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非現実の世界を 芸能に表現した世界に 「能」 がある。 能では、「観る人の心に訴えて、それを 『美しい』 と感じさせる その芸」 を 「花」 とたとえている。 観る者の心を動かし、 心に感動を与える、そんな 「舞台での花」 のような局面が 人の人生にもある。 そして、それは人だけでなく 「この世に生を受けて、生くる物」 にもあるのである。 昨年、2011年3月。 すべてが無くなり去った後に、たった1本の松が、陸前高田の街に 残った。 「希望の木」 だと、震災直後の人々の心に 希望の火をともした。 木は、塩害に侵されて、今回 切られることになった。 「この木」 は、『最後の花舞台』 にこんな見事な姿を われわれに残してくれたのである。 奇跡の一本松に名月 切断前、最後の「共演」 2012.9.1 産経 sankei.jp.msn.com/affairs/news/120901/dst12090101350002-n1.htm (はじめに http:// つける) 東日本大震災の津波に耐えた岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」が31日、満月に照らされ、最後の「共演」を果たした。保存作業のため、松は中秋の名月を迎える前の9月12日に切り倒されることが決まっている。
震災後、初めて家族で訪れたという同市の男性公務員(41)は「震災前から他の松より大きかったのでよく覚えている」と1歳の赤ちゃんを腕に松を見上げた。
日が暮れ潮風が雲を流すと、被災地の上に真ん丸い月が現れ、一本松のシルエットが浮かび上がった。
震災発生から2年目となる来年3月11日までに保存加工は終わり、再び復興のシンボルとして戻ってくる予定。 奇跡の一本松:自立する姿、見ようと全国から大勢の人毎日新聞 2012年08月16日mainichi-rt.com/news/20120818-4.html (はじめに http:// つける) 東日本大震災の津波被害で枯死状態となり、モニュメントに加工した上で保存することになった岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」。保存作業開始を前に、最後の自立する姿を見ようと、全国から大勢の人が訪れている。 岩手県一関市から訪れた沼倉八郎さん(77)は「昔から慣れ親しんだ風景が一変し、わずかに残された物まで無くなっていくのは、本当にさびしい」と、目に焼き付けるように一本松周辺の景色を見つめていた。 市の計画では、木を五つに切断し、幹をくりぬいて防腐処理を施す。木の中心部には金属製の棒を入れ、元の場所に組み立て直すという。震災2年となる来年3月11日前の完成を目指す。 ■参考記事 successのブログ 「希望の一本松−壊滅の陸前高田に残った1本の松」 http://blogs.yahoo.co.jp/success0965/11659551.html 一本の木が 人の心に花を咲かせる
今、現実の時空を超えて、 観る者に ただ深い感動をもたらす success ありがとう、生き抜いてくれた 一本松 |
被災者支援情報
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東日本大震災によりお亡くなりになられた方々に
心よりお悔やみを申し上げます.
東日本大震災は,自分にとって2度目の大きな震災でした.
(1度目は日本海中部地震)
特に今回被災した時,助かったな〜と思うことがいくつかあったのでまとめてみます.
意外と役に立つかもしれないので・・・・
※ 思い出したことがあったら適当に追記します.
その1:自転車2台!自分は電車通勤なので,自宅⇒駅,仙台駅⇒職場の通勤経路です. そのため,自宅から駅と仙台駅から職場までチャリ通してました.
こういった災害時に,チャリの機動力は馬鹿にできません!
情報収集や,食料・飲料(タバコとお酒含む)の確保もチャリがあったからこそ何とかなりました.
また発電機のあるところを探して携帯を充電させてもらうのに,威力を発揮しました!
自宅近辺でも,友人・知人の所に物を届けに行くのにも大活躍してます.
その2:カセットコンロ カセットコンロはお湯を沸かしてカップラーメンを食べたり,袋ラーメンを作ったり,お餅を焼いたりと大活躍!
その3:細かいの色々ずぼらな性格なので,色々だらしなくて役に立った事がありました.
・ 職場におきっぱなしにしてたスキーウェア ⇒ 寒さをしのぐのに大活躍!
