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災害・事故・地震

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武田教授の4月26日のブログ記事に「外人は来ない保安院・東電の会見」というのがありましたので、情報としては少し古くなりますが、これを動画で見ますとインパクトがあって説得力があります。
たった2分ほどの動画ですのでご覧下さい。
記事はこちらです。
  ↓
武田邦彦 「外人は来ない保安院・東電の会見」 外国人記者たちのこの行動は単なる日本政府への不信感や抗議なのか?
http://blogs.yahoo.co.jp/tankou_2008/34583295.html



「淡交 You Tube」
http://www.youtube.com/user/tankou2008
青山繁晴氏の情報は「淡交」 非公開サイトをご覧下さい。
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真実の情報が、より多くの人たちに伝わりますように・・・ワンクリック お願い致します。
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転載元転載元: 青山繁晴氏のファンサイト・淡交 ブログ



『ココからココまで、ワタシの家だった』
被災地に不気味なアジア人




以下、my日本経由、ZAKZAKニュースから 記事を転載させていただきました。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110420/dms1104201550016-n1.htm

ここから転載


被災地に不気味なアジア人=土地収奪か?
2011年04月21日
my日本
http://sns.mynippon.jp/?m=pc&a=page_c_topic_detail&target_c_commu_topic_id=12434


 東日本大震災の被災地に今月初め、中国漁船衝突事件をめぐる映像流出事件で起訴猶予処分となった一色正春元海上保安官が同志とともに緊急物資支援に出かけていたことが分かった。津波がすべてを破壊し尽くした被災地で、支援団一行は、得体の知れないアジア人に遭遇したという。

一色氏は昨年11月、沖縄・尖閣沖での中国漁船衝突事件の真実を国民に知らせるため、衝突映像をインターネットに流出させた人物。

直後に名乗り出て、国家公務員法(守秘義務)の任意聴取を受ける。同年12月に海上保安庁を依願退職し、今年1月に起訴猶予処分が決定。2月には告白手記「何かのために」(朝日新聞)を出版し、最近は講演活動も行っている。

物資支援団には、一色氏のほか、元警視庁捜査官でノンフィクション作家の坂東忠信氏や元仙台市長の梅原克彦氏、チャンネル桜の水島聡社長など約10人が参加。避難所に食料品や日用品を届けるため、トラック2台とワゴン車、乗用車の4台に分乗して、4月2日朝に被災地に向かった。

翌3日午前、津波で壊滅状態となった岩手県陸前高田市に到着。がれきの山の前で車を止めて、外に出たところ、支援団の1人が得体の知れない中年女性に会ったという。坂東氏は語る。

 「メンバーの1人が声をかけると、中年女性はたどたどしい日本語で『ココからココまで、ワタシの家だったのに、みんな壊れたよ!』と訴えたというのです。アジア人なのは間違いない。表情に悲壮感はなく、乗っていた車は多摩ナンバー。みんなで『怪しすぎる』と話しました」

一行が連想したのは、戦後の混乱期、一部のアジア人が持ち主がよく分からない土地を不法占拠したこと。大惨事の影で、土地収奪などを狙っている者がいるとすれば大問題。陸前高田市の避難所に支援物資を届けた後、この話をボランティアの地元男性にすると、「多摩ナンバーのアジア人などあり得ない」と驚いていた。

その後、支援団は岩手県大船渡市と石巻市にある避難所を回ったが、途中、銀座を闊歩するような高級な服を着て、被災地にたたずむ老夫婦と会った。メンバーが「どちらからお越しですか?」と声をかけると、無視して立ち去ろうとする。重ねて聞き返すと、「カナガワ!」とだけ答えた。発音は明らかに日本人ではなかったという。

坂東氏は「ともに不自然なのは間違いない。国籍に関係なく、犯罪は許されない。被災者らが自警団が結成しているというが、新たな苦難を背負わせるのは忍びない。政府主導で対応してほしい」と話している。

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/images/20110420/dms1104201550016-p1.jpg
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/photos/20110420/dms1104201550016-p1.htm
一色春彦氏
昨年9月の尖閣問題で、youtubeにビデオを公開してくださった元海上保安官



転載ここまで








日本を守れ!





