藤千枝命   二十一歳
    吉田八重子命 二十一歳
    志賀晴代命   二十一歳
    高城淑子命   十九歳
    沢田キミ命   十九歳
    渡辺照命    十九歳
    松橋みどり命  十七歳

   昭和二十年八月二十日歿(自決)
この時点で、松橋さんも自殺をしていたので、自殺者9名、生存者3名でした。
 
英霊の遺体は8月の時期に10日以上たってから仮埋葬され12月に本葬。
その後真岡郵便局はソビエトの支配下におかれた。
 
昭和38年樺太関係者と遺族の手で氷雪の門と九人の乙女の像が建立されました。
昭和天皇・皇后両陛下は、昭和四十三年九月二日札幌で開催された北海道百年記念式典に御臨席なられ、式典後北海道各地を御視察途次、同月五日「九人の乙女の像」の前にお立ちになり、後日、昭和天皇はこの時の御感慨を次のようにお詠みになられたのである。

 樺太に 命をすてし たをやめの
              こころおもへば むねせまりくる
(昭和天皇陛下)
 

 樺太に 露ときえたる をとめらの
               みたまやすかれと ただいのりぬる
(香淳皇后)
 
 
碑文には軍の命令により自決したとありましたが、軍の命令などなく、生存者の証言もあり碑文は書き直されました。
なお9名は公務殉職として昭和48年3月31日付で勲八等宝冠章を受勲、靖国神社に祀されており、碑は稚内駅近くの丘に樺太に向って立っています。
現代を生きる一人でも多くの人々がこの受難史を知り、彼女たちを始め樺太で散った多くの同胞たちの冥福を祈りたい。
 
 


ロシアに対しても「遺憾」の繰返ししか言えない現政権。
そして、かって多くの同胞がソ連(ロシア)によって受けた屈辱、悲しみ、無念を忘れ去ったかのような日本人。
私は平和を望みます。
しかし、相手を測量し、邪悪な國家か好意・礼節をもってつきあって行ける國家かは知らねばなりません。
「話せばわかる」という人がいますが、「話してもわからない」国家があることも知らねばなりません。
 
 
 
 

転載元転載元: 美しい国

開く トラックバック(1)


.
success
success
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(60)
  • dunubの窓
  • 愛國
  • 保守の会会長 松山昭彦
  • うまやど
  • letgo
  • のの夫人
友だち一覧
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事