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『若者の政治参加の象徴的存在にもなった』と毎日新聞さん、共産党がコントロールする 毎度たけのこの様に出てくる取ってつけたような名前のその時限りの市民団体 所謂共産党が「民主団体」と定義するもの以上でも以下でもなく そんなものが「若者の政治参加の象徴的存在」のわけがない。18歳選挙権を見据えて「若者の政治参加の象徴的存在になってほしい」と企画されたのが見え見え それほど注目される前からHPなどの デザインなどプロが関与して統一的にその使用を組織的に取り扱える素人集団など その初期費用はどこから出たのか それはボランティアからと答えは準備されているだろうが このプロの労力を無償で引きだす組織力を 偶然手にしたわけではないだろう。 デモ風景は 共産党が日頃使用している街宣車の提供 先頭を歩く若者は メディアがクローズアップして写真に切り取っても 左右や背後に映り込んだ 労働組合の集会に集まっている左翼老人の風体は隠せなかった。 奥田のいう「今は変化の途中で、選挙はまだ政党や労働組合などの限られた人だけのものになっている。去年はデモの光景が変わったとして、今年は選挙の光景を変えたい。参加型のカルチャーを若者にもっと定着させたい」という言葉こそSEALDsが「政党や労働組合などの限られた人だけのも」と白状しているようなもの これを隠したいという望みがあったのだろう まあ彼の望みというよりは「共産党の意向」で 彼はその意向を忠実に実行した。一前衛としてそれが出来た組織人ということに関しては立派と評価しよう。「18歳選挙権時の企画」はそれが終われば 終了、そこに意味などない。 新しい若者の政治参加の表現方法とヨイショばかりだが 対象を悪魔化しレッテル貼って「アベ政治を許さない」とのコールするのは 共産党のオハコ 古すぎる手法の焼き直しに斬新さの欠片もなかったんじゃないのかね。 |
時事雑感
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潘霜霜(パン・シュアンシュアン) 東京都知事選での言葉
鳥越俊太郎「私の長所は聞く耳を持っていることです」 よほど左巻きに汚染されていない限り 彼の言葉が素直には行ってきた人は いないのだろう。民共の基本票を除けば その得票数からは ほとんど誰も彼の言葉に「耳を貸さなかった」ということが結果。 「脱原発、護憲、平和、アベ政治を許さない」という 世の中ではごく少数な熱心なカルト的文言が並ぶ主張が 彼の耳元では大多数の民意として存在したのだろう。 改憲を可としている7割の巷の声は 彼の聞く耳に届かないということなのだろう。 「言う」と「伝える」ということが 後者に対し前者が音声として内容の認識の有無とは関係ないように 音声認識として「聞く耳を持つ」だけでは何の意味もない。鳥越の場合 音声認識としての耳の機能していたかは 他の老化現象からしても怪しい。 今上がお気持ちをあらわされた。大御心の発露として「心を寄せる」とよくいわれるわけであるが 聞く耳という音声認識とは次元の違うところで民意をはかられている。 |
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手段というものは時代や条件で最良の選択肢を選べばよい 憲法は国のありかたやその国で暮らす人のありかたが書かれた条文が ある中 手段としてある条文で 当然それは目的ではない。 九条は終戦時の瞬間 国際復帰を目指す日本において必要であった のかもしれないが 主権を回復したのち 丸腰を強要するこの条文は 日本国民の生存権を脅かすもの 侵略者に対し「酒を酌み交わし説得する」とか「殺す軍隊を持つぐらいなら殺された方がよい」という変態的主張は自由であるが そのような手段を取らせるわけにはいかない 巻き添えで死ぬなどまっぴらごめん 偏狭な念仏平和主義者の偏狭なイデオロギーと無理心中する気はさらさらないし 一緒に死ねと言っている人は人権とはなにかがそもそもわかっているのだろうか 潘霜霜パン・シュアンシュアン |



