須藤甚一郎ウィークリーニュース!

目黒区議会議員・ジャーナリスト須藤甚一郎のウィークリーニュースです。

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須藤のおしゃべりリポート・YouTube報告をご覧になるのは、
このアドレスでどうぞ!:https://youtu.be/MHz_YdzOzLM

1.日本のエライ役人はバカヤローばかり!
財務省で安倍総理によいしょして、文書改ざんしたのがバレて、佐川宣寿国税庁長官(60)が辞めたばかりだよ。そのつぎに今度は、財務省の事務次官・福田淳一(58)が、極めつけスケベなセクハラ(セクシャルハラスメント=性的な嫌がらせ)が発覚して辞職した。

学歴は東京大学法学部卒だが、どうしょうもねえ、助平ヤローだよ。テレビ朝日の財務省担当の女性記者が、福田事務次官にやられたセクハラの事実を「週刊新潮」にタレ込んだ(情報提供した)ので、スクープとして助平ぶりたっぷりの福田のセクハラ状態の録音をスクープ報道した。

エロ本やエロ映画がなんて、足元にも及ばないよ。こんなバカヤローで助平のかたまりなヤツが財務省の一番エライ役人だってのだから、笑わせるぜ。麻生財務大臣は、セクハラの事実がバレてんのに、最後の最後まで助平ヤローの福田をかばったのだから、どんな頭をしてんのか?

女性記者は福田のセクハラ発言をしっかり録音し「週刊新潮」に提供した。
その一部を紹介しよう。
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・福田 キスしていい?
記者 ダメ。
福田 すっごくしたいんだけどぉ。
記者 ダメです。
福田 屁をこきたいんですが。

・福田 お胸触っていい?
記者 ダメ!
頼むよ。何カップ?すっごい好きになっちゃたんだけど・・・
――――――――――――――――
こんなバカげたセクハラが延々とつづくのさ。冗談じゃないぜって。このバカヤロー!福田自身は、「記憶にない」などとトボケているのだ。

2.もう一つバカヤローは米山隆一新潟知事だ!女子大生と援助交際一発4万円!発覚で知事辞職!
詳細は須藤が、YouTubeのしゃべりで報告しているのでどうぞ!

3.以上が特集で、他には「目黒区議会だより」の平成30年度の一般会計予算について、反対したのは須藤甚一郎と共産党だけ。他の政党や会派は、区民無視の青木英二区長の区政をよしとして、賛成しているのだから、いったいなにを考えているんだ!YouTubeで報告しています。

須藤甚一郎 政務活動リポート825号は内容ぎっしり!

つぎのアドレスでどうぞ:https://youtu.be/7IJBsQs_t1A

(政務動リポート平成30年3月号)
リポート目次

目黒区長は何をやっているんだ!区立小学校長29人の憲法違反支出から目黒職員のハレンチ犯罪までを徹底紹介する!

1.目黒区議 須藤甚一郎が平成29年7月提訴!
  憲法20条89条政教分離の原則違反訴訟に判決!

 区立小学校長ら29人!区長交際費49万円を神社仏閣へ支出!東京地裁は憲法違反を判断せず棄却、須藤は直ちに控訴!
 須藤は昨年29年7月に原告になって、青木区長を被告して住民訴訟を提起し今年1月26日に判決があったが東京地裁は、請求を棄却したので、控訴し東京高裁で再度闘う!

2.総額440万着服!区職員の再発防止策に問題あり!
  これでは防止できない!「検討する。」の連発では防止できないぞ!

3.青木区長の所信表明の中身は「空っぽ」か「パクリ」だよ!

4.なぜ早く台風被害の砧(きぬた)グラウンド復旧工事をしなかったのか!

5.所信表明の区政運営の基本姿勢は、まるでナンセンスだ!

6.山尾議員の憲法論争に安倍総理「勉強不足」で惨敗!
  安倍はまだ「保育園落ちた。日本死ね!」が怖いのか!

7.プレミアム座談会 
  石原慎太郎のベストセラー「田中角栄」の中身は?

8.目黒区民が訴えて再発防止策〜
  「こりゃあ黙っちゃいられないわよ!」厳しいホンネ!

9.石原慎太郎都知事のときは、国歌・国旗に関してやり過ぎ!
  東京地裁が「裁量権の逸脱だと取消しだ。いいことだよ!

PDFで全4ページ見られます。⇒こちらをクリック!
須藤甚一郎のYouTubeのおしゃべり政務活動報告!

