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神が寄り付くもの、やどるものを「依代(よりしろ)」という。 わかりやすくしめ縄が結ばれた奇岩や巨石 巨木も依代になる それなりの存在感のある自然物 鳥居を建てれば依代らしくある。 日本で一番大きな依代は 冨士山だろうか 富士山そのものがご神体の冨士山本宮浅間大社がある。 地名としての富士はウ冠の富 神域の冨士はワ冠で点がない 小さいところで神棚 TVで加藤茶さんが言っていたが 子供のころから深夜 トイレに入る前 名を名乗ってドアを開ける習慣があったとか 共演者の一人も同様の習慣が あったとか 便所の神様を持つ地域はけっこうあるようだ。 日本列島の北は北海道から南は沖縄まで 目に見えぬ神をこのようなもので感じてきた。 伊勢神宮に参拝した西行法師の残した歌に 何事の おはしますをば しらねども かたじけなさの 涙こぼるる 神々は祠や神社を宿に寄っていただくが 樹木や岩、人にも憑依する 神の性格はこのようなもので 田植えをし 神事を行い 現人神となる天皇は 神道世界の象徴である。 かまどにしめ縄をし もちで鏡を作り「鏡もち」にする。 日本人の日常は神を感じ取ることを 生活の一部にしている。 イスラムは偶像崇拝を禁止し 神を可視化することを禁忌しているが カアバ神殿は神殿そのもの、そこにはめ込まれた黒曜石をご神体にしている。イスラム世界が多神教であった時代の名残りであるようだ。
イスラムは偶像崇拝を禁止というよりは 唯一カアバ神殿のみ残し禁止ということになるのではないだろうか。 メッカには古い歴史的建物は取り除かれ 近代的なビルが建つ 古い建物が偶像崇拝になりうるということから破壊されるとのこと メッカは異教徒は立ち入り禁止 ISなどのテロが報じられると「本来のイスラム教は寛容」であると報じられる。 はたしてどうなのであろうか 「本来のイスラム教は非寛容」ではないのか 内の世界に対しては厳格、外の世界に対しては寛容な信者がほとんどというところであってほしいが 社会の構成として他の宗教と混在しはじめて 人口比で10%を超えると 原理主義的な考えを持つグループもそれなりの数になるのは通り ハラール認証などといわれると 異教徒のストレスもいかほどにかにはなる。 |
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2016年10月30日
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