successのブログ

しきしまの 大和心のをゝしさは ことある時ぞ あらはれにける

伝言メッセージ 東北大震災

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復興が進まず、
だれも 思ってくれないんじゃないかとか
ほったらかされてるんじゃないかとか
きっと感じておられるに違いない。


でも、日本中で たくさんの人が やっぱり陰ながら
「がんばれよ」
「負けちゃだめだ」
「花は きっと咲くんだよ」
と思っているのも、ほんとです。

この歌を聞いて、涙が出てしまいました。

日本人からの、日本人への、日本の国への プレゼントのような
気がしています。


youtubeの解説から

東方出身の方々がこの歌を
作詞作曲し
東方出身の方々が歌っています




がんばれ ニッポン

success






今回の大震災で、お母さんが行方不明のお子さんの記事を掲載させていただいたところ、
http://blogs.yahoo.co.jp/success0965/11591669.html
その行方不明のお母さんのお友達のかたが、たくさんコメントをよせてくださいました。

その「最初」のコメントをしてくださったのが、kuraちゃんさんでした。
他のみなさんからコメントをいただきましたが、kuraちゃんさんからは、それからしばらくコメントが
ありませんでした。

一生懸命過ごされていたようです。

昨日コメントが届きました。
胸を打つメッセージでしたので、こちらでご紹介したいと思います。
(ご本人のご了解をいただいております)

突然襲った未曾有の大惨事。
東北のみなさんは強いと思います。
もし自分の身に起こったら…と考えたら、こんなに辛抱強く、こんなに一生懸命、こんなに誠実に
対処できたか…。

日本一丸となって、この国難を乗り越えたいと思います。
kuraちゃんさん、みんなついていますから、どうか笑って下さいね。


もしよかったら、kuraちゃんさんへ 下に応援のコメントをいただけますと幸いです。
きっと見てくださると思います。




笑って、kuraちゃん

kuraちゃんさん からのコメント       2011/4/9(土) 午後 9:31

記事(http://blogs.yahoo.co.jp/success0965/11591669.htmlを、転載してくださった皆様、
本当にありがとうございます。
震災以来ずーっと落ち込み、家族や子供たちに暗い波動を送り続けてきた私です。中2になる息子に「母さん、何怒ってる?」と言われ我に返りました。

今の私に出来る事・・・。
被災された方たちが復興に向け動き出している時、何の被害もなく普段通りの日常を送れるこの私が落ち込んでいる場合ではないと。
美公(今回の地震で行方不明のお友達)の毎年の年賀状からはご主人、子供たち、家族に対する愛情が溢れていました。そんな美公が今の私を見たら「違うよあっけ」と言いそうです。

42歳厄払いの同級会(秋田県だけの風習でしょうか?)では撮影係をやってくれて、打ち上げの会ではなりきり少年隊の仮面舞踏会に涙を流して喜んでいました。「カラオケだけは勘弁して・・・」と言っていた美公が飲み会終盤になってから歌った歌は松田聖子さんの「瑠璃色の地球」でした。
今思うと、美公の心情そのものだったのかもと感じます。とてもいい詞で涙が溢れて来ます。

私には家族がいてくれて子供たちがいてくれて、今年も耕す田んぼがあります。
こんなしあわせな事はないと思います。原発事故の影響でやりたくても農業ができ
ない方たちの分も、使命をもってお米づくりして行こうと夫と話しています。

それから私たちに出来る事・・・
日々感謝の気持ちを忘れず、少しづつまた普段の生活に戻していく事もひとつではないかと考えています。経済を回していつでも被災地の応援ができる体力(経済力)をつけておく。必要以上の自粛はあらゆる企業がたちゆかなくなり元も子もなくなるのでは・・・と思います。必要な事と無駄な事を見極める時ですね。
多くの方たちが一日も早く元気に、笑顔になれます様に祈りながら明日もがんばろうと思います。


kuraちゃんさん からのコメント       2011/4/10(日) 午前 9:53

おはようございます。
いつもありがとうございます。
私は秋田県田沢湖の農家の主婦、4人の子供の母です。超アナログ人間でこうして投稿させていただくにも大変勇気と時間がかかります。こんな私の独り言のような文章、お恥ずかしい限りですが何かのお役にたてるならどうぞお使いください。

ひとりの力は小さいですが、ほんの小さな心がけが集まればきっと大きな力になると信じてやり続けます。
とりあえず、風評被害に苦しんでいる地域の農産物を買い続けます。
みんなレントゲン検査やMRI検査は平気で受けてるじゃあないですか?大丈夫!自分の体を信じましょう!