【日曜経済講座】
 経済本部長・谷口正晃 
再生可能エネルギー




 ■原発の代替は可能か

 福島第1原子力発電所の壊滅的な状況を目の当たりにして、原発の安全神話は完全に崩れ去った。政府は平成22年のエネルギー基本計画で原発を軸に据えたエネルギー政策を打ち出したが、路線転換は必至だ。発電電力量の3割を担う原発をすぐに全廃するのは現実的ではないが、太陽光、風力などの再生可能エネルギーの潜在能力はどの程度のものなのだろうか。


 ◆原発の新規は不可能

 エネルギーは「安定供給性」「環境適合性」「経済効率性」を柱とする総合力が求められる。全てを満たす基幹エネルギーは存在せず、原子力、火力、水力を組み合わせて対応している。

 一方で、福島の事故は「安全」「制御」という原発の要を突き崩した。産経新聞が震災後1カ月の時点で企業にアンケートを取ったところ、「(原発を)減らす」と「新規凍結」が34%を占め、31%が「分からない」と回答した。節電で打撃を受ける企業ですら、原発への信頼が揺らいでいる。

 基本計画が示した「2030年までに14基を新設」というロードマップは頓挫するだろうし、定期点検で停止した原発の運転再開も不透明だ。
 原発が停止した場合、どの程度の出力を持つ電源が必要なのだろうか。

 日本の原発54基の総出力は4885万キロワット時だが、震災発生時に19基(1670万キロワット時)が定期点検や復旧作業で停止しており、35基(3214万キロワット)分が目安となる。また、設備稼働率が60%程度であるから、発電量だけなら、計算上は2千万キロワット時あれば、原発をゼロにすることが可能だ。


 ◆太陽光、風力は時間

 再生可能エネルギーのうち、太陽光発電の導入量はまだ277万キロワットだ。環境省は中長期的に3700万〜5千万キロワットに増やすロードマップを描いている。

 太陽光は、エネルギー源に困らず環境にやさしく、産業の裾野が広いという長所がある。一方で発電原価が圧倒的に高い。発電単価が最も安いのは原発の5〜6円/キロワット時。これに対して太陽光は49円/キロワット時だ。システム価格を3〜5年で半額程度にすることを目指しているが、それでも経済効率性に課題は残る。

 また、エネルギー源に困らないとはいえ、夜間は発電できず、天候にも左右され、出力が不安定だ。稼働率は低く導入量の十数%程度にとどまる。さらに、本格導入には電力の流れを供給側と需要側の両方から制御、最適化する次世代送電網(スマートグリッド)が不可欠だ。リチウムイオン電池やナトリウム硫黄(NAS)電池など蓄電池のコスト削減も急務だ。

 2005年から導入を進めているドイツでも導入量は980万キロワット、それに次ぐスペインで350万キロワット弱。原発代替となるには時間が必要だ。

 風力も太陽光と同様の長所、短所を持つが、発電原価では10〜14円/キロワット時と割安だ。導入が比較的手軽なことから世界中で増設が進む。日本は平成22年で218万キロワット強だが、中国は4473万キロワット、米国も4018万キロワット、ドイツも2710万キロワット、スペインが2070万キロワット。稼働率の問題は残るが、規模は大きく、原発代替の可能性も出てくる。ただ出力が不安定で蓄電池やスマートグリッドの必要性は太陽光と変わりない。

 ◆潜在力持つ地熱

 これに対し出力が安定し、世界屈指の潜在力を持つのが地熱だ。地中の蒸気でタービンを回し発電をする仕組みで、石油危機の1970年代に注目されたが、原子力推進政策の陰に隠れ開発は下火だ。
 国内の地熱発電所は東北、九州など18カ所にある。出力1万キロワット以上の開発は最近でも15年前で、出力は54万キロワットのままだ。
 課題の一つは開発コストだ。蒸気が得られるかどうかは費用負担の大きい試掘頼みで、開発地域ごとにコストの差は大きい。発電原価は8〜22円/キロワット時と、原発並みになることもあれば、4倍近くになることもある。
 また、開発有望地の多くが国立公園や温泉リゾートにあることも開発の制約要因だ。
 しかし日本の地熱資源量は2054万キロワットで、原発補完のポテンシャルを持つ。
 いずれの電源も課題はあり、明日から原発を代替するというわけにはいかない。しかし、採算ベースに乗れば電力会社の対抗軸にもなる。地域独占の市場に競争原理を持ち込む可能性もある。10年、20年という期間で原発代替を目標に技術開発を進めたい。