1.憲法違反の校長交際費訴訟の判決「棄却」、原告・須藤は控訴へ!
2.440万円着服事件、防止策なし!
3.湯島天神、樋口一葉、夏目漱石の家はいま!

すぐYouTubeのおしゃべりリポートをご覧になる方は、
つぎのアドレスで!

1.湯島天神、受験期で受験生とファミリー押しかけ大騒ぎ。(文京区)樋口一葉が通った本郷の住居、質屋はいま?(文京区) 夏目漱石が住んだ家、書斎を再現した記念館に連日ファンが!(新宿区) 地方自治体の他区の住民ファーストのやり方を覗いて見た。

2.校長交際費の違憲住民訴訟の判決がでた!しかし、東京地裁の判決はなんと主文「1原告の請求を棄却する。2訴訟費用は原告の負担とする。」政教分離の原則を無視するというナンセンスなものだった。原告の私、須藤甚一郎は、ただちに控訴する予定で準備を進めている。その詳細を判決文の矛盾点をおしゃべりと資料で指摘して解説する。

3,生活保護を担当する目黒区職員が、5人の生活保護受給者から440万円着服の大事件発生!目黒区が再発防止策を生活福祉委員会で発表したが、「検討する」の連発で具体的な防止策はなし。私、須藤は約40分の質疑をした。同席した副区長は挙手して発言するつもりが、発言できずのお些末さだった!

平成29年(2017年)最終号「須藤甚一郎ウィークリーニュース」

823号のぼくのおしゃべり報告と現地収録の動画を見るには、つぎのアドレスです!
 
2017年最後の「須藤甚一郎ウィークリーニュース」をお届けします。
須藤がYouTubeで報告する内容は、

1.砧野球場・サッカー場の修復工事の最新状況。工事現場に目黒区民の宮内さんと現地取材に出かけて「現場リポート」を行った

2.目黒区の生活保護費担当の職員が、こともあろうに生活保護費の受給者5人から、なんと総額444万円余も着服する大事件が発生。しかし、目黒区長・青木英二及び幹部連中らは、事件の詳細をメディアや区民に報告したのは、たったの1回だけ。あとは隠して発表せず。須藤は、ただちに毎日新聞などに情報提供し、直ちに記事になった。その経緯を詳しく報告する。

3.目黒区民の宮内さんは、目黒区議会11月定例会では、地上自治法で定められている区民が、目黒区の区政問題を区議会へ訴える「陳情」を2件行った。一つは、目黒区職員の生活保護費着服事件、もう一つは、ゴミ処理問題のやり方の問題です。その陳情2件について、宮内さんと須藤が対談して問題点を追及した。ぜひ、ご覧ください!

4.目黒区立小学校の校長らが、憲法で定める「政教分離の原則」に違反して、校長交際費(原資は区民の税金である)を神社仏閣に支払う違憲支出をやった。大変な事件であるので、私、須藤は違法、違憲支出を回収しない青木区長を被告にした、住民訴訟を提起し東京地裁で被告・青木を追及してきた。本年1月26日に判決がでる。その問題点を簡潔に説明した。

★11月の前号822号のリポートでは、目黒シティラン、砧球場の台風被害、目黒区職員の生保着服事件、憲法違反の校長交際費の住民訴訟は、東京地裁判決が1月26日に決定などを報告しました。新しい823号と前号822号を比較すると、砧球場の工事の様子がよくわかります。

前号のおしゃべりリポートと現地収録の動画を見るには、つぎのアドレスでどうぞ!

よい新年をお迎えください!


★須藤甚一郎 Everyday News,Comment and Opinion
新しくEveryday News,Comment and Opinionをはじめました。けれど、前号までのYouTubeの区政リポートはそのままです。前号のリポートは、目黒シティラン、砧球場の台風被害、目黒区職員の生保着服事件、憲法違反の校長交際費の住民訴訟は、東京地裁判決が1月26日に決定などを報告しました。
おしゃべりリポートと現地報告の動画を見るには、つぎのアドレスで!
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核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)へのノーベル平和賞授賞式で、被爆者として初めて演説に立ったサーロー節子さん(85)
 