あと、笑顔で暮らしましょう!
私自身今回の事で痛感しました。母親は家族の太陽です。私、夫にまで「おれ、おめさ何かわりごどしたが?(僕、君に何か悪い事でもしたかな?)」と言われました。連日の報道で朝から泣きっぱなしで表情から笑顔が消えていたんですね。危うく私の暗い波動で家族を病気にしてしまうところでした。

一主婦にできる事なんてこんな事くらいですが、こころして地に足つけて日々過ごしていきたいと思っています。削除




今回の大震災の被災地からの声を届けます。

被害の大きかった 陸前高田への、同じく被災地、東北の方からのメッセージです。



キングオブジプシーさんより

『今、テレビやラジオで色々な方たちの応援メッセージが流れています。
TVでは「がんばれ日本」、
IBC岩手放送のラジオからは「ふるさとは負けない!」
そして春の甲子園、創志学園の野山主将の選手宣誓「がんばろう!日本」
16才の彼の言葉に感動しました。
たくさんの皆さんの熱いメッセージが心に響きます。

私も、改めて美公さんのご家族、陸前高田の方々に応援をしたいと思います。
高田松原に残ったあの1本の松の木、まさに希望の木と呼ばれていますが、
津波に負けなかったこの木が示すように、「ふるさとは負けない!
陸前高田は負けない!」

きっと笑える時がきます。
同じ日本人として、そして東北人として共に汗を流し、涙を流し、
そして笑える日まで頑張りましょう。
美公さんの子供たちへそして陸前高田の子供たちへ
「希望、はばたけ未来へ」
未来は君たちのためにある。』削除

2011/4/5(火) 午前 9:43



第83回選抜高校野球大会 選手宣誓  2011年3月23日



選手宣誓                       創志学園高校  野山主将


私たちは16年前、阪神淡路大震災の年に生まれました。

今、東日本大震災で、多くの尊い命が奪われ、
私たちの心は 悲しみでいっぱいです。

被災地ではすべての方が 一丸となり、仲間とともにがんばっておられます。

人は仲間に支えられることで、大きな困難を乗り越えることができると信じています。

私たちに今、できること。

それは、この大会を精いっぱい 元気を出して戦うことです。

がんばろう、日本。

生かされている命に感謝し、
全身全霊で 正々堂々とプレーすることを誓います。



1本残った「希望の松」 陸前高田市の高田松原

http://sankei.jp.msn.com/images/news/110330/dst11033008170011-p1.jpg
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110330/dst11033008170011-n1.htm



津波がすべてなぎ倒し、流しつくしたあとに
1本の松の木が 残った。

てっぺんにしか、枝がないことを思えば、
どれほどの高さの波がなめ尽くして行ったのかがわかる。

木のうしろにある コンクリート製の建物の崩壊の様子を見れば
どれほどの力が押し流したのかがわかる。

その跡に、1本の松の木が 残った。

この木は たまたま残ったものではない と思う。
「意味があって残された」。


何万という命のあかしに この木がある。

「力の限り 生きよ」 と
この木が言っている。



■創志学園・野山主将が選手宣誓「命に感謝」

2011.3.24
 http://www.sanspo.com/high-baseball/news/110324/hga1103240505001-n1.htm

 第83回選抜高校野球大会が23日、甲子園球場で開幕した。 (中略)
大々的なセレモニーも、生演奏の行進曲もない。ユニホームの左袖に喪章をつけ、外野に整列した選手たちが整然と前に進む。場内に「東北高校」のアナウンスが響くと、1万2000人の観衆からひときわ大きな声援と拍手が湧き起こった。
景色も言葉も、いつもとは違った。創志学園の野山主将は壇上に上がると、はっきりと自分の言葉で出場選手代表として宣誓した。

