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わずか4年半しか小太郎とは過ごしてないけれど、今も小太郎は私の中で生きています。 これからも、変わらずに… これからもずっと一緒。 明日はレミの命日。 小太郎とレミにいつか虹の橋で逢える日まで、私たちを見守っていてね。 |
小太郎・レミ・その他猫
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一昨日は小太郎の命日で、今日はレミの命日です。 仲の良かった?二人の命日がこんなに近いのは、何か意味があるのかと思わずにいられません。 レミは私が結婚する前に、あんまりにも可愛くて、もらってきてしまった子でした。 家にきた時が、こんな感じで。 友達のうちの近くに、可愛い子猫を保護したのでもらい手を探していると聞いて、私は母に、「見に行くだけ」と言って家を出て、当然連れて帰ってきてしまいました。 レミとは小さい時はいっぱい遊びました。 結婚する時、母にレミも一緒に連れて行くよう言われたのですが、結婚当時の新居はペット禁止の物件だったので、実家においていきました。 でもそれで正解だったと思います。 レミは母のパートナーとなり、去年亡くなるまで年老いた母の心の支えになってくれていたのですから。 レミと小太郎は・・。 レミを預かったり、小太郎を連れて実家に行ったりすると、小太郎は去勢されているレミを女の子だと思って、激しく追いかけ回し・・。背中に乗っちゃってレミを襲って・・・。もう!恥ずかしい! でもレミは嫌がりながらも、怒りもせずよく我慢したと思います。 去年の今日は、雨でした。 眠るように大往生したレミを火葬する前に、最期にレミのおでこにキスをしました。 有り難うの思いを込めて。 母はレミが居なくなってからしばらくは元気がなかったですが、今はもう立ち直ったようで、家の萌華音を孫のように可愛がっています。 レミと小太郎、虹の橋できっと会っていると思うけど・・・。 まさか小太郎はあちらの世界でもレミの背中の上に乗っかっていないでしょうね? 今日は実家にきっと帰って、母に甘えていることでしょう。
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今日は小太郎の十三回忌。 小太郎が急逝して、早いもので12年。 干支が一周してしまいました。 あの日から12年。 12年前の6/18は日曜日でした。 私は千葉に選挙のウグイスの仕事で出張していて・・。 最終日土曜日の夜八時、他のウグイスの子達は翌日までお泊まりでしたが、私の担当した先生が「萌ママさんはご家族が病気だから、仕事が終わり次第帰す」とおっしゃって下さって、選挙事務所の方が車で私の着替えと荷物を取りにホテルに寄って下さり、最寄り駅まで送って下さいました。 大急ぎで帰ってきましたが、当然小太郎が入院していた病院はもう終わっていて、翌日、そう、6/18日曜日の朝、小太郎の様子を見に行くことにしたのです。 6/18日曜日朝、支度をしていたら、電話が鳴りました。 出ると、小太郎が入院していた動物病院からでした。 「小太郎ちゃんが・・亡くなりました。」 耳を疑いました。何を言われたのか一瞬わかりませんでした。 言葉を失って・・。しばらく茫然自失・・。 「迎えに来てあげて下さい。」 私は、小太郎に会いに行こうとしていたのに・・。 会えなかった・・・。 私が生きている小太郎を最期に見たのは、選挙のお仕事に行く前の日。 何だか元気が急になくなって体調が悪そうだったので、私はしばらく留守にするし、主人は仕事が遅いから、だったら動物病院に入院させようということになったのでした。 まさか、こんなことになるなんて思ってもいなくて、私も心配はしましたが、お仕事をドタキャンするわけにも行かず、出張に行って。 私が出張中に、どんどん小太郎の具合は悪くなる一方で。 原因不明のまま、最期にあうことも出来ずに、小太郎は逝ってしまった。。 4歳半の短い一生でした。 みんなは、小太郎は私が東京に帰ってくるのを待っていたのだと言います。 でも、私の知っていたの小太郎は、何となく具合が悪くなり始めた姿。 それが最期でした。 仕事だとはいえ、傍にいてあげられなくてごめんね、って言いたかったのに。 最期に一目、会いたかったのに。 叶わなかった。 あれから12年。 今でも小太郎のことを思い出すと、涙が止まりません。 お迎えに行った時の小太郎の顔は、穏やかでした。 苦しまずに逝ったのは、せめてもの救いでしたが、私が抱き上げた小太郎は、冷たくなっていました。 原因がわからなくて、もしかしたら具合が悪くなる直前にシャンプーをしたのがいけなかったのかしら、風邪を引かせたのかしらと思って自分を責めたりもしました。 