毎日新聞【オスロ竹下理子】会場は何度も大きな拍手がわき起こり、涙を流す人もいた。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)へのノーベル平和賞授賞式で、被爆者として初めて演説に立ったサーロー節子さん(85)。13歳の時の広島での生々しい被爆体験を語り、核兵器廃絶に向け「諦めるな」と、世界中の次世代に力強く訴えかけた。
(須藤注:サーロー節子さん85歳は、広島生まれ。広島女学院に進学、戦中の学徒動員で帝国陸軍司令部で暗号解読作業にの助手になり、最初の日である1945年(昭和20年)8月6日、広島市への原子爆弾投下により爆心地から1.8キロ離れた司令部で被爆。建物の下敷きになったが、九死に一生を得た。このとき8人の親族や多くの同窓生を失った。
広島女学院大学卒業後、1954年に米国に留学。リンチバーグ大学で1年間。1955年にワシントンDCでカナダ出身の関西学院の英語教師と結婚。トロント大学で社会福祉事業の修士号を修得。ソーシャルワーカーになった。当地に友人らとともに、広島、長崎の被爆体験を語り、写真のパネル展示などを行う。核兵器廃絶を訴えてきた。核兵器禁止条約採択に際して、多くの国の代表が彼女の演説によって、心を動かされたと述べている。★ウィキペディア等を参考にしました)
 
ノーベル平和賞 サーロー節子さん演説全文
 (東京新聞 20171211 夕刊より)
 
 十日オスロで行われた核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))へのノーベル平和賞授賞式で被爆者サーロー節子さんが行った演説は次の通り。 
 
      
 両陛下。ノルウェー・ノーベル賞委員会の高名なメンバーの皆さま。ここにいる、そして世界中にいる運動家の仲間たち。淑女、紳士の皆さま。
 
 ICANの運動を形づくる傑出した全ての人々に成り代わってベアトリス(・フィン事務局長)と共にこの賞を受け取ることは大変な栄誉です。私たちは核兵器の時代を終わらせることができる、終わらせるのだという、かくも大きな希望を皆さま一人一人が私に与えてくれます。
 
▼座視しない
 
 被爆者は、奇跡のような偶然によって広島と長崎の原爆を生き延びました。私は被爆者の一人としてお話しします。七十年以上にわたって私たちは核兵器の廃絶に取り組んできました。
私たちは、この恐ろしい兵器の開発と実験から危害を被った世界中の人々と連帯してきました。(核実験が行われた)ムルロア、エケル、セミパラチンスク、マラリンガ、ビキニといった長く忘れられた地の人々。土地と海を放射線にさらされ、人体実験に使われ、文化を永遠に破壊された人々と連帯してきました。
 
 私たちは犠牲者であることに甘んじることはありませんでした。灼熱(しゃくねつ)の終末を即座に迎えることや、世界がゆっくりと汚染されていくことに対し、手をこまねいていることは拒否しました。いわゆる大国が、無謀にも私たちを核のたそがれから核の闇夜の間際へと送り込むことを、恐怖の中で座視することは拒否しました。私たちは立ち上がりました。生き延びた体験を分かち合いました。人類と核兵器は共存できないのだと声にしました。
 
▼叫び声聞こえた
 
 きょう、この会場で皆さまには、広島と長崎で死を遂げた全ての人々の存在を感じてほしいと思います。雲霞(うんか)のような二十数万の魂を身の回りに感じていただきたいのです。一人一人に名前があったのです。誰かから愛されていたのです。彼らの死は、無駄ではなかったと確認しましょう。
 
 米国が最初の原爆を私が住んでいた都市、広島に投下した時、私はまだ十三歳でした。私は今もあの朝を鮮明に覚えています。八時十五分、窓からの青みを帯びた白い閃光(せんこう)に目がくらみました。体が宙に浮かぶ感覚を覚えています。
静かな闇の中で意識を取り戻すと、倒壊した建物の中で身動きできないことに気付きました。級友たちの弱々しい叫び声が聞こえてきました。「お母さん、助けて。神さま、助けて」
そして突然、私の左肩に手が触れるのを感じました。「諦めるな。頑張れ。助けてやる。あの隙間から光が差すのが見えるか。あそこまでできるだけ速くはっていくんだ」。誰かがこう言うのが聞こえました。はい出ると、倒壊した建物には火が付いていました。あの建物にいた級友のほとんどは生きたまま焼かれ、死にました。そこら中が途方もなく完全に破壊されているのを目にしました。
 
 幽霊のような人影が行列をつくり、足を引きずりながら通り過ぎていきました。人々は異様なまでに傷を負っていました。血を流し、やけどを負い、黒く焦げて、腫れ上がっていました。体の一部を失っていました。肉と皮膚が骨からぶら下がっていました。飛び出た眼球を手に受け止めている人もいました。おなかが裂けて開き、腸が外に垂れ下がっている人もいました。人間の肉体が焼けた時の嫌な悪臭が立ち込めていました。
 