何で今、それをやるかな
そこは大地震予想地では



最初に申し上げたいのですが、私は 「原発反対論者」 ではありません。

日本を電力供給の面で考えると、今現在、「原発」 を選択肢からはずせないことは

よく分かっています。

ですが、ここは、今後30年以内に 大地震が起こる確率が 90%ある場所。

今回、福島で、プレート近くの海岸線に作った原発は 地震・津波がダブルできたときには
非常に重篤な危機が起こることは 既に経験しました。


日本の原子力発電の問題は、原子力システムだけの問題ではありません。


「なぜ 原発を 災害危険地に設置したのか?」


その原子力施設が設置された場所が、「断層の上」 であったり、大規模な地震地として、すでに

予想されている 「地震危険地の上」 に建設されているということです。

わざわざ、このような場所を選んで設置しているかの如くです。


今、原子力問題を論じるのであれば、

「だれが、これらの危険地に 事故を起こせば重大な 原発施設を誘致したのか」
であるかと思います。


また、原子力への予算は、「超」がつくほど、莫大であることが知られています。


今回の福島の事故を見てみると、膨大な予算を、政府が計上しているにもかかわらず、

福島の施設は 40年前のものでした。
電化製品でも、40年前のものは 「骨董品」 扱いに近いものです。
その施設を 「今でも稼働させている」。
しかし、投下された金額は 「莫大」である。

「原発施設へ投下された 膨大な予算はどこへ消えたのか?」


そのあたりも、決して メディアが触れない 焦点
であります。

それを考察しながら、次の記事をご紹介したいと思います。



浜岡原発3号機、7月再開計画…静岡知事は難色

2011年4月28日20時35分  読売新聞  
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20110428-OYT1T00966.htm


 中部電力は28日、定期検査中の浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)3号機について、7月にも運転を再開する前提で2012年3月期の業績見通しを作成したと発表した。
 電力需要がピークを迎える夏場に安定供給を続けるには、浜岡原発3号機の運転再開が必要と判断した。
 ただ、東京電力福島第一原発の事故を受けて、静岡県など地元自治体の間では、原発に対する不安が高まっており、中電の計画通り運転が再開できるかどうかは、不透明な情勢だ。
 中部電力の水野明久社長は記者会見で、「スケジュールありきではなく、浜岡の安全性をしっかりと説明することが重要」と述べ、地元の理解を得た上で再開したいとの考えを強調した。
 しかし、静岡県の川勝平太知事は28日、記者団に「ソフト面、ハード面とも東日本大震災を受けての対応はできあがっていないので、今の状況で7月の再開は極めて厳しい」と述べた。



http://www.yomiuri.co.jp/photo/20110429-683001-1-L.jpg
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20110428-OYT1T00966.htm
中部電力管轄の 浜岡原子力発電所の位置
太平洋を臨む 御前崎の先端近くにある




浜岡原発がある 静岡県 御前崎周辺は、今後発生が予測されている 東海大地震の中央に
あたる。
まずは、地下のプレートの状況から見てみる。



東海地震を発生されるとされているのは、日本の南西にのびる 「南海トラフ」 である。
赤字は断層からの距離を示す。

http://kaznak.web.infoseek.co.jp/blog/hamaoka-2.gif
http://knak.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-d797.html


中部電力の津波の想定は、6メートル。
地震の想定は、M 8.4。 (前回の東海地震 M8.4を参考にして)

今回の福島は 災害が 「想定外」 だったとした。
大震災後、わざわざ 原発を再開するのであれば 「想定外が、今後の言い訳にはできない」
ことになる。




海江田経済産業相は3月29日の参院予算委で、福島第一原発の設置許可時に想定していた津波が 3.122メートルだったが、実際の津波は14メートル程度だったと説明した。

女川町を襲った津波は17メートルクラスだったとする調査結果がある。

敷地標高が14.8メートルの女川原発も2号機の原子炉建屋の地下3階が浸水した。

付記

東京電力は2006年の米国での原子力工学の国際会議で、福島第一原発に、設計の想定を超える津波が来る確率を「50年以内に約10%」と予測し、発表していた。
今後50年以内にこの想定を超える確率が約10%あり、10メートルを超える確率も約1%弱としていた。

http://knak.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-d797.html

 


今度は、「想定外」 は言い訳にはならない


この浜松原発の最大の問題は・・・
ここで事故が発生してしまったら
『日本の要である 東京が
放射線汚染地になる』 
ということである




■中部電力  浜岡原発の耐震構造について
http://www.chuden.co.jp/energy/hamaoka/hama_jishin/shikichi/index.html?cid=ul_me