ベランダでガーデニングをしていて、虫がつくのが嫌で殺虫剤も使っていました。 殺虫剤を納戸にしまっていたのが、何か関係あるのかもと後悔もしました。 あれから私はにゃんこのシャンプーが怖くて出来なくなり、選挙のお仕事も小太郎を思い出すので、あれ以来しなくなり、ベランダでガーデニングもやらなくなりました。 小太郎の祭壇には、今も毎日、カリカリとお水は欠かしません。 小太郎の形見の、小太郎の毛。 私のお気に入りのベネチアングラスの小瓶に入れて、今も大切に取ってあります。 小太郎はいつもここから、私たちと萌華音を見守ってくれています。 小太郎、お帰りなさい。 今日は小太郎を想って、主人と萌華音で13回忌をします。
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銀座が大好きな私。 よくお買い物で銀座に行きます。 その銀座に最近よく出没するのが・・・。 銀座にゃんこ! 前回は銀座4丁目和光前、その前はマツヤギンザ前、そして今回は。 銀座6丁目。 動かないのです。 みんな首にシュシュをつけていて、微動だにしないのです。 こんなに可愛いから、皆さん写真を撮ります! でも、触ろうとすると・・・。 ちゃんと飼い主さんが出てきて、怒られます。 そして、みんながある程度写真を撮りおわると、飼い主さんが全てのにゃんこを肩に乗せて去っていくのです。。。 不思議なのは、毎回違うにゃんこ!大きい子から、ビックリするくらい小さい子までいます! いったい何匹飼っていらっしゃるのでしょう? どのにゃんこもみんな、首にシュシュ、そして絶対動かない! そうして、飼い主さんの肩に乗せられて帰って行くのでした。 こちらは、お家にゃんこ。 動きが激しすぎて、なかなかいい写真が撮れません! 華音さん、そこは私のパニエの上ですよ! 可愛いと思ってカメラを向けたら、この表情です。 なかなかいいお顔が撮れなくて困ります。 少し銀座にゃんこをみならって、じっとしていて下さい! |
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悲しいです。 実家の猫レミが、6/20に老衰で亡くなりました。 19歳でした。 これだけ生きたのだから、大往生。 そう思います。 でも、やっぱり悲しいです。 去年からあまり体調が良くなかったレミ。 凄く痩せてしまい・・ 肝臓も良くなくて・・・。 最後の一年はお医者様に、「もう年だから好きなものを食べさせてあげて下さい。」と言われ、人間の食べ物を食べていました。 そんな時に私は母から、「今日レミにトンカツあげたのよ」と言われて、トンカツを食べる食欲があるんだと思っていました。 まだ元気なのだと思っていました。 6月に入って、急に食欲が落ち、食べなくなったそうです。 心配なので、主人と18日に実家に様子を見に行ったばかりでした。 18日土曜日は、ご飯も食べて、元気で良かったと安心していたところだったのに・・。 もしかしたら、私と主人を安心させようと頑張ったのでしょうか。 次の日19日は又元気がなくて、ご飯もあんまり食べなかったそうです。 そして20日、母が朝起きた時は「にゃ〜・・」と弱く鳴いたそうです。 母がご飯をあげると食べて、そのあと少しして、牛乳も飲んだそうです。 でも。。 それからしばらくして、逝ってしまったレミ。 苦しむ事もなく、静かに逝ってしまったそうです。 母から連絡があって、主人も会社を休んでくれて、二人で車を飛ばして実家に向かいました。 目をくりくりっと開けて、安らかな顔をし・・・ まるで生きているようなのに。 安らかに眠るように天国に召されたレミ。 泣きました。 私が結婚する前、私が連れてきた子です。 私が結婚してからは、母のそばにずっといてくれた優しい子です。 子猫の頃は、レミと沢山遊びました。 よく遊ぶ子で、楽しかった・・・。 何故か主人の事をレミは大嫌いの様子で、主人に向かっていつも怒っていた事を思い出します。 今は虹の橋で、小太郎と出会ったでしょうか? その昔、レミは小太郎に随分迷惑をかけられていました。 小太郎はレミを女の子と思い込み、もうアタック・・・! 小太郎、もうレミに変な事しないでね。 6/18は小太郎の命日ですが、レミの命日は6/20と言う事になりました。 二日違い。 これも何かの運命なのでしょうか? レミ、安らかに。 今までよく頑張ったねと、褒めてあげようと思います。 そして、母の傍らにずっといてくれて、ありがとう。 大好きだったからね。
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