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かつて・・・昭和の戦争が終わるまで・・・
日本の国民の大半は・・・
「 大日本帝国は無敗である! 」と信じ込まされておりました・・・
もちろん・・・それはプロパガンダで・・・
日本の・・・記録されている歴史において・・・
最初の・・・海外派兵・・・である・・・
白村江の戦い( はくすきのえのたたかい、はくそんこうのたたかい )は・・・
663年(天智二年)の8月に・・・
朝鮮半島の白村江( 現在の錦江近郊 )で行われ・・・
倭国( 日本 )・百済遺民の連合軍は・・・
唐( 中国 )・新羅連合軍に・・・
大敗北・・・を・・・しているのです・・・
時は・・・超大国である唐によって・・・東アジアの勢力図が大きく塗り変えられていく・・・
と・・ゆ〜・・・いささか・・・現在と似通った時代で御座いました・・・
618年に建国された唐は・・・
628年に国内を統一・・・
660年・・・新羅からの救援要請を受けた・・・という名目で軍を起こし・・・
百済王を捕囚し・・・百済の領土を支配下に置きました・・・
しかし・・・百済民による反抗運動が起きます・・・
百済王の家臣団は・・・倭国に滞在していた百済王の太子豊璋王を擁立し・・・
同盟国である倭国の救援を要請しました・・・
蘇我氏を滅ぼし・・・権力を掌握していた中大兄皇子は承諾し・・・
663年(天智二年)・・・
倭国・百済連合軍は・・・唐・新羅連合軍のいる白村江河口に対して突撃・・・
海戦を行い・・・大敗北しました・・・
陸上戦でも・・・大敗北しまして・・・
白村江に集結していた1000隻余りの倭船のうち400隻余りが炎上し・・・
倭国軍は・・・各地で転戦中の軍民・・・および亡命を望む百済遺民を船に乗せ・・・
唐水軍に追われ・・・よれよれのぼろぼろで帰国するのがやっとという・・・
ちょ〜大敗北・・・を・・・着したのです・・・
国を失った百済の豊璋王は・・・高句麗へ亡命しましたが・・・
668年・・・唐と新羅の連合軍は高句麗をも滅ぼし・・・
豊璋王は・・・捕らえられ流刑にされた・・・と・・・伝えられます・・・
その後・・・新羅は武力と交渉の両面をもって・・・したたかに唐と対峙し・・・
675年・・・朝鮮半島を統一しました・・・
当時の唐は・・・至るところで諸民族を征服しており・・・
その勢力圏は:::中華史上最大のものであった・・・
と・・・言われております・・・
大国・唐の軍隊を利用して百済と高句麗を滅ぼし・・・
表向きは唐の支配下・・・ということにして唐のメンツを立てながら・・・
朝鮮半島を統一した後は・・・
唐の軍隊を撤収させてしまった・・・新羅のしたたかな戦略に比べて・・・
わが国・・・倭国の戦略は・・・
「 我等先を争はば、敵自づから退くべし。」『 日本書紀 』という・・・
希望的観測もい〜かげんにせい!
と・・・怒鳴りたくなるよ〜な・・・シロモノで御座いました・・・
「 国内法にもとずいて粛々と対処したい。」とか・・・言った・・・
前原外務大臣は・・・この時代の歴史を・・・
どのくらい知っているのかな〜・・・
坂本竜馬が好き・・・とか発言したことある坊やだし・・・
おそらく・・・ほとんど知らないのではないかと・・・心配になってしまいます・・・
国際政治などというものは・・・善悪の彼岸にあるものであり・・・
青年の理想・・・なんかとは・・・隔絶した冷徹な世界なので御座いましょう・・・
司馬遼太郎の小説のキャラクターと実在の人物を混同しているようでは・・・
一国の大臣としては・・・幼すぎる・・・のでは・・・
さてさて・・・またぞろ前振りが長くなってしまいましたが・・・
「 火の鳥 」太陽編です〜・・・
百済の豊璋王の親族であったハリマは・・・
大敗北の後・・・
顔の皮を剝がされ・・・狼の皮をかぶせられます・・・
半人半獣の姿となってしまった彼は・・・
倭国に渡り・・・犬上宿禰( いぬがみのすくね )と名を変えて・・・
安住の地をさがし求めます・・・
しかし・・・倭国は・・・
中大兄皇子( 天智天皇 )と・・・
大海人皇子( 天武天皇 )の異父兄弟による・・・
古代史最大の内乱・・・「 壬申の乱 」が勃発・・・大戦乱となるのです・・・
おまけに・・・
中国から渡来した仏教勢力によって迫害される日本古来の神々の戦いにまで巻き込まれます・・・
そのうえそのうえ・・・
タイム・スリップ・・・と・・・ゆ〜か・・・
タイム・スリープ・・・というのか・・・21世紀の世界の・・・
宗教戦争にも巻き込まれる・・・
あああああああ・・・
命がいくつあっても足りませぬ・・・
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