「被災地ではすべての方々が一丸となり、仲間とともに頑張っておられます。人は、仲間に支えられることで大きな困難を乗り越えることができると信じています」
熱い思いにスタンドが静まりかえる。熱い思いは被災地にも届いたはずだ。大役を務め「緊張した」という野山主将。それでも「大変な思いをしている方々の情景を思い浮かべた。被災地に元気や感動を与えられるような、いい大会にしたい」と胸を張った。
東北の五十嵐征彦監督(35)は「素晴らしいメッセージでした。ぼくらの気持ちを言ってくださった」と語り、同高の上村健人主将(3年)も「自分たちよりもつらい人はたくさんいる。みんなで頑張れば乗り越えられる」と話した。

中堅席後方では、約160人の西宮市スポーツ少年団がメッセージボードを掲げた。「がんばれ東北」「地震なんかに負けるな。自分に自信をもて!」。ボードを持った有沢嵩(しゅう)さん(12)は「優勝して地震で被害に遭った方に笑顔を届けてください」と応援した。
いまも東日本では余震が続く。被害状況さえ分からない。それでも球児たちはここで、力の限りをつくす。今大会、スローガンに「がんばろう!日本」を掲げた。高校球児が、日本に希望の明かりをともした。




もしよかったら、拡散をお願いいたします
メッセージ、続いて届いていますの「追記」 で下に追加しておりま 4月2日 ブログ主

被災地から のメッセージボードです
陸前高田市の佐々木謙太郎くん、はなえさん 
お母さんのお友達から
エールです!



先日、3月26日に 産経新聞に ニュース 「母さんはどこかで見てくれている」 で紹介された
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110326/dst11032601150006-n2.htm
被災地の陸前高田市の佐々木健太郎くんに向けて、健太郎くんのお母さん (美公さん)のお友達
から、successの記事へ メッセージを託されました。
http://blogs.yahoo.co.jp/success0965/11591669.html

健太郎くん、(ご姉妹かな?) はなえさん、みんなが一生懸命応援してくれています。
健太郎くん、はなえさん、お母さんの美公さんへの応援の声です。


その声をお届けします。
どうか 受取ってください



  美公さんのお友達からのメッセージ  

kuraちゃんさん(倉橋さん)からメッセージ

秋田県田沢湖の美公さんの同級生です。
地震直後から美公さんにメールしていましたが返信はなく、同級生みんなから安否確認の連絡が私のところに来ていました。いつも年1回の年賀状で近況報告くらいでしたが、私たち同級生は保育園からずーっと一緒に過ごしてきていて兄弟姉妹のような関係でした。
はなえちゃん、謙太郎くん、私たちみんなも応援してるからね!

キングオブジプシーさんからメッセージ

kuraちゃんさん同様、美公さんの同級の一人です。
陸前高田の状況を聞いた時に、たった一人陸前高田にいる同級生を思い、「もしや?!」 と悪い予感が一瞬頭をよぎりましたが、「まさか…」と思い何日か過ぎた時に、実家の近くから、そしてkuraちゃんさんから連絡をもらいました。陸前高田には娘がバレーボール(秋田角館南高校)をやっていたこともあり、高田高校のバレー部保護者の皆様には6年間お世話になり本当に思いが強く残っている地です。そして、同級会があった時に美公さんから家に寄るようにも誘われたことを思い出します。
美公さんのご家族や高田高校バレーボール部の皆様の事を思うと、テレビでのあの情景は心が痛みます。「きっと大丈夫!」と陰ながら応援している一人です。

イクコさんより

『謙太郎君、高校合格おめでとうございます。美公が1日も早く帰って来る事を
心より願ってます。』  (イクコより)

ミチヨさんより


『謙太郎くん、合格おめでとう。 今、日本のみんなが心をひとつにして前に進もうと
しています。お母さんもきっと謙太郎くんが強くたくましく前に進む姿をどこかで見ていると思います。私たちも応援しています。頑張ってください。』 (ミチヨより)


みどこさんより

『美公のご家族様へ…1分でも1秒でも早く、美公がご家族と会えますよう、心から祈っております。』 (みどこより)