・ 仕事柄徹夜があるので,職場においていたお泊りセット(シャンプー類,歯磨きセット,タオル,少しの着替え)
・ 職場の冷蔵庫に入れっぱなしにしていたウォッカ ⇒ 寒さをしのぐのに大活躍!
その4:周りの環境今回本当に助かったのは,職場の敷地内に最大45トンまで溜めれる貯水タンクが有った事.
おかげでトイレを流すことができました.
飲料水は,近くの公園で汲めてました.どうやら公園の水は地下の貯水槽からみたいです.
食料の入手は,大手のスーパーやコンビニ等にはほとんど目もくれず,個人商店を回りました.
今回の震災のように物流が完全にストップすると,大手は全滅です.個人商店は独自の入手ルートを
持っているのかわかりませんが,比較的早い段階で野菜や果物を入手することができました.しかも並ばず!
銭湯や温泉が近くにあったこともラッキーでした.
その5:ライフラインライフラインの復旧は,ほぼ必ずと言っていいほど電気が一番最初に復旧します.
電気が復旧すると,送水ポンプが稼動するので水道が復旧します.
都市ガスは一番最後です.
自宅はオール電化だったので,電気と水道が復旧した時点でライフラインは復旧します.
都市ガスの同僚・知人の所では,だいぶ遅かったようです.
プロパンガスの所も電気と水道が復旧した時点でライフラインは復旧してました.
あったら良いかも?こんなのがあれば,電気と水が復旧したらお風呂にも入れます!
女性には特に重要か?
風呂バンス
湯美人
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Pray for Japan.
Pray for Japanese. 国のために祈ります。 賢明に生きる、そして 賢明に生きた国民のために祈ります。 どうか、そして なんとか 国が復興できますように。 Pray for Japan 曲を聴いていたら、 涙がとまらなくなりました。 この国難に、途方なく感じました。 しかし、すべての国民が この国難に立ち向かっていることを 感じ、感動しました。 どうか、日本が、この素晴らしい国が 立ち直りますように。 素晴らしい やさしい国民の中で 大切に大切に 元のように 戻りますように。 すばらしい国、日本に戻れますように。 そして、今までのように、困難を前にした国に やさしく手を差し伸べられる国になれますように。 私は、日本が大好きです。 I Love Japan. We Love Japan. success |
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日経ビジネス
被災者がかかりやすいPTSDの特徴−外傷後ストレス障害 テレビ映像で類似の症状に陥る恐れも 2011年4月5日 http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110401/219272/ 「津波に追い立てられるようにして、命からがら逃げた人もいた。本当に怖い目に遭ったようだ」――。
想定外の津波が、多くの人命を奪った東日本大震災。宮城県南三陸町などの避難所で診療に当たったある医師は、被災者の印象をこう話す。震災から3週間余りがたち、被災者には疲労の色も濃くなってきた。そんな中、必要性が高まっているのが被災者の精神的ケアだ。
自然災害などで生死の境をさまようような体験をすると、人は誰しも心に傷を負い恐怖感や無力感にさいなまれる。こうした感覚は通常、時間の経過とともに徐々に消えていく。しかし、被災者の中にはいつまでも消えず、外傷後ストレス障害(PTSD)にかかる人がいる。
過去の災害では被災者の5〜10%が発症 PTSDは、1960〜70年代に米国や英国などで注目され、研究が進んだ。背景には、戦場からの帰還兵の中で、社会に適応できず、暴行や虐待を受けた被害者と類似した症状を見せる人が目立ったことがあった。1980年代には精神的な病気の1つとして認知され、診断基準も確立した。日本では、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件でPTSDに苦しむ被災者や被害者がクローズアップされ、社会的な関心が高まった。
PTSDが疑われるのは、心に傷を受けた体験から1カ月以上たっても次のような症状が消えない場合だ。
(1) 思い出したくない出来事を思い出してしまう(侵入症状) 過去の自然災害では、被災者のうち5〜10%がPTSDにかかったと言われる。防衛医科大学精神科講師の重村淳氏によると、被災者の中でも特に子供や女性、障害者、外国人や貧困者などの社会的弱者がPTSDにかかりやすいという。 PTSDを治すには、まず、支援物資の供給や医療体制の確立といった被災者への社会的支援を充実させることが不可欠だ。また、意識的にゆっくり腹式呼吸をしてリラックスする、これまでやっていた趣味や娯楽などを再開するなど、自分自身をいたわるセルフケアも大切。その上で、医師が必要と判断したときは、抗うつ薬などを服用する。