原発反対論者ではない私が 疑問に思うのは
「わざわざ 巨大地震が予想されている地域で
事業再開をする必要があるのか」 
ということである
 
 
 
 

 





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以前、ブログで 「祈り」 という記事を書かせていただきましたが、
http://blogs.yahoo.co.jp/success0965/11953514.html
そちらに載せていた、被災地を歩くお坊さまのことが、ほかのブログさまの記事でわかりました。


そちらから、転載させていただきます。
今、「われわれが仏教に求めているもの」 を体現していらしゃる姿 として、
とても感動し、そして衝撃を受けました。

もし、お時間があれば、ご覧くださいませ。




http://livedoor.2.blogimg.jp/netacube/imgs/5/9/591b0d37.jpg
http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20110405/1301994116


山本宗補の雑記帳 さまより転載
http://asama888.cocolog-nifty.com/blog/


鎮魂の読経〜生きた仏教



写真は津波被災地で「鎮魂の読経」をし続ける禅僧。撮影地は宮城県気仙沼市本吉町。禅僧は小原宗鑑さん(28歳)。小原さんは、4月2日に宮古市から読経行脚を開始した。4月6日の朝日新聞の一面に、雪の降る釜石内で読経する小原さんの写真が大きく掲載されたため、全国の読者が感動したに違いない。

私もその写真を見て心を動かされ、小原さんの取材をしたくなり、取材に行ってきたわけだ。ともかく、取材させてもらい、小原さんという若い僧侶の存在と活動、彼の生き方に直に触れることができた収穫は計り知れない。「生きた仏教」を目の当たりにした気持ちだ。これほど一心不乱に読経を続け、歩きつづけ、合掌し続けることができるのかと心で感動しながら、彼に密着させてもらった。いまでも小原さんの写真をセレクトし、色調整をしているだけで、突然ジ〜ンときて目頭が熱くなってしまうほどだ。

被災地は小原さんが毎月のように、鉢を持ち網代傘で托鉢に歩いた馴染みの街だという。小原さんはひたすら歩き、鈴を鳴らし、立ち止まり深々と頭を下げる。歩きながら読むお経は「舎利礼文」。火葬場などで遺族が骨を拾う際に唱えられるお経だという。「師匠から、私は何もできないことを学びなさいといわれた。瓦礫を前にして、何か知らないけど、ただ謝るしかない」。小原さんはそうした思いで読経行脚を続けながら、被災地を南下しているのだが、初日はあまりに圧倒されて、無言で頭を下げて回っただけだったという。

小原さんは岩手県盛岡市内にある臨済宗系の石雲禅寺で修業する副住職。石雲禅寺は単立寺院ということで、臨済宗の妙心寺派とか南禅寺派とかに属してはいない。小原さん自身は京都の大徳寺(訂正済み)僧堂で3年間の修行を積んだ。彼の活動が伝統仏教の枠にはまらないのは、石雲禅寺とその寺を創立した小原さんの師匠によるところが大きい。ここでは師匠については、まだきちんと書くほどの情報も持っていないので触れないでおく。


彼の鎮魂の読経こそが、日本仏教界に属する数多いるお坊さんたちの切羽詰った行動として、この大震災の被災地で私が期待していたものだった。3万人に及ぼうとする死者行方不明者。家族や親族を失い、住むところも、収入を得る場も全て失った膨大な被災者。

これほどの悲しみや苦しみの現場を前に、伝統仏教界は僧侶としてできることをきっと果そうとすると期待した。先月24日からの二度目の被災地取材では、都内の5人の僧侶に同行して釜石市に入ったが、現地での地元仏教会などとの入り組んだ事情のために、結果として5人の僧侶は被災地での読経奉仕を形にできないまま帰京した。

続きは、どうぞ 元記事のブログ主さま記事



(4月22日付記:下の写真は宮城県女川市の仮埋葬地。宗鑑さんと二人の尼僧さんが、一体一体、丁寧に弔いの読経を上げた。尼僧さんは、石雲禅寺の吉田慈光さんと、京都の京丹後市から駆けつけた荒川宗範さん)





いちばん上の写真を 目にしたとき
私は、雷に打たれたような衝撃を受けました

あるべき姿に出くわしたとき
人間は感動というか・・・
大きく心を動かされるのかもしれません


「ありがたいという姿」、まさにそうでした


 

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