キョウさんより

『美公へ
いつだったか美公から貰った年賀状に、明るい色のチューリップが描かれていたね。覚えてる? 見ているだけでこちらも優しい気持ちになるステキな画だった。
地震があってその事を思い出し、美公の無事を願い、玄関に明るい色のチューリップをずっと飾っているよ。
みんなとても心配しています。みんなで待っているからね。』 (キョウより)






みんな、きみたちのことを
心から応援しています


日本中のみんなが 後についています


どうか負けずにがんばってくださいね



追伸
もしこの記事を見られたら、下のコメント欄に、メッセージを残してくださいますか。
応援しているみなさんが、きっと喜ばれることでしょう。





追記  おかあさんの同級生のみなさんから、メッセージ 引き続いて届いておりますので、
こちらに 「追記」の形で掲載させていただきます。 

4月2日追記

高真由さんより

『謙太郎君合格おめでとうございます。お母さんはまだ、見つからないけど、謙太郎君のそばにいるよ。
迷った時や悩んだ時は、自分の胸に手をあて、一呼吸。頑張ってね、謙太郎君!』
(高真由より)

米沢雅子さんより

『美公さんの同級生で 謙太郎くんのおばあちゃんの勝子さんにも以前お世話になった米沢雅子です。おばあちゃんから 謙太郎くんたちの事をとっても可愛がっていたお話を聞いていました。私も謙太郎くんたちが立派な大人に成長されるのを願って
います。』 (雅子より)

じゅんこさんより

kuraちゃんの呼びかけで投稿しました。
謙太郎君、高校合格おめでとうございます。
美公が一日でも早くご家族と会えることを祈ってます。復旧のために微力ながら
応援したいと思っています。がんばってください。
[ じゅんこ ]

4月3日追記

ミユキさんより

『美公さんのご家族へ
いつも家族への思いがつまっている彼女の年賀状…今年はホームステイを受け入れたり、地域の行事に貢献させて頂いた喜びがつづられていました…
自分や家族の事で精一杯の私は「素晴らしいお母さんだなぁ〜みならわなくちゃ…」と思うのでした…
「いつでも前向きに明るく…」という言葉…
部活動のキャプテンという責任を果たしながら、いつも優しい笑顔で話しかけてくれた学生時代から彼女が実践していました…
私も、一日も早く美公がご家族のもとに帰ってこれる事を祈っています…』
(ミユキより)

4月4日追記

サマユさん、ヒトミさんより

『家族に会えない辛さを思うと心が痛みます。美公さんが一日も早く無事に帰ってくる事を願っています。』 (サマユ、ヒトミより)




http://blogs.yahoo.co.jp/success0965/11591669.html

【東日本大震災】
「母さんはどこかで見てくれている」
2011.3.26  産経  http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110326/dst11032601150006-n2.htm


 「母さんはどこかで見てくれています」。岩手県立高田(たかた)高校に合格した陸前高田市立第一中学3年、佐々木謙太郎さん(15)。津波で自宅が流され、母の美公(みき)さん(47)は行方不明だ。「高校で頑張って、成長した自分を見せます」と決意している。SANKEI EXPRESS

 震災は中学の卒業式の練習中に起きた。校庭に避難した時、街から土煙のようなものが上がり、バババッと大きな音がして木材が流されるのが見えた。潮のにおいが漂ってきた。
 津波の被害状況が分からないまま、教室で一夜を過ごした。岩手県一関市で経営する会社にいた父が夜中に来てくれたが、美公さんは来なかった。後で近所の人から「向かいの一人暮らしのおばあさんと一緒にいるのを見たのが最後だった」と聞いた。
 父と一緒に捜しに行ったが、わが家は跡形もなく、植木が少し残るだけ。「家の跡を見たとき、声も出せませんでした」
 津波の跡をたどると、小学校の校庭に美公さんの車がへしゃげて横倒しになっていた。夫婦で楽しんでいた水上バイクのライフジャケットが校庭に残され、車内から手作りの小さなバッグが見つかった。
 震災後、父の会社に身を寄せた。合格発表のことは考える余裕もなかった。22日、合格を知り「生物や地球温暖化問題について勉強したいです」と意気込みを見せた。