 このようにして、私の愛する都市は一発の爆弾によって消滅したのです。住民のほとんどは非戦闘員でした。彼らは燃やされ、焼き尽くされ、炭になりました。その中には私の家族と三百五十一人の級友が含まれています。
 
▼愚行を許さない
 
 その後の数週間、数カ月間、数年間にわたって、放射線の後遺症により予測もつかないような不可解な形で何千もの人々が亡くなりました。今日に至ってもなお、放射線は人々の命を奪っています。
広島を思い出すとき、最初に目に浮かぶのは四歳だった私のおい、英治の姿です。小さな体は溶けて、肉の塊に変わり、見分けがつかないほどでした。死によって苦しみから解放されるまで弱々しい声で水が欲しいと言い続けました。
 
 今この瞬間も、世界中で罪のない子どもたちが核兵器の脅威にさらされています。おいは私にとって、こうした世界の子どもたちを代表する存在となりました。核兵器はいつどんなときも、私たちが愛する全ての人々、いとおしく思う全てを危険にさらしています。私たちはこの愚行をこれ以上許してはなりません。
 
苦しみと生き延びるためのいちずな闘いを通じて、そして廃虚から復興するための苦闘を通じて私たち被爆者は確信に至りました。破局をもたらすこうした兵器について、私たちは世界に警告しなければならないのです。繰り返し私たちは証言してきました。
 
 しかし、広島と長崎(への原爆投下)を残虐行為、戦争犯罪と見なすことをなお拒絶する人たちもいたのです。「正義の戦争」を終わらせた「良い爆弾」だったとするプロパガンダを受け入れたわけです。こうした作り話が破滅的な核軍拡競争をもたらしました。今日に至るまで核軍拡競争は続いています。
 
 今も九つの国が都市を灰にし、地球上の生命を破壊し、私たちの美しい世界を未来の世代が住めないようにすると脅しています。核兵器の開発は、国家が偉大さの高みに上ることを意味しません。むしろ、この上なく暗い邪悪の深みに転落することを意味するのです。こうした兵器は必要悪ではありません。絶対悪なのです。
 
▼終わりの始まり
 
 今年七月七日、世界の大多数の国々が核兵器禁止条約の採択に賛成した時、私は喜びでいっぱいになりました。私はかつて人類の最悪な側面を目撃しましたが、その日は最良の側面を目撃したのです。私たち被爆者は七十二年の間(核兵器が)禁止されることを待ち続けてきました。これを核兵器の終わりの始まりにしようではありませんか。
 
 責任ある指導者であれば、必ずやこの条約に署名するに違いありません。署名を拒否すれば歴史の厳しい審判を受けることになるでしょう。彼らのふるまいは大量虐殺につながるのだという現実を抽象的な理論が覆い隠すことはもはやありません。「抑止力」とは、軍縮を抑止するものなのだということはもはや明らかです。私たちはもはや恐怖のキノコ雲の下で暮らすことはありません。
 
 核武装した国々の当局者と、いわゆる「核の傘」の下にいる共犯者たちに言います。私たちの証言を聞きなさい。私たちの警告を心に刻みなさい。そして、自らの行為の重みを知りなさい。あなたたちはそれぞれ、人類を危険にさらす暴力の体系を構成する不可欠な要素となっているのです。私たちは悪の陳腐さを警戒しましょう。
 
 世界のあらゆる国の、全ての大統領と首相に懇願します。この条約に参加してください。核による滅亡の脅威を永久になくしてください。
 
▼光に向かって
 
 私は十三歳の時、くすぶるがれきの中に閉じ込められても、頑張り続けました。光に向かって進み続けました。そして生き残りました。いま私たちにとって、核禁止条約が光です。この会場にいる皆さんに、世界中で聞いている皆さんに、広島の倒壊した建物の中で耳にした呼び掛けの言葉を繰り返します。「諦めるな。頑張れ。光が見えるか。それに向かってはっていくんだ」
 
 今夜、燃え立つたいまつを持ってオスロの通りを行進し、核の恐怖という暗い夜から抜け出しましょう。どんな障害に直面しようとも、私たちは進み続け、頑張り、他の人たちとこの光を分かち合い続けます。この光は、かけがえのない世界を存続させるために私たちが傾ける情熱であり、誓いなのです。 (オスロ・共同)=ノーベル財団公表の公式テキストによる

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