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15日の三瀬君とのトークの話題の一つは、お互いの作品の共通点である人為的な古色や錆を作品の表現として使うことについてだった。
それに対し、源氏物語絵巻のような古画を扱う場合、模写ならば、制作から数百年たって絵具が退色、剥落した状態を模写する現状模写と、制作当初の状態を再現する復元模写があるが、自作の源氏物語絵巻をサンプルにした作品は、現状から過去にさかのぼるのではなく、むしろ、現状のイメージが、より変容してゆく未来の姿を表現していると答えた。
またその日のトークの前に三瀬君が、作品を収めに行った画廊から作品の経年変化について指摘されたことから、そちらの方にも話題が移った。
私が大学で日本画を専攻した理由の一つとして、土田麦僊展を観たことをトークで話しておきながら、そのとき忘れていてしゃべらなかったのだが、その展覧会で、どの作品が気に入ったのかというと、ゴーギャンに影響を受けたという初期の海女の屏風絵で、実は、その絵は、絵具の大半が剥落して原状を留めていないものだった。
むせかえるような熱気まで感じる海女の野性的な肌の表現もさることながら、その絵具の剥落ぶり(その当時はそれが剥落とは知らなかった)を見て、日本画ってカッコいいと思ったのだから業が深いというか…。
また、トークの翌日、ひょんなことから松坂屋の画廊で奥村土牛のスケッチ展を観た。もとはスケッチブックに描かれていたであろう舞子や風景が、120万円台から140万円台。私は、土牛のデッサンは世界最高レベルだと思っているから、たとえそれが没後に落款を押して額装した、本人が生前発表する意志のなかったB級作品だとしても、腐っても鯛。別に値段が高いとは思わない。
しかし、大家であってもスケッチに使うのはただの画用紙と鉛筆。黄ばみを通り越して茶色くなった作品もあるのに、その分値段が安くはなっていないのをみると、絵画の保存性と商品価値の相関関係というのは、随分根拠が薄弱な気がする。
*写真はAIT個展<http://www.artinteractivetokyo.com/exhibition/ex13sugawara/sugahara-DM.htm>出品作部分。白黒図版はサンプルにした原画。会期は24日(水)まで。
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