受験勉強中に美公さんから「きちんとした生活をしなさい」とたびたびしかられた。今は「自分のために言ってくれていたんだ」と感じる。母はきっとどこかから自分を見てくれているはず。「将来は陸前高田の復興に尽くしたいです」。真っすぐな目で前を見つめた。




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ブログ主:追記  3月28日 PM 15:24
本日、ニュースの中の 佐々木美公さんのお友達からコメントをいただきました。
記事を見つけやすくするため、トップで掲載させていただいております。 ご了承ください。


今回の地震は、多くの行方不明者を出した。
これからの人生の岐路に立つ子どもが、親を亡くすことになってしまった場合も多い。
まだ小さい子どもには、どれほどの悲しさだろう。

しかし、子どもはびっくりするほど たくましく成長する。
だれも気づかなくても、たった1人で、たくましく立ち上がろうとしている。


【東日本大震災】
「母さんはどこかで見てくれている」
2011.3.26  産経  http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110326/dst11032601150006-n2.htm


 「母さんはどこかで見てくれています」。岩手県立高田(たかた)高校に合格した陸前高田市立第一中学3年、佐々木謙太郎さん(15)。津波で自宅が流され、母の美公(みき)さん(47)は行方不明だ。「高校で頑張って、成長した自分を見せます」と決意している。SANKEI EXPRESS

 震災は中学の卒業式の練習中に起きた。校庭に避難した時、街から土煙のようなものが上がり、バババッと大きな音がして木材が流されるのが見えた。潮のにおいが漂ってきた。
 津波の被害状況が分からないまま、教室で一夜を過ごした。岩手県一関市で経営する会社にいた父が夜中に来てくれたが、美公さんは来なかった。後で近所の人から「向かいの一人暮らしのおばあさんと一緒にいるのを見たのが最後だった」と聞いた。
 父と一緒に捜しに行ったが、わが家は跡形もなく、植木が少し残るだけ。「家の跡を見たとき、声も出せませんでした」
 津波の跡をたどると、小学校の校庭に美公さんの車がへしゃげて横倒しになっていた。夫婦で楽しんでいた水上バイクのライフジャケットが校庭に残され、車内から手作りの小さなバッグが見つかった。
 震災後、父の会社に身を寄せた。合格発表のことは考える余裕もなかった。22日、合格を知り「生物や地球温暖化問題について勉強したいです」と意気込みを見せた。

受験勉強中に美公さんから「きちんとした生活をしなさい」とたびたびしかられた。今は「自分のために言ってくれていたんだ」と感じる。母はきっとどこかから自分を見てくれているはず。「将来は陸前高田の復興に尽くしたいです」。真っすぐな目で前を見つめた。

 「やっぱり現実」
 津波被害が大きかった岩手県田野畑村。小学生190人が無事だったのは、昨年4月に村内6つの小学校を高台の1校に統合したことが大きい。沿岸地域にある旧校舎跡地は浸水した。
 村立田野畑小4年の佐々木海斗君(10)の父、卓也さん(46)は漁協職員で消防団の活動にも参加していた。地震後、いったん帰宅し、妻の五鈴さん(49)に避難するよう伝えた後、消防団着に着替えて水門を閉じに行き、波にさらわれた。
 2日後に遺体で見つかった。「夢なのかなとも思うけど、やっぱり現実なんですね」。海斗君は自分にそう言い聞かせている。
 心に残っている父との思い出は「いつも一緒にお風呂に入って体を洗ってもらったり、遊んでもらったこと」。親類宅に身を寄せながら、避難所に来ては学校の友達と遊ぶ。気は紛れるが、父親のことを忘れることはないという。今は父の勧めで始めた野球を頑張ろうと心に決めている。
 村の教育関係者は親を亡くした子供たちの心のケアに乗り出そうとしているが、海斗君の兄で専門学校生の駿也さん(20)は「気を使われるのもかえってつらい。弟が元気で遊べるよう普通に接してもらえれば…」と話す。





きっと、お父さんや お母さんは
きみたちのそばにいて
いつもちゃんと見ていてくれるよ


がんばれ、お父さんやお母さんのために
がんばれ、自分のために


success




この子たちのためにも
日本を 立派な国に復興しようではありませんか



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