テレビ映像で頭痛や不眠に陥る人たちも 精神的ケアが求められるのは、被災者ばかりではない。東日本大震災では津波や火災、被災地の
悲惨な状況などが繰り返しテレビで放映された。実は今、こうした映像を見て気分が悪くなり、医療機関を訪れる人が増えている。
厳密にはPTSDではないものの、テレビを見ることで不安な気持ちになり、それが心身の健康に影響を与えて、頭痛や腹痛、吐き気、不眠といった様々な症状を引き起こす。子供の場合は、いつも以上に親に甘えたり、突然反抗的になったりする症状も表れるという。
重村氏は「こうした人にも、腹式呼吸や日ごろの趣味や娯楽を取り戻すなどのセルフケアが有効だ。テレビの視聴時間を最小限にとどめるのも重要だろう」と話す。症状が深刻な場合は、医療機関への受診を検討するといい。
■参考記事 日経メディカル緊急特集●東日本大震災 Vol.7 震災に伴うPTSDにどう対処するか? 防衛医大精神科学講座講師 重村 淳氏 4月4日 http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/report/t133/201104/519193.html ■参考記事 “震災PTSD”から救う、心のケア5つのポイント (1/2) ZAKZAK 2011年03月24日 http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1103/24/news007.html ■参考記事 震災後の子どものPTSD(再掲) 奥山真紀子(埼玉県立小児医療センター付属大宮小児保健センター保健指導部医長) 3月22日
http://www.blog.crn.or.jp/lab/06/03.html■参考記事 報道映像がトラウマ テレビ局スタッフもPTSDに 2011.3.28 産経 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110328/dst11032821070065-n1.htm 私も小さな子どものころ、家で小さな火事が出たとき
しばらく 「赤いもの」 を見ると、火がついたように泣いていたそうです ショックはしばらく続くかもしれませんが 必ずよくなります やさしく接しながら、こうしたケアを
しばらくの間 してあげるといいのかもしれません http://img01.kitaguni.tv/usr/ch12046/%E3%81%8C%E3%82%93%E3%81%B0%E3%82%8C-1.jpg
http://ch12046.kitaguni.tv/e1784278.html |
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医師からの提言 体育館型避難所から避難する選択肢を −避難所の皆様へ伝えてください− 震災から2週間以上たち、避難所で亡くなる方々が増え始めています。災害後の避難所での死亡率は通常の60倍であり、死因の4分の3は感染症であるという論文報告があります。食糧、電気、水道、暖房、排泄などがままならない体育館のような避難所で、大勢が 密集して生活する環境では、感染症の流行は防ぎようがありませんから、体育館型避難所での生活 そのものに死亡リスクがあると言わざるを得ません。もちろん、この死亡リスクを減らすために、多くの 方々が物資を送り、様々な医療団が現地入りするなど、全国の皆様のご尽力には感激していますし、 今後もこうした支援が広がることを願っています。しかし、たとえどんな対策を講じたとしても、避難所 生活が長期化すれば、命を落とす方が今後も増え続けることは避けられないでしょう。 避難所で人命を奪う代表的な感染症は、呼吸器感染症(風邪、インフルエンザ、肺炎など)と下痢や嘔吐(ノロウイルス、ロタウイルスなど)です。インフルエンザ、肺炎、下痢が発生していることはすでに報道されています。過去の報告では、避難している子どもの死亡のうち80%は肺炎にマラリアや下痢が重なったものだったという報告や、災害後早期の死亡の40%が下痢によるものであり、そのうち80%は2歳未満の子どもという報告があります。これらのデータの多くは途上国のものですから、日本ではこうはならないと思いますが、避難所は通常の日本の環境とは異なる点に留意が必要です。通常であれば、日本では栄養状態もよく、たくさん水分摂取でき、清潔を保てるので、成人は恐れるに足りない感染症であっても、避難所の環境では、体力の弱い者から、つまり多くは、小さな子どもや高齢者などから、命を奪っていくのです。 仮設住宅の建設は始まっていますが、上水道などライフラインを根こそぎ破壊した津波被害で建設場所が限定され、最初の1カ月の供給量をはるかに超える量が必要なため、仮設住宅の整備は長期化するようです。大勢が長期間、避難所生活を続けては、かなりの死者数を出すことになってしまいます。 避難所の死亡リスクを回避する方法は、一刻も早く通常の環境に「移住」することです。すでに、全国各地から、住居を用意して被災地の方々を迎えるという情報がたくさんあり ます。たとえば、以下のYahooのサイトから、全国で提供されている住宅について検索することができ ます。 Yahoo! 被災者受け入れ情報 http://dir.yahoo.co.jp/Society_and_Culture/Environment_and_Nature/Disasters/Earthquake/2011_The_Pacific_Coast_of_Tohoku_Earthquake/Ukeire/?q=%C8%EF%BA%D2%BC%D4%BC%F5%A4%B1%C6%FE%A4%EC%BE%F0%CA%F3 いち早く実現した「老健疎開作戦」は、亀田総合病院が調整した「鴨川モデル」です。地震・津波・原発の被害により深刻な状況にあった、福島県いわき市の老人保健施設小名浜ときわ苑を千葉県鴨川市のかんぽの宿へそのまま疎開させました。お年寄り120人と、職員とその家族70数人の「集団疎開」です。介護事業のため組織化され、一体として機能する人・物(施設以外)・金・情報を、散逸することなく丸ごと移転し、介護事業を鴨川市で継続することができます。いわき市が今後も介護報酬を支払うのです。被災地のコミュニティや機能を維持したままの「集団疎開」ですから、将来いわき市で事態が好転した場合にも、復興が容易です。一部の 報道では、バスで移動中に入所者2人が亡くなったことが取り上げられましたが、すでに体力が落ちたお年寄りの中には肺炎球菌による肺炎が何人かいましたし、バスから自力で降りられないほど弱っていた方がたくさんいたそうです。いわき市に残っていたら、かなりの死者が出ても不思議はなかったのですから、移動中の死亡がわずか2人で済んだのはむしろ驚異的です。200人近い命が救われ、今後の新しい生活を築いていけることは、将来のいわき市の復興にも希望をもたらしました。こうした「集団疎開」が各地で実現すれば、より多くの命が救われ、将来を見据えた生活を始めることができるのではないでしょうか。 福島原子力発電所の影響で、東日本の電力は供給不足が続く見込みです。一般の住宅も医療機関も交通網も、皆、計画停電に悩まされています。被災地からの移住先は、東日本ではなく、60Hzの西日本を目指すほうがよいでしょう。 こうした「集団疎開」や「移住」は、まだわずかしか進んでいないように見受けられます。その一因として、体育館型避難所の生活に死亡リスクがあることや、全国で住宅の提供が増えているといった情報が、通信手段がまだ限られている避難所の方々に、あまり届いていない可能性があります。被災した方々にも、こうした情報を知っていただき、まずは今を生き抜くことを考えていただきたいのです。住み慣れた土地から離れたくない方もいらっしゃるでしょうけれど、その 一方で、他の土地に親類がいる場合など、自主的に疎開した方もたくさんおられます。移住する選択肢があるとわかれば、一刻も早く、体育館型避難所から避難して、新しい生活を築こうと考える方も増えるかもしれません。それが、結果として一人でも多くの命が助かり、一日も早い復興につながるのではないでしょうか。 http://yamagata-np.jp/feature/shinsai/img_2011031300133.jpg
http://yamagata-np.jp/feature/shinsai/kj_2011031200275.php 体育館で暖をとる被災者のみなさん ■筆者プロフィール 村重直子 (むらしげ なおこ) 1998年東京大学医学部卒業。横須賀米海軍病院、ベス・イスラエル・メディカルセンター内科(ニューヨーク)、国立がんセンター中央病院を経て、 2005年厚生労働省に医系技官として入省。2008年3月から大臣直属の改革準備室、7月改革推進室、2009年7月から大臣政策室。2009年10月 から内閣府特命担当大臣(行政刷新担当)付、2010年3月退職。現在、東京大学勤